欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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紐解かれる禁忌

私、朝潮の領海で待ち構えていた黒コートの混ぜ物。戦闘出来るメンバーがほとんどおらず、援軍到着まで時間稼ぎをしながらの撤退戦という様相となった。叢雲さんは不調のある艤装で雪さんを守ることで手一杯。私と島風さんは体調不良が再発してまともに動けず、今の戦力は瑞穂さんただ1人。

その戦闘中、敵の艤装展開と同時に爆雷でダメージを与えたが、その衝撃で黒コートのフードが捲れ上がった。

 

『……薄々そんな気がしてたわ』

「私達の心を崩すならそれが一番だろうからな……っぷ……」

 

その下にあった顔は、霞だった。私達の仲間である霞とは別個体。深海艦娘の要素が強い仲間の霞とは違い、あちらの霞は純然たる深海棲艦。

そういうことをしてくるのではないかとは思っていたのだ。だからこそ、今はまだ冷静でいられる。かなりギリギリだが、思考の海はまだ熱を持っていない。

 

「あーあ、バレちゃった。もっとタイミング見計らってバラすつもりだったのに」

 

砲塔を大きく振り、瑞穂さんを強引に引き剥がす。全員と間合いが取れたので、改めてこちらに向き直った。フードも完全に脱ぐ。何処からどう見ても霞である。

 

防空霞姫(ボウクウカスミヒメ)よ。カスミでいいわ」

「対空専門か……その割には砲塔がこちらを向いているようだが」

「当たり前じゃない。空()出来るだけ。それが普通じゃないの?」

 

4基8門の高射砲が海面と水平に構えられる。ここまで来たらただの主砲だ。その大きさからして、威力は戦艦並にあるだろう。当たったら一たまりもない。

 

「私はただ、朝棲姫をこちらに引き込みたいだけなの。だって、愛すべき姉だものねぇ。姉妹で仲良くクズを始末しましょ」

「少なくともお前は妹とは思えないな……出直してこい」

「失礼しちゃう。まぁいいけど。少なくともそいつは殺すわ」

 

私の前に盾になるように立つ瑞穂さんを睨み付ける。

 

「瑞穂が仕えるべき朝潮型の姿を取る敵とは……罪人である瑞穂に与えられたまたとない機会なのですね。贖罪のために、瑞穂、朝潮様を全身全霊をかけお守りいたします」

 

外見が霞であれど、一切動揺を見せない瑞穂さん。敵であると最初から認識しているおかげか、朝潮型であろうが容赦はしないようである。これでブレていたらこの部隊は本格的に危なかった。

 

「甲斐甲斐しいわね。そうだわ、ならもっと罪を増やしてあげようかしら。殺すよりもいい手段があるじゃない」

「瑞穂に何をするおつもりで?」

「簡単よ。()()()()()()()()()()()()

 

主砲と高射砲を乱射しながら突っ込んでくる。狙いは完全に瑞穂さんに絞っていた。体調不良で動けない私や島風さん、戦力として見なされない雪さんは完全に無視。叢雲さんも万が一のことがあってはいけないと雪さんの側から動けない。結果的に一騎打ちとなってしまう。

 

「瑞穂を引き込む? ご冗談を」

「貴女の意思なんて関係ないの。ほら、これを使えばね」

 

以前の戦艦天姫の時のように、舌を伸ばしその上に乗る黒い塊を見せる。万能戦力である瑞穂さんでも、『種子』を埋め込まれては抗えない。数が多ければ予防接種をしていたとしても関係なかった。

それを見てから少しだけ瑞穂さんの表情が強張る。流石にまずいと思ったのだろう。歴然としている戦力差から、洗脳を回避することもかなり難しい。このままでは時間の問題。

 

「クソ……援軍はまだか……!」

『もう少しのはずよ! なるべく鎮守府に近付いてるもの!』

「援軍を待ってる? すぐには来ないわよ。雑魚だけど妨害を出しておいたから」

 

