司令官と元帥閣下が秘密裏に手を回している中、平常運行が再開された鎮守府。艦娘達の手が届かないところでの戦いが始まっているのは、皆薄々勘付いてはいる。だが、何も言わずに司令官に頼ることとなった。今は、このほんの少しの静寂を楽しむことにする。嵐の前の静けさではあるが。
私、朝潮は今日から訓練担当として活動する。心は駆逐艦、身体は戦艦、役職は巡洋艦、もうめちゃくちゃである。頼まれたなら練習巡洋艦として、それ以外は雑務をすることで鎮守府に貢献していくつもりだ。また清霜さんのオヤツ作りをすることもあるだろう。
朝、練習巡洋艦の制服に着替えているときに初霜襲来。私がまだ苦手なネクタイを結んでくれると約束してあったので、早速結んでもらう。
「はい、
「ありがとう初霜」
「はぁ〜、新婚生活ですねぇ」
キャッキャッと喜ぶ初霜を見る霞の視線が痛い。
「制服がネクタイだったことをこんなに喜んだことはないかもしれませんね」
「大袈裟じゃないかしら」
上着の軍服を羽織らせるまでしてくれた。甲斐甲斐しくお世話をしてくれている。なんだか私はいろんな人に甘やかされているように思えた。
「私も朝潮型制服卒業の時かしら……」
「ああ、前に言ってたわよね。私が変えたら朝潮型全員が変えるって」
「春風もあれ以来ずっと自分のを着るようになったしね。あ、でも私はこのままでもいいか。せっかく姉さんのお古が貰えたわけだし」
春風は結局、名誉朝潮型などともう名乗れないと、朝潮型の制服を封印している。最初は着せるのも嫌だったが、ここまで来ると着ていないことの方が気になるくらいだ。
だがこれについては春風の心持ちだ。敵の術中に嵌っていたとはいえ、私を謀り続けたという罪悪感がそうさせるのなら、それを払拭するまでは待とう。
「それにしても、やっぱり姉さんのそれ……眼福眼福」
「本当に。練習巡洋艦の制服は思った以上にスタイルが出るんですね。素晴らしいです」
「最初の慎ましやかなのもいいんだけど、今のこれも添い寝に最高なのよ。これだけは誰にも譲れないわ」
また人の胸のことを。大きくなったことがコンプレックスになりそうだが、いろいろな方面から文句を言われそうなので何も言わないでおくことにした。
朝食の時間に改めて、私が訓練担当になったことが公表される。昨日は扶桑姉様の件があったので公表はされなかったが、今日で正式に。依頼者に対して訓練や演習を引き受けるという、深海艦娘と同等の扱いということにされた。私の服装で一目瞭然なわけだが。
ということで、依頼者は私に直に話しに来ることになるようだ。同じ立ち位置の深海艦娘の詰所にお世話になろう。深雪リーダーの管轄からは外れてしまったが、やることは同じだ。
「これが朝潮って、誰も信じねぇよなぁ」
「私もそう思います。深雪さんそんなに小さかったですっけ」
「お前がデカくなっただけだっつーの」
駆逐艦しかいない深海艦娘の中に私が入ると、顧問の教師になりかねないくらいになってしまった。複雑な気分である。
「最初はボクより小さかったのに、改二で追い抜かれて、今やこれだよ。何これ」
などと言いながら私の膝に座ってくる皐月さん。深海艦娘の中では下から数えた方がいい小ささ。ちなみに一番小さいのは電さん。
「はー、いいなぁ。ボクも大きな身体に改装されたかったなぁ」
「私は安定した身体が欲しいです」
「お姉さん、それは闇が深いのでNGですよ」
大潮にまで霞と同じツッコミを入れられてしまった。
「ここ最近はいろいろあって来れませんでしたが、ここは盛況ですか?」
「そりゃあもう訓練依頼殺到よ。あたしはともかく、みんな普通よりスペック高いから、相手にするのは都合がいいみたいでな。あたしらに勝ってから次のステップみたいになってんだ」
深雪さん自体は半分だけ、というか左腕だけなので、今回の戦いには参加が可能である。しかし、今の身体になってから、共有しながらの戦いに慣れてしまっているため、スペックダウンは否めない。結果、不参加となっている。
「最近は響ちゃんが多いのです」
「響はほら、龍驤さんの大発係に任命されたから、躍起になってんだよ」
白露さんか響さんかで迷ったらしいが、白露さんは特二式内火艇しか運用が出来ず、あれが人を乗せらるように作られていなかったために断念。結果的に響さんくらいしか該当者がいなかったと言える。
その響さんだが、なにやら急ぎ足でこちらに向かっている反応。今日も早速訓練をするようだ。
「こちらに向かってきてますね」
「お、じゃあ今日も訓練か」
「大発動艇を運用しながらの戦闘となると、結構難しそうですね。先日の瑞穂さんは戦闘には参加せずに運用に付きっきりでしたし」
やることが全然違う挙句、それを同時にやらなくてはいけない。戦闘に集中すると運用が疎かになり、運用に集中すると戦闘が疎かになる。瑞穂さんは最初から運用に集中し続けたが故に、先日の戦闘では何とかなった。
