訓練担当としての日々を歩き出した私、朝潮。まず響さんに自分の持つ索敵技術を教えることとなり、白露さんの精密射撃の訓練プランを出すことも始める。畑違いのことでもやり始めると楽しいもので、気分転換も兼ねていたため案はそれなりに出た。おそらく大淀さんの二番煎じだろうが、無いよりはマシだろう。
この2人以外の訓練も見ることはあった。純粋に相手をしてほしい人や、見て気付いたことがあったら教えてほしいという人など様々。訓練担当というのもいろいろやる事があるのだと実感。手が空けば呼ばれ、また手が空けば呼ばれと思った以上に忙しい。それでも充実していた。嬉しい悲鳴というやつだ。
訓練担当を始めて3日の時が過ぎた。響さんと白露さんの訓練を見ることも多くなり、2人ともメキメキと力を付けている。ケッコンカッコカリをした後にさらなる力を付けるというのもおかしな話だが、現状、底上げはとても大切。ありがたいことに滞在中の一航戦の2人にも手伝ってもらえたりするので、底上げは順調と言える。
元帥閣下が鎮守府に滞在を始めて1週間になり、少しずつ少しずつと情報が集まってきているそうだ。元帥閣下の鎮守府も、今のところは平和そのもの。敵鎮守府からの攻撃を受けておらず、普段通りの運営が続けられているようだ。あちら側にいる若い提督という人もとてもやり手なようで、信用に足る人物である。
「あぁあああ……疲れたぁ……」
昼の食堂。佐久間さんがグッタリと机に突っ伏していた。この3日間も常に命を狙われ続け、それを全て十七駆の4人に救ってもらっている。深夜の襲撃のため、本人は眠っている間の出来事ではあるものの、4人の消耗の仕方から激戦なのがすぐにわかった。
「お疲れ様です。研究はどうですか?」
「いやね、やっぱり『種子』が過負荷の影響を良い方向に変えてるってとこまではわかったんだよ」
「え、凄いじゃないですか。そこまで解析出来てるなんて」
仮説が正しかったことを解析で裏付けていた。が、その表情は暗い。
「解析は出来たけど、対策が出来ないんだよぉ。『種子』の中和は逆位相ぶつけるみたいなもんだからすぐに出来たけど、同じことを影響無しに作ろうとするとどうしても心に悪影響が出ちゃうんだよねぇ」
大問題である。佐久間さん曰く、干渉の過負荷を相殺、むしろ強化に繋がるためのものが、より洗脳効果を強めているらしく、今の鎮守府の技術ではそれを対策することがほぼ不可能らしい。つまり、深海組が出撃不可なのは変わらず。
「せめて体調不良を無くせるようには頑張るよ。過負荷を受けてる雪ちゃんの細胞がまだ残ってるからね。せめてそれさえ無くなれば、出撃出来なくても辛くはないだろうし」
「よろしくお願いします。私には応援しか出来ませんが」
「任せてちょーだい」
くたびれた笑顔だったが、頼もしかった。また何処かのタイミングで労うことになるだろう。
夕暮れ。今日も1日訓練を引き受けていた。響さんには技術を教え、白露さんには他の人にも相談した訓練のプランを渡した。他にも清霜さんの的になったり、榛名さんの的になったり。私を相手に戦いたい人が多すぎる。
「お疲れ様。報告書、読ませてもらったよ」
「あまり慣れないことでしたが、大丈夫だったでしょうか」
「ああ、うまくやれている。適役なのではと思うほどにね」
執務室で訓練の報告書を提出。簡単なことだが、こういうことは大切である。訓練は割と私の独断でやらせてもらっている部分もあり、事後承諾が多い。演習以外ではあまり激しいことはしていないが、最低限の報告は必要だ。
「響君は後継者として順調に育っているようだね。索敵担当は多い方がいいとは思っていたが、なかなかやろうという子が出てこなくてね」
「初霜が立候補しかけたんですが、うやむやになってしまいました。あの子もああなってからは自分のことで手一杯ですし」
穏やかな時間。いわゆる内勤というやつだが、戦場から離れているのもいい心持ちになれる。いざという時は戦場に出るが、今の私はあくまでも補欠。しばらくはバックアップ専門として、サポートし続けよう。
「白露さんも精密射撃の腕がグングン上がってます」
「すみません朝潮さん。私が引き受けたはずなのに結局任せてしまって」
「いえいえ。大淀さんはこちらが忙しいですから。それに、畑違いのお仕事もなかなか面白いものです」
まだ数日だが、私の本来やらないようなところにも目を向ける機会が多かった。それが白露さんの主砲のこと。自分がやれないことの訓練なんて、簡単には思い浮かばないものである。それでも楽しくプランニングできた。皆が相談に乗ってくれたおかげだ。
「司令官、本日の分、書き終わりました。お納めください」
「了解した。では今日の訓練担当、お疲れ様」
