北端上陸姫の素性が徐々に詳らかになってきた。現状はまだ判断できないが、裏側、もしくは本人が、過去に行方不明となった艦娘と深海棲艦の研究者である寺津という男であることが仮説ではあるものの判明する。その確証は、現在裏側で諜報活動中の南司令官に頼り切ることとなる。
その日の夜。時津風さんの入渠が完了した。腕に砲撃を受けていたというのもあり、精密検査も込みで。当然ながら『種子』が埋め込まれており、その中和も済んでいる。攻撃を受けるだけで洗脳の可能性を考慮しなくてはいけないのはストレスが溜まるものだ。予防接種したとしても、こうやって『種子』が埋め込まれているのを発見してしまうと、不安になってしまう。
「ふぁ〜……よく寝たよく寝た」
時間が遅いため萩風さんは落ちている。時津風さんの目覚めを見届けに来たのは、雑務として服を用意しておいた私、朝潮と陽炎型を代表して不知火さん。陽炎さんはまだ今回の敵について割り切れていないらしく、他の姉妹と話を続けている。幸いここには一時的とはいえ陽炎型がそれなりにいる。そろそろ終わるそうだが、いろいろと白熱したらしい。
「お、しら姉」
「何事もないようで何よりです」
ドックから出て、すぐに服を着る。外を見て時間を察したようで、制服ではなく作務衣に。お風呂も入る必要がないので、そのまま部屋に戻って眠るのみ。
「いや〜、参った参った。レ級の雪風は予想外だよ。ありゃあ倒すの大変だねぇ」
いつもの微睡んだ雰囲気に戻っているが、言葉の端々に悔しさや怒りが見え隠れしている。あの場で決着がつけられなかったのが残念でならない。
「時津風がどういうものと戦っているのかは、妹達から聞きました。陽炎はまだ納得していないようですが、不知火は理解したつもりです」
「そっか。さすがしら姉、ゲロ姉よか冷静だねぇ」
理解はしたが、やはり複雑な心境なのは変わりない。外見だけでいうなら、一部違うところはあれど完全に雪風さんだ。姉妹なら躊躇いが出てもおかしくない。敵だと割り切っても、撃てるかどうかは抵抗があるだろう。それが敵の作戦だと思うが。
「時津風、嫌なら嫌と言ってください。不知火達は貴女の味方です。せめて姉妹には本心を見せていいのです。そこに落ち度はありません」
チラリと見られる。今の私はここには不要だ。時津風さんが目を覚ましたことを見届けられたので、一度会釈して立ち去ることにした。私がいては、やりたいこともやれないだろう。不知火さんからも会釈を返される。
工廠を出る寸前に、時津風さんの嗚咽が聞こえたように思えたが、触れないことにした。気丈に振る舞っていたとしても、堪え切れないほどのストレスだ。姉の前でなら、それくらいさらけ出せばいいと思う。
「朝潮! 時津風起きた!?」
陽炎さんが工廠に駆け込んでくる。妹達との話し合いは終わったようだ。
「はい。今不知火さんがついてます」
「さーんきゅ。私も時津風と話さなくちゃダメ! それじゃ!」
そのまま入渠ドックの方へと駆けていった。その表情は明るかった。憑き物が落ちたような、晴れやかな顔。悩みを払拭出来たのか、開き直ったか。どうであれ、いつもの調子に戻ってくれたのなら良かった。明日の合同演習でも、いつも通りの力を出してくれるだろう。
深夜。夜間部隊以外は寝静まる時間。今では第十七駆逐隊が佐久間さんの周辺警護をするために活動する時間でもある。
本来なら私も眠っている時間なのだが、妙に目が冴えていた。体調不良による休息で眠ったことと、その後の話し合いでいろいろと思うことがあったからかもしれない。
『寝られないのか』
「……ええ」
『お前が寝られないと私も寝られないからな』
隣で可愛らしい寝息を立てる霞を起こさないようにベッドから抜け出た。物音がしたから起きたわけではないので、さすがに瑞穂さんも眠っている。たまには1人で、夜風に当たるのもいい。
部屋から出ると、足下だけが照らされた暗い廊下。今でも電気が消えていないのは工廠くらいだろう。なるべく物音を立てず外へ。外は満天の星。気持ちを落ち着けるには最高のロケーション。
『こんな時は領海に行きたいところだ』
「そうね……あそこの夜空は綺麗だし」
星を見ながらブラブラと歩く。昼に歩くのとはまるで違う。夜目が利くので暗いとは思わないが、怖いくらいに静かなのは確かだ。
