現状の解決に向けて、一歩前進した。上層部内部の裏切り者にあたりがつき、真相が少しずつ詳らかになってきている。これが本当に解き明かされたとき、どんなことになるかはまだ見当がつかない。だが、先に私、朝潮にだけは伝えてもらえたので、覚悟が出来る。最悪の状態をイメージして、心が揺れ動かないように構えることも出来るだろう。
翌日、かなり急ではあるものの、志摩司令官の鎮守府と合同演習を行うことが決まった。と言っても演習は建前。本題は、志摩司令官の友人だったという、『事件』の被害者のことを聞くため。その事件がどういうものかは私は聞いていないが、何かしら必要な情報が手に入る可能性が高い。
この事実を知っているのはあちらは志摩司令官だけ。こちらでも私だけという徹底っぷり。おそらく瑞穂さんも勘付いているとは思うが、何も言ってこないので状況を察してくれているのだと思う。
「こんな状況で演習なんてしていいのかしら」
「戦力が底上げ出来ているかを実戦で見られるのはいいことよ。だから、今日の演習には深海組以外が参加するの」
「なるほどね。私達は見てるだけか」
霞と話しているが、多分見ているだけじゃ済まない。相手はあの志摩司令官の鎮守府の艦娘。好戦的で武闘派な人しかいない。全員が神通さんみたいなものとはよく言ったものである。私達はあちらに勝っているものだから、確実にリベンジマッチを挑まれるだろう。
あちらから来るのは水雷戦隊らしいので、こちらからも現在絶讃強化中の駆逐艦勢をぶつけるという方針。どうせ全員やることになるだろうが、方針としては決めておく。
「訓練の成果を見せてもらいましょう」
「任せてくれ朝潮先生。索敵担当としての新生ヴェールヌイを見てもらおう」
「あたしも大分育ったと思うから、見ててよね朝潮先生」
教え子のような扱いとなった響さんと白露さん。響さんに至っては後継者という言葉がすっかり定着してしまっている。電探眼鏡は普段使いではないものの、戦場である程度使えるところにはなっている。私の艦載機避けも余程ズルイことをしなければ当たることはないくらいだ。
「すっかり先生ね」
「女帝よりはいいでしょ」
たった数日のことではあるが、訓練担当も板についてきたかなと自覚し始めた。今は毎日が楽しい。敵鎮守府のことさえ無ければ、充実しているとさえ思える。
『他の奴らと話せるってのも息抜きになるよな。いい機会じゃないか』
「そうね。また皆に会いたいわ」
好戦的だが面白おかしい人が数多く所属しているところだ。誰が選出されてやってくるかはまだわからないが、誰が来ても楽しいことになるのは間違いない。
入港予定時間は午後一。こちらも昼食を摂りながら、到着を待つ最中、まさかの緊急通信。この状況、以前元帥閣下がこちらに来る際にも発生したこと。本来なら敵にはまったく関係ないような志摩司令官すら、こちらに来させないように妨害を受けるということか。
『加藤少将! 謎の敵に襲われている!』
「すぐに救援に向かう。場所は!」
『航路から少し離されているんだ! 何なんだいあいつは!』
元帥閣下の時と同じように戦闘音が後ろから聞こえる。あの時とは違い、爆撃の音ではなく砲撃の音。空母鳳姫では無さそうである。謎の敵と言っている辺り、見た目ではわからないようなものなのかもしれない。
「持ち堪えてくれ! 無傷で!」
『無茶苦茶言うねアンタ!?』
通信が途切れた。また航路の上。あちらの場所が微妙にわからない状態での救援任務。ならば、基本は元帥閣下の時と同じように動けばいいだろう。敵が何者かわからない以上、混ぜ物である可能性は考慮しなくてはいけない。
無傷を推したのは、当然『種子』の問題だ。過負荷に耐えられるように、混ぜ物全員にも埋め込まれているだろう。攻撃を受ければそれがまた埋め込まれてしまう。
「司令官、うちらが行くで。混ぜもんの可能性高いんやろ」
「ああ。対策チームから選出する。後ろの音から、制空権の問題はそこまで考えなくていい。龍驤君だけでいいだろう」
