その日の夜、山城姉様が目を覚ますという報せを聞き、工廠にやってきた私、朝潮。山城姉様が倒れてから私の身体は変化してしまったので、初見で私を朝潮と気付いてくれるかは不安ではある。今は練習巡洋艦の軍服姿だし、尚のことわからないかも。
私が横についたことで、山城姉様の入った入渠ドックが開いた。私が最後に見た山城姉様の入渠は、戦艦水鬼戦の後くらい。それ以降は無傷とは言わないがお風呂で治る程度の傷くらいだった。それが、丸一日以上を費やして治療されるほどの大怪我を負ってしまった。大丈夫だとは思うが、山城姉様のメンタル面が心配である。
「……どれくらい寝てた」
「あの時から丸一日と数時間です」
私の声を聞き、誰だって顔をされた。これが普通。
「そう……え、アンタ誰、まさか……朝潮!?」
「はい、
少し混乱したが私だとわかってくれた。戦艦と名乗れるようになってしまった。
頭を振りながら身体を起こす。当然だが身体には傷1つ残っていない。治療と同時に実施された調査で『種子』は発見されたものの、すぐに取り除かれているため、その辺りの心配も無い。
「酷い戦況だったってのはわかったわ……姉様は?」
「隣で入渠中です。山城姉様よりも酷い傷を負いまして……」
「……そう。無事ならいいわ」
果たして無事と言えるかはわからない。目を覚ましてからが本当の戦いの可能性もある。
本来なら払拭できない艤装への過負荷を強引に乗り越え、いろいろなものを犠牲に戦った。身体が内も外もボロボロな上に、自ら狂気により深く呑まれて心も大きく傷がついている。
「久々ね……ここまで大敗するのは」
治療され綺麗になったお腹を撫でる。
「……正真正銘の化け物が相手なのね」
「はい……私も倒れていましたが、結局無傷で帰ったそうです」
「そう……扶桑姉様もやられて、アンタも暴走して、それでも無傷か……」
少し手が震えている。あれだけのことをされたのだ。恐怖くらい持ってもおかしくない。
「朝潮、戦艦天姫は先約いたっけ?」
「清霜さんが。名誉大和型として、止めたいと」
「そう、なら私もそれを手伝ってあげる。人の腹に風穴を空けておいてただで済むと思われちゃ困るわ」
その恐怖を超えるほどの怒りと、さらにそれ以上の喜びを持っているように見えた。今回の敵はあまりにも高い壁。それを越えるのが楽しみで仕方ないのだろう。
搦め手が効果的であることはわかったが、搦め手ばかりでは勝てない。清霜さんと同等、いやそれ以上のゴリ押しも必要だ。山城姉様が参加してくれるなら心強い。
ドックから立ち上がったので、用意していた服を渡す。いそいそと着替えながら、しげしげと私を見る。また成長してしまった私が余程物珍しいのだろうか。
「ところでアンタ、駆逐艦やめたわけ?」
「調査の結果は戦艦と出ました。艦種すら変えられてしまいましたね」
立ち上がった山城姉様と比べると、少し背が低いくらいでさほど変わらないというところまで来てしまった。並んでいれば姉妹と見られてもおかしくないほどに。服を揃えれば勘違いされるだろう。また他の人達に説明するのが難しくなる。
「で、それ香取の服よね。練習巡洋艦?」
「戦場に出るのが難しいので、しばらくは訓練担当をしようかと思いまして。さっきまでは戦艦水鬼の服でした」
「アサはそっちの方を好みそうね」
よくわかっていらっしゃる。
「訓練担当なら、私の訓練も見てちょうだい。相手してくれても構わないわ」
『いいぞ! 私がヤマシロ姉さんの相手をする!』
「アサが乗り気なので、お相手もさせていただきます」
訓練担当と名乗るのなら、あらゆる人の相手をするべきだろう。山城姉様とこういう形で戦うのは初めてのこと。私も少し楽しみである。
一晩明けて、今度は扶桑姉様の治療がそろそろ終わると連絡を貰う。左腕を切り落とした時と近しい時間がかかっているが、前回の経験から妖精さんもそれなりに早く終わらせることが出来たそうだ。早いといっても丸2日かかったが。
扶桑姉様の目覚めということで、私は海峡夜棲姫の着物でドックの横に山城姉様と一緒に立つ。
「それじゃあ開けますねー」
明石さんがそう言うと、ドックが開いた。身体中が裂け、腹に大穴が空き、血涙を流していた扶桑姉様も、今は綺麗な外見をしていた。だが油断はできない。半分とはいえ深海棲艦の身体であるせいで、後天性の
