司令官は祝い事があると度々宴会を開こうとするらしく、大淀さんが頭を抱えていた。今回は私、朝潮の新規配属ということで渋々OKを出していたようだが、それでも胃がキリキリと痛むようだ。
「なんか、その……すみません」
「いえ、朝潮さんが悪いわけではありません。歓迎会を開くのは問題ないです。問題は、その規模です」
鎮守府の方針的に新規配属というのは稀であり(
宴会とはいえ、鎮守府の艦娘全員と顔を合わせられるのは好都合だ。1人1人挨拶に回るのは時間もかかるだろうし、何より相手にも都合がある。大きいにしろ小さいにしろ、集まる場はありがたい。
「どうにかどんちゃん騒ぎだけは押さえ込んでみせます。今晩開くと思うので、朝潮さんはそれまで自由時間です。鎮守府の散策などしてみては如何ですか?」
「そうですね。配属されたばかりでここがどういうところかもわかっていませんし、そうさせてもらいます。……あ、そうだ。天龍さん、天龍さんにお会いできれば」
助けてくれたお礼を改めて言いたい。あのまま放置されていたら、ここへの配属は愚か、艦娘としての第二の人生を歩むことすらできなかったかもしれない。
まず私は天龍さんに会いたかった。
「天龍さんは……今日は非番ですね。部屋にいるか、談話室にいるかだと思います。はい、これは鎮守府の地図です」
渡された紙は簡易的に鎮守府の全貌が書かれた地図。
大きな3階建の鎮守府は、北側と南側で施設を分けて設置されていた。
南側はほぼ全てが艦娘のための宿舎とされており、本日中に私の部屋も充てがわれる。空き部屋もそれなりにあることから、やはり鎮守府の規模としては小さい方なのだろう。
北側は先程大淀さんが言った談話室を始め、大食堂や大浴場などの複数人で使用する施設が固められていた。作戦会議室や入渠ドックなどの鎮守府本来の作戦目的の施設もこちら側。
プライベートは南側、艦隊運営と集団生活は北側と振り分けられているのだろう。
地図を眺めていて、私は一つ気付いた。
「建造ドックは無いんですね」
「はい、提督の方針上、我が鎮守府では艦娘の建造を行いません。ドロップ艦の睡眠学習は入渠ドックでもできますし」
実際、私はここに連れられたとき、入渠ドックでの休息で艦娘としての在り方を覚えることができた。建造ドックが無ければ出来ないということではない。
「談話室は2階ですね。地図を見ればわかると思いますが、大丈夫ですか?」
「はい。大きいですけど作りは簡単みたいですし、1人で行ってみます。ありがとうございました」
大淀さんと別れ、私は談話室へと向かった。後ろから宴会の小規模化に向けての怒号が聞こえ始めたが、気にしないでおこう。
地図を見ながらだとすぐに談話室に辿り着くことができた。机と椅子がいくつか並べられ、お茶を淹れるための給湯施設が設置された少し広い部屋だ。
部屋の前に着くと、確かに中から天龍さんの声が聞こえた。他にも何人かいるらしい。初めて会う艦娘には少し緊張するが、これから仲間として共に生活することになる相手だ。おそるおそる談話室の中へ入る。
「ん? おっ、お前あの時の朝潮か!」
最初に気付いてくれたのは天龍さんだった。出入り口に向かって身体を向けていたのだから、最初に気付くのは当然か。
「はい、天龍さん、拾っていただいてありがとうございました。お礼が言いたくて」
「そんなに改まらなくてもいいぜ。で、休息が終わったってんなら、配属先は今決めてるところか? 少しの間はここで生活になるだろうが……」
「いえ、私はこの鎮守府に配属する事になりました。今後もよろしくお願いします」
配属すると言った途端、他の方々も一斉に振り向く。そんなに稀な事なのだろうか、皆驚いた表情を向けてきた。天龍さんもだ。
「マジかよ! お前どこがダメだったんだ?」
「主砲と魚雷が装備できないそうです」
「だからオレが拾ったとき何も装備してなかったんだな」
「それ、ボクと同じだねっ」