「よっしゃ、なら響も頼むで。足がいるんでな」
対策チームとしての初陣が謎の敵というのはなかなか恐ろしいものだが、やれることはやってきている。
「志摩しれぇのとこって陽炎型いっぱいのとこだったよね。ならあたし行くから」
「司令、私も行かせてください。まだ日没までには時間があります」
姉妹のことには敏感な時津風さんと、同じように手を挙げる萩風さん。オーバースペック組故に心強い。
「食べたばっかりだから行けるよ! 響ちゃんの大発にオヤツ積んで!」
「なら榛名もご一緒します。何がいるかわからない以上、戦艦の戦力も必要でしょう」
清霜さんと榛名さんも立候補してこれで6人。部隊としては成立。だが龍驤さんは大発搭載組。事実上、響さんの装備扱いでの出撃になる。それならばと、さらに白露さんが立候補。
オーバースペック組総動員かつ榛名さんも入れた、搦め手無しのゴリ押し艦隊。響さんと白露さんはその中でもまだやれることが多い方。
「司令官、また私も電探として、大発動艇に搭載してください。場所がわからない以上、必要かと思います。それに、志摩司令官の鎮守府までの海路を知っているのは全員深海組です」
「……前回と同じになるが、構わないのかい?」
「構いません。体調不良くらい」
「おーっと、朝潮ちゃんに朗報! 吐き気止め、1つだけなら作れたから持って行って!」
佐久間さんに渡されたのは1本の飲み薬。深海の匂いを感じたくらいで飲めば、体調不良が抑えられるらしい。ただし、艤装の不備は回避出来ないため、戦闘不能なのは変わらない。
「ありがとうございます。助かります」
「効果時間がまだちょっと短いから、ギリギリまで耐えてから飲んでね。事前に飲んでおくってことが出来ないから気をつけて!」
今回は瑞穂さんもいない状態での出撃。万が一のことがあった場合、龍驤さんに落としてもらう。こんな時のためにと、龍驤さんもいろいろと仕込んでいたらしい。
「では頼む! 志摩君を助けてあげてくれ!」
2度目の機材としての出撃。私が戦場にいることで、敵が混ぜ物かどうかは判断できる。
出撃を望んだのはもう1つ理由があった。身体が変化したことにより、過負荷に対してどのような反応が身体に出るかを調査したかったからだ。何事もないとなれば、私だけは出撃可能となる。艤装に不備が出たとしても、体調不良が起こらなければ万々歳。とにかく、今の身体がどうなっているかを知りたかった。
鎮守府を発ち、私と響さん2人がかりでの索敵。私の電探の方が範囲が広く、深海の気配と匂いでより早く確認が可能である。響さんには悪いが、戦場に入るまでは私が優先的に索敵を行うことにする。体調が悪くなったら響さんにバトンタッチ。
志摩司令官の鎮守府までの海路を知っているのは、この中では私しかいない。最短距離をなるべく指示し、最速で救援に向かう。今回のメンバーだと、榛名さんと白露さんが低速化の
「気配確認。匂いも……しました。混ぜ物です」
突然吐くほどではないが、やはり体調不良が引き起こされる。それでも今の身体に変化する前より軽めになっているように思えた。過負荷をかけられた中での変化だったためか、若干耐性が出来ているのかもしれない。あと気配と匂いから、混ぜ物は1人だろうと判断できる。
「朝潮、薬は」
「会敵したら飲みます……まだ大丈夫です……」
「大人しくしときや。もう充分に仕事はしたんやからな」
体調不良でしゃがみこむ私の頭をポンポンと撫でる。小さくても大人な龍驤さんだからこその優しさ。それだけで体調不良が少し緩和されたかのように思えるほど。
「そろそろ会敵するよ。朝潮先生、薬を」
「ありがとうございます響さん……」
そこから少し進んだところで響さんに言われ薬を飲む。超即効性らしく、飲んだ途端に吐き気が嘘のように消えた。正直驚きが隠せない。
「えっ、ほ、ホントに吐き気が無くなりました」
「さすが佐久間さんやな。艤装は?」
