領海から帰投し、昼食後、島での約束通り清霜さんの訓練に付き合うことにした私、朝潮。明石さんも張り切っており、清霜さん専用の新装備もあるらしい。
今回の作戦、敵の支配する鎮守府の奪還と言っているが、以前にやった敵陣地破壊と同じこと。つまり、再洗脳電波や鎖による深海艦娘化、霞がやられた半深海棲艦化も注意する必要がある。それは私のような深海棲艦の身体には悪影響があり、さらに深海艦娘はまた再洗脳を受ける可能性があるということ。今でこそイヤリングの洗脳電波キャンセラーがあるとはいえ、あの時から大分時間は経っている。電波が変化していてキャンセラーが通用しないなんてこともあり得るわけだ。
万全を期すのなら、深海絡みの艦娘は一切使わない部隊で攻略するべきである。そうなると、今回の決め手となるのは、一番気合が入っており、主砲火力なら鎮守府でトップと言える清霜さんだ。
「清霜専用装備……というか、まさか装備できると思わなかったんですけど、榛名さんやウォースパイトさんですら装備できない戦艦主砲が出来ました。51cm連装砲です」
「大和型と改長門型しか装備できないという大型主砲だね。これを清霜君が装備できるとは……。本格的に名誉大和型だ」
いつも使っている46cm三連装砲よりも口径が大きく、当然ながら火力も段違い。サイズはさらに大きくなってしまい回避性能は落ちてしまうが、その分硬く、艤装による防御もしやすくなった。名実ともに最強の主砲である。
「どうかな清霜君」
「凄い! いつも以上に動かしやすい気がする!」
「清霜専用の調整もしました。いわゆるフィット補正というやつです。これはもう清霜のための主砲と言ってもいいでしょう」
小型の駆逐艦の機関部艤装に装備された、2基の連装砲。いつにも増して、清霜さんのシルエットが凄いことになっていた。余程のことがない限り、背後からの攻撃も効かないように思える。
とはいえ、今回の敵は
「朝潮ちゃん、早速訓練に付き合ってもらっていいかな!」
「何をすればいいですか?」
「まずこれを装備した状態で動けるようになりたいから、艦載機避けかな。当てる気で来てね」
手を抜くなと念を押された。それだけ張り切っているということだ。それならば、私も全身全霊の力で鍛え上げよう。私が鍛える側に回るだなんて。
清霜さんの訓練は、合間合間に休憩を入れながらになった。何度か動かしては食べ、また動かしては食べ。主砲の性能が上がった代償として、燃費がさらに悪くなったらしい。領海でも食べていた超カロリーのオヤツをモリモリ食べながらの訓練に。
「後ろが見えないのやっぱり怖いね」
「私がサポートできるときはいいんですけど、そうじゃないときは自分で電探を装備した方がいいかもしれませんね」
「あ、じゃあ龍田さんが装備してる後ろが見える電探お願いしようかな。あと1スロットはやっぱり三式弾かなぁ。対空も出来るし、対地攻撃も出来るし」
身体は駆逐艦だが、装備は完全に戦艦。本来なら装備できるであろう魚雷や爆雷が装備出来ない代わりに、駆逐艦が装備できないものは軒並み装備出来てしまう。清霜さん自身が苦手らしいので水偵は装備しないようだが。
「イキイキしてますね」
「こんな凄い装備も貰えたからね! クヨクヨしてらんないよ! 怖いけど、やらなくちゃ!」
本当に眩しい。演習故に今は水浸しの状態だが、それすらも気にせずに次のことを考えている。こんな強い心に、私もなりたい。
「よーし、今度は砲撃訓練!」
「では私が的になります。その砲撃が艤装で弾けるか確認したいので。アサに代わりますね」
「オッケー! どうせなら吹っ飛ばしたいなぁ」
間合いを取った後、主導権をアサに渡して私は裏へ。表に出たアサはやる気満々。領海に行ったままのアサの服のため、余計にやる気が出ている様子。
今回は的役であるのと同時に、弾けるかの確認のために電探もカット。行動予測も使わず、真正面から来る弾を避けることなく弾き続ける。
「誰が吹っ飛ばされるかよ。きっちり弾いてやるからな」
『お願いね。私だと無理だと思ったから代わったんだから』
「任せろ。これが出来てやっと一人前だろ」
ガコンと音を立てて清霜さんの主砲がこちらに照準を合わせる。中から見ていてもハラハラする光景。普通の戦艦主砲なら弾けることは確認しているが、ここまで大型のものは初めてだ。試しておいて損はない。
「それじゃあ……撃てーっ!」
聞いたことのない轟音が響き渡り、私に向かって砲撃が飛んでくる。タイミングが合わないと水鉄砲ですら危険。口径が大きく弾速もあり、これは結構難しいかも。予想通り、私だと無理。
「っらぁ!」