響さんが目指しているのは当然両立だろう。戦闘をしながら敵の位置を把握し、大発動艇を運用するためには、視野を拡げて、脳の容量を増やすのが重要。以前から私がやっていることな気がする。
「私の話をしてるのかい?」
「あ、響ちゃん。今日も訓練なのですか?」
「ああ、早めに来てよかった。朝潮を探してたんだ」
詰所にやってきた響さんは、少し息が切れているように見えた。ここに来るまでバタバタしていたのはわかっている。他の人も何やら忙しない。
「今は朝潮争奪戦なんだ。訓練担当になったものだから、我先にと相手をしてもらいたがっているよ」
「女帝様大人気なのです」
嬉しいのか悲しいのか。とはいえ求められているのは悪い気分ではない。まるで志摩司令官の鎮守府のようだ。顔を見ればすぐ演習希望をされ、陽炎さんに至っては駄々をこねるまでする。そういえば、峯雲はどうなっただろう。また会いに行きたいものだ。
「私が一番乗りだね。朝潮、訓練頼めるかい?」
「わかりました。では練習巡洋艦として初めてのお仕事は、響さんを相手にします。何をしますか? 演習です?」
「実はね、朝潮にしかお願いできない訓練があるんだ。妖精さん、お願い」
少し上を向いて響さんが呟くと、被っている帽子がモゾモゾ動き出した。中から見覚えのある妖精さんが顔を出すと、帽子の中から眼鏡を取り出し響さんにかけ、また帽子の中に引っ込んでいった。
「電探眼鏡ですか?」
「ああ、朝潮の使ってたものよりは精度は低いけどね。戦闘中に大発を動かすだけじゃ足りないんだ。戦場を把握して、見ずに避けさせるくらいでないといけない」
「なるほど、それを教えられるのは私か青葉さんくらいしかいないです」
その青葉さんは現在進行形で海図作成中。元帥閣下の力も借り、敵鎮守府への最適な海路を割り出すために日夜努力している。
「戦闘訓練ではないんだけどね、これの扱い方を頼むよ」
「了解しました。お任せください」
雑務の延長線上に思えなくもないが、これも立派な訓練の1つ。私も通った道だ。訓練というよりは教育に近いが、それがまた今の私に相応しいだろう。
「よろしく、朝潮先生」
「女帝より聞こえがいいですね。今後は是非ともそれで」
先生と呼ばれるのもなかなかいいものである。
電探の訓練と言っても、私がやっていたのは日がな一日付けたままにし、周りの情報をとにかく集め続けたことだ。響さんはそこまでの極端な運用をしたいわけでなく、合間合間に自分と敵、そして大発動艇の位置を確認し、最もいい位置に移動させる。
それでもとにかく情報量が多い。出来ることなら、戦場の過剰な情報を1時間だけでも見続けることが出来るようになりたい。そう出来るようになるまで、私は1週間かからないくらいだった。
「響さん、それを使い始めてどれくらいになります?」
「今日で3日だね。朝潮と違って普段使いはしてないけど、情報量を少なめに調整されてるんだ。それで、今のところ30分が限界かな」
早期決着の戦場ならそれで充分な部分もあるだろう。なら、ここからは私がやった訓練をやってもらうだけで良さそうだ。多少なりとも慣れているのなら都合がいい。
「じゃあ、私が艦載機を出しますから、目を瞑って避けてください。電探の反応だけで。今回は撃ちませんから」
「了解。12機かい?」
「はい。私が発艦出来る全機です」
目隠しを渡す。私もヒメさんにやってもらった訓練だ。周囲を飛ばしてその位置を確認し、たまに体当たりをされるのでそれを避ける。ただそれだけでも、それなりに頭を使うので訓練としては最適。
「集中力を削ぐために、会話しながらやりましょうか」
「最初から鬼だね。だから女帝なんて言われるんじゃないかい?」
「アサに代わりましょうか? もっと鬼教官になると思いますよ」
喋りながらの訓練で、複数のことを同時に出来る技術も養う。
「ではやりますよ」
手を振り、艦載機を全機発艦。身体が成長し艤装が変化しても、艦載機の数は変わらず12機。全てを響さんの周囲に漂わせる。
「今周囲に配置したかい?」
「はい、ではここからは不意打ちをしますので、避けてください」
などと言っている最中に真横から1機。さすがに最初すぎるからかこれは避けられる。
「ズルくないかな」
「敵は待ってくれませんよ。空母鳳姫は矢を放ちながら艦載機を飛ばしてくる可能性もありますから」
実際、隠し球をいくつ持っているかもわからない。訓練教官として私が何かをするのなら、徹底的にズルい手段を使っていく。真っ向勝負と見せかけた卑怯な手だって考えられる。ただでさえ存在がこちらのデメリットなのだから。
「今は1つずつですが、いくつか同時なんてのもやりますので」
「そうだね。そうしてくれ」
寸止めや2つ同時も織り交ぜながら攻撃をしていく。避けさせるための攻撃ではあるものの、割と容赦なくやっている。
