隠密偵察を行っていた潜水艦隊が迎撃されてしまった。それを迎撃したのが、敵の半深海棲艦の大和さん、戦艦天姫。北端上陸姫を母と呼び、やたら子供っぽい雰囲気を醸し出していたそれは、私達に攻撃をすることなく帰っていった。
今攻撃をされなくて本当に良かった。未知の部分は多いが、その存在がそこにいるだけで私、朝潮や霞が体調不良を起こしたため、十全なスペックが出せないでいた。あのままでは確実にやられていた。
『酷いことになってるな……』
「やっぱり鎮守府まで影響あったんだ……」
吐き気が治ったところで工廠に戻ると、そこは阿鼻叫喚だった。
深海の匂いを感じることのできる全員が体調不良を訴えており、扶桑姉様ですらフラフラ。深海ちびっこ組であるレキとシンさん、そして雪さんに至っては、何度も吐いてしまったらしく、体調が悪くない大人組に看病されているほど。
「姉さん……大丈夫?」
霞もフラフラとこちらにやってくる。顔色が悪い。司令官を工廠に送り届けるまでは気丈に振る舞っていたが、工廠に着いた途端に倒れたらしい。
「海で吐いてきたわ……。霞は?」
「さっき吐いたから多少は良くなったわ……。あと、艤装大丈夫?」
戦闘をしてなかったから気付かなかったが、艤装の腕がうまく動かせない。体調のせいでそもそも戦えなかったが、そうでなくても戦うことは出来なかったらしい。
「大発動艇の運用にあまり影響が無かったから良かったけど、戦えって言われたら無理だったわ……ああもう、まだ気持ち悪い」
気配を感じる距離に近付かれただけで、艤装に不具合が出てしまう。これは工廠に置かれていた深海艦娘の艤装にすら影響が出ており、その修理に明石さんがてんやわんやだった。セキさんも体調不良でダウンしているため、戦力になれない。睦月さんの艤装を最優先で修理し、2人体制に持っていこうと必死だ。
「姉さんも休んだ方がいいわよ……」
『そうだぞ。カスミの言う通りさっさと休め』
「そうさせてもらうわ……スッキリはしたけどまだ体調戻らないもの……」
私も足が覚束ない。看病の必要はないが、休息は必要だろう。他の深海絡みの人達と同様、私もすぐに休むことにした。
私達深海組が休んでいる内に、元帥閣下から無事に自分の鎮守府に戻れたと連絡を貰えたそうだ。改めて安心。陸路ではそこまで追ってこないようだ。
今回の件を上層部と協力して解決するかは考えているらしい。そもそも今回の行動自体が極秘。さらには、元帥閣下も佐久間さんと同じように、上層部に裏切り者がいるのではないかと考えている。あくまでも、私達の鎮守府との極秘任務としていた。
そのため、次の合流は元帥閣下側の都合がいいタイミング。それまでに何も起こらないことを祈るしかない。
翌日、ありがたいことに全員快復。入渠していた潜水艦隊の人達も全員怪我も治ったが、隠密偵察は中止。対潜行動が取れる戦艦という例外が見えてしまった時点で、中止せざるを得なかった。また行って、また見つかったら、今度は大破では済まなそうである。
今回の事態を重く見た司令官は、深海艦娘を含めた深海組を集めて作戦会議をすることに。ただし、睦月さんは深海艤装の修復が終わっていないために不参加。代わりにではないが佐久間さんが参加。佐久間さんは第十七駆逐隊のおかげでグッスリ眠れたらしい。
「わかっているだろうけど、集まってもらったのは昨日の件のことだよ」
「近付かれるだけで艤装に不備が出て、体調を崩した件ですね」
事実上、ここに集められたものは、戦艦天姫に近付かれた時点で戦闘不能。つまり、敵鎮守府の攻略戦には参加出来ない。体調不良さえ払拭出来れば、艤装による攻撃が一切無い扶桑姉様は戦闘できるかもしれないが、それでも危険である。
この中だと深海艦娘故に体調不良にならない皐月さんと叢雲さんだけはほとんど害無し。白兵戦以外の武装をしないということにはなるが。
「体調不良は深海の匂いを感じることが条件、艤装の不備は深海艤装全般、ということでいいかな?」
「まだ仮説の段階ですけどね。今のところ、体調不良になるかならないかの差は深海の匂いを感じられるかどうかなので」
あの混沌とした深海の匂いを嗅いだ時から体調が悪くなったのは確かだ。絵の具を混ぜ合わせたようにグチャグチャになった酷いものだった。
「匂いを感じなくする方法はあるんです。半深海棲艦のみんなに配ってるチョーカーの設定を変えるだけでいいですから」
「……それしか無いんでしょうか」
初霜が物言い。以前チョーカーの設定を弄った時、深海の匂いを一切感じなくした時に頭がおかしくなりそうと訴えたのは他ならぬ初霜である。体調不良よりもそちらの方を気にしている。
