新たな敵深海棲艦、空母鳳姫に大敗を喫した。こちらは白兵戦の中でも実力上位の天龍型姉妹を有していたにも関わらず、空母との白兵戦に敗北。さらには砲雷撃戦までされ、戦況は滅茶苦茶にされた。
一番酷い怪我を負った吹雪さんは、駆逐艦故に入渠が早く終わり、天龍さんと龍田さんも中破故にそろそろ終わる。龍驤さんはまだしばらくかかりそうとのこと。
私、朝潮はその頃になると大分体調も良くなっていた。一航戦の2人から貰ったお粥のおかげで空腹も満たされている。
「大丈夫? 大きなわたし」
「大丈夫だよ、小さな私。空母に砲雷撃戦でお腹抉られるとは思わなかったよ」
お腹を撫でながら苦笑する吹雪さん。最初期艦なだけあり肝が据わっている。今までの戦闘でもここまでの大破をしたことが何度かあったらしい。少なくとも相手が空母では無かったようだが。
「雪の方こそ身体の具合はどうなの? 艤装外したんでしょ?」
「大丈夫。ちょっと違和感があるけど、すぐに慣れるよ」
事前の計画通り、雪さんは艤装を下ろしていた。今だけは脚部艤装のみ使える小さな女の子。佐久間さんと同じように、守られる側になっている。代わりに雑務に一層力を入れていた。
「朝潮ちゃん、癒し、癒し」
「はい、お願いします。負け戦の後はどうしても荒んでしまいますし」
雪さんに抱きつかれた。島風さんはいないものの、やはりこの深海の匂いは落ち着ける。人間が混ぜられた匂いを嗅がされた後だから尚のこと癒される。
「やっぱり純粋な深海の匂いがいいですね……敵のアレはダメです」
「そんなにキツイの?」
「吐くほどには」
だが、深海棲艦が戦場に出るということは、過負荷の影響と
「天龍さんと龍田さんは?」
「もうそろそろ終わるらしいですよ。噂をすれば、ほら」
天龍さんのドックが丁度開く。さすがの天龍さんも、寝起きは大人しい。頭を掻きながら起き上がる。
「悪ぃ、服くれ」
「はい、どうぞ」
大欠伸しながら着替え、緊張感の無い顔でこちらに来る。
「吹雪と龍驤さんと一緒に入渠っつーのも久々だな。マジ最初の方くらいだろ」
「そうですね。私がトロトロ動きながら龍驤さんを曳航して、天龍さんが慣れない刀振り回してた頃以来ですか」
「そうそう、3人しか居なかった時だ。相変わらず龍驤さんは入渠長ぇな」
ケラケラ笑っているところを見る限り、敗戦が後を引いているようなことはない。さすがこちらも最古参。肝の据わり方が違う。そういえば、天龍さんが激昂しているようなところは見たことがない。怒るときは静かに怒る。それが一番怖い。
「そういえば、最古参の3人が揃ってたんですね」
「おう。深海組省くと、どうしても古参が出張るしか無ぇよ。ま、オレは深海組にも負けるつもりは無ぇがな」
言うだけあって、天龍さんは深海組に普通に勝つ実力者。深海艦娘が誰一人として勝てないくらいは強い。今でも頼りになる大先輩だ。私の始まりの人でもあるわけだし。
「ふぁ……お洋服ちょうだ〜い」
話している内に龍田さんも目を覚ましたようだ。眼をやられるという酷いことになっていたが、後遺症もなく完治。後に引く攻撃をされても困るが、本当に何をしてくるかわからないので不安ではあった。
「とりあえず〜、アレは八つ裂きね〜。女の顔に傷をつけるなんて同じ女の風上にも置けないわ〜」
「怖ぇこと言うなよ。八つ裂きは賛成だが」
「あ、でも目に傷がついてたら天龍ちゃんとお揃いの眼帯になってたかもしれないわ〜」
そんなことで喜んではいけないと思いつつも、霞も似たようなことを言うだろうなと想像がついた。霞と龍田さんは割と似ている。霞と春風を足して2で割ったような姉依存。
「そんじゃあ、龍田も復帰したことだし、オレらは演習でもするか」
「そうね〜。お互い本気でやりましょうね」
「ああ、マジで追いついてきやがったしな。オレもそろそろ手を抜けねぇよ」
まだ入渠が終わったばかりだというのに、2人して艤装を装備し、外に出ていってしまった。血の気が多いことこの上ない。
「天龍さんは昔からああだよ。人数少ない内は工廠にも余裕があったから、度々明石さんと演習しててね」