「姉様、大丈夫ですか?」
「……山城……無事……だったのね……」
入渠したことにより、心もある程度は落ち着いてくれていた。何より、あの時狂気により深く呑まれるキッカケとなった山城さんが無事だとわかったのも大きい。それだけで安定する。
「朝潮……朝潮は何処……」
「ここにいます。扶桑姉様」
「……よかったわ……貴女も無事……なのね……」
ゆっくり身体を起こす。後天性の
「また大きくなってしまったのよね……でも……また妹に近付いたわ……もうほとんど瓜二つ……髪が長いくらいよ……」
服を着てもらうと、すぐに抱きついてきた。山城姉様まで引き寄せて、妹の温もりを得ようとする。
やはりあの時から心は崩れたままだ。一度手に入れたものをまた失うというのは誰だって辛い。いくら狂気に呑まれていたとしても、それは変わらない。私もそうだが、扶桑姉様も心を穏やかにした方がいい。
「今日はずっと一緒にいます。姉妹一緒に過ごしましょう」
「そうね、そうしましょう。扶桑姉様、今日は丸一日癒されてください」
「ええ……ありがとう……生きていてくれて本当によかった……」
涙目の扶桑姉様。私達も同じ気持ちだ。せっかく手に入れた幸せを手放すことなく終われたのは、本当に良かった。こんなことで殺されては堪ったものではない。
扶桑姉妹が目を覚ましたことで、鎮守府は平常運行に戻った。私達の裏側では今でも司令官と元帥閣下が敵鎮守府制圧のために手を回してくれている。準備さえ整えば、ここの戦力を使い制圧作戦が実行される。
その作戦に、私は参加しない。ただでさえ深海艤装に干渉してくる敵が相手だ。それに加え、私の心を揺さぶるものが数多く存在する。二重の意味でも出撃不能である。それは扶桑姉様も同じ。私達は山城姉様の出撃を見送ることになるだろう。
そういえば、北の拠点攻略の時、私は一度として皆の出撃を見送ることは無かった。全ての戦いに参加し、電探の性能で全員をサポートし続けていた。その反動が来てしまったようにも思える。
「朝潮は……ちょっと頑張りすぎね……。今はゆっくりすればいいのよ……」
私と扶桑姉様の安寧のため、午後からではあるものの領海にやってきた。穏やかになるのならここが一番である。前回はこのタイミングで流れ着いてきた島風さんを発見したわけだが、今回は何もない、と信じている。少なくとも今は深海の気配は感じない。
私は扶桑姉様の膝の上に座らさせられ、今までと同じように頬擦りされていた。だが、私の身体が想定以上に大きくなってしまったが故に、とても窮屈そうである。
「扶桑姉様、重くないですか」
「重いというより……やりづらいわ……。朝潮……成長したわね……」
結局膝の上から下ろされ、隣に座らさせられる。いつもは私が他の人にやる側だが、今日は私が扶桑姉様に抱きかかえられ、胸に顔を埋めることに。扶桑姉様もいい匂いがする。
「妹の温もり……満たされるわ……」
「これくらいならいつでもどうぞ。私は扶桑姉様の妹ですから」
「ありがとう……朝潮……」
逆サイドの山城姉様も、艤装を妖精さんに頼んで下ろし、扶桑姉様にもたれかかっている状態。温もりが多ければ多いほど、扶桑姉様は癒されるだろう。先天性の半深海棲艦の特徴である不安定な心も、これで安定するなら御の字である。
それに私も癒される。長女故に姉という存在に憧れがあった私に出来た、かけがえのない姉達だ。大事にしてもらえていると実感出来る。私も恩を返さなければ。
「アンタもしっかり癒されなさい。後が無いんでしょ?」
「はい、勿論。もう誰にも迷惑をかけたくありませんからね」
口調は強いが、山城姉様の思い遣りを感じる。山城姉様も末っ子故に妹を潜在的に欲していた人だ。だからこそ、私達は仲良く姉妹でいられる。
『お前は本当に無理しすぎるからな。姉さん達に癒してもらえよな』
「わかってるわ。ここでは癒される義務があるもの」
『わかればよろしい。この土地では私がルールだからな』
こういうときばかりは姫である。それならば私もそうなるはずなのだが、ここではアサの方が立場が強い。素直に言うことを聞くのがいいだろう。私だって癒されるためにここに来ているのだから。