と、ここで執務室の電話が鳴り響く。無いわけではないが、本来終業に近いくらいの時間だ。そう考えると少し珍しいくらい。
「……緊急回線……?」
それ以上に珍しい緊急回線による電話。この回線を使ってくるときは鎮守府が危機に瀕したとき、もしくは、誰にも会話が聞かれたくないときである。使うこと自体が記録され、後者のようなことがあるので尋問の対象になる。それだけ使用にリスクがある。
それでも使ってきているということは、余程の理由があるということ。何処かの襲撃を受けているのかもしれない。
「私だ。この回線を使うということは……む……そうか君が。時間は大丈夫かい」
司令官の口振りからして緊急性のある内容ではない。聞かれたくない内容の方。
「朝潮君、元帥閣下を呼んできてもらえないかい」
「了解しました。何処にいるかは把握しています」
すぐに元帥閣下を執務室へ呼び出した。放送でもいいのだが、わざわざ私に頼むということは、あまり外に漏らしたくないような内容。そして、それでも私が知っている内容。つまり、秘密裏に進められている裏切り者探し。
元帥閣下は、はちさん管轄の資料室にいたため、すぐに執務室に来てもらえた。そう遠くにいなかったのは好都合。
「爺さん、緊急回線からの連絡だ。彼だよ」
「ほう、やってくれたか」
執務室の鍵を閉めたところで電話を室内に聞こえるようにする。瑞穂さんは部屋の外で待機。誰かが近付かないように見ていてくれるようだ。
『あーあー、聞こえますか。元帥閣下、提督代理の南です』
「うむ、聞こえておる」
電話の向こう側は、元帥閣下の留守を任されているという若手の提督、
『依頼されていた調査、完了しました。急ぎで連絡を』
「ご苦労。で、どうだった」
『姿を消した上層部4名の共通点ですが、全員が事件関係者です。元帥閣下が目をつけた通りでした』
南司令官のこの諜報能力を買って元帥閣下は直属に置いているそうだ。何か裏でいろいろあったようで、聞こえは悪いが飼い慣らしているという。
人となりに関しては聞く理由が無いために知らないが、割と危ない橋も平気で渡るような人であるとのこと。褒められたことでは無いが、こういう時に必要な人材である。現に今、その能力に助けられている。
「他に事件関係者は残っとるか」
『はい、あと2人。その2人がおそらく上層部内の裏切り者です』
「そちらで確保できるか」
『やってみます。少々手荒になりますが』
「構わん。裏切り者に情けをかける義理は無かろう。敵と手を組むなぞ言語道断じゃ」
元帥閣下の知らない側面を見ている気がする。私達の前では優しいおじいちゃんだが、大本営のトップに立つ最高の地位を持つ人だ。険しい顔で南司令官と話をしている。私達の司令官も黙ったままだ。
私達の司令官と対等な関係でいること自体、本来ならおかしな話。これが本来の元帥閣下。少し怖いと思ってしまったが、味方であることに安心感も覚えた。
『そちらで志摩摩利提督と接触出来ますか』
「出来ると思うが、関係者なのか?」
『いえ、事件の被害者と友人だったようでしたので、当時の情報をいただきたく』
ちょくちょく出てくる『事件』というのがキーワードらしい。そこにはあの志摩司令官もほんの少し関係してくるという。今の口振りからして、『事件』の方には関わっておらず、何かを知ってそうだから話したいというだけなようだが。
それだけは安心した。志摩司令官は顔見知りだし、あの人が何か問題を起こすような人には見えない。今回の件も、空振りなら空振りであってほしいものだ。
「爺さん、合同演習をするってことにして、こちらに来てもらうというのはどうだい。その時に話を聞こうじゃないか」
「うむ、それならいいか」
今更ながら、私はこの話を聞いていてよかったのだろうか。重要機密のオンパレードじゃなかろうか。一介の
それを意識してしまったからか、そこからの話は緊張で頭に入ってこなかった。とりあえずわかったことは、現在姿を消した上層部4名と裏切り者2名は共通する事件の関係者であること。その事件というのが、とある提督が被害に遭ったものであること。その事件と北端上陸姫がどう関係しているのかは知らないが、共通点があるのなら調査する以外に選択肢は無いだろう。元帥閣下にはあたりが付いているようだし。
あと残念だったのは、既に素材に使われてしまいこの世にはいない阿奈波さんは、一切無関係に巻き込まれたということ。隠れ家に使われている敵鎮守府にいたからというだけで素材に使われてしまったのだ。酷い話だ。
「よし、ある程度は揃ったな。では南、引き続きそちらを頼む」
『了解しました。こういうときこそ、僕の力を使うときですから』
「ああ、任せたぞ」
通信が切れた。緊張も途切れ、どっと汗が出た。手に汗握るとはまさにこのことだろう。手汗もビッショリ。息もようやく吐けたという感じに深呼吸。