すぐさま立ち上がって私に近づいてきた艦娘。明るい金髪を2つに結んだ、私と同じくらいの背格好の人。
「ボクは睦月型駆逐艦五番艦、皐月だよ! よろしくね」
「よろしくお願いします。朝潮型駆逐艦一番艦の朝潮です」
「えっ、いちばん!? 今一番って言った!?」
今度は天龍さんの隣にいたカチューシャを付けた艦娘が立ち上がる。皐月さんよりは大きいが、天龍さんよりは小さい。この人も駆逐艦だろうか。
「あたし、白露型駆逐艦の一番艦、白露。いっちばーん!な駆逐艦目指してるよ。よろしく!」
「ちなみにこいつは高角砲が装備できない上に、駆逐艦だけどタービン周りの
「低速でも主砲があればいいもんねー。遠くからでも急所を撃ち抜けば終わり。あたしの勝ち。あたしがいっちばーん!」
指を高らかに上げる。白露さんは一番へのこだわりがすごい人のようだ。一番艦だからだろうか。それなら私もだが。
「それに、対空はみんなに任せていいんでしょ?」
「勿論! ボクは対空特化だからね! 朝潮もボクと同じ感じに鍛えられるんじゃない?」
対空特化。私の欠陥の事を聞いた時に司令官も言っていた。対空砲火で敵艦載機の撃墜は可能と。
対空特化が複数人いれば、敵空母と戦う事になった時に非常に有利になるだろう。今は皐月さんだけかもしれないが、そこに私が加われば、艦載機を全て撃墜することも可能かもしれない。
「対空特化ですか……いいですね」
「でも対空特化だと天龍先生のスパルタ訓練もあるんでしょー? あたし、あれ結構キツイと思うんだよね。遠目から見てても」
「キツくねぇよ。なぁ皐月?」
「……」
「なんか言えよ!」
自分の
ただ、目指せる場所は無数にあった。やれないのは駆逐艦としてのごく一部。司令官の言葉を借りるなら、別の部分を特化するだけで通常以上に戦えるはずだ。勿論、そうなるためには通常以上の努力も必要なのだろうが。
「まだ保留中にしておきます。まだ配属されて1日も経っていませんし、司令官の指示もあるかもしれませんし」
「まぁよーく考えておいた方がいいよ。どの訓練もスパルタ極まってるから。主砲訓練もヤバいんだよねぇ」
ケラケラ笑いながら白露さんが言う。やはり一点特化というのはスパルタから生まれるのか。それを乗り越えたことで、こんなに明るく振る舞えるのかもしれない。ほんの少し不安を覚えた。
その少しの感情変化を感じ取ったのが、天龍さんに頭を撫でられた。
「不安になるのはわかるが、大丈夫だ。心配すんな」
「天龍さん……」
「ぶっ壊れるまで訓練なんてしないし、それは提督が絶対に許さない。わかるだろ、あの人の人柄」
あの少しの時間で痛いほどわかっている。あの司令官は私達が潰れないようにずっと気にかけているのだろう。欠陥を持っているという事実があるため、普通の艦娘と比べて、潰れる要素は格段に多い。身体は潰れなくても、心は潰れる可能性がある。あの司令官なら、そんなことが起こらないように注意を払っていそうだ。
「現に壊れてない皐月がいるしな」
「壊れるほど訓練したけど!?」
私も自然と笑みが溢れた。ここに配属されたのは幸運だったのだと実感できた。私と同じように欠陥を持つ艦娘が、こんなにも楽しそうに日々を送っているのだ。私もこの人達の仲間になれて良かった。
その日の夜、宣言通り私の歓迎会が開かれた。大淀さんの説得は功を奏したらしく、配属済の全艦娘集まっての慎ましやかな食事会だ。お酒もなく、宴会にはならなそうである。ただし……
「ほらほら、皆食べなさい。私が腕によりを掛けて作った手料理だ」
食事の提供は全て司令官だった。あまりにも意外だった。
本来鎮守府の食事というのは、給糧艦である間宮、伊良湖という2人の非戦闘員艦娘が作るものと聞いた。しかし、この鎮守府はその2人がいない。大淀さんの言っていた『欠陥のない艦娘が回されない』というのは、こういうところにまで及んでいたということなのだろう。鎮守府運営に差し支えるレベルではなかろうか。