「さて、では世間話でも」
「なら私の方から聞きたいことがあったんだ」
不意に響さんから質問。同時に艦載機をぶつけようとしたが避けられる。いい感じ。
「朝潮、いろいろあったろう」
「そうですね。本当にいろいろ。濃厚すぎるくらいに」
「今は楽しいかい?」
思わず攻撃を止めてしまいそうになった。
楽しいかどうかで言えば、勿論楽しい。悲しいこともあったし、辛いことも沢山あった。身体を何度も書き換えられ、今は艦種すらおかしくなっている。それでも、皆と過ごすこの鎮守府は間違いなく楽しい。だから、迷いなく答えられる。
「ええ、楽しいですよ」
「それなら良かった。やりたい事がやれない今が辛いかもと思ってね」
やりたい事がやれない、というのは、北端上陸姫をこの手で始末できない事だろう。今回の敵とは誰よりも因縁があるのが私だ。だからこそ決着は自分の手でつけたい。だが、それが最悪な結果になる可能性が高い。良くないことが起こる可能性があるくらいなら、私は我慢する。皆に頼る。
「辛くないと言えば嘘になりますね。でも、私が出撃したら確実に迷惑をかけます。それなら皆さんにお任せしますよ」
「そうかい。なら、託された。私達が朝潮の無念を晴らすよ」
響さんも龍驤さんと組むために出撃メンバーに選ばれることとなることだろう。私の思いを託したいと思う。
少しずつだが攻撃を激しくしていく。今の攻撃は基本2機同時。避ける方向を考えさせるような挙動にし、脳に負荷をかけていく。瞬時に判断し、何処に避けられるかを決めることが重要になる。
「朝潮はこんなこともやってたのかい?」
「ヒメさんに手伝ってもらってやってました」
「ならこれよりも多かったのかな。私もまだまだだね」
そう言うが、電探眼鏡を使い始めて3日でこの動きはいい方だ。電探の反応以外の要素も使っているように思える。少しだけ勘も入れているのか。
「響さん、眼鏡意外と似合いますね」
「そうかい?」
「私の時と少しだけデザインが違うんですね。明石さんの遊び心でしょうか」
少し話題を逸らしているのには理由がある。というのも、今、たまたまだが後ろから白露さんが近付いてきているのが見えたからだ。私の電探から何処まで性能を落としているかは知らないが、背後からの不意打ちにどれだけ対応出来るかは確認しておきたい。
「ところで朝潮、後ろから誰か来ているようだけど、どうすればいいんだい」
「ちゃんとわかってましたか。誰かはさすがに判断できませんよね」
「無理だね。朝潮ならわかるかもしれないけど、私の電探はその辺りは甘めなんだ」
そう話しているのは知ってか知らずか、白露さんはこっそりこっそりと近付いてくる。響さんが目隠しをしていることがわかったようだ。その状態で艦載機を避けているのだから、自分も気付かれているとは思わないのだろうか。
「動きの特徴を全員分覚えるんです」
「さすがにすぐには無理だね」
ギリギリまで引きつけて、振り向く。
「誰かわからないが趣味が悪いよ」
「げっ、バレてた!?」
「白露かい? この眼鏡、見覚えがあるんじゃないかな」
「あ、それ朝潮の電探眼鏡!? 響はその方向で行くんだ」
訓練は一旦休憩。響さんに負荷をかけることも重要だが、あまりかけすぎると酷い頭痛に苛まれることになる。白露さんは結構いいタイミングで来てくれた。
「響は朝潮先生の後継者かぁ。あたしはどういう路線で行くかなぁ」
「精密射撃じゃなかったかい? 聞いたよ、大淀さんから習い始めたんだろう?」
専任秘書艦である大淀さんの教えを受けることが出来るだなんて、白露さんも運がいい。あのヘッドショットばかりの青葉さんのさらに上の人なのだから、白露さんも急成長していることだろう。
「大淀さん、やっぱり忙しくてさ。青葉さんも海図で部屋に引きこもってるし、自主練ばかりになるんだよね。朝潮、あたしにも訓練してもらえない?」
「主砲の訓練なんて完全に畑違いなんですけど」
「そこをなんとか! 言われた通りにするからさ!」
頼み込まれてしまっては仕方ない。精密射撃の訓練なんてどうすればいいのかよくわからないが、一応考えてみよう。訓練のプランを考えるなんて初めてのこと。なんだか楽しそうに思えた。
『いい気分転換になるじゃないか』
「そうね。訓練担当、思ったより楽しいかも」
今までにやったことのないようなことをやり始めて、ほんの少しテンションが上がる。以前にレキの訓練方法として遊びを提案したことがあったが、その時のようなものだ。敵のことでなく、味方のことを考えるのなら、それはそれで心が穏やかになるだろう。
より朝潮先生となれるように、今後は力を入れていこうと思う。
香取服の大人朝潮なので眼鏡復活も考えていたところ、眼鏡をかけたのは響だったという。大発運用のため、響は朝潮の弟子に。生徒という方が正しいか。