深夜に佐久間さんが襲われかける事件が発生した。私、朝潮がたまたま電探を切り忘れたことで侵入者を発見し、惨劇を未然に防ぐことが出来たが、もし気付くことが出来なかった場合、佐久間さんは殺されていた。今回だけは本当に運が良かっただけだ。
これを機に、鎮守府のセキュリティをもっと強めることとなった。今までの深海棲艦とはまるで違う強敵には、こちらも万全な対策が必要であろう。佐久間さんを守るということは、間接的に司令官を守ることにも繋がる。
深夜に動いた特別措置ということで、私と霞、瑞穂さん、そして佐久間さんは昼過ぎまで眠ることに。その間に潜水艦隊による隠密偵察と、元帥閣下の真正面からの偵察が実行されるらしい。まだ連絡は無いが、慎重に調査中とのこと。私達に出来ることは、その連絡を待つことしかない。
「佐久間研究員の夜間護衛は、我々第十七駆逐隊に任せてもらいたい」
「罪滅ぼしってやつさぁ。迷惑かけちまってるからねぇ」
昨晩の襲撃も公表された。佐久間さんが標的となったことを受け、その周辺警護を第十七駆逐隊の4人が名乗り出た。『種子』を取り除かれた後、ただこの鎮守府に住まわせてもらっているということに耐えかねたらしい。
「佐久間さん、うちらに任せとき。元より縁もあるけぇ」
「初めての仲ではありませんしね。またよろしくお願いします」
「よろしくねー。研究のお手伝いしてもらうかもだからね」
「またですか。触り方さえ注意していただければ」
以前から佐久間さんの触り方はああだったようだ。揉まれた私には痛いほどわかる。
夜間セキュリティに駆逐艦を使うことに若干抵抗があったようだが、背に腹はかえられぬということで司令官も渋々了承した。この4人だけは、最上さんと同じ昼夜逆転生活になる。
「だが、佐久間君が狙われ始めたということは、敵も本格的に戦いを始めようとしているね。潜伏をそろそろやめるつもりなのかもしれない」
「一眠りして落ち着きましたけど、やっぱり私、敵にとっては邪魔なんでしょうね。朝潮ちゃんの暴走を間接的に食い止めてますし」
「我々にはありがたい存在だよ。もしあの時こちらの鎮守府に迎え入れていなかったら、今頃佐久間君も素材にされていたかもしれない」
「怖いこと言わないでもらえます!?」
あれだけ恐怖で震えていたが、笑い話に出来るほどに回復。そもそも佐久間さんはメンタルが尋常ではないので、一度吹っ切れてしまえばこんなものなのかもしれない。これくらいでないと私も今後生活出来ないかも。
私達が目を覚ましてから少しして、元帥閣下からの通信が来る。佐久間さんのことで執務室の近場にいた私と霞は、その通信を聞くために部屋に入らせてもらった。聞ける人数は多いに越したことはないとの司令官の判断。
通信の先から聞こえる声は少し緊迫していた。通信の奥も風を切るような音と、砲撃音が聞こえるほどである。
『すまんの。手短に話す』
「何かあったのかい」
『こちらが調査し始めたこと、向こうには勘付かれとる』
やはり。昨晩の襲撃は、こちらはわかっているぞということをこちらに伝えるためのものだったのかもしれない。
『まさか儂の捕縛を考えていたとはな。鎮守府の中に入れられた後、すぐさま洗脳された艦娘に囲まれたぞ』
「通信出来ているということは、何とかなったのかい」
『儂を誰だと思っておる。艦娘相手ならまだまだ負けんよ。だが数が多くてのぉ。姫はやれなんだ』
元帥閣下も提督であり、さらには私達の司令官の上司となる人だ。ご老体かもしれないが、その実力は未知数。そういえば、杖も突かずに素早く動いていたのを思い出す。見た目と身体能力がまったく合っていない。
『彼奴等のしている実験の全貌はわからず終いじゃが、これほどの抵抗をしたほどじゃ。隠したいことが山ほどあるんじゃろ』
「で、そちらは大丈夫なのかい?」
『ああ、現在残念ながら逃走中。撃ってはくるが、鎮守府の外までは出てこようとしないようじゃな。そこだけはありがたい』
よくそんな状況で通信してくるものである。だが無事なら良かった。そういえば以前、司令官が元帥閣下のことを『殺しても死なない』などと言っていたが、今の状況を聞くと言いたいことがよくわかる。
「了解した。無事帰投出来たら、またタイミングを見てこちらに来てほしい。改めて作戦会議をしよう」
『うむ。ではまた』
通信が切れる。無事ではあるが状況が悪いのはよくわかった。
敵は鎮守府の防衛を優先し、こちらへの攻撃は昨晩の潜水艦のように深夜こっそりと行おうとしている。こちらの神経をすり減らし、自分達のやっていることは止めない。無駄に賢い。
「あちらが防衛に入っているということは、こちらから攻め込まない限り情報は掴めないだろう。元帥閣下と再び合流後、威力偵察を実施する。だが犠牲は出したくない。あくまでも偵察任務だ」
