欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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本当の悪

瑞穂さんの悪夢の件は少しだがどうにか出来たと思われる。自分が元水母棲姫であるということに負い目を感じなくなったのは大きい。やはり瑞穂さんはいつもの調子の方が一緒にいて楽しいものだ。ちょっとした楽しい失言もあったが、調子を取り戻してくれたのは嬉しい。

 

瑞穂さんが半日である程度の回復を見せたので、午後からは訓練担当に戻ると司令官に伝えるため執務室に向かったところ、少しバタバタしていた。扉で大淀さんと対面してお互いビックリする。

 

「ちょうど良かった。朝潮さん、貴女を呼びに行こうとしていたんです」

「え、何かあったんですか」

「南提督から緊急通信です」

 

南司令官の名前が出たということは、大本営での調査が一段落ついたということだ。この名前を知っているのは私くらいしかいない。瑞穂さんは部屋の外で聞いていたかも知れないが、少なくとも他に知る人はいない超極秘事項である。

 

「了解しました。瑞穂さん」

「前回と同様、近付く者が来ないかを確認させていただきます。朝潮様は中へ」

 

執務室には既に元帥閣下も控えている。どうやら私待ちの状態だったらしい。私の心のために時間を使ってもらって申し訳ない限りである。

 

『あーあー、聞こえますか』

「ああ、準備出来た。調査結果を話してくれ」

 

私が部屋に入ったことで南司令官との通信が始まる。あちらは切羽詰まったような状況には聞こえないのは安心した。以前の元帥閣下との通信の時のように後ろから戦闘音が聞こえてきていたら不安になったものだが。

 

『裏切り者2人、確保しました』

「さすがじゃの。で、どれくらい話した?」

『少し手荒になりましたが、こちらが全て知っていることを伝えたらペラペラと話してくれましたよ。プライドが無くて助かりました』

 

手荒というところを強調する辺り、尋問ならぬ拷問になっていたのかもしれない。別に可哀想とも思わないが

 

『志摩提督からは話を聞けましたか』

「ああ、寺津は深海棲艦の謎が解けるかもと話していたらしい」

『なるほど、でしたら全て辻褄が合います。裏切り者からも寺津の名前は出ていますし、始末しようとしたことも吐きました。それと、寺津は生きており、真相を公表されたくなければ従えと脅されたと』

 

ここまでは元帥閣下が立てた仮説通り。深海棲艦の謎を解くことを妨害した上層部など、誰も許しはしないだろう。わざわざ戦いを引き延ばそうとする行為自体、世間に公表されたら弾劾では済まない重罪である。外部にそれを知る者がおり、自分達以上の力を持っているせいで揉み消しも出来ない。

結果的に、従うしかない状況に追い込まれたのだ。自業自得である。

 

「その愚か者共は寺津と直接話したのか?」

『いえ、緊急通信で内密に、女性のみと話したそうです。その女性というのは、十中八九北端上陸姫でしょう。その通信では屈しなかったそうですが、翌日から1人ずつ消えたようです』

 

最初は裏切り者6人も抵抗はしたようだ。だが1人ずつ1人ずつと始末されていったのなら話は変わる。結局は屈し、今に至るわけだ。私達の最大の障壁に成り果てた。

 

『基本的に行なっていたのは、阿奈波鎮守府の活動の隠蔽ですね。直接鎮守府に出向くことはほぼ無かったようです。なので、以前に元帥閣下が仰っていた『種子』や混ぜ物の事などは知らないようでした』

 

何をしているかは知らないが、逆らったら殺されるということがわかっているので、傀儡のように従っていたわけだ。プライドが無く、自分の立場を守ることに必死な人間はこうも操りやすいということか。

 

「ほぼ無かった、ということは、何度かはあるということか」

『はい。その時には元帥閣下と同じように、女性研究員に対応されたそうです。寺津は顔を見せるつもりはないと突っ撥ねられたとか。殆ど鎮守府の中は確認出来なかったらしく、何か変わったものも無かったようです。外面は通常の鎮守府なのでしょう』

 

殆どの施設は地下にあるのかもしれない。私も陣地に足を踏み入れているが、控え室のような個室くらいしか確認出来なかった。漣さんの供述では、大量の建造ドックと少ない入渠ドックがあるらしいが、そうだとしてもまだ地下は深い。実験施設や訓練施設なんてのもあるかも。空母鳳姫が随伴の空母棲姫を鍛えたなんて言っていたことだし。