休息の時間。自分の島ですっかり癒され、うつらうつらと船を漕ぎだす。
「眠いなら寝なさい。ここはそういう場所なんでしょ?」
「はい……すみません姉様……少し眠らせてもらいます」
扶桑姉様は既に落ちていた。丸2日の入渠の後だとしても、精神的な疲弊は取り切れたわけではなかったようだ。やはり敗北というのが心に響いている。
私だって今までに何度も負けてきたが、今回のものは今までと違う。敵が無傷だったことや鎮守府を襲われたことより、私が自分を制御できず、今の姿になってしまったことが一番の敗北。敵の思惑通りになってしまったことが一番悔しい。さらには『種子』による価値観の変化を一瞬だけでも体験してしまっているのが辛かった。
精神をある程度回復してくれる入渠でも、心の繊細な部分は無理に等しい。そういう時は、本能に従い寝て忘れるが一番。
「……山城姉様……いろいろと……頼らせてください」
「ええ、好きにしなさい。私だってアンタの姉なんだから」
「ありがとう……ございます……」
そのまま眠りに落ちた。もう戦いなんてせず、ずっとここでこうしていたいなんて思える空間。ここに私の妹や娘達もいれば、もっと癒されるだろう。
日が傾いたところで目を覚ました。ちょっとゆっくりしすぎたらしい。途中で山城姉様も転寝してしまったらしく、3人仲良く島でお昼寝だった。
ここは夜景も素晴らしいのだが、鎮守府に属している以上なかなか見ることが出来ない。知っているのは私とクウだけだろう。霞との出会いの戦いは戦闘でそれどころでは無かったし。
「あ……扶桑姉様……その、ごめんなさい……」
「いいのよ……それくらい緩んだのでしょう……」
『最近お前の方が侵食率ヤバいよな』
思い切り緩んだせいで、島の周りを侵食してしまい、真っ赤に染め上げてしまった。この身体になって初めて領海に来たわけだが、まさかここまで簡単に侵食してしまうとは。
扶桑姉様の脚部艤装不備は当然今でも続いている。赤い海に入った瞬間に艤装崩壊。それは私の侵食による赤い海でも変わらない。だからこそしっかり気をつけなければいけなかったのに。
「私が持ち上げます」
『お、いいねぇ。私もフソウ姉さんなら喜んで担がせてもらおう』
艤装を展開。アサも乗り気で、親指を立てながらもう片方の手を椅子のようにして待機。私に手を回してくれればこれで運べるだろう。艤装のパワーアシストがあれば、人1人くらい余裕で持ち上げられる。
「なんだか……恥ずかしいわね……」
「いいじゃないですか。姉様も朝潮に甘えていいんですよ」
「……そうね……なら……お願いしようかしら……」
フィフに腰掛けるウォースパイトさんのような姿勢になったが、これはこれで。私の身体が大きくならなくては出来ない行動のため、私も内心喜んでいたり。
「妹に運ばれるというのも……満たされるものね……」
『喜んでくれたのなら何よりだ』
「しっかり掴まっていてくださいね」
姉を運ぶという行為が、こんなに高揚するものとは思わなかった。自分も頼りにするが、自分が頼られるというのはとてもいい。扶桑姉様も少し強めに抱きついてくるので、より良い。この身体になって良かったと思えることでもある。
「扶桑姉様、今日はありがとうございました」
「お礼を言われることは……何もしてないわ……」
「一緒にいてもらえただけでも、心が穏やかになりました」
本心からの言葉である。扶桑姉様の顔が少し赤くなったように思えた。
『お前、本当に誑しだよな』
「何言ってるの。アサもでしょ」
『”も”って言ったな。自覚ありか』
赤い海を抜けた後もしばらくは運び続ける。扶桑姉様も腕を緩めることはなかったし、そもそも私が下ろすつもりが無かった。いつも頼らせてもらっているのだからこれくらい。
今日1日は本当に何もせず過ごした。疲れも取れたし、扶桑姉様と山城姉様とも一緒にゆっくり出来たのは素直に嬉しい。
明日からはまた違ったことで気を張る可能性がある。今日はその境目。何もしない日。たまにはこんな1日もいいだろう。
こういう何もない1日というのは、艦娘達には本当に貴重な日なのだと思います。戦闘訓練も哨戒任務もない、本当に何もない生活。今の朝潮にはそれが一番の望み。