今までと違い、攻撃的な敵情視察をする。海路から真正面に進み、そこに設置されているという深海忌雷を除去しつつ、敵の出方を見ることとなる。僅かでも危険と思えば即撤退。撤退を許してくれない可能性もあるが、そこは索敵担当を据えて対応するとのこと。
「機を見て威力偵察部隊を編成する。元帥閣下の準備が整うまでは、通常通りに訓練していこう」
こちらから動く必要はあるが、すぐに動くのは得策では無いだろう、万全の状態を作り上げるためにも、今はまず準備を徹底する。
「では次は潜水艦隊の帰投待ちだね。前回と同じなら今頃敵鎮守府付近かな」
「元帥閣下の監査に合わせたはずなので今は調査を終えて帰投中かと」
タイミング良くゴーヤさんからの通信が鳴る。調査完了の連絡か何かだろうか。元帥閣下とタイミングを合わせての調査なら、追われているのも海から気付いていたかもしれない。
「ゴーヤ君、私だ」
前回と同じという感じで通信に出る。が、そこから聞こえたのはあまりにも想定外の声だった。
『あ、繋がりましたね。貴方が加藤提督です?』
「君は……誰だ。ゴーヤ君じゃないね」
ゴーヤさんではない声。だが、聞いたことのある声。知っている別人。話し方もなんだか違う。
『えーっと、大和?です』
敵となった大和さん。半深海棲艦の大戦艦、大和。
私達の知っている大和さん、元帥閣下の護衛艦娘の大和さんは、注射嫌いという子供っぽいところはあるものの、清霜さんを支え、先導する大人の女性だ。大和だけに大和撫子の雰囲気が春風より強い。
だが、通信の向こうの大和さんは、話し方も何処か子供っぽい。無邪気な子供のような、善悪の区別がついていないような、そんな雰囲気。だからこそ、恐怖を駆り立てられる。
『こちらに潜水艦を3人送ってきましたよね。だからそちらにも潜水艦を3人送ったんですけど、どうしたんですか?』
「こちらに所属しているものの命を取ろうとしたからね。因果応報というものを知ってもらった」
『いんがおーほーというのが何かわかりませんが、殺しちゃったんですね』
言いようのない不安と恐怖。ゴーヤさん達がどうなっているかが問題だ。通信機器を使われているということは、少なくとも捕まっている、もしくは怪我をさせられている。最悪の場合、死。
『佐久間さんを殺せるかと思ったんですけど、ダメだったんですね。少し頭が良くなったくらいじゃダメですか。うーん、やっぱりもっと混ぜないといけませんね』
「君は何を言っているんだ。ゴーヤ君達は無事なのか」
『死んでないですよ。こちらに攻撃してきそうじゃなかったので、殺さないであげました。アマツは優しいんです』
アマツ?
何のことを言っているのだろう。
「アマツ、とは?」
『アマツはアマツです。あ、お母様が加藤提督には自己紹介しなさいと言っていたので、ちゃんと言わなくちゃですね』
コホンと向こうで咳払いする。
『アマツは、
北端上陸姫のことをお母様と呼んでいるだけで、怖気が走る。
大和さんは深海棲艦としての名前を受け取っているようだった。アサや雪さんと同じように。余程のお気に入りなのだろう。艦娘の中でも最強と謳われる大和型を自分の娘にしているのだから。
『あ、そうそう、お話の続きです。潜水艦3人をそちらに送り届けますね。なので、ちょっとそっちの鎮守府に行きます。攻撃しないでくださいね。手が滑っちゃうかもしれませんから』
機械が破壊されるような音がして、通信が切れた。おそらく通信機が破壊されたのだろう。
私達は言葉も無かった。まるで、扶桑姉様に拉致された時のように、ただただ恐怖に震えるしかなかった。
「……本当かどうかはわからないが、送り届けてくれるというのなら、それを受け取ろう。話は私がする」
震える手がどうにもならなかった。隣の霞も同じだったようで、手を握ることでお互いに何とか落ち着く。
「な、何あれ……本当に大和さんなの……?」
「変だったのはわかるわ……半深海棲艦化したとしてもあれはおかしすぎる……壊れてるとかそういうレベルじゃない」
音声だけでこれだ。実物はどうなってしまっているのか。今からこちらに来ると言っているので、怖いがその姿を見ることにする。司令官が話をするのならまだ私達よりも上手くできると思う。
あの恐ろしい通信から少し経ち、私と霞は深海の気配を察知する。それすらも言いようのない恐怖を感じる。
「司令官……来ました」
「工廠に来てもらいたいところだが、何をされるかわからないものにはギリギリまで近付いてもらいたくない。霞君、大発動艇を出してもらえるか。そこで受け取る」
「……了解。危険だと思ったらすぐに移動させる」
司令官を大発動艇に乗せ、鎮守府を出て近海へ。
気配のすぐ後に深海の匂いも感じられるようになった。今までに感じたことのない