 

『裏切り者2人については、こちらで処理します。よろしいですね』

「ああ。聞けることは全て聞いてから、弾劾裁判じゃな。生かさず殺さず、裏切ったことを後悔させてやるぞい。命を取ったら寺津の思う壺じゃから」

 

人間の戦いは艦娘と深海棲艦の戦いよりも残酷で陰湿だ。正面からのぶつかり合いではなく、裏から手を回し、徹底的に社会的地位を潰す。生きているのが苦痛になるほどにまで追い詰め、自身の行いを後悔させるのだろう。

元帥閣下ですらそういう手段を使うと知ると、ほんの少し人間が怖くなった。

 

『今回の連絡は以上です。こちらとしてはそろそろ一度顔を出していただきたいくらいですけど』

「わかっておるよ。2週間近く空けてしまったからの。裏切り者も見つかったことだし、一旦戻ることにしよう」

『了解しました。お気をつけて』

 

通信が切れる。前回と同じように大きく息をついた。緊張感が半端では無い。2回目で話が頭に入るようにはなったが、手汗は凄いし息がつまる。余計なことは言ってはいけないと思うと、口の中もカラカラだ。

 

「緊張したかの?」

「はい……重い会話ですので。口外してはいけない内容ですし」

「うむ、もう少しだけ胸に秘めておいておくれ。これはまだ公表出来んよ。朝潮ちゃんもわかるじゃろ」

 

自分の立場を守りたい上層部の我儘のために、理不尽に殺された人間が私達の敵である、なんて言われたら、私でなくても躊躇いが出るのではなかろうか。同情の余地は無くても、真の悪が上層部の裏切り者達であることは火を見るよりも明らか。

だからといって倒さないわけにはいかない敵だ。野放しにしておくと、復讐以上のことをしでかす。既に関係ないところに被害を出そうとしたのだから救われない。

司令官も元帥閣下も、そのあたりは割り切っている人だ。敵が人間、もしくは()()()であったとしても、人間故に裁くことに躊躇がない。人間ならば人間なりの、元人間ならばそれ相応の罰を与えることだろう。

 

「あと……少し人間が怖くなりました」

「儂らは海の上では戦えん。その分、策でどうにかせねばいかん。結果的にこうなってしまうんじゃ。大丈夫、儂は朝潮ちゃんの味方じゃよ」

 

ポンポンと頭を撫でられる。優しくて温かい手のひらだ。元帥閣下には嘘は無い。ずっと私達の味方でいてくれる。

 

「人間を嫌いになってしまったかな」

「……それは大丈夫です。私が嫌う人間は春風にトラウマを植え付けた上層部と裏切り者だけですよ。司令官もおじいちゃんも大好きですから」

「それを聞けて嬉しいよ。人間同士のいざこざに巻き込んでしまって本当にすまないのう」

 

もう人間だけの問題では無くなっている。私の身体がそれを物語っている。これは私達の鎮守府と北端上陸姫の鎮守府の戦いだ。そういう部分は私も割り切れている。大丈夫だ。

 

「さて、それじゃあ帰投の準備をするかの。加藤、長居してすまんかったな」

「いやいや、こちらも助かったよ。特に清霜君がね」

 

今も大戦艦の2人に訓練してもらっている清霜さん。今回の元帥閣下長期滞在で、一番得をしたのは清霜さんであろう。その次が一航戦に訓練してもらっていた空母隊。

私もいろいろとお世話になった。帰投が名残惜しくなってしまったが、元帥閣下の本来の居場所はあちらだ。あちらで待つ人もいるのだから、帰らなくてはいけない。

 

「ありがとうございます、おじいちゃん。私はもうこんな身体になってしまいましたが……」

「朝潮ちゃん、強く生きるんじゃよ。今後もまた心に対する攻撃が増えると思う。自分を強く持つんじゃ」

 

今生の別れではないのに、何だかとても寂しくなった。それだけこの鎮守府に馴染んでいたのだろう。

 

「爺さんもいきなりポックリ逝くなよ」

「老体に鞭打ってくるお前が何を言うか。これが終わったらゆっくり休ませてくれ。こんなハードな戦場は初めてじゃよ」

 

