元帥閣下の敵情視察が決まる中、私、朝潮はただただ穏やかに過ごすために、しばらく戦場から離れることを通告された。アサも過敏になっているように思えるが、少しでも危ないと思えることがあるのなら、無理矢理にでも交代してもらった方がいい。
戦場から離れた作業として、まず清霜さんのオヤツ作りをお手伝いしたが、楽しく料理することが出来た。こういう作業ならまたやりたい。穏やかなまま、鎮守府に貢献できているのがわかる。
その日の夜。いつも通り部屋に霞が入ってくる。私が戦場に出ないと聞いて、喜ぶべきか悲しむべきか悩んでいた。一緒に戦えないのは悲しいが、これ以上おかしくならずに済むのは喜ぶべきところ。何がキッカケかはわからないが、この鎮守府で話を聞くだけでも暴走しかけたので、私への話題が慎重になっているのは確か。
「今はゆっくり休みなさいな。姉さんはやりすぎってくらいやってたじゃない」
「そうね……治療方法がわかるまでは、私も雪さんみたいに雑務をやろうかしら」
「それがいいわよ」
定期的に調査をしてもらってはいるものの、身体と心の直結は深海棲艦には当たり前なこと。治療するのなら身体そのものを治す必要があるだろうと佐久間さんは解析している。その方法がまず解明出来ていないので、まずはそこから。これは時間がかかるだろうと佐久間さんも苦笑い。
「あ、じゃあ姉さんも雪みたいにメイド服でやりましょうよ。雑務してるって感じに見えるし」
「それ、霞が見たいだけでしょ」
「きっと似合うわよ。ただでさえ姉さんはいろんな服持ってるんだし」
欲が隠せない辺り、霞も半分だけ深海棲艦なだけある。
深夜。静かな鎮守府だが、いつもなら無い妙な気配を感じたせいで目が覚めた。深海の匂いはしないが、知らない反応を感じる。
『朝潮、港側から何か来ている』
アサも私が目を覚ましたことで覚醒している。瞬時に2人での索敵。数は3つ。港側の門は来客用であるため、基本的には夜は施錠されている。それを乗り越えて鎮守府に侵入しようとしていた。
「侵入者……? でも深海の気配はしないわ」
『なら艦娘か? それとも全く別の何かか? どちらにしろ侵入者なら排除するべきだろ』
私がベッドの上で動いたせいで霞も目を覚ましてしまう。事情を説明すると、どうにか眠気を振り払って起きてくれた。
「多分気付いてるの私だけよね」
『おそらくはな。常時電探起動なんて正気でないことをしてるのはお前だけだ。寝るときすら切り忘れやがって』
「ごめんごめん。でも今回はそれのおかげで侵入者に気付けたわ」
現在鎮守府で活動中なのは、夜間部隊だけ。夜の工廠は人数が増えたおかげで当番制になっており、今日はセキさんが陣地に戻って休み、明石さんが一任されている状態。司令官や大淀さんですら就寝中。
『こういう時こそ、頼るべきだな』
「ええ。瑞穂さん、起きていますね」
「お任せください。1階を調査致します」
こんな深夜なのに私の声ですぐ近くに。一礼だけした後、また消えて1階の調査に出てくれた。当たり前だが今の瑞穂さんは艤装も何もない。侵入者の状況次第では、確認だけして帰ってきてもらう。
「深海の気配が無いのなら何なのよ……安眠妨害してきて……」
「後からまたゆっくり寝ましょ。今は頼れる戦力が霞だけなんだから」
音を立てないように1階へ。その時には瑞穂さんも調査を終えてもどってくる。
「侵入者は深海棲艦、イロハ級の潜水艦です。艤装を持たないために戻りましたが、何かを探している様子でした。気配が無いので特殊な装備をしているのかもしれません」
「電探には引っかかってくれてよかった。深海忌雷と同じようにされていたら私も気付けませんでしたよ」
「人間のサイズを全て隠し切ることは出来ないのではないでしょうか。もしくは朝潮様にのみ気付かせたかったのか」
後者だったら面倒である。こんな夜中に侵入させているのに私にだけ気付かせたいとか、ただただストレスを与えたいだけではないのか。
と考えたところで、それが敵の通常運転であることを思い出した。あくまでも私の心へダメージを優先している。睡眠不足で心のバランスを壊そうとしてそう。あまりに陰険な作戦。
「反応が移動。……佐久間さんの部屋の前」
『3体が集まってるぞ。まさか……』
「狙いは佐久間さん!?」
工廠付近ではあるものの、音を立てずに行動をしているため、中で活動している明石さんは気付かない。
佐久間さんの部屋は研究室も兼ねているために深海絡みの劇物や、調査結果がいくつも置いてある状態だ。ここを何かされると、いろいろと危険。
「先行いたします」
「瑞穂さんは司令官を起こしてください! 佐久間さんの部屋には私と霞が向かいます!」
「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて」