「美味しい……」
「な、意外だろ? あの見た目の提督が、料理めちゃくちゃ上手いんだよ。ここの食堂当番制なんだけどよ、提督の日が一番人気だ」
「改めて見ても、結構ちっさいだろ、この鎮守府」
「規模が小さいと言われれば、確かにそうかもしれません」
規模にして数十人の小規模な鎮守府。全員が大食堂に入っても、まだまだ余裕があった。見回しても空席が目立つ。
全体的に戦艦、空母の数が少なく、主戦力になるのは専ら重巡洋艦と軽巡洋艦なのだそうだ。天龍さんも主戦力の一部らしく、ここの鎮守府では最古参に当たる。
「ここにはいろんなヤツがいるけどさ、みんな仲がいいんだ。お前もすぐに馴染めるぜ」
「そうですね。皆さん素敵な方です。まだ話せてない方もいますけど、私のことを気にかけてくれて」
食事会の最初、会を開くきっかけとなった新人ということで私が皆の前で挨拶をすることになったとき、やはり皆さん他人の欠陥には敏感なようで、私の欠陥を聞くや否や、何処の部隊に入れるか、どのような伸ばし方をするかで大騒ぎになってしまった。司令官が止めなければ、私の意思に関係なく全て決まってしまっていただろう。
私のような主砲接続不備は欠陥艦娘の中では多い方らしく(母数が少ないため何とも言えないが)、勧誘が引く手数多な状態に。特に、先に会話していた皐月さん含めた対空特化へのラブコールは凄まじいもので、私も少しその気になってしまっていた。
「やっぱり、私も対空特化した方がいいのでしょうか」
「まぁ……そうだな。この鎮守府の場所から考えると、対空は多いに越したことは無いからな」
そう、この鎮守府は陸からかなり離れた、最前線の海上に作られた人工島に設立されていたのだ。私が艦娘としての生を受けたばかりの頃、それに鎮守府内を散策したところで、その立地については知る由もなかった。
私を拾ってくれた天龍さんは、近海を哨戒中だったそうだ。最前線だから敵は多い。いつ攻め込まれるかわからない。故に、毎日の哨戒任務は必須と言えるものだった。私が何も無い海上に発生したときも、いの一番にこの鎮守府へと連れてこられたのも頷ける。
また、海の真ん中ということで、別の作戦海域からのアクセスもし易い。他鎮守府の艦隊と交戦している敵空母型から放たれ、作戦海域から外れた艦載機が、頻繁に飛んでくるらしい。対空特化の艦娘はそういうときに重宝される。鎮守府内を爆撃されたらたまったものでは無い。
「とはいえ、決めるのは提督だし、他ならぬお前だ。別のやり方だってあるだろ」
「そう……ですね」
「あれもこれもはやめとけよ。パンクするから」
「ああ、そうだ。朝潮君が決めるといい。でもその前に、デザートタイムだよ」
気付けば司令官が料理を配りに隣にいた。甘い匂い、デザートの時間のようだ。
「ホント器用だよな提督。今日は何だ?」
「朝潮君の配属を祝って、シンプルにケーキを焼いてみた。初めてスイーツを食べるなら、蕩けるほど甘いショートケーキがいいだろうと思ってね」
「違いねぇ」
私の前にケーキが置かれる。ドックでの睡眠学習で知識は与えられているが、本当の味は食べなければわからない。
一口、他の人の真似をして食べてみる。瞬間、弾けるような甘さ。今までの料理とは比べ物にならない多幸感。一瞬で虜になってしまった。スイーツ、すごい。語彙も無くなる。
「おいひい……♪」
「おい誰かカメラ持ってこい! 提督のケーキで朝潮が溶けたぞ!」
「はっはっは! 気に入ってくれたのなら嬉しいねぇ。まだまだあるから食べるといい」
この一口をまた味わうためにも、生き延びようと思う艦娘は少なくないだろう。生死の境界線は、こういうとても単純なことで生の側に倒れるのだ。
後日、その時の写真を見せられて頭を抱えたのは言うまでもない。
独自設定、大まかにほぼ出ました。
以降も少しずつ追加があるかもしれませんが、それはその時に。