欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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駆逐艦から戦艦へ

私、朝潮が目を覚ましたのは、蓋の開いた入渠ドックの中だった。まだ頭が少しボーッとするが、体調不良のときのような吐き気や身体の重さはもう無い。ただ、ドックの中が前よりも少し狭いなと思えた。

戦艦天姫と軽巡岬姫の襲撃の際に、自分の身体がさらに成長してしまったことを物語っている。

外は薄っすら暗くなっていた。あの戦闘からそれなりに時間は経っている。消耗だけで私はこれだけの入渠をさせられたらしい。

 

私の入ったドックの周りには、妹達を含め、扶桑姉妹を除いた、いわゆる()()()が全員揃っていた。一番先頭にいたのはやっぱり霞。

扶桑姉妹はあれだけの重傷なのでまだまだ時間がかかるそうだが、どちらも一命を取り留めたそうだ。本当に良かった。

 

「ご心配をおかけしました……」

「ホントよバカぁ……」

「アサ姉ちゃん! よかったぁ!」

 

身体を起こすと霞とレキが抱きついてくる。余程心配してくれたようなので、優しく頭を撫でてあげた。全員体調不良は治っているようだった。

 

『すまん……私が同調しなければこうはならなかったかもしれない』

「私こそごめんなさいアサ。あっという間に飲み込まれちゃった……」

 

アサも無事なようで良かった。今回の影響で思考の海に封印されてしまっていたらどうしようかと思った。

 

「御姉様、起き抜けで申し訳ありませんが、ドックから出て、立っていただけますか」

 

春風に言われ、ドックから出る。ここにいる誰よりも身長は高くなっている。戦艦故に一番大きなウォースパイトさんも、車椅子であるがために見下げてしまうことに。まさかクウよりも大きくなってしまうとは。

 

「私と同じくらいね。スタイルも近いかしら」

「そうですね……ウォースパイトさんや榛名さんに近いくらいかもしれません」

「ねぇアサシオ、これを機にQueen Elizabeth級を正式に名乗ってみるのはどうかしら。今なら姉妹と言っても差し支えが無い気がするわ」

「ふふ、考えておきます」

 

冗談で空気を緩くしてくれるお茶目な女王様。今はその気遣いもありがたかった。霞達は襲撃を受けたことよりも、自分達が動かなかったことよりも、私がまた成長してしまったことを一番重く取っている。

言われてみると、今の私は黒髪になったウォースパイトさんのような様相。

 

「瑞穂さん」

「お召し物をどうぞ……と言いたいところなのですが、本当にこちらでよろしいか、瑞穂には判断が出来ません。お気に召さないようでしたら、少々お待ちいただく必要があります」

 

瑞穂さんから差し出されたのは、どう見ても朝潮型の制服では無かった。だからと言って扶桑姉様と揃いの黒い着物でもなく、アサの着る駆逐棲姫のような服でもない。

それは、戦艦水鬼の黒いドレスだった。私のためのものだからか、前に見たそれより丈がかなり短い。

私の身体が成長したことで、ドックの妖精さんが誤認したらしい。今までは駆逐艦朝潮として認識出来ていたが、今回でより一層()()()()に足を踏み入れてしまった。ついには駆逐艦としても見られていない。

 

「……今はこれを着ておきます」

 

せっかくなので袖を通す。肩がバックリ開いたドレスなんて初めて着るが、妙にしっくり来た。ロンググローブというのも初めて。これを着ていると、ウォースパイトさんが言いたいこともわかる気がする。女王になったような気分。

着てから前に出ると、皆から感嘆の声が漏れた。霞に至っては、別の私が来た時以来の目にハートマークが浮かぶ始末。

 

「Impressive! アサシオ、やっぱりQueen Elizabeth級なのね。今日から貴女が女王(クイーン)よ。私の姉が嫌なら妹というのはどうかしら。そうね、Valiant(ヴァリアント)と名乗ってほしいわ。いいと思うの」

「いや、あの、さすがにそれは」

 

今までにないほどの食いつきのウォースパイトさん。車椅子から身を乗り出してしまうほどである。

 

 

 

その足で執務室へ。私が目を覚ましたということで、司令官の他にも元帥閣下と佐久間さんが待機している。何かがあるかもということで、私の側には瑞穂さんが付きっきりになった。

執務室に入ると、それはもう驚かれた。変化した瞬間を見られているため、姿自体には耐性があったと思う。だが、戦艦水鬼の服で来るとは思っても見なかったのだろう。

 

「……見違えたよ。もう朝潮君の原型が殆どないじゃないか」

「そうですね……妖精さんから用意された服もこれですし」

「駆逐艦朝潮が、戦艦水鬼になった……と」

 

一つ前の状態は、少し小柄の軽巡洋艦ほどの大きさではあった。そもそも駆逐艦というのも難しい見た目ではあったが、萩風さんや、今なら磯風さんのような駆逐艦にしては()()()()()人がいたのであまり違和感は無かった。