「過負荷がかかってあまり動かせません。艦載機もほぼ無理です。戦闘はお任せします」
後はこれがどれだけ保ってくれるか。
「会敵。皆下りて」
龍驤さんを運ぶという都合上、響さんが旗艦。電探眼鏡の効果もあり、いの一番に敵を発見。同時に全員を展開。敵はおそらく改造されているイロハ級の駆逐艦と軽巡洋艦が複数体。その真ん中にいるものが混ぜ物。
志摩司令官が謎の敵というのも無理はない。黒いコートを着込み、フードで顔も隠れている。見た目小柄なので駆逐艦に思えるが、コートの袖から見え隠れしている主砲は軽巡のそれ。あとはフードの隙間からチラチラ見える
「救援部隊、旗艦ヴェールヌイ。これより救援活動を開始する」
「助かった! あの黒コートどうにかして!」
あちらの旗艦は長良型軽巡の5番艦、鬼怒さん。私が鎮守府にお邪魔させてもらったときは遠征任務中だったらしく、顔合わせは初めて。
その後ろに陽炎さん、不知火さん、黒潮さんの陽炎型上3人と、村雨さん、峯雲の型違いの双子。最後尾に志摩司令官が乗る台船。司令官が念を押したように、皆ほとんど無傷ではあったものの、村雨さんに擦り傷が見えた。その時点でまずい。
「響さん、大発動艇を村雨さんに寄せてください。龍驤さん、私が守りますので、まず村雨さんを治療します」
「敵の弾かすっとったか! 早うやってやりぃ!」
敵を見据えながらも大発動艇は村雨さんの方へ移動。電探の効果を使い、うまく移動させている。訓練の成果が出ているようで何よりだ。
「村雨さん、峯雲、こちらに乗ってください。すぐに治療します」
「え、あ、朝潮姉さんですか!?」
「朝潮!? だ、誰かと思った……」
相変わらず息が合っているようだが、感心している場合ではない。擦り傷は2箇所。つまり『種子』は2つ埋め込まれているはず。もう1つ埋め込まれたらアウトだ。
「かなり辛いですが、我慢してください。理由は後から説明しますから」
携帯用の首に刺すタイプの薬を村雨さんの首へ打ち込む。苦痛しか与えられないのは申し訳ないが、治療のためだ。諦めてもらうしかない。この治療により戦闘不能になってしまうため、大発動艇に乗ったままでいてもらう。同時に峯雲も動かなくなるのも仕方あるまい。
「っあ、ぐぅぅぅっ!?」
「村雨さん!?」
「大丈夫よ峯雲、治療しなかったら村雨さんも敵になってたの。だから我慢して」
周りのイロハ級に関しては何も心配していない。あれの攻撃もかすれば『種子』を埋め込まれるだろうが、こちらはそれに対して対策済み。そもそも当たらないように戦闘している。
「あ、ゲロ姉、助けに来たよ」
「時津風、ゲロ姉ってのはやめてくんないかな!」
「姉さん達、援護します!」
オーバースペック組の中でも火力が少しだけ低い時津風さんと萩風さんは、他の艦娘を守りながらイロハ級を掃討していく。龍驤さんの艦載機も含めて、少し硬いが一網打尽に。
残っている清霜さん、榛名さん、響さん、白露さんの4人で黒コートの敵と対峙している。今までの混ぜ物の傾向からして、4人がかりでギリギリ。見た目は駆逐艦でも、何をしでかすかわからない。なるべく全員でどうにかしたいところ。
「せめて顔くらい拝ませてもらおうかな!」
白露さんの砲撃は、当然頭狙い。早速ヘッドショットで一撃必殺を狙っていく。命中精度はもう青葉さんとほぼ同等。不意打ちなら確実に仕留められるような攻撃だ。
だが、それを敵は簡単に回避した。
「うわ、そういうタイプか。面倒臭いね」
「なら、こっちはどうかな!」
今度は清霜さんがその超大型主砲での砲撃。かすっても大惨事な超火力を放ったが、真正面から撃ったために当然回避される。
「お顔見せてよ」
その隙を突き、響さんが砲撃。私達の乗る大発動艇をうまく戦場から遠ざけながらの攻撃だ。
その攻撃は白露さんほどの精度は無いものの、回避中になら充分すぎるほど効果的。だがそれすらも、砲撃を当てることで回避してくる。さらには跳弾をこちらに狙うように。今までにない器用な敵だ。