それも見越して先に手を回している。いくらこちらが強力な部隊で来たとしても、横槍を入れられれば直行は出来ない。そのほんの少しの時間稼ぎですら、こちらとしては死活問題である。

 

「ゲスなヤツだ……カスミの風上にも置けん」

「勝手に言ってなさい。ほら、水上機母艦風情が私に均衡を保てるとでも?」

 

幸い、動けない私達を盾にするような戦術をとってくるようなことは無いようだ。何かのミスで私が死んでしまっては、あちらとしては計画が丸潰れになってしまうからか。

 

「つっ……」

「傷がついたわね。それじゃあ、おしまい」

 

嬲るように放たれた砲撃が、ついに瑞穂さんの腕にかすめる。その瞬間を見逃さず、一気に間合いが詰められた。いつもの移動法でその場から消えるが、何度もそれを見せているためか、移動先まで見透かされている。行動予測に被せる形で予測され、移動先の足下に砲撃。瑞穂さんの動きが止まったところで、さらに転進、手を掴むところまで距離を詰められてしまった。腕を引っ張られ、身動きが取れないように抱きかかえる。

 

「ミズホ!」

「黙って見てなさい。貴女の従者が私の従者になるところを」

 

その傷口に、思い切り噛み付いた。私の時もそうだったが、『種子』を埋め込むのには一番効率的なのかもしれない。

 

「っあっ、あぁあああっ!?」

「ミズホ!?」

 

止め処なく『種子』を埋め込まれていき、苦悶の表情を浮かべる。だが、ただでやられる瑞穂さんでもない。懐から中和剤を取り出し、防空霞姫の首筋に突き立てる。が、それは今一歩届かず、しっかりと掴まれ、押し止められていた。

 

「ぷはっ、これ刺されると『種子』が中和されるんだったかしら。そういやアマツさんが言ってたわね。朝棲姫の洗脳が解除されたーって」

 

状況があまりにもまずい。瑞穂さんは苦悶の表情から恍惚とした表情に変化してきている。『発芽』の快感に呑まれかけているのが目に見えてわかってしまう。まだ中和剤は持っていたはずだが、抵抗の意思を見せなくなっている時点で、洗脳が進んでいると理解できた。

まともに動けないのが悔しかった。アサだってそうだろう。未だ吐き気は止まらず、身体も艤装もまともに動かない。無理をしたせいで薬が切れるのが早かったのも辛い。悔しさが、怒りと憎しみに変わっていく。

 

「朝潮……耐えろよ……」

『わかってるわよ。わかってるけど……!』

 

事が済んだのか、瑞穂さんの拘束を解く防空霞姫。『発芽』の快感で体力を奪われたか、その場に膝をつく。

 

「絶望してくれたかしら。怒りと憎しみに呑まれてくれると、こちらにとっても都合がいいのよね」

『霞の顔で言うな!』

「我慢しろ朝潮!」

 

思考の海が熱く感じる。敵の思惑通りに進んでいるのが癪だが、あの顔で癇に障る言動ばかりをされると、私も限界を超えてしまう。せっかくギリギリで踏みとどまれたのに、また簡単に暴走を始めようとしてしまう。

 

「朝潮、抑えろ……! まずはミズホをどうにかするぞ……!」

「どうもしなくて結構ですよ」

 

突如首を掴まれ海面に叩きつけられた。電探の動きを凌駕した動き。こんな事出来るのは瑞穂さんしかいない。

私の眼前、冷たい表情の瑞穂さんが私を見下ろしていた。今までいろいろあったが、こんな表情は見たことが無かった。敵に対してもここまではしたことがない。

 

「瑞穂は思い出しました。貴女は、朝潮は瑞穂が殺すべき、復讐すべき相手であると。よくも()()()はやってくれましたね」

 

今の言葉で、本当に踏み込んではいけない部分が垣間見えた。そのおかげで私は怒りと憎しみに呑み込まれる余裕が無くなった。思考の海の熱も瞬時に消える。この中では私しか知らないであろう焦りに飲まれ、冷静でいられなくなる。