全員が試してみるべきかもしれないが、少なくとも扶桑姉様はその行為自体が危険な人だ。やるべきではないとは私も思う。
「今はそれしかないと思う。でも、それをしちゃうと余計に苦しいんだよね。なので加藤少将、この案に関しては無しで。どうせ艤装もおかしくなるんです。無理して出撃しない方向でいいでしょう」
「ああ、そうだね。別の案が出来次第、君達の出撃に関しては考えることにする。今は、敵の大和君……いや、戦艦天姫の現れる戦場には、君達は出撃させない方向で行く。構わないね?」
全員が首を縦に。扶桑姉様も、私の意見と同じになるようにしてくれた。さすがの扶桑姉様も、フラフラの状態で戦っては勝機を失ってしまう。
「艤装の不調に関しては、今明石君と睦月君が懸命に調査中だ」
「具合も良くなったから私も参加しよう。明石はともかく、睦月には荷が重いだろう。整備は慣れていても、調査には慣れていない」
「病み上がりにすまないね。セキ君、任せていいかな」
「ああ。深海艤装は私が一番詳しい。任せてほしい」
現在修理中の深海艤装に関しては、セキさんも加わることで調査を進めていくことに。これに関しては佐久間さんにも難しいところだ。佐久間さんは深海棲艦の身体に関しては大分研究が進んでいるが、艤装の方にはほとんど手を出せていない。
「深海艦娘の艤装は外付けだから修理中だが、深海棲艦の艤装はどうなんだい? まだ不調はあるかい?」
「ちょっと出してみます。私と島風さんが一番わかりやすいでしょう。島風さん、艤装を展開してみてください。あ、机とか気をつけて」
「はーい」
島風さんが艤装を展開。歪んだ魚雷発射管と一緒に連装砲ちゃんが出現し、コミカルに動き回る。滑らかに動くところを見る限り、調子が悪いようには見えない。表情も笑顔である。
私も同じように艤装を展開。艤装の腕は綺麗に動く。昨日の不調は修復したように思える。身体と艤装が直結されている深海棲艦だからこそ、体調さえ戻れば艤装も元に戻ってくれる。
「問題ありません」
「連装砲ちゃんもオッケー!」
「それなら良かった。だが、体調不良は辛いだろう。緩和する薬が作れればいいのだが……」
お風呂に入るのも辛かった。湯船の中で吐こうものなら、他の人達にも迷惑がかかってしまう。また、今回の件で、高速修復材を被ったとしても、傷は治るが体調不良はすぐには治らないということがわかってしまった。これに関しては時間で解決するしかない。
「戦艦天姫は近いうちにまた来ると言っていました。それまでに、何らかの対策は必要です」
「そうだね。出来ることは全てしていこう」
「体調不良に関しては私が調査していきます。実はその時の雪ちゃんから細胞を少しだけ貰いました。何かあるか研究してみます」
深海棲艦の身体のことは佐久間さんに一任。佐久間さんなら私達の身体を治してくれる何かを解明してくれるはずだ。
「では改めて方針を言うよ。深海艤装を使う君達は、一時的にだが出撃を制限させてもらう」
改めて通告されるとなかなか堪える。私に関しては2度目の通告だ。状況が状況だけに仕方がないのだが、貢献できないというのがこうまで辛いとは。
「セキ君。深海艤装についての調査をお願いする」
「ああ、任せろ」
「佐久間君。深海棲艦の体調不良についての調査を」
「了解です」
突如、所属している艦娘の約4割が出撃不能となる大惨事。まだ戦闘能力すら確認出来ていないのに、近付かれただけでこうなってしまった事実は、思った以上に私達の心に重くのしかかってきていた。
深海絡みの艦娘が出撃出来なくなった事実は早急に伝えられた。打開策は現状不明。また、深海棲艦が身体に混じっている場合は、近付かれただけで体調不良になるという酷すぎるほどの攻撃を受けることになってしまった。
復活したセキさんも含めた3人がかりの調査で、深海艤装の不調の原因が突き止められた。司令官と私はその話を聞くため、工廠へ。二重の理由で戦力外通告を受けた私だったが、情報収集を最速でやるスタンスだけは変わらないでいる。復帰出来た時にすぐ追いつけるようにというのが一番大きい。
「過負荷だ」
「近付かれただけで負荷がかかったということかい?」
「ああ。それで間違いない」
セキさんも含めた調査の結果、深海艤装全てに強引な負荷がかけられていることが判明した。戦艦天姫が鎮守府に接近した瞬間に、その効果範囲内の深海艤装の出力が過剰に上昇したそうだ。耐えきれなくなった艤装が不調を起こし、うまく動かなくなってしまった。
深海棲艦は艤装と直結されているが故に、その強烈な過負荷が身体にも影響を与えてしまったのかもしれない。そうなると、匂いを感じなくなっても意味がない。
「外側からの負荷だな。自立型艤装をコントロールするように、他の深海艤装に干渉できるのかもしれないな」