「厄介だね。顔すら見せてくれない」
「じゃあ逃げ道を無くしちゃえばいいでしょ」
イロハ級をある程度抑えたため、時津風さんも黒コートの相手に加わる。おそらく、時津風さんはあの正体がわかっているのだろう。
「つーかさ、そのフード取りなよ」
黒コートは無言。まだ遊んでいるように思える。わざと視界を隠して戦っているにも関わらず、砲撃に砲撃を重ねるような神業を繰り返すほどだ。本気を出したらこちらに攻撃すらさせてくれないだろう。
「わかってんの。ほら、早く顔見せなよ。
ピクンと反応した。私もあの黒コートの敵は雪風さんだと思っている。あの射撃精度は元帥閣下直属の艦娘の雪風さんと同じ。体格も近しい。それに、電探の反応が酷似している。同じ艦娘なら大体似たような反応だ。コートを着ていてもその辺りは変わらない。
「脱げっつってんの。ほら、雪風」
「
フードをめくる。私達の見知った顔だが、やはり深海棲艦化している。貼り付いたような笑みだが、目は一切笑っていない。
私達は深海棲艦化した艦娘を大分見慣れているが、志摩司令官達には刺激が強いもの。特に妹が敵に回っているという状況に置かれた陽炎さんは、少し危険な精神状態に。
「うそ、なんで雪風が……」
「陽炎、落ち着いてください。あれは
「こちらを動揺させる作戦なんやろ……気に入らんけどなぁ!」
動揺で震えている陽炎さん。感情的な黒潮さん。冷静だがあまり見ようとしない不知火さん。三者三様だが精神的に大きく効いている。なるべくなら戦闘に参加してもらわない方がいい。
「あれ、どうすればいいの?」
「もう取り返しのつかない状態なので……撃破する必要があります」
「はー、キッツイねぇ! 雪風はうちにもいるから尚更だよ!」
唯一、鬼怒さんだけは落ち着いていた。テンションの高い人のようだが、この事態にブレていない。さすがはこの武闘派集団を取りまとめる旗艦なだけある。イロハ級の掃討も終わり、残りは1体だけ。その1体が大問題なのだが。
「ゲロ姉、戦えないなら下がっててよ。あたしらがやるから」
「はぁ!? 雪風なのよ!?」
「わかってるよそんなことは!」
姉妹が多い分、団結力も強い陽炎型。特に志摩司令官の鎮守府は、現在発見されている陽炎型が全員所属しているほどだ。敵が雪風さんの顔というだけで、かなり辛いだろう。それは時津風さんだって同じだ。
だが、あれはまともじゃない。陽炎型の雪風ではなく、本人が言う通り駆逐陽姫、深海棲艦の姫級として、こちらに牙を剥く敵である。
「アサちゃんはいますね。なら、ここで全員殺せば、最後まで行きますか?」
「行きませんよ。誰も死にませんから」
「殺しますよ。ヒナタが全員」
顔を晒した途端、戦闘スタイルを変えたのか、動物のように前傾姿勢に。この後、今までが本当に遊んでいたということがわかる。
「皆殺しです」
お尻の辺りが蠢いた後、ズルリと生えてきたのは戦艦レ級の艤装だった。よりによって、奇跡の駆逐艦に最悪のイロハ級を掛け合わせている。
今まで相手をした混ぜ物は遊び感覚が多かったが、初めて全力を出してきた。まだ何かあったとしても、ここでどうにか倒したい。
「何、何よあれ、妹がなんであんなことに……」
「敵の仕業言うてもあれはホンマに気に入らん! 人様の妹を!」
「陽炎、黒潮、落ち着いてください!」
姉3人の精神状態はより一層危険なものに。もう戦闘に参加してもらうわけにはいかない。こそっと鬼怒さんにお願いして、3人を押さえつけてもらう。ここから先は、そんな心構えで戦場に立つ方が危険。
「雪風相手なら、あたしらがやるしかないんだよ。萩風、いいね」
「勿論。姉さんを止めるのは私の役目だから」
駆逐水鬼との戦い以来の、真剣な時津風さん。今は萩風さんも隣にいるし、背中には姉がいる。敵も姉だが、心の持ち方がまるで違う。この手で殺す覚悟を持って、この戦場に立っている。
第四の混ぜ物、駆逐陽姫。陽の字は、