 

洗脳はされているのだろう。そのせいで思考が深海寄り、かつ敵側寄りに変わってしまったのは仕方ない。敵対してしまい、私達を敵と認識しているのも仕方ない。

だが、今の瑞穂さんはそれだけではない。瑞穂さんのもう1つの部分、()()()()()()()()()()が、『種子』による洗脳で紐解かれてしまっていた。消滅したと思われていた記憶は、奥の奥に封じ込められていただけだったのだろう。余計なことをされたせいで、それが表に出てきてしまった。

 

「忘れていた瑞穂の重い罪、全て思い出しました。罪でも何でもないじゃないですか。貴女の心を砕くために、瑞穂は粉骨砕身努力をしただけ。それを貴女は、瑞穂を怒りのままに殺すという手段で、何もかも破壊したのですね」

 

水母棲姫として行ったことは、水上機母艦瑞穂としては自分の精神を崩壊させるほどの重い罪だ。だが、思考を弄られ私達が敵と見える今、その記憶は罪ではなくさも当然のことへと変わり果て、それを邪魔した私は復讐すべき最悪の敵として認識された。

今の状況は私が水母棲姫を殺した時と全く同じ状態。馬乗りになり、逃げられないようにマウントを取られる。両腕を折るまではされていないが、過負荷でまともに身体が動かせないので似たようなもの。あの時の意趣返し。

 

「朝潮っ」

「こらそこ、今から面白いことが起こりそうなんだから動くんじゃないわよ」

 

いち早く動き出そうとしてくれた雪さんと叢雲さんが、防空霞姫の砲撃でブレーキをかけさせられる。霞の顔でニヤニヤと下卑た笑みを浮かべているのが気に入らないが、正直それどころではない。

 

「覚えていますか。覚えていますよね。瑞穂はこうされて、貴女の手で殴られ続けた。こうやって」

 

一発殴られる。この痛みをアサに押し付けてしまっているのが申し訳ない。交代したいが、むしろアサに押さえつけられてしまい、思考の海から出られなくされている。

 

『貴女は無関係でしょう! 代わりなさい!』

「私が生まれる前にやったことなら私は知らん。それがお前の罪なのかも知らん。だけどな、お前が被る必要のない痛みなら、私が肩代わりしてやる」

「中の朝潮と仲良くお喋りですか。気に入らないですね」

 

一発殴られる。

 

「貴女をこちらに引き込むのも本当は気に入らないのですよ」

 

一発殴られる。

 

「どうせならここでこのまま嬲り殺しにしてあげたい程です」

 

一発殴られる。

 

「ですが、残念ながら防空霞姫様は貴女を仲間にしたいと仰います」

 

一発殴られる。

 

「瑞穂は貴女を許せませんが、仕方ありません」

 

一発殴られる。

 

「忠誠を誓うのなら、瑞穂は貴女を許しましょう」

 

一発殴られる。

 

「気に入りませんが、貴女にも『種子』の洗礼を与えます」

 

一発殴られる。

 

「今までの行いを悔い改め、姫様のため、皆のために働くのです。貴女はそれでようやく許される。今までのものは瑞穂の私怨ですが、貴女は許されるのです。感謝してください」

 

一発殴られる。

戦艦の身体になったおかげで瑞穂さんの素手での攻撃程度なら、そこまでのダメージではない。艤装のパワーアシストがあるものの、こちらにも不調ながら艤装がある。鼻血が出ているが、酷い有様にはなっていなかった。その状況が、却って私を冷静にさせた。

殴られている間に、アサに水母棲姫が何をしたかを伝えておく。アサも乱暴だが舌戦は出来る方だ。うまく時間稼ぎに使えるかもしれない。

 

「もういいでしょう。本来ならば瑞穂がやられた時のよう、爆雷を胸に添えてあげたいところですが、そうしたらいくら貴女でも死んでしまう。それは止められています。防空霞姫様、どうぞお好きに。瑞穂ではなく、貴女が『種子』を埋め込むべきでしょう。忌むべき存在ではありますが貴女の姉というのでしたら、瑞穂は一歩引き、貴女の行いを見届けます」