タイミングを合わせて、艤装の腕で砲撃を払い除けようとしたが、単純に重い。払いきれずに体勢が崩される。
「ま、マジか、こんなに重いのか」
『まだ来るわよ』
「わかってる! これはヤバイ!」
こういう事に慣れている山城姉様や扶桑姉様なら弾くことが出来るかもしれないが、まだまだ白兵戦新人の私の身体ではかなり厳しい。連射されるとどんどん押し込まれる。タイミングが徐々に合ってくるが、単純な重さで体勢が崩れたまま。
「連射性能もいいよ! いい感じ!」
「そいつは良かったな! 私はかなりキツイ!」
敵の大和さんも同じようなことをやってくると考えると、これが耐えられるようになることで一人前というのはあながち間違いではないかも。
「あ、ヤベ」
『ちょっとアサ!?』
弾き切れなくなり直撃。物の見事に吹き飛ばされ、久々に宙を舞った。演習で大和さんから砲撃を受けた時を思い出す。私は中にいるので痛みも感じないが、アサへのダメージは相当だったようだ。水鉄砲でこの威力。実弾だったらどうなるのだろう。
「私じゃ防ぎきれん……まだまだだな」
「だいじょーぶ?」
「ああ、大丈夫だ。お前の方こそ大丈夫か? それだけ連射したら腹も減るだろ」
アサが言う前にモグモグしてた。超カロリーのオヤツで何とか保っているようにも思える。消費があまりにも激しい。諸刃の剣なのがよくわかる。
「よーし、これをもっと使いこなせるようにして、絶対大和さんを倒すんだから!」
「その意気だ。頑張れよ」
私に主導権を返してきた。途端に身体が痛く感じる。水鉄砲の衝撃なのに、こんなに身体にガタが来るほどとは。よくもまぁアサは平然としてたものだ。
「痛た……私ももう少し精進しないといけませんね」
「いやいやいや、駆逐艦が戦艦の砲撃耐えられてることの方が凄いからね?」
「少なくとも私の状態でも耐えられるようにしなくては。アサにばかり迷惑をかけてはいられませんし」
切っていた電探を付け直す。と、ここでこちらに近付いてくる反応が見つかる。まだ目視で確認できる位置ではないが、こちら側に向かっているのは確か。そしてこの反応は知っているものだ。
「あれ、元帥閣下が向かってきていますね。予防接種を受けにきたんでしょうか」
「呼ぶって決めたの今日の朝だったよね。すごいなぁ、もう来てくれたんだ」
「それだけ急を要することですしね」
少しして目視で確認できる位置に。いつも通り元帥閣下の乗る船と、護衛の4人の艦娘がついている。清霜さんが元気いっぱいに手を振ると、武蔵さんが先行してこちらに来てくれた。
「久しぶりだな清霜、元気だったか?」
「はい! 今日も元気です!」
「はっはっは、そいつは良かった! 朝潮も何事もないようだな」
「はい、おかげさまで。何度か揺さぶられましたが、今は大丈夫です」
後を追って残りの3人と元帥閣下も到着。そのまま私達が港まで連れていくことに。清霜さんは大和さんとも久しぶりに会えて大喜びだった。私も何事もなく再会できたのは素直に嬉しい。
元帥閣下の用事は勿論、『種子』対策の予防接種。今回のような特殊な薬を容易に扱える人が大本営にはおらず、ここで無ければ注射が出来ないとのこと。薬を渡すことも考えていたが、そういう理由があるのなら仕方ない。元帥閣下が大本営から逃げるための口実を作っているのではないかと司令官が勘繰っていたが、何も言わないでおくことにした。
元帥閣下以外は今回の予定が薬の投与であることを知らされていない。北端上陸姫の対策についての打ち合わせだということで来ている。これは何があるかわからないが故の措置。万が一、何かの弾みで護衛艦娘の4人に『種子』が埋め込まれているようなら、何かしら理由をつけてここに来ないようにする可能性があったからだ。
執務室に全員を通した。清霜さんは装備の訓練をしながら待つとのこと。私は万が一のために同席させてもらう。全員艤装を下ろしているとはいえ、暴れられたら困る。私ならこの場でも艤装を展開出来るので、何かがあったら押さえつけることも可能。
「『種子』……ですか」
「ああ。知らずに埋め込まれている可能性がある。我々の鎮守府でも5人、埋め込まれたものがおり敵対したが、治療は済んでいる。そこで、君達には事前に予防をしてもらおうと思って来てもらったんだ。雪君、入ってきてくれ」
「はーい。お薬お持ちしましたー」
司令官が皆の前で説明した後、浦城司令官の時と同じように、看護師の服で入ってきた雪さん。その姿を見て一瞬顔が強張る人が。
「ほほぉ、投薬でどうにかできるのか」
