欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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瑞穂の本音

不要な記憶を飛ばしたことで復活を遂げたと思われていた瑞穂さんだったが、その日の夜に悪夢に苛まれた。蘇った水母棲姫の頃の記憶が悪影響を及ぼしているのは私、朝潮にもすぐに理解できた。真面目な瑞穂さんには、水母棲姫がやってきたことが耐えられない。起きている時にはまだマシだが、眠った時には無意識に最悪な状況を考えてしまう。結果、私を殺す夢を見てしまった。

 

魘されて起きた昨晩、私達の介抱後、すぐにまた眠ることになったのだが、その時は悪夢を見なかったようで、朝までグッスリ。一度悪夢で消耗しているせいか、より深い眠りだったように見えた。眠るたびに悪夢を見るとなったら、まともに眠ることも出来ず衰弱していくだけだっただろう。それだけは安心した。

 

「ふむ、悪夢か……」

「はい。寝直したら見なかったようなので、必ずしも見るというわけではないみたいですが」

 

何があるかわからないので、朝一に司令官に報告。同じような例があるとは思えないが、何か解決策を思いついてくれると嬉しい。たまたま調査報告に来ていた佐久間さんにも聞いてもらい、何かしら閃いてくれることを期待した。

瑞穂さんは疲れは見せないものの、精神的に少し追い詰められている。夢とはいえ私を攻撃し殺したということが、心に大きく傷を付けていた。壊れて失うほどの記憶とほぼ同じ状況なのだから、そうなっても仕方ない。

 

「瑞穂君。悪夢は昨晩が初めてかい?」

「そう……ですね、はい。この鎮守府に配属されてから初めてのことです。その初めてがよりによって朝潮様を惨殺する夢だなんて……瑞穂の罪がまた増えてしまいました。無意識下で朝潮様をそうしたいとでも思っていたかの如く生々しい夢だったのです。まるで()()()()()()()()()()()()()()()……恐れ多くも朝潮様に馬乗りになり、そのご尊顔に渾身の力を込めた拳を打ち付け……トドメと称して爆雷を……」

 

説明したことでまた震え始めてしまった。大分参っている。涙目にもなり始めたので、昨晩と同じように抱きしめる。今の瑞穂さんには温もりが必要だ。

 

「佐久間君、深海棲艦の調査の時に近しいことは無かったかな」

「そうですね……雪ちゃんがここに来たばかりの時に、あまり眠れなかったのは覚えています。雪ちゃんの場合は夢の中ではなく実際自分でやったことの反芻なので余計に辛そうでしたね」

 

反省の意を込めて雑務に追われている雪さんも、罪悪感から悪夢を見続ける症状はあったようだ。

 

「あとはポーラちゃんですかね。罪悪感をお酒で紛らわせようとした子ですし、前世をハッキリ覚えてますから。あの子は嫌なことが複数あるので」

 

仲間を殺された記憶と、私達を裏切った記憶。そのせいでポーラさんも悪夢に苛まれていたことがあるようだ。眠れなくなったらお酒に頼るという身体に悪い生活を繰り返していたらしい。

 

「ふむ……朝潮君、今日は瑞穂君についていてあげなさい」

「そうさせていただきます。訓練担当はお休みということで」

 

いつもは守ってもらっている立場だが、今日は私が瑞穂さんを守る立場だ。

 

 

 

なるべく心が休まるように、訓練担当ではないもののお互いに練習巡洋艦の制服で過ごす。姉妹のような状態にすればより落ち着くのではないかという甘い考え。昨日言った話が本当になりそうである。いつもは図らずも主従という関係だが、今だけは姉妹で。

 

「瑞穂さん、今日はお休みです。2人でゆっくりしましょう」

「はい……申し訳ございません朝潮様。瑞穂のせいで本来の業務を変更してしまいました。瑞穂はまた罪を……」

「私も休まなくてはいけない身体なんですから、むしろ好都合ですよ。瑞穂さんを利用して私がお休みをいただいたようなものですから」

 

何があっても自分のせいだと思ってしまうほどに、瑞穂さんはネガティブな思考になってしまっている。そんな状態で眠ったら、幸せな状態でも見たというのに確実に悪夢を見ることになるだろう。それはよろしくない。身体を休めるための休息で苦しんでどうする。

 

「瑞穂さん寝不足でしょう。お休みですし、私は何処にも行きませんから、寝てもいいんですよ」

「そ、そんなわけには。朝潮様の手を煩わせるわけには」

「私がしたいと言っているの。この前みたいに膝枕しましょうか」

 

手を引っ張り談話室へ。都合よく誰もいない。

以前に強制的に労わせてもらった時、呼び捨てにしてほしいと請われたことを思い出す。場所も同じ。本当に都合がいい。ここでやらずにいつやるというのだ。

 

「瑞穂、また膝枕してあげるわ。好きでしょう?」

「ひっ、膝枕っ、ですかっ」

 

