敵の洗脳から解放された瑞穂さんの治療は完了した。最初は自らの行いを悔いて壊れんばかりに狂ったが、再入渠により洗脳されていた時の記憶が消し飛んだことで正常に戻ることに成功。今まで何かしらの不幸があった私、朝潮には、最高最善の結末となってくれたのだ。瑞穂さんの無意識の献身により、心を崩すことを食い止められた。
自分が元深海棲艦であるということを自覚し、水母棲姫であった記憶が朧げだが蘇ったことで、晴れて瑞穂さんも元深海棲艦として扱われるようになった。今までは何かわからないが大きな罪を背負っているという感覚だったものが、今は水母棲姫として行った非道な行為に対する贖罪という姿勢に変化したので、心持ちはどちらかといえばウォースパイトさんに近くなったか。
瑞穂さんは少しの間、経過観察として通常の任務から外れる。今回消えたと思っていた水母棲姫の記憶が戻ってしまったことで、今消えているはずの防空霞姫に洗脳された記憶も戻ってしまう可能性が出てきたからだ。何かがあったときに私が近くにいた方がいい。
少しの間は私の補佐として訓練担当として活動してもらうこととなる。
「というわけで、少しの間、瑞穂さんは訓練担当をする私の補佐をしてもらいます。経過観察も必要ですし、不安定なのは変わりません。緊急時は私が近くにいた方がいいかと思います」
「かしこまりました。それでこのお洋服なのですね」
私と一緒に訓練担当として活動するが故に、瑞穂さんにも練習巡洋艦の制服になってもらった。私が1番艦なら、瑞穂さんは2番艦。スカートの形が違ったりするくらいでほぼほぼ同じである。
ただしこの状態でも三方は持ったまま。瑞穂さんには外せないものらしい。
「罪深い瑞穂が朝潮様と揃いのお洋服など烏滸がましいように思えてしまいますが、その、朝潮様の妹になれたようで、瑞穂、少し昂揚してしまいます。
私の身体が戦艦のそれに変化させられてから、瑞穂さんより身長が高くなってしまっている。今の状態なら、額の角さえ隠せば姉妹と言っても信じてもらえるかもしれない。私が姉側であることが信じられないが。
「じゃあ今だけは妹として扱ってみます?」
「い、いえ、そんなことは。先程のはその、意気込みなだけで本当に2番艦になったわけではございません。そもそも実の妹である大潮様や霞様に申し訳ありませんし、瑞穂は本来皆様に顔向け出来ないような罪人なのです。過去の罪を赦していただいたとしても、瑞穂は贖罪のためにこの場に立たせていただいている者。これ以上幸せになってはいけないのです」
そういうところは妙に律儀である。水母棲姫の記憶を取り戻し、今まで以上の罪悪感に苛まれることとなっても、態度は何も変わらない。自分への幸せは捨て、私を筆頭にした朝潮型に尽くし続ける。これは良くない。
「別にいいじゃないですか。幸せになったって。十分に尽くしてくれました。私に縛られずに自由に生きて欲しいくらいですよ」
「それでは瑞穂の気持ちが収まらないのです。命尽きる時まで朝潮様のお側に侍らせていただけますよう」
「なら今以上に幸せになってくださいね。拒否権はありませんよ。瑞穂さんが幸せにならなければ、私も幸せになれません。従者として側にいるのなら、私の幸せのために幸せになってくださいね」
頭をポンポンと撫でる。少しだけ妹のように扱ってみた。それだけで、瑞穂さんは目覚めた時のようにニヘラとした笑顔を見せる。素直に可愛らしいと思えた。前よりも柔らかくなったかもしれない。
「さ、では今日も頑張りましょう」
「は、はい、よろしくお願いします」
このまま瑞穂さんが幸せを享受してくれるようになってほしい。私の命令とかそういうものではなく、自分の意思でそれを望むようになってもらいたいものだ。
その日1日はみっちりと訓練担当。補佐担当は相変わらずの完璧な補佐で、私はいつもより楽を出来たように思えた。白兵戦と自由に動かせる艦載機を持つ私と、砲撃と水上機を同時にコントロール出来る瑞穂さんの組み合わせは訓練には最適らしく、響さんを筆頭に、前以上に希望者が殺到することに。