「佐久間君が解析してくれてね。実績もある。もし『種子』が埋め込まれている場合、戦艦が悶絶するほどの苦痛が与えられてしまうが、効果は本物だ。雪君は浦城君の鎮守府で全員に処置をしたエキスパートだから心配しなくてもいい」
所定位置で薬の準備をしている雪さん。前回よりも手際がいい。だが、注射器を取り出した瞬間、武蔵さんが大和さんを、赤城さんが加賀さんを羽交い締めにした。あまりの手早さに驚いてしまった。
「えっ、な、なにを」
「この2人、注射が大の苦手で」
「こうでもしないと逃げてしまうからな。観念しろよ」
最強の艦隊であってもこういうところに苦手なことがあるのだと思うと、途端に親近感が湧いてくる。なんというか、とても可愛らしい。
「先にやってしまいますか。加賀さん、こちらへ」
「後生ですから……」
「加賀さん、こちらへ」
机をトントンと叩いて着席を促す。この時ばかりは、雪さんも深海棲艦であった。容赦がない。これを怠った結果、敵対してしまったなんてことがあったら笑えない。
「加賀さん、観念しなさい。子供でも注射くらいしますよ。ねぇ、朝潮さん」
「私に振ります? まぁ私も雪さんに注射してもらってますし、注射が嫌いなレキですら、これだけは私と敵対したくないからとちゃんと受けましたよ」
苦虫を噛み潰したような顔で着席。余程苦手なのだろう。いつもクールな加賀さんが、今だけは恐怖で顔が引き攣っている。戦場よりも注射が怖いとはこれ如何に。
「はい、終わりました」
「え?」
「終わりましたよ。痛みなんて感じさせません。目を瞑っていてくれればいいだけですから」
いつもながら恐ろしい技。気付かぬ内に終わらせるその早業、レキですら雪さんからの注射は嫌がらなくなったくらいである。
「では次、大和さん、こちらへ」
「先に加賀さんを見せてもらったおかげで安心して行けます」
「私を犠牲に貴女はここに座るのよ。それだけは覚えておいてちょうだい」
酷い捨て台詞だった。
4人全員の投薬も終え、『種子』が埋め込まれていないことも確認。予防接種にもなったため、今回の本題はこれで終了。あとは情報共有をしていくことに。もう少ししたら潜水艦隊も帰投するので、さらに情報が追加される。
それまでは自由時間。せっかくだからと、大和さんと武蔵さんは清霜さんの訓練に付き合うことにしたようだ。オヤツをモリモリ消費しながらの演習になるが、大戦艦直々に演習してもらえるという機会など無いようなもの。やれるのならやっておきたいだろう。
「やっぱり大和さん強いー!」
「まだまだ負けるわけにはいかないもの。でも、清霜ちゃん、51cm連装砲だなんて凄い装備なのね」
「はい! これに早く慣れたくて! 大和さんが相手してくれて嬉しいです!」
負けてもお構いなく何度も演習を挑んでいる。それを眺めながら、武蔵さんはボソリと私に問いかけてきた。
「朝潮、清霜は何であんなに躍起になっているんだ? デメリットのことも考えないで」
「……敵の側近が……半深海棲艦の大和さんらしいんです」
「……そうか。それは仕方ないな」
武蔵さんも思うところがあるようだ。自分の姉妹が敵になっているというのは、やはり複雑な気分になるのだろう。私はなるべくなら戦いたくない。どんな状況になっていても、姉妹を傷つけるのには抵抗がある。むしろ、相手が艦娘であるというだけでも辛い。
「やれるものなら、私も手伝おう」
「助かります」
今までにない強敵であることは皆理解している。手伝ってもらえるのなら、誰にだってお願いしたい。大戦艦が協力してくれるのなら百人力だ。
『あれのリミッターが解除されてるんだよな』
「そうなるわ。清霜さんが傷1つ付けられない相手が」
『割とキツイな』
スペックだけで言うなら武蔵さんの方が高い。だが、洗練された動きは大和さんの方が上。スペック差を技術で無かったことにしているのが大和さんだ。優雅に、繊細に、確実に、相手を叩き潰す。圧倒的な力を持つ大戦艦。味方なら頼もしいが、敵なら絶望。
「サポートして、他人の力を数倍に跳ね上げるのが私の仕事」
『そうだな。未来の予知もガンガンに使えば良い。負担なんて何も考えるな』
「ええ。アサにもいろいろお願いするかもしれないわ」
『サポートは苦手だ。自衛は私に任せろよな』
だがその戦場に私が出るかはわからない。今北端上陸姫の顔を見たら、暴走する可能性が非常に高い。溜まりに溜まった恨み辛みが爆発すると思う。それなら、最初から出ない方がいい。
悔しいが、これ以上は私が望むことではない。司令官に全てを任せることになる。采配は私の仕事ではないのだから。
大戦艦から教えを請い、清霜はどんどん強くなります。問題はたった1つ、オヤツが足りるかどうか。