「ああ、白兵戦の基礎は明石さんだったんですよね」
「そうそう。で、お互いゼエゼエ言いながら帰ってきてさ。うん、懐かしい思い出だよ」
雪さんに抱きつかれながらの昔話は、私の心を穏やかにするのには充分な効果だった。また機会があればいろいろ聞こう。
元帥閣下が合流したということで、ここからは何度も作戦会議をすることになる。最初にやることは、上層部の中の裏切り者の炙り出しから。これに関しては、人間社会のことである。私達が口出し出来る事ではないし、私達が入っていいことでもない。むしろそれが出来る立場にもない。
少しの間、元帥閣下も鎮守府に滞在することが決まった。上役の人が数日間泊まり込みで別の鎮守府に滞在するなんて異例のこと。まだ鎮守府に残っている他の艦娘もいるが、元帥閣下直属、かつ確実に信用できる若い提督に任せてきているそうだ。元帥閣下が直々に育てている提督というのだから、さぞかし出来る人なのだろう。
作戦会議の間、私達はというとやはり訓練に勤しむこととなる。大和さんと武蔵さんは相変わらず清霜さんの訓練につき、赤城さんと加賀さんは他の非深海組との演習。深海組はそのお手伝いとなる。そんな中、私は入渠が終わった龍驤さんに会いに来ていた。時間的には夕方前。まだ日は高い方である。
「おう朝潮……すまんなぁカッコ悪いとこ見せてもうて」
「そんなことないです。格好良かったですよ。怖いくらいに」
破壊されていた右腕を回しながら申し訳なさそうに呟く。あの時の龍驤さんは鬼気迫るものを感じた。それほどまでに、真剣で、怒りに満ちていた。体調が悪くなければ、私もその怒りに呑まれていたかもしれない。
「……鳳翔はな、うちと組んで一航戦やっててん」
「一航戦って……赤城さんと加賀さんでなく?」
「うちらん時はローテーションだったんよ。うちと鳳翔、あと赤城と加賀でな」
艦の頃からの因縁はかなり深い。赤城さんと加賀さんもだが、龍驤さんは特に深いように思える。
「あの鳳翔は見るに堪えん。狂っとるし、壊れとる。もうあれはどうにもならへんのやろ」
「……おそらくは。雪さんのように改心する見込みはありません」
「だから、うちが始末したるねん」
その目から感じられる決意は固い。自分の手で決着をつけたいと、心の底から考えている。だが、危うさも感じる。命を捨てる覚悟まで見え隠れしている。それは良くない。
「私は龍驤さんの意志を尊重します。ですが、死ぬ気でやろうとは思わないでください」
「……わかっとるわそんなもん」
清霜さんと同じように敵との因縁のため戦いを望むものの、龍驤さんのそれは、清霜さんよりも深い分、重く暗い。
「うちかてわかっとんねん。あいつがアホみたいに強くなっとんのは。あんだけやって、あいつ無傷やぞ。旧式の軽空母が、白兵戦組2人と古参兵の吹雪相手にして、片手間に殺しかけよった」
イライラしている。握り拳が震えているのが見える。
「鳳翔だけは確実に
私が同じ立場なら確実に暴走しているほどの怒り。艦娘とはいえ、あまり負の感情に支配されるのはよろしくない。
気持ちはわかる。自分の一番の仲間であった人が敵の手に堕ち、普段ならやらないような振る舞いをさせられ、さらには自分の仲間に傷を負わせた。殺さなくては止まらない相手である。なら自分の手でと思うのが筋だろう。
「……1人で戦うと?」
「んなことは一言も言うとらんぞ。あん時は頭に血ぃ上っとったが、ありゃうちだけじゃ勝てん。みんなに力貸してもらわんとな」
ニカッと笑みを浮かべた龍驤さん。先程までの怒りに満ちた空気は何処へやら、いつもの雰囲気の龍驤さんに戻っていてくれて一安心。
最古参故に、この鎮守府のやり方は特に身に染みている。命懸けは御法度。出来ないことは助け合い。悩みはみんなで解決。仲間意識の強さだけは他の鎮守府の追随を許さないと自負できる。
「深雪の気持ちがわかったわ。因縁ある相手やと、嫌でも突っ込みたなるな」
「ああ、電さんの件ですね」
「でもうち自力で突っ込めへんねん。また