『で? 何を悩んでるんだ? 本当に北端上陸姫を倒すべきかってことか? 人間に対して嫌な感情を持ったことか?』
「どっちも。特に後者。初めてだもの、人間が許せないって思ったの」
この感情は、より深海棲艦に近い感情だと思う。艦娘の身で同じことを思うのなら何も影響は無いが、私は深海棲艦の身だ。負の感情が深海棲艦の身体を変えることを身を以て証明している私には、なるべくなら感じたくない感情だ。
「ダメだとわかっていても、私が裁いてやりたいって思っちゃった。私の身体をこんな風にした間接的な原因だもの」
『そうだな。私が生まれたキッカケでもあるが、こうなりたかったわけじゃない』
「いいことのキッカケでもあるんだけど、それ以上に辛いわ」
今回の件があったからこそ出会えた人もいる。深海艦娘の皆や、ヒメさん達白の深海棲艦、浄化された元深海棲艦。それに、扶桑姉様だってそうだ。この戦いが無ければ出会えなかった仲間である。
だが、皐月さんと潮さん、深雪さんはこの戦いのせいで深海艦娘に、霞と初霜は半深海棲艦に改造されてしまった。まともな艦娘として生活していたのに、それを全て砕かれてしまった。何人もの仲間が心を抉られ、トラウマを残している。未だに誰も沈んでいないのは奇跡だろう。
「どれだけ考えても許せないわ。被害者が多いもの」
『でも、お前は自分をこんな目に遭わせた奴のことを同情しかけただろう』
「私が同じ立場だったら何を思っていただろうって……それを考えてたの」
他人が自分の利益のために私を殺そうとしたら、その時私は何を思うのだろう。やはり復讐を考えてしまうのだろうか。他の何もかもを犠牲にして、仲間の命すらも利用して、全てを滅ぼす破滅主義になるのだろうか。
『考えなくていいことを考えすぎなんだよお前は』
「……そうね……」
起こってもいない悲劇で心を病むようなことはあまりに馬鹿馬鹿しい。こちらを殺そうとしてきている敵が何を思ってのことかだなんて、それこそ不要。私は自分と仲間の命を守ることだけを考えればいい。少なくとも、同情なんてしてはいけない。
『楽しいことだけ考えような。どうやってヒビキを鍛えてやろうかとか、どうやってカスミに構ってやろうかとか、そういうのでいいんだよ』
「楽観的すぎないかしら」
『悲観的すぎるんだよ』
そもそも心を穏やかにしなくてはいけないのに、自分から崖に向かっていること自体が愚かしいことなのだ。アサの言う通り、もっと楽観的に生きた方が自分のためにもなる。
『キヨシモのオヤツ作りもいいな。トキツカゼと昼寝ってのも捨てがたい』
「まずは明日の……ってもう今日か。陽炎さん達との合同演習よ。せっかくだし、楽しみましょう」
『その意気だ。どうせなら楽しもう』
なんだかやりたい事が沢山出てきた。ここにいる全員と遊びたい。那珂ちゃんさんとアイドル活動とか、長良さんとトレーニングとか。青葉さんの海図作りのお手伝いなんかも面白いかも。やった事がない事をやってみたい。そのためには、今の戦いを終わらせなくては。
と、ここで電探とソナーに反応。十七駆に対策をお願いしている、佐久間さんの暗殺部隊だろう。本当に毎日来ているようだ。ご苦労なことで。
この反応と同時に、近くに来ていた磯風さんと浜風さんの反応も感じた。この敵の反応に気付いたのだろう。
『せっかくだ。憂さ晴らしにのしちまえ』
「そうね。身体を動かせば眠気も来るでしょ」
反応をジッと見ていると、こちらの方にやってくるのがわかる。眠っているときならまだしも、ここに立っているのなら深海の匂いで吸い付けるようだ。都合がいい。
「どっちがやる?」
『気を晴らしたいのはお前だろ。お前がやっていいぞ』
「ありがと。でも艤装はアサよね」
『そういやそうだな。まぁお前自身も攻撃できるんだ。トントンで行こう』
艤装を展開。そういえばこの艤装になってからまともに戦闘するのは初めて。せっかくだし、やりたいようにやってみよう。
少しして、ズルリと海からイロハ級の潜水艦が這い上がってきた。数は3体。その時には磯風さんと浜風さんも視認できる位置に。あちらとしては暗闇の中なので、ここに私がいることに気付いたのは割と寸前。
「さて……憂さ晴らしさせてもらいますよ」