「彼は優秀なんだね」
「ああ、諜報活動で右に出るものはおらん。儂に出来るのは前線で指揮を執ることくらいじゃよ」
「責任も取ってくれるんだろう?」
「それはお前に一任するわい」
2人はこんな重い会話も友達感覚でしている。それくらいの度胸がないと、提督業なんて出来ないのだろうか。
とにかく、今回の緊急通信で事態が前進したのは確かだ。緩やかに、だが確実に、先へ進んでいる。
「朝潮ちゃん、すまなかったのう」
「い、いえ、私は先に情報を知ることで心を安定させるところもあるので。ですが、こんな機密を知ってしまって良かったのでしょうか……」
それだけが怖かった。口外出来ないような内容ばかり。そもそも秘密裏に調査を進めていることを知っているのですら極少数なのに、その内容まで知っているとなると、プレッシャーが凄い。
「儂も朝潮ちゃんの身体のことはよく聞いておるよ。だからこそ、先に知ってもらいたいことでもあったんじゃ」
「私が先に……ですか」
「今回の件、もしかしたら全て人間のせいかもしれん」
理由はわからないが、艦娘でも深海棲艦でもなく人間のせいで今の戦いが起こっているのかもしれないと元帥閣下はいう。
「だから、儂が人間を代表して謝罪させてほしい。朝潮ちゃんや、本来の形から遠くかけ離れた身体にしてしまい、本当に申し訳ない」
「えっ、そ、そんな、元帥閣下が謝らなくても……!」
「裏切り者連中は、儂らが必ず償わせる。だから、人間を嫌いにならんでくれ」
私が人間を嫌いになるだなんて、考えたことがなかった。
私の今まで出会ってきた人間は、皆いい人ばかりだった。だが、知らないところには深海棲艦よりも酷い人間がおり、その人間の裏切り行為で、私達は被害を被っている可能性がある。そうなると、確かに人間が嫌いになってもおかしくはない。
でも、これは大丈夫だ。個人を嫌うことはあるかもしれないが、人間そのものを嫌うことはないだろう。
「大丈夫ですよ、おじいちゃん。司令官や佐久間さん、勿論おじいちゃんに出会えてよかったと思います。人間にもいい人がいるってわかっているので、人間そのものを嫌いになることはないですよ」
「そう言ってもらえるとありがたいのう」
勿論、これも本心から出た言葉だ。出会えてよかった。
「今は儂ら人間の戦いじゃ。大船に乗った気でいておくれ」
「艦娘や深海棲艦の手は煩わせんよ。情報戦は我々の仕事だからね」
今は人間の戦い。私達が出る幕ではない。
海の上での戦いは私達の出番だ。そうやって共存していくのだ。
夜、久しぶりに夢の中で思考の海でアサと対面。2人で話したいことがあった。
「アサ、アサは……」
「私は別に人間を嫌いにはならないぞ」
先に言われてしまった。
「私は深海棲艦だが、人間を滅ぼしたいとか、そういうのはない。私の穏やかな日常を崩そうとする奴には容赦しないだけだ」
「そう、それなら……よかった」
「お前もだよな? わかってるんだぞ」
本能の化身に言われてしまっては仕方あるまい。
私達の静かな生活を邪魔するものは、例え人間であろうが許せないだろう。今はまさにそれ。上層部にいる裏切り者のせいで、私達は静かに過ごせない。理由も大それたものではなく、くだらないことなのだろう。
だからといって、人間そのものを嫌うかと言ったらそれは違う。艦娘にだって悪い人はいるだろうし、深海棲艦にいい人もいる。それと同じ。
結局のところ、私が嫌いなのは、敵であるものである。その敵ですら、救えるものなら救いたいものだが。
「それを確認するためにここで話をしたかったのか?」
「……ええ。アサと話すのは自問自答しているように思えて」
「言い得て妙だな。私はお前みたいなものだ。こういうことで落ち着くなら好きに使え」
クククと笑う。レアなアサの笑顔。今のところ、これを知っているのは霞だけ。
「私は人間の戦いに首を突っ込むことは考えてない。今は提督や爺さんに任せればいいんだ」
「わかってる。私にどうこう出来ることじゃないもの。人間の戦いは人間にやってもらうわ。深海棲艦が出てきたら、それは私達が相手取るわよ」
「おう、それでいいぞ。まぁ大口叩いたところで私らは戦場に出れないけどな」
アサと話すことが何よりも落ち着く気がした。自分の考えを言葉にして気持ちを落ち着けるなんてこともあるらしいが、今やっているのはまさにそれだろう。
アサのおかげで私は私でいられる。敵の策略で生み出されたものかもしれないが、今ではかけがえのない仲間だ。
もうお判りでしょうが、人間のキャラの苗字はとあるアニメのキャラの名前を捩って、名前はそのキャラの声優さんの名前、という形でつけています。阿奈波君は例外だけど同じアニメの用語。佐久間さんは法則が逆転しています。今回登場の南司令官は、南を英語読みしてください。