大発動艇を運用できる人材は数が限られている。深海組を省くと、水上機母艦である秋津洲さんと瑞穂さん、それ以外だと龍田さんと響さんしかいない。秋津洲さんはほぼ鎮守府にいないため、実質3人である。
私や霞も大発動艇要員ではあったのだが、戦場が戦場だ。出撃すらままならない。私に至っては、この身体になってから接続がうまく出来なくなってしまった。
「そこは司令官に任せよか。うちの気持ちくらい汲んでくれるやろ」
「そうですね。それに、相手が空母なら制空権のためにも働いてもらわなくては」
「ほほう、言うやんけ。次はああはいかんで。あん時は全部ぶつけてもうたが、今回は頭も冷えとる」
深雪さんもそうだが、一度肝が据わってしまえば冷静に対処できる。
「せやけど、あの艦載機の量と主砲はどないしよか。対空要員と空母5人でやっとこさ均衡やもんなぁ」
「龍驤さん! あたし達に任せて!」
工廠の海側から駆け込んできたのは、訓練の休憩に来た清霜さんだ。後ろから榛名さんもついてきている。以前見た時と艤装の形状が僅かに違うように見えた。これが少し前に聞いた新武装の何かだろうか。
「話は聞いた! そういうのは、本体を押さえちゃえばいいんだよ!」
「おいおい、簡単に言ってくれるやん。それが出来りゃ苦労せんぞ」
「榛名にお任せください。ようやく慣れてきた新武装、役に立つ時が来ました」
清霜さんに次いで訓練量が多い榛名さん。武蔵さんが清霜さんに付きっきりになっている間に、大和さんから訓練を受けていた。それまでも、戦艦勢や深海勢とも訓練を行っており、ついに何かを成し遂げたらしい。
いつも大丈夫と言っている榛名さん。今回は輪をかけて自信を持っているように見えた。
「ほんなら、うちから進言しよか。次に鳳翔とやり合うのがわかってるなら、うちとキヨと榛名は入れてくれってな」
「龍驤さん、オレらも頼むわ。今回で因縁出来ちまった」
演習を終えた天龍さんと龍田さんも工廠にやってきた。激しすぎる演習のせいで、訓練用の武器が2人揃ってまた砕けてしまったらしい。
「おう、天龍と龍田もか。そういや龍田は顔面に貰っとったもんな」
「あれは許せないわよね〜。でも、次は無いわ」
「気合い充分やないか。ほんなら、早速進言やな。もう一人は適当に決めてもらうわ」
龍田さんは白兵戦に集中した方がいいため、もう一人は大発動艇が運用出来ること前提になるだろう。そうなると、今なら響さんがほぼ確定。今回は今まで以上に団結力が高い。非深海組ならではのチームワークに期待できそうである。
これだけ言っていて制空権に関しては完全に度外視してしまっているのはご愛嬌。相手が空母であることを忘れてしまっているのではないだろうか。嫌でも連合艦隊で制空権が取れるメンバー総動員になるはずだが。
「そうだ、オレらは武器がぶっ壊れたんだった。早く直してもらわねぇと」
「そうね〜。演習出来ないものね〜」
「どんだけ激しくやっとんねん」
「榛名さん、あたし達も続き!」
「はい、頑張りましょうね清霜ちゃん」
話が纏まったからか、また皆が散り散りに。だが、誰も後ろ向きなことはない。次は負けないと前を向いて、やるべきことをやるために歩いている。
またこの場には龍驤さんと私だけの状態に。
「朝潮、お前らの分、うちらが背負ったるからな」
「……お願いします。戦場に行けない私達の分まで」
「おう、任せとき。絶対あいつをしばいてきたる。朗報待っとけ」
手を振りながら工廠を出ていった。小腹が空いたから何かを摘んでくるそうだ。小柄だが、頼もしい背中だ。私達深海組は、あの背中に全てを託すことになるのだ。
この後実際に龍驤さんが進言し、部隊の編成はほぼ固定となった。前以て空母鳳姫が来ることがわかるのなら、龍驤さんが先陣を切ることになる。皆やる気も充分。
私は応援することしか出来ないが、心配するようなことは無かった。この人達なら必ず勝利を収めるだろう。悲しい戦いになることはわかっているが、心が折れるようなことは無い。
この話で200話となりました。100話目から数えると、1日休んだだけでほぼ毎日投稿でした。今後もペースはほぼ変わらないかと思います。これからもよろしくお願いします。
朝潮はいいぞ。