が、今の私は先程の通り、ウォースパイトさんに近い外見。駆逐艦ではなく戦艦である。艦種すらも超越してしまった。

 

「まずは、君が眠っている間の戦いのことを伝えよう」

「はい、お願いします。あの後どうなったかを」

 

ガングートさんと榛名さんが戦艦天姫を追撃しに向かったのを見て私は落ちた。その後、2人の()()()は興味を失ったようにさっさと帰っていったらしい。

そこから判断されたあちらの目的は、戦艦天姫が思いついたという作戦の実行。真正面から鎮守府にやってきて、私を捕まえた後、目の前で鎮守府を破壊することで心を壊すという作戦。

 

「奴らは終始全力を出していなかった。最後は興が削がれたから帰ると言ったほどだ。君がここまでの変化を見せたから目的自体は達成したんだろうね」

 

ついでに洗脳出来れば儲けものというくらいで、私に大量の『種子』を埋め込んだのだろう。結果的には那珂ちゃんさんを始めとする非深海艦の方々のおかげで洗脳されずに済んだが、あれが無ければ私は今頃、この鎮守府を滅茶苦茶にした挙句、敵鎮守府で北端上陸姫に跪いていたことだろう。

 

「結果的に被害は君が知る限りで止まったよ。山城君、扶桑君が轟沈寸前の大破。瑞穂君が中破。天龍君と龍田君は入渠要らず。そして君は、念のための入渠だ。瑞穂君の方が早く目を覚ましたくらいだから、大きく消耗していたんだろう」

 

元々体調不良の状態からスタートしていた今回の戦闘。強引な成長、進化をして相当無理矢理な艤装不調の払拭をしたものの、無茶が過ぎているのは確かだ。消耗が激しいと言われても納得できる。

 

「ではここからは朝潮君が入渠中、佐久間君に実施してもらった調査についてだ」

「入念に調査させてもらいました。例の『種子』のこともありましたし、何よりこのサイズアップはあまりにも異常ですし。で、結果なんですが……」

 

佐久間さんが纏めた書類をペラペラとめくる。その枚数は今まででも一番多い。それほどに細かく調査してくれたのだろう。

 

「まず最初に、『種子』が埋め込まれていることは確認されませんでした。妖精さんにお願いして、身体の中を隅々まで見てもらっています。これは保証できます」

「それは安心じゃな。朝潮ちゃんがやられてしまったら、お爺ちゃん心臓止まってしまうかもしれん」

 

今までにない量の『種子』を埋め込まれ、一気に『発芽』させられたのは私が初めてである。中和が全て終わっているかもわからなかったため、この調査結果に私も胸をなで下ろすことに。

 

「身体は今までからまた変わって、レキちゃんに近いですね。つまり、戦艦です」

「私駆逐艦なんですけど……」

「出力はもう戦艦なんだよ。多分食欲とかも増えてるから覚悟した方がいいね」

 

やはり艦種自体が変化してしまっていた。もう自分が何者かわからなくなってきた。駆逐艦でも無ければ、戦艦としても紛い物。深海棲艦としても中途半端で、艦娘とはもう言えない。一体私は何なのだ。

 

「……私はあともう一度変化したら最後らしいです。軽巡岬姫の言い方からして、今の姿が最後から一つ前らしいので」

 

あの時の『重巡のモードを飛ばした』というのと『あともう一段階』という言葉からして、私の最後の状態は次の変化。その変化を迎えると、私は本当に後戻りが出来ないところに行ってしまう。もしかしたら、もう正気に戻ることもないかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。

 

「司令官、私の方針は変えないでもらえないでしょうか。今までと同じということが、私にとって一番の心の安定ですので」

「先に言われるとは思わなかった。方針として、君には今後も同じように生活してもらうよ。大丈夫、君のことはわかっているつもりだ」

 

事実上の戦力外通告の状況は変わらず。ただし、道案内などの緊急性が高い任務には電探代わりに出撃する。今回手に入ってしまった能力は宝の持ち腐れになるだろうが、私にとってはそれでいいのだ。訓練だけはしていくが。

なら、私は訓練担当になる方がいいかもしれない。

 

「佐久間君すまない。話を続けて欲しい」

「あ、はい。一応臭気計を使わせてもらいました。身体が変化したことが影響があるかを見たかったので」

 

元帥閣下はやってもらおうと思ったものの結局全容を知らせることがなかった臭気の話。本当に念のため元帥閣下にも臭気計を使ったが、当然ながら値は0である。無関係ならこうなるという証拠を見せたことに。

 

「普通の深海棲艦、ここでいうとレキちゃんやクウちゃんですね、それだと100なんです」

「ほうほう。朝潮ちゃんはそれよりも大きいんじゃな?」

「はい。今回の計測で、単独で2000を超えました。半深海棲艦に影響を与え始める数字です。相乗効果など関係無しに」

 