今日のおかげで、周りからは練習巡洋艦姉妹としての扱いも受けるようになった。私は元駆逐艦で戦艦の身体、瑞穂さんは水上機母艦という巡洋艦とはまるで縁のない艦種なのだが、これで通るみたいだ。
その日の夜。丸一日を瑞穂さんと過ごし、延々と訓練担当をするというのは実は初めて。普段は私の目につかないところで控えているのかもしれないが、常に真横にいるというのは本当に無い。
「今晩だけは同じ部屋で寝てください」
「瑞穂さん、今日入渠終わったばっかりなんでしょ。経過観察が見たいなら一緒に寝た方がいいわよね」
「瑞穂さんと一緒はアゲアゲですねー!」
今日だけは瑞穂さんがまともに眠られるかを調べるために一緒に寝ることとした。私含む朝潮型3人と一緒に眠るということで、さすがに1部屋には入りきらない。久しぶりに談話室の座敷スペースを使わせてもらうことに。
「……よろしいのでしょうか……水母棲姫であった瑞穂がご一緒させてもらうだなんて……恐れ多くて……」
「何度か一緒に寝ましたよね。何を今更」
あの時の記憶が戻ってきてしまったことで、私と大潮には特に引け目があるのだと思う。私を騙し、大潮に自殺を強要した記憶は、死ぬ寸前に近い位置にあるトラウマのようなもの。私が水母棲姫を怒りのままに嬲り殺すキッカケとなった出来事だ。
とはいえ私達にはもうその辺りは一切気にしていない。瑞穂さんは水母棲姫ではないのだから、添い寝に抵抗なぞ何処にもないのである。
「大潮が瑞穂さんのお隣貰いまーす!」
「では逆側が私で」
「で、朝潮姉さんの隣が私ね。完璧な布陣」
何事も無ければただ一緒に寝るだけ。何事かあってもこれだけ近くにいるのだから対処も可能。瑞穂さんは艤装が無いので、万が一のことがあっても私だけで押さえつけられるほどだ。
「はい、じゃあ寝ましょう。瑞穂さん、本日の主役ですよ」
「か、かしこまりました」
「瑞穂さん、顔緩んでますよー」
またあのニヘラとした笑顔。水母棲姫の記憶が蘇ってから表情が豊かになったように思える。それはそれでいいことだ。真面目に淡々と従者をやっているよりは、私達と一緒に感情を共有してほしい。
『雑魚寝を思い出すな』
「そうね。またああいうのを体験したいわ」
『その度に添い寝担当がバトルロイヤルされると鬱陶しいけどな』
アサも瑞穂さんのことは一目置いている。アサも瑞穂さんの献身の対象。サポートは幾度となく受けている。何かあれば助けてあげたいという気持ちは、アサも同じだった。
深夜。4人で眠る談話室でそれは起こった。
瑞穂さんの魘される声で目を覚ました。大部屋で皆で一緒に寝た時もとても姿勢良く眠っていたが、今だけはまるで違った。ゼエゼエ声をあげながら悶えている。これはあまりよろしくない傾向かもしれない。隣の大潮も目を覚ましていたようで、暗闇の中で目が合った。
「お、お姉さん、これ……」
「起こした方がいいわよね……苦しんでいるもの」
瑞穂さんの肩を揺する。
「瑞穂さん、瑞穂さん、大丈夫ですか?」
私が揺すったことで目を開いた。同時にボロボロと涙が溢れる。いつもの虚ろな瞳は、より一層虚ろになっている。
「あ、朝潮、様……瑞穂……瑞穂は……」
「落ち着いてください。ここは現実です。大丈夫ですか?」
添い寝をした時や、大部屋で寝た時でもこんなことはなかった。ということは、水母棲姫の記憶を取り戻したことが悪夢の原因なのかもしれない。
どんな夢を見ていたかわからないが、落ち着くまでは私が引き寄せるように抱きしめておく。 私が適役かどうかはさておき、こういう時は人の温もりが欲しいはず。
「んん……何があったの……?」
「霞、瑞穂さんが魘されてて……」
この騒ぎで霞も目を覚ました。大潮は先んじて布団から出て、談話室の電気をつける。夜の暗闇ではわからなかったが、瑞穂さんは壊れる寸前の発狂した時のように青ざめており、ずっとガタガタ震えていた。
「温かいお茶を淹れるわ。気分が落ちつけるように」
「じゃあ大潮はタオルと替えの寝間着を貰ってきます。酷い汗ですし」
「2人とも、お願い」
用意してくれている間、私はずっと瑞穂さんを撫で続けた。それこそ、妹に対してするように。訓練担当として擬似的に姉妹となったのだから、これくらいは私の役目だ。