「ホントに甲斐甲斐しい従者ね。私のものに出来て良かったわ」

 

アサはこれだけされても一度たりとも呻き声をあげる事もなく、ただただされるがままにされていた。殴られている間も、瑞穂さんをジッと見据え続けていた。

 

「気に入らない目をしますね」

「お前は同じ状況に置かれた時に情けなく命乞いをしたと朝潮から聞いたぞ。私は深海の姫なんでな。お前に何をされようとも、そんな無様なことは出来ん。水母棲姫だったか、お前はそんなプライドもない情けない姫だったようだな」

 

腹を蹴られる。それでも呻き声1つあげず、ジッと見つめていた。吐き気もあるというのに、それも耐えて。

 

「卑怯な手段で無ければ勝てないクズが、何故私に方便を垂れているんだ。自分の手を汚さないようなゴミに何が出来る。結局最後もカスミに任せて自分は後ろだ。責任から逃げてるだけだろう」

「言わせておけば」

 

もう一発腹を蹴られる。吐かない。こんな状態の瑞穂さんに、弱みは絶対に見せない。ずっと同じ目で見続ける。イラつかせるように、他のことに興味を向けないように、自分の身体を犠牲に時間稼ぎ。

 

それが功を奏した。気配の端、別の深海の気配。援軍の気配だ。

 

「瑞穂、援軍が来るわ。早いところ朝棲姫に『種子』を埋め込む」

「かしこまりました。立ちなさい」

 

胸倉を掴まれ、強引に立たされる。あと少しだけ、ほんの少しだけ時間を作りたい。

 

「動けぇぇぇ!」

 

島風さんの咆哮と共に、連装砲ちゃん3体が瑞穂さんに突っ込んだ。過負荷を強引に乗り越えた結果、島風さんは鼻血を噴き出した。だがまだ目は死んでいない。身体を裂きながら、血を吐きながら防空霞姫に魚雷を放ち、連装砲ちゃんに指示。

 

「大! 霞もどきの足止め! 中、小、瑞穂さんを拘束!」

「うっわ、無理矢理乗り越えてきたわ。ウザいわね」

 

放たれた魚雷を主砲で撃ち落としながら、大きい連装砲ちゃんを高射砲で撃っていく。かなり負荷が大きいようで、島風さんはそれだけでフラフラ。攻撃を受けていないのに大破に近い損傷。

 

「このようなもので瑞穂を拘束出来るとでも?」

「もう少しだけ待ってちょうだい。そろそろだから」

 

連装砲ちゃんを蹴散らし、再び私の胸倉を掴もうとする瑞穂さんの腕を、叢雲さんが槍の柄ではたき落とす。同時に雪さんも瑞穂さんに体当たり。たったこれだけでも、最後の時間稼ぎには充分だ。

 

「もう充分なんだよね、アサ!」

「ああ、充分だ。来たぞ!」

 

私達の希望の星は、()()()()()()()()

 

戦場の中心、空から落ちてきた物質の着水で大きく波が立った。瑞穂さんは即座に防空霞姫の下につき、叢雲さんは雪さんを抱えて離脱。アサも何とか島風さんの下に合流。

空から降ってくるものに対して高射砲が使えなかったのは防空霞姫の落ち度だ。この状況が想定できるのは私が雪さんくらいしかいない。島風さんも叢雲さんも、想定は出来ないが信頼はしている。

 

「な、何が起きた!?」

「防空霞姫様、お下がりください。……空から厄災が降ってきました」

 

降ってきたのは厄災。この場に扶桑姉様は来られないが、それに相当する者。

 

 

 

「お待たせ」

 

 

 

水飛沫の中から現れたのは山城姉様。最大戦力の降臨である。

 




第5の混ぜ物、防空霞姫。霞改二乙は防空仕様ということで、防空棲姫との混合。
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