以前と同じ可愛らしい反応。嬉しいのか恥ずかしいのかわからないが、労いに選択する行為なくらいなのだから、喜んでもらえるとは思う。

前回以上に驚いた後、おずおずと隣に座って頭を膝の上へ。

 

「今日は瑞穂が私を占有していい日だからね」

「そ、そんな……皆様に申し訳……」

「私がやってあげたいんだから、素直にされるがままにされなさい」

 

頭を軽く撫でる。羨ましいほど綺麗な髪。

 

「……水母棲姫の記憶を思い出したのは辛いでしょう。いつでも頼ってくれて構わないんだから。今だけは素直になって。私相手でもいいから全部ぶちまけていいの」

 

黙り込んでしまう。眠っているわけでもない。少しだけ震えている。話そうか話すまいか迷っているのだろう。何度か深呼吸したのに、ポツリと言葉を紡ぎ出す。

 

「……朝潮様……瑞穂は……瑞穂は大罪人です……。水母棲姫のとき……朝潮様達を欺くことを心から喜んでいました……より心に傷が付くよう、陰湿に、陰険に、策を練ることに快感を覚えていたのです……」

 

ツラツラと話してくれる。いつも自分をしまい込んでいた瑞穂さんの本音が聞ける滅多にない機会。私達には叱咤激励をしてくれるが、自分の考えはなかなか口に出してくれない。今のような状況なら尚更だ。弱みを見せたくないというよりは、見せたことで私達を悲しませたくないという気遣い。

真に気遣うなら、本音を全てさらけ出してもらいたいところだ。隠し通される方が私には辛い。信用されていないように思えてしまう。

 

「瑞穂は自分の手を汚さずに人が苦しむことを楽しんでいたのです……他の仲間より少し頭を良く作られただけなのに傲慢で……卑劣で……。そんな瑞穂は生きている価値が無いでしょう。ですが……朝潮様はそんな瑞穂にも手を差し伸べてくださいます。記憶を取り戻した瑞穂にも、変わらず接してくださいます。瑞穂は()()水母棲姫なのですよ……」

 

やはり自分が水母棲姫であったことに負い目を感じている。今まではその事を忘れ漠然とした罪の意識だったため、感情を殺して行動が出来たが、今は具体的な罪悪感が付いて回っている。

その結果が悪夢だ。自己嫌悪の塊となり、自分が一番信用出来なくなってしまった。今までと違い、本当に弱々しい。

 

「なら、瑞穂は私に恨みがあるの? 私の寝首をかこうと思う?」

「そんなことは断じて御座いません! 瑞穂は朝潮様に誠心誠意尽くす事を心に誓ったのです! 非道な水母棲姫をその手を汚し殲滅した事で、瑞穂を解放してくださいました!」

「ならそれでいいでしょう。瑞穂は水母棲姫じゃないもの。ね?」

 

水母棲姫に対しては怒りと憎しみを持って心の赴くままに残酷に殺したが、瑞穂さんをその水母棲姫と同一視したことはない。最初期は警戒くらいしたが、これほどの献身を見せてくれた今、記憶が戻ろうが戻るまいが、私が瑞穂さんを恨む道理が無いのだ。

 

「瑞穂は……水母棲姫じゃない……」

「そうでしょう。元はそうかもしれないけど、今は?」

「……朝潮型練」

「そっちじゃなく」

「瑞穂型水上機母艦の……瑞穂です……」

 

この鎮守府の全員が、瑞穂さんのことを水母棲姫だと思っていないのだから、それでいいじゃないか。記憶が戻ったことはもう皆が知っている。それでも誰も忌避しない。瑞穂さんは瑞穂さんであり、水母棲姫は死んだ。それで充分だろう。

 

「それでいいの。瑞穂は瑞穂、でしょ」

「はい……はい。今後とも、よろしくお願いします」

 

どうやら少しは立ち直れたようだ。先程までの落ち込んでいた雰囲気は控えめになり、膝枕を素直に喜ぶようになっていた。これなら眠って悪夢を見たとしても立ち直ることが出来るだろう。重く考えず、もう少し軽くなればいい。

どうせ軽くなるのなら、私への態度も変えてもらいたいものである。

 

「記憶が戻った今、私のことをそんなに神聖視しなくてもいいんじゃないかしら。解放したって言われればそうかもしれないけれど」

「いえ、朝潮様は朝潮様なのです。瑞穂にはもうそのようにしか見ることが出来ません。女帝と讃えられ、女王から陛下と敬われ、先生と支持される朝潮様は、瑞穂にとっては女神なのです。瑞穂を解放してくださり、真っ当な道へと導いて下さったご恩をお返しするためにも、より一層の献身を誓わせていただきます。償うべき罪が明確となった今だからこそ、お側に侍らせてくださいませ」

 

再度壊れて記憶が再構成されたとしても、私に対する忠誠心は消えていないらしい。私は主従より友好関係の方が嬉しいのだが。

 