「ふむ……遠隔操作艤装の系統か」
「ああ。大和だと思っていると痛い目を見るのはわかったろう」
自立型艤装を遠距離でコントロールするといえば、今なら島風さんがわかりやすい。艤装展開により出現した連装砲ちゃんは、島風さんとは違う意思を持ち動いているが、動くためには島風さんからの干渉、私達にはわからない何かの供給が必要である。
戦艦天姫はその何かを、他の深海棲艦に対して勝手に供給してくるのだろう。そのせいで負荷がかかり不備が発生したわけだ。幸い、脚部艤装にだけは影響がないのが救い。武装と、それを繋ぐ機関部に影響がある。
「霞の大発動艇は深海艤装ではないからな、影響が無かったのだろう。だが、展開していない艤装にすら影響を与えるのは厄介だ」
「回避は難しそうなのかい?」
「出来るかもしれないが、簡単にはいかないだろう」
今すぐにどうにか出来るようなものではないのは確かだ。
「今はやはり、深海艤装を使わない艦娘のみでどうにかすべきだね。ありがとうセキ君。引き続きよろしく頼むよ」
「ああ。優先的に調査をしていこう」
艤装に関してはセキさん頼りだ。サポート出来ることがあれば手伝っていきたい。
「深海棲艦から艤装を外すことは出来たね。それはどうなんだい?」
「オススメはしない。手間がかかるんだ。緊急時に何も出来なくなるのは避けた方がいい。だが、装備が無ければ体調が悪くならないというのなら、外すのも選択肢の内だな」
その辺りは試してみないとわからない。
艤装を外すというのはリスクが高いので、非戦闘員である雪さんが一時的に艤装を外すことで試験してみることに。ただし、戦場に出て確認するわけではなく、なるべくなら避けたいがまた戦艦天姫が鎮守府に接近してしまった時に確認することとなった。
体調不良の具合からレキもシンさんも外す候補だったのだが、艤装に依存しているシンさんから取り上げるのはよろしくなく、レキは仲間外れになりたくないと嫌がったため、雪さんだけになった。
今後の方針が決まったため、私はここから非番。清霜さんのオヤツ作りは一旦落ち着いており、オヤツ作りは今日はやっていない。清霜さんは今も張り切って訓練中。相変わらずオヤツはモリモリ消費中。近日中にまたオヤツ作りを手伝うことになるだろう。
今日は談話室でゆっくりすることにした。ここ数日だけでいろいろありすぎて、心が疲弊している気がする。またバランスを崩しているように思える。
「朝潮様、気分を落ち着けるハーブティーを用意してみました。こちらをどうぞ」
「ありがとうございます。今一番欲しいものです」
瑞穂さんが用意してくれた紅茶を一口。まったりと落ち着ける。
『今回の敵は最悪だな』
「ええ……深海艤装を封じてくるなんて」
霞のコンプレックスになったような内容だが、深海艤装は通常の艤装よりもスペックが高く、どうしても力に差がついてしまう。この鎮守府でも、火力だけで言うなら上位はほぼ深海組に属するものになるのだ。敵は、それを軒並み潰してきた。
自分だけが深海艤装、周りの脅威になりそうな深海艤装持ちは全て封印。それだけでも相当戦いづらいのに、それをやってくる戦艦天姫は深海棲艦化していなくても勝てるかわからない大和さんである。さらには未知の性能を秘めているため、どうすればいいのか本当にわからない。
「朝潮様、今は何も考えず、心をお休めください」
「そうですね。ごめんなさい心配かけてしまって」
「いえ、朝潮様のお気持ち、瑞穂は理解しているつもりです。今回の敵は朝潮様にとって天敵中の天敵なのでしょう。その存在自体が怒りと憎しみを増幅させるもの。さらには朝潮様を含めた周囲のかけがえのないものにまで被害を与える、まさに災害でございます。瑞穂も倒れたレキさんを看病させていただきましたが、あれは朝潮様で無くとも怒りを募らせてしまうものでしょう。小さな子供にあのような仕打ち、瑞穂が朝潮様と同じ立場として戦場に居たのなら、間違いなく怒りで我を忘れていたかと思います。朝潮様、よくぞ耐えられました。あの場で暴走しなかったのは、紛れもなく朝潮様の成長です。少なくとも、瑞穂はそう思います」
久しぶりのマシンガントークに安心感すら覚える。私の穏やかな日常には無くてはならないものの1つだ。
『攻略方法は提督に任せればいいな』
「ええ、今は考えるのをやめましょう。美味しい紅茶を飲んで、心を落ち着けなくちゃ」
『ああ、そうしろ。ミズホに感謝しておけよな』
これからのことを全部自分で考える必要は無いのだ。今はこの穏やかな時間を堪能しよう。その後に、みんなに力を借りればいい。
体調不良と艤装不備をばら撒き、対潜攻撃も可能な戦艦天姫。対策がどんどん限られていきます。