「気持ち悪い……酷い匂いがする」
「私には深海の匂いというものがわからないが、どういうものなんだい」
「姉さんの匂いは例えるならフローラルな花の匂いね。でも今感じるのは……ドブ川よ。嫌悪感しかわかない」
もう鎮守府にまで届いているだろう。匂いを感じることの出来る人は、その嫌悪感で体調不良を起こしているかもしれない。私は何とか耐えているが、霞は口に手を当てているほど。
「会敵。あれは……酷い……」
遠くに大和さん、いや、戦艦天姫の姿が視認出来るところにまでやってきた。
見た目は確かに大和さんだった。だが、瞳は真紅に染まり、アサと同じように閃光が走っている。変化しているのは、何よりその服装。黒塗りされているだけでは飽き足らず、桜の紋があった首の金属輪には深海棲艦特有の歯の意匠が取り込まれ、左脚だけだった膝上ソックスも両脚になりと全身黒づくめ。和傘も黒い。
さらには腰。私や島風さんに寄生している深海忌雷がしっかりと寄生している。歪みに歪み、もう取り返しのつかない状態。
「初めまして、加藤提督。約束通り、
ゴーヤさん達が大発動艇にゴミのように投げ捨てられた。3人全員が気を失っており、脚を握り潰されて大破状態。これだと泳ぐことができない。早く入渠させなくては。
「さっきも言いましたけど、そっちが潜水艦を送ってきたから、こっちも潜水艦を送ったんですからね。まぁ佐久間さん邪魔でしたし、ついでに消せればいいかなとは思いましたけど、やられたからやり返したんです。だから、アマツのせいじゃないです」
子供のように怒っている。私達はそれどころではなかった。大人の大和さんが子供のように振る舞うというのがこんなに恐ろしいとは思わなかった。
「だが、君達は朝潮君に対し、執拗に嫌がらせをしてくるじゃないか」
「嫌がらせ? あぁ、それは仕方ないです。お母様の言うことは絶対なので。それに従わないそちらが悪いんです」
理論が滅茶苦茶だ。自分がされたらやり返すのに、私に対しては一方的。完全に壊れている。無理矢理、北端上陸姫至上主義にされてしまっている。
「朝棲姫ちゃんを壊せば、アマツのお友達になってくれるんですよね」
「残念ですが、私は貴女の友達にはなれません」
キッパリと言い捨てる。相手の見た目は艦娘であるが、もう完全に深海棲艦だ。雪さんは改心出来たが、この人はおそらく本当に無理。建造された時点で壊れているのだから、マイナスから始まっている。
「アマツじゃダメですか? お母様も優しくてステキな人ですよ?」
「貴女のお母様のせいで、私のかけがえのない人達がさんざん苦しんでるんです。そのせいで私は怒り心頭なんですよ。貴女のお母様を嬲り殺しにしたいほどに」
この人と話しているだけで危険な気がする。怒りがフツフツと沸いてきている。
「用は済みましたね。3人を入渠させたいので、今日はお引き取りください。霞、工廠へ」
「了解。司令官、飛ばすわ」
「ああ、頼む。この子達を早く治してあげなくては」
早く帰れと、心の底から思った。人をここまで嫌いになるのは初めてかもしれない。北端上陸姫は別格。好きとか嫌いとかではない。死ねと素直に思える。
霞は私の指示に従い、すぐに工廠へ向かった。これでこの人が何もせずに帰ってくれれば解決。だが、そうならないだろうという不安もある。
「そういうの、良くないと思います。でも、アマツは優しいので今日のところはこれくらいにしておいてあげます。佐久間さんは毎日狙いますからそのつもりで」
「私を壊したいなら私を直接狙ってください」
「それだと身体を壊しちゃうじゃないですか。お母様が壊したいのは心ですから。アマツもまた来ますね。近いうちに」
和傘をクルクル回しながら帰っていった。
強がりをさんざん宣ったが、私は一歩も動けなかった。戦艦天姫の姿が見えなくなってから、震えが止まらなくなった。私なんかじゃアレには勝てない。その気があればここで全員皆殺しに出来るほどの力を、その存在だけで見せつけられてしまった。
「っぶ……う……おぇ……」
その場に吐いてしまった。特にキツかったのが、あの混沌とした深海の匂い。霞もよく耐えてくれた。霞がドブ川と表現したのがわかるほど、体調を悪くするほどの歪んだ匂い。人間が混ざり込んだことによる変質かもしれない。
『キツイのなら代わるぞ』
「大丈夫……吐いたらスッキリしたわ。何なのあれ……」
『私もアイツと対面している時に交代してやると言えなかった。すまん』
アサが謝ることは1つもない。アレはもう本当に得体の知れない何かだ。感覚がない思考の海の中ですら、姿を見ているとすくみ上がってしまう何かを持っている。
敵は、正真正銘の化け物。まだ実力すら見えていないのに、一切の勝ち目が見えない。
半深海棲艦化大和、改め、戦艦天姫。