「瑞穂さん、大丈夫ですか」
「瑞穂は……瑞穂は何故……何故あんなことを……」
私の声があまり届いていない。それほどまでに酷い悪夢だったのだろう。これは落ち着くのを待つしかない。
大潮がタオルを持ってきてくれた時、ほんの少しだが瑞穂さんは自分を取り戻していた。震えが少し収まり、涙も止まっている。
「お騒がせいたしました……深夜に皆様を起こしてしまうなど、従者としてあるまじきこと。深くお詫びを……」
「構いませんよ。私達が貴女に頼るように、瑞穂さんも私達に頼ってください。それくらい私達は瑞穂さんに感謝しているんですから」
汗を拭いてあげながら、寝間着を着替えさせる。
「霞がお茶を淹れてくれました。落ち着いたら飲みましょう。談話室で良かったです」
「はい……申し訳御座いません……」
一度お風呂に入った方がいいかもしれないが、その前にちゃんと落ち着いた方がいい。お茶を飲んでもらって、震えを止めてもらう。少し落ち着いたか、夢の内容を話してくれた。
「……酷い悪夢を見たのです……」
「そうですか……」
「朝潮様に暴力を振るう夢でした……。瑞穂が水母棲姫だった時にやられた事をやり返す夢です……。最後は胸元に爆雷を仕掛けて……朝潮様を……爆殺して……」
話す事でまた震えが始まってしまった。
結末が違うため、防空霞姫に洗脳されていた頃の記憶が悪夢となって蘇ったわけではないようだが、あの時の行為がトリガーになっている可能性はある。蘇った水母棲姫の記憶と、記憶にはないが身体は覚えている私に暴力を振るった経験が合わさり、私を殺すという悪夢となって出てきてしまったか。
夢の中でとはいえ、私を自分の手で殺したという経験をしてしまったせいで、瑞穂さんは今までにない程に消耗している。
「瑞穂さん、私は生きています。ほら、熱を感じるでしょう」
「朝潮様……はい……生きていらっしゃいます……脈動を感じます……」
私の左胸に瑞穂さんの手を持って行き、鼓動を感じてもらった。私は目の前で生きている。もっと鼓動を感じてもらうため、皆にやるように頭を胸に押し付けるように抱きしめた。
「今日思い出した水母棲姫の記憶が悪い方向に作用してしまったんでしょう。辛かったら私を呼んでください。生きていることを証明してあげます」
これから毎日私を殺す夢を見るかもしれない。以前と違い水母棲姫の記憶を受け入れられたように思えたが、無意識ではやはり抵抗があるのだろう。これを乗り越えるのは至難の業だ。罪悪感だけはどうにもできない。お酒で逃げることが良くないのは前例があるためにオススメ出来ない。
「瑞穂さんに深海の匂いが感じられたら、もっと落ち着けるのかもしれないけど、無い物ねだりよね」
霞が呟く。元深海棲艦の特性として、深海の気配は感じられるが深海の匂いは感じられないという体質があるが、匂いの方が感じられたら私の深海の匂いで心を落ち着けることが出来ただろう。残念ながらそれは出来ない話ではあるが。
「幸せを感じながら眠れば悪夢を見ないでしょうか……」
「あの、瑞穂は眠る前はとても幸せでした。朝潮様と大潮様に添い寝していただき、霞様にも側にいていただき……。かつて無いほどの幸せだったかもしれません」
「でも無いよりはマシですね。私達が側にいたから魘されているのに気付けたわけですし」
あまりにも悪夢が治らないようなら、入渠ドックでの睡眠になるかもしれない。あそこに入っている状態だと夢もあまり見ない。私はアサと会話したことがあるくらいだが、それ以前に入渠中に夢を見るようなことは無かった。
それはもう最後の手段とするとして、それ以外に悪夢を消し去る方法は何か無いだろうか。
「瑞穂さん、眠るたびに悪夢に苛まれるようなら言ってください。いろいろ試してみましょう。私達が側にいるからダメという可能性だってありますし、添い寝の順番を変えるだけで何か変わるかもしれませんし」
「はい……お手数をおかけします……」
何事もなく終わったかと思えた瑞穂さんの復活も、意外なところに落とし穴があった。こればっかりは私達が手を出すことが出来ない気がする。
朝潮が香取の服なので、瑞穂は鹿島の服。