状態が悪化するごとに臭気の値が上がるということがわかった。これが何を意味するのかはまだわからないが、私がより深く堕ちているのは理解できる。

 

「あとは……これだけ調べて前から変化がある部分がほとんど無かったので安心しています。性格……思考回路……頭の中に関しては調査でわからないので、これから生活する上で何かあれば随時という感じです」

「ありがとう。一先ずは安心だ」

 

佐久間さんの調査でここまでわかったので私も安心である。基本的には今までと変わらず。身体のサイズに慣れる必要はあるが、これまでの生活と何も変化なしはありがたい。

 

「朝潮君、戦闘があんな感じなのはわかっているが、何か敵についてわかったことはあったかい?」

「わかったこと……えぇと……あ、そうだ。戦艦天姫が妙なことを言っていました」

 

戦艦天姫は『種子』が『発芽』したときの気持ちよさを知っている素振りを見せた。それに、口の中から『種子』を出すことが出来るということは、本人に『種子』が埋め込まれていることに他ならない。

ということは、戦艦天姫にも佐久間さんが作った中和剤が効くということだ。それで何か変わるかはわからないが。

 

「あともう一つ。『発芽』したあの瞬間から、那珂ちゃんさんに治療してもらうまでの間だけ、混ぜ物の匂いが苦痛じゃなくなりました。もしかしたらなんですけどこれって……」

「『種子』が埋め込まれているなら深海艤装への影響が無い! だからか!」

 

佐久間さんが叫ぶ。私の想像と同じところに辿り着いたようだった。

 

「おかしいと思ったんですよ! 空母鳳姫の随伴の空母棲姫に艤装の不調がない上にスペックが上がってるのが! 多分『種子』の効果です。自分の配下に置くだけじゃなく、潜在的に強化することもできるんですよ。仮説ですけど!」

 

全て辻褄が合う。こちらだけスペックダウンして、あちらはスペックアップ。洗脳も行き届き、確実に逆らわない手駒にもなる。

それが既に初期の段階から組み上がっているのなら、『種子』を埋め込むことが出来ない島風さんは邪魔以外の何者でもないから捨てて当然だ。今までのことが繋がった。

 

「もう少し『種子』の解析をしてみます。もしかしたら、敵の攻撃の対策が出来るかもしれません」

「頼んだ。これはもう専門家の君に頼るしかないからね」

「佐久間、昇給を楽しみにしておくといいぞい」

 

人目憚らずガッツポーズ。これだから佐久間さんは憎めないムードメーカーだ。私の身体についてはどうしても重い話になってしまう。それを崩してくれたのには感謝。

 

 

 

夜。夕食やお風呂ではさんざん冷やかされた。替えの制服が出来るまで私は戦艦水鬼スタイルで生活することになるためである。目が合う人全員からやりたい放題言われたい放題だが、事実なので何も言い返せないという苦痛。中には当たり前のように胸を揉んでくる輩まで。私を何だと思っているのだ。

 

霞は夜ではあるが所用ということで少し後に部屋に来ると言っていた。そのため今は私室に1人。

今日1日だけで酷い目に遭った。暴走し、身体が大きく成長させられ、さらには『種子』まで埋め込まれて。それを思い返したとき、思い出さなくてもいいことを思い出してしまった。アサもおそらく同じことを考えてしまったのだろう。

 

「少し遅くなったわ。……って、姉さん!? 顔面蒼白よ!?」

 

霞が入ってくるや否や、私の異常を確認して飛びついてくる。

 

「か、霞……私……とんでもないこと……」

「大丈夫、落ち着いて。大丈夫だから、私に話してみて」

 

いつもとは立場が逆になってしまったが、霞に後ろから抱きつかれて温もりを与えられる。

 

「私、『種子』を埋め込まれて『発芽』させられて……価値観が変えられてた……」

「……私もあったことね……周りが全員敵に見えるやつよね」

「それだけじゃないの……わ、私……北端上陸姫を……()()()()()()()()……」

 

ゆっくりと歪まされ、中和剤を投与される直前辺りで一瞬だが完全に書き換わったタイミングがあった。鎮守府の皆が全員敵に思え、目の前にいた戦艦天姫が大の親友というほどに愛しく、さらには宿敵であるはずの北端上陸姫が従うべき母だと感じてしまった。

あまりに嫌悪感が酷く、頭がおかしくなりそうだった。罪悪感を上回る嫌悪感に吐き気すらしてきた。

 

「辛いわよね……でも大丈夫、私達がいるから。もうあんなことにならないから大丈夫」

「そ、そうよね……そうよ……私が割りきらなくてどうするのよ……」

「私達にいつも言ってることだもの。姉さんならすぐに吹っ切れるわ」

 

だが、その日は私の方から添い寝をお願いするほど憔悴してしまったのは確かだった。明日になったら立ち直れているかもしれないが。今だけはこの温もりが愛しい。

 




朝潮が妖精さんも認める戦艦化をしたので、清霜が遠くの方から羨ましそうに見てくるようになります。
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