それからすぐに瑞穂さんは眠ってしまった。やはり消耗していたようだ。私は身動きが取れなくなってしまったが、瑞穂さんがゆっくり眠れるのならそれでいい。

 

 

 

時間にして小一時間。お昼寝程度ではあるが眠ることが出来、スッキリした顔の瑞穂さん。悪夢を見ることなく、短い時間だが随分と深く眠れたようだ。眠ったことで気持ちに整理も出来ている。

それを何人かの仲間に見られてしまったのだが、瑞穂さんには内緒にしておこう。青葉さんに写真を撮られたことは特に内緒に。いくら瑞穂さんでも卒倒しかねない。

 

「おはようございます、朝潮様。お膝を貸していただき、ありがとうございました」

「いえいえ、また使いたかったらどうぞ。いつでも貸しますよ」

 

事が済み、調子もいつものように戻す。瑞穂さんの表情がいつもよりも柔らかく感じた。記憶の再構成により、若干性格にも影響を与えたのだろうか。

 

「午後からは訓練担当に戻っていただいて問題ありません。瑞穂、朝潮様に諭され、心持ちを改めました。元水母棲姫ではありますが、艦娘である水上機母艦瑞穂として、今後とも誠心誠意尽くさせていただきます」

 

昨晩の狼狽は嘘のように、元に戻った瑞穂さん。やはり瑞穂さんはこの調子でいてもらいたい。

 

「では、司令官に伝えましょう。午後からは通常業務に戻ると」

「そうしましょう。朝潮()()()

 

……うん?

聞き慣れない言葉が聞こえて振り向くと、真っ赤な顔で頭を抱えている瑞穂さん。これはあれか、司令官のことをお父さんと呼んでしまう系のアレか。

 

「いや、あの、違うのです。瑞穂には姉妹艦がいないものですから、姉妹には憧れというか、その、姉にも妹にも興味があったのです。そこに朝潮様が瑞穂よりも大きく成長されまして、ましてや同じお洋服をいただけて、瑞穂は少し舞い上がってしまっていました。昨日の訓練担当の際に朝潮型練習巡洋艦2番艦などと戯言を言ってしまいましたが、瑞穂にはそのような大それたことを望むほどの立場には御座いません。ですが、その、想像だけはしてしまったのです。朝潮様が瑞穂の姉であり、瑞穂は朝潮様の妹である、その光景を想像してしまったのです。たったそれだけで、多幸感が凄まじく、人様に見せられないような緩んだ顔になってしまったと思います。それを今、たった今思い返してしまいまして、思わず口に出てしまったのです。も、申し訳御座いません。瑞穂が妹だなんて迷惑でしょう。朝潮様は瑞穂の主人であり、女帝であり、女神。対する瑞穂は従者であり、下僕。本来隣に立つことすら烏滸がましいまであるというのに、ほぼ対等な姉妹関係など笑止千万。ど、どうか罰を、罰を与えていただきたく」

 

凄い速さでまくしたててきた。つまり、訓練担当でお揃いの服になったことで、姉妹という立場を自分でも想像したわけだ。私だってそう思っていたし、口にも出して態度も少しだけ見せたくらいだ。別にそれくらいいいと思うのだが。

 

「罰を与えるようなことじゃないでしょうに」

「いいえ、いいえ、瑞穂が朝潮様と対等になってしまうのです。女神と対等の奴隷など聞いたことがないでしょう。そういうことなのです。瑞穂はあくまで朝潮様の従者。対等になどなれる訳がないのですから」

 

何度も私は罰を与えないと言っているのだが、今回ばかりは瑞穂さんも引かない。口に出してしまったことを大きな失態だとあらぬ方向に反省してしまっている。

ここでちょっとしたイタズラを思い付いた。私も意地が悪い。

 

「わかりました。では罰を与えましょうか」

「何なりと。愚かな瑞穂に罰をお与えくださいませ」

「私のことはお姉ちゃんと呼んでください。今日一日、午後の間だけでいいですよ。訓練担当の間は姉妹です」

 

そうやって慣れていけば、その内もっと緩くなってくれるかも。瑞穂さんは物凄く拒否しているが、自分から罰を与えてほしいと言ったのだから、最も嫌がることを選択してあげるのが、相手を思ってのことになるだろう。

 

「あ、朝潮様、後生です」

「お姉ちゃん、でしょ。ほら」

「あ、ぅ……意地悪です……」

 

顔が真っ赤の瑞穂さん。なんだか少し、楽しくなってきた。

 

『お前、ホント、お前』

「何よ」

『私より深海棲艦だな』

 

今回の件をジッと静観していたアサが最後の最後にこの言い草。私だって好きでこんなことをしているわけじゃない。楽しくはなってきたが。




朝潮型駆逐艦1番艦、且つ、扶桑型戦艦3番艦、且つ、Queen Elizabeth級戦艦0番艦(本人認めず)、且つ、海峡夜棲姫妹、且つ、朝潮型練習巡洋艦1番艦。もう滅茶苦茶だよ。
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