瑞穂さんが消え、私と霞で大急ぎで佐久間さんの部屋へ。音がどうとか言っていられない。こういう時に深海棲艦の夜目が利く特性がありがたい。
「霞、明石さんに連絡!」
「了解! 姉さんも気をつけて!」
霞はそのまま工廠へ。私は佐久間さんの部屋へ突入。瑞穂さんの言っていたことと、電探の反応が一致。3体のイロハ級潜水艦が佐久間さんの部屋に侵入していた。その内の1体は、深海棲艦らしからぬコンバットナイフを握りしめている。完全に佐久間さんの命を奪うつもりでここにいる。
私が気付くのが遅かったら今頃佐久間さんは。と、考えるのをやめた。今はそれどころでは無い。
「佐久間さん起きて!」
海中にいるのならまだしも、地上にいる潜水艦など敵では無い。が、狭い部屋に3体となると話は変わる。部屋の物をなるべく傷付けずに外に追い出したい。
今までにない深海棲艦だが、自分の考え得る全ての行動を鑑みて、敵の次の行動を予測。さらには部屋の物の配置を把握し、一番被害が出ない行動を選択する。
第一に考えなくてはいけないのは佐久間さんの安全だ。そして、この部屋で破壊していいのは扉と窓だけ。窓際ですら物があるので、扉が最善。計算までした後にアサと交代。計算内容を伝え、最善の動きをやってもらう。
「な、なになになに!?」
「部屋の隅に行け!」
艤装を展開し、一番佐久間さんに近い敵を握り、扉に向かって投げ飛ばす。そのままの勢いで残り2体も殴り飛ばし、扉から部屋の外に退場願った。扉は壊れてしまったが、部屋の中のものは揺れて落ちた程度で破損は無い。
ただ投げただけなので敵は無傷。隠密行動がバレたからか、一斉に来た場所に戻ろうとする。が、正面からは怒りに満ちた顔の司令官がのっしのっしと歩いてきていた。
「人様の鎮守府に侵入する不届き者は君達かな。話も出来ず、敵意のある深海棲艦なら……」
3体ともナイフを構えている。対する司令官は素手。艦娘には無類の力を発揮する司令官だが、さすがに深海棲艦3体相手は分が悪い。さらには武器持ち。アサもすぐに佐久間さんの部屋から飛び出す。
「容赦はせんよ」
敵の1体が工廠まで殴り飛ばされた。武器を持っていようが関係なかった。あまりのことにアサは佐久間さんの部屋の中に戻ってしまう。
「え、なんだあれ。提督って人間だよな」
『……司令官は地上でなら艤装装備の扶桑姉様に勝てる人よ』
「は!? じゃ、じゃあ心配いらないな……」
残り2体が司令官に背を向けて逃走し、工廠に向かう。武器持ちの2体とはいえ、こちらは艤装が展開出来る。ここで逃がすわけにはいかない。
「明石君!」
「わかってますよ。本日は、モード龍田!」
工廠では龍田さんの薙刀を手にした明石さんが待ち構えている。武器には武器を、白兵戦には白兵戦を。霞に先んじて連絡してもらってよかった。
「逃すかっての」
一振りで1体の首が飛んだ。死体も残らず消滅。ただ、こちらも今までの深海棲艦、しかもイロハ級だというのに、微妙に賢い。ここにいて成長し続けているレキとクウまでは行かないが、それでも言葉を発しない潜水艦のイロハ級が、敵を選び、逃走まで考えるとは。
「はい終了!」
手早く残り2体も片付けた。何も残らず消滅したので、何かを盗んでいるわけでもないようだ。持っていたナイフも艤装の一部扱いだったのだろう。久々に見たが、恐ろしい手際。もしかして龍田さんよりも使い慣れているのではと思うほど。
霞と瑞穂さんに周辺を見てもらい、私は佐久間さんの側にいることに。夜間部隊にも連絡して、一時的に帰投してもらうことになった。夜間哨戒をしているにも関わらず侵入されたのは、夜の潜水艦相手だからだろう。潜られるとソナーを使っても居場所が全くわからなくなる。
「サクマ、大丈夫か」
「だ、だだ、だいじょーぶ、じゃないかなー……」
まさか自分が深海棲艦の標的になるなんて思っても見なかったのだろう。あまりのことに腰を抜かしていた。ベッドの隅でガタガタ震えて布団を被っている。
事が済んだので主導権を渡された。艤装もしまい、佐久間さんに駆け寄る。
「あ、あはは、震え止まんない」
「気付けてよかったです」
「朝潮ちゃんが気付かなかったら、私、死んでたんだ……」
余計に震えが激しくなってしまった。
今回は本当に運が良かった。たまたま電探を切り忘れて寝てしまわなかったら、この深海棲艦の侵入に誰も気付くことなく、佐久間さんが殺されていた。
そして、間違いなく私が壊れた。
「大丈夫です。生きてます。助かったんです」
「そ、そうだよね、うん、生きてる、私生きてる」
以前にやってあげたように、胸に顔を押し当てるように抱きしめる。震えが激しいが、このまま抱きしめておけば落ち着くだろう。