潜水艦は以前見た通りナイフを握っている、接近戦特化型だ。音を立てず佐久間さんを殺して即撤収が基本スタイルなのだろう。少しは賢いようだが、深海の匂いに惹かれた時点で高が知れている。3体相手でも何も問題はない。
「おい、そこにいるのは誰だ」
「眠れずに徘徊していた朝潮です。ちょっといろいろあったので憂さ晴らしさせてください」
磯風さんに問われた瞬間に3体の潜水艦が一斉に攻撃してきた。同時に攻撃してくる程度の知能はあるらしい。3体同時なら処理がしづらいということくらいは理解しているようだ。
だが、今の私にそれが効くと思っているのならお笑い種である。
「さすがアサ、筋トレの質がいい」
『だろう?』
2体のナイフを掴み、残りの1体はアサが殴り飛ばした。艤装による攻撃のためそのまま絶命。
腕にも艤装が出来ているため、ナイフを掴むくらいわけもない。身体の成長で膂力も上がり、アサの鍛錬のおかげでいろいろな部分が鍛えられている。まさか私の状態でも白兵戦が出来るとは思わなかった。
「私の場合、見様見真似なのよね」
『いいじゃないか。格闘の見様見真似ってなったら、姉さん達のだろ』
「ええ、だからまずは、扶桑姉様」
片方の潜水艦の脇腹目掛けて蹴り。何か折れるような感触がしたが、扶桑姉様のように吹き飛ばすことも粉砕することも出来ない。攻撃としては充分か。
「次、山城姉様」
もう片方の潜水艦に向けて正拳突き。山城姉様だったらミンチになっていただろうが、私如きでは少し抉る程度。やはり私はまだまだ貧弱だ。本来なら1人で戦闘なんて出来ないというのに。
『なら最後は私な』
うずくまる2体を艤装で掴み上げ、そのまま握り潰した。作務衣に返り血が飛んでしまい、そのまま戻って眠ることが出来なくなってしまった。
「アサ、雑過ぎ」
『お前に言われたくない』
この光景を見ていた磯風さんと浜風さんは唖然としていた。おそらく今までで一番雑な戦い方をしたと思う。
「朝潮よ……お前は一体何なのだ」
「ご覧の通り、しがない元艦娘ですよ。少しだけ修羅場を多く潜っているだけです」
「そもそもしがない元艦娘とは何なのでしょう……」
自分でも言葉を間違えたと思う。
ひと暴れしたことで気持ちいい疲労。今のところ襲撃は1日1回らしく、今回私が倒したことでこの一晩の任務はただの警戒だけになるらしい。仕事を奪ってしまったようで申し訳ないが、戦わなければ戦わない方がいいと浜風さんに感謝された。今頃逆方向の浦風さんと谷風さんの方にも伝えられているはず。
「1人でお風呂というのも久しぶりね」
『私は初めてだな』
「そっか、アサが来てからは大体誰かいたものね」
『特にカスミがな』
こんな深夜にお風呂に入るということ自体が稀どころか初めてのこと。喧騒すらない、本当に静かな空間。世界に自分だけしかいないのではないかという錯覚すら覚える。
いろいろと考えをまとめ、その上で戦闘で憂さを晴らしたことで、幾分かスッキリした。これは気持ちよく眠れそうだ。
「本当に誰も来ないわね。瑞穂さんも寝てるわ」
『いいじゃないか。あいつも気を張りすぎなんだ』
「そうよね。瑞穂さんにはグッスリ眠ってほしいわ」
軽く流して、着替えて自室へ。小一時間ほどの外出だったが、霞はまだ寝たままだろうか。
音を立てないように部屋に入る。電気はついていない。霞は寝息を立てているようだ。起こさないように定位置に潜り込み、いつものように霞を抱き寄せる。
「んん……姉さん……?」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「……あったかい……お風呂入った……?」
「ええ、ちょっと寝付けなくてね」
佐久間さんの暗殺部隊を処理したことは黙っておいた。
「そう……んぅ……」
胸に顔を埋めてそのまま眠っていく霞。お風呂に入ってそのまま寝ることなんて今までにない。その温もりがより強い眠りに誘ったのかもしれない。霞も気を張ることが多いだろう。ゆっくり眠ればいい。
『お前も気張りすぎだ。もっとのんべんだらりと暮らせばいいんだ。艦娘としてはアレだが』
私も続けて微睡んで行く。ようやく眠気も来てくれた。適度な運動は眠りを誘う。やっておいてよかった。
身体が戦艦になったことで、睡眠欲とかそういったところも戦艦、大人基準になってしまっていると考えられます。今の朝潮ならお酒が飲めるかもしれません。ただし酔わないとは言っていない。