「佐久間君に怪我は無さそうだね」
「はい。でも酷い震えです。一晩は一緒に過ごします」
「そうしてあげてほしい。こんな事があった直後だ。1人でなんて眠れないだろう」
司令官も命に別状がなくて一安心という顔。帰投してくる夜間部隊との連携のため、司令官はもうここからは起きておくらしい。そのまま工廠へ向かっていった。
今回の戦闘はあまり大きな音も立たなかったため、これ以上起きてくる人もいなかった。惨劇を未然に防げたのは本当に良かった。
「選りに選って佐久間さんを狙ってくるだなんて……」
「敵の姫の邪魔をしてたからかな……ほら、『種子』の解決策作ったわけだし……」
「それあちらに伝わってましたっけ」
「通信役が全滅してもう3日くらい経つでしょ。あんだけ頭いいなら勘付いてるね。だからああいうの送り込んできたんだよ多分」
だとしても、それを作った人間が佐久間さんであることを何故知っているのだろうか。知っているとしても、顔を見てこの人が佐久間さんであることを何故わかったか。
敵の姫が鎮守府を支配している時には、佐久間さんはもうこの鎮守府にいた。それからこの鎮守府を出た事がない。この前の領海が初めての外出だ。
「そうだとしても、何故敵は『種子』の対策を作ったのが佐久間さんだとわかったんでしょう。そもそも姫は佐久間さんの顔知りませんよ。それなのに、探し当てたら一直線でした」
「……私の顔くらいわかるでしょ。姫じゃなくて、
だとしたら、姫の側近である半深海棲艦の大和さんには、素材にされた阿奈波さんの記憶を持っているということになる。
「そんな……」
「可能性として無くはないよ。私がここにいる事を知ってるのは、元帥閣下も含めた大本営上層部と、援軍の艦娘と、阿奈波君だけ。元帥閣下が裏切っているようには到底見えないから、あの鎮守府に関わってる上層部が裏切ってる可能性は高いよね。でも、
そんな馬鹿な話があるか。人間の命を弄んだばかりか、その記憶までもこちらを痛めつける材料にするだなんて。そこまでやるのかあの姫は。
「佐久間さん……皆が仇をとってくれます」
「うん……私は戦う力が無いからね。みんなに任せる。代わりにバックアップするから」
今回こんなことがあったのなら、今後も襲撃を受ける可能性がある。夜に身を守る手段を増やさなくてはいけないだろう。最低限部屋には鍵をつけなくてはいけないし、むしろ1人でいることを控えた方がいいだろう。
あんなに簡単に鎮守府に侵入されるとは思わなかった。賢い潜水艦というのは困る。せめて深海の気配くらい出していれば変わるのだが。
結局一晩、眠ることなく共に過ごした。途中からは周辺警戒を終えた霞と瑞穂さんも一緒に、少しだけ散らかってしまった研究室を片付けつつ、恐怖を取り除くためにたわいのない話をした。
「うわ……朝日だ」
「結局寝ずに話し込んじゃったわね。佐久間さん、震えは止まったみたいだけど」
「うん、ありがとね。なんとか止まったみたい。やっぱり、死ぬかもっていう状況って怖いね……」
死に直面するのは初めてでは無いはずだ。私達が救援に行った時だって、ジリ貧の状態で耐えていたのだから。あの時は他にも仲間がいたからそこまでの恐怖では無かったのかもしれない。
今回は密室に1人で、目を覚ましたら目の前に刃物を持った敵という危機的状況だったからこそ、心底恐怖したのだろう。あれはトラウマになる。
「急に眠くなってきちゃった……」
「眠れるなら眠った方がいいですよ。私達も司令官にお願いして午前中は眠らせてもらいますから」
「なら一緒に寝よー。添い寝添い寝ー」
佐久間さんもいつもの調子に戻ってきた。ようやく恐怖が削がれたようだ。だが、1人で眠るという行為に抵抗が出ていてもおかしくはない。今日くらいは一緒に寝てもいいと思う。
「私はいいですけど、霞を説得してください」
「佐久間さんは姉さんが許可したとはいえ胸を揉みしだいた罪人だから」
「罪かなぁ……同意の上の行為だからなぁ」
「私でも揉んだことないのに!」
酷い嫉妬である。
「添い寝で毎回胸に顔を押し付けるのはいいの?」
「私は妹特権」
「棚上げが酷い」
結局この後私の部屋に全員押しかけて眠ることとなった。私を挟むようにして添い寝という大変な状態。ベッドが狭い。瑞穂さんは恐れ多いと扉の前で護衛を買って出た。瑞穂さんも殆ど寝ていないのだから眠ってほしいのだが。
目を瞑ったらすぐに眠りについてしまった。ようやく緊張が解けたようだ。
今後は佐久間さんの防衛も任務に入ってくる。これ以上、人間の犠牲者を出すのは良くない。私も壊れたくない。
佐久間さんは鎮守府内で一番の弱者。代わりに誰よりも頭が良く、閃きが凄い完全なバックアップ役。既に鎮守府の根幹をなす存在。折れたら鎮守府が瓦解する。