不吉な言い回しなのが気にはなったが、元帥閣下はおそらく何をやっても死なないと思う。だからこそ笑って送り出せるのだ。また会えると確信できる。

 

 

 

午後一に元帥閣下は帰投。こちらからの追加の護衛は要らないと、いつもの護衛艦娘4人と帰路についた。

行きで襲撃を受けたので、帰りも受ける可能性はあるのだが、行きの時は裏切り者の内通によりタイミングを合わせられた可能性が高いため、帰りのことは考えなくてもいいと判断された。それでも何があるかわからないため、混ぜ物対策班が戦闘配備で待機している。取り越し苦労で終わるならそれでいい。

 

午後からは訓練担当に戻ると司令官に伝えたのだが、どうせなら丸一日休みなさいと窘められてしまった。休める時に休み、万全の状態で挑んでほしいと言われ、素直に納得。私が休むことを選択したため、瑞穂さんもお休みという形になった。

よって、午後の訓練担当の間だけは姉扱いするという罰ゲームは終了。ホッとしたのを見逃していない。

 

『領海に行く……のはやめておくか』

「ええ、やめておいた方がいいでしょ」

 

領海に行こうとして防空霞姫に襲撃されたため、少しの間は領海も控えた方がいいかもしれない。特に瑞穂さんは、領海自体が現在消えている記憶の一部になっている。それを思い出しかねないので、なるべくなら近づけたくない。

自分の心を癒すための最善の場所を封じられたような気がし、間接的にストレスを溜めさせられた。

 

「領海は行かれないのですか?」

「はい、ちょっとやめておきます。今日はただただゆっくりしましょう。瑞穂さんは寝足りなくないですか?」

「はい、午前中に朝潮様のお膝を貸していただけたおかげで、短い時間でしたが深く眠ることが出来ました。ありがとうございます」

 

暇な時間が出来たのに領海に行かないとなり少し疑問に思ったようだが、それ以上詮索するのはやめてくれた。さすが従者、聞かれたくないことを察してくれる。

あれだけの短時間でよく眠れたというのならよかった。もしやそもそも睡眠時間が短すぎるくらいなのではなかろうか。

 

「朝潮様は大丈夫でしょうか。昨晩は瑞穂が魘されたせいで貴重な睡眠時間を奪ってしまいました。今朝は大潮様も霞様も少し眠そうにしてたのを覚えております。辛いようでしたらお眠りください。瑞穂がお膝を……いえ、それは烏滸がましいものですね。申し訳ございません。お忘れください」

 

私もそこまで眠くない。身体が成長したことで、そういった体質も変化したのか、睡眠時間が短めでも問題なくなっていた。寝ようと思えば寝られそうだが。

 

「私も眠気は大丈夫ですね。ならお散歩でもしますか。瑞穂さんは秘密を共有しているもの同士、ちょっと話を聞いてほしいです」

「瑞穂でよろしければいくらでも。その切り出し方ということは、先程の元帥閣下の話ですね。そのことについては瑞穂か提督にくらいしか話せないでしょう。かしこまりました。朝潮様の話相手としてお散歩に付き合わさせていただきます」

 

散歩一つでそこまでかしこまらなくてもいいのだが。苦笑しつつもそのまま外をブラブラ歩くことに。

 

少し前の夜、ここを歩きながらアサと話をして少しスッキリした。アサとの会話は自問自答のようなものだ。他人にも聞いてもらいたい。そういう意味では瑞穂さんは適任と言えるだろう。周りに誰もいないことを確認してから話を切り出す。

 

「瑞穂さんはもう敵の正体がわかっていますよね」

「はい。前回、そして今回の南提督との緊急通信は共に部屋の外で聞かせていただいております。公表するまで他言無用ということは察しておりましたので、誰にも話しておりません」

「……私は今回の敵に同情しかけたんです」

 

瑞穂さんは無言。私は続けていく。

 

「他人の都合で殺されたら……あれくらいの恨みを持ってもおかしくないんじゃないかって、思いました。世界を救うために研究しているのに、それを裏切られたら、逆に自分が世界を滅ぼしてやろうって考えてしまうんじゃって」

「朝潮様はお優しいのですね」

 

話していくと、少しだけ手が震えた。それを見逃さなかったのだろう、瑞穂さんは手を握ってくれた。

自分の考え方が正しいのか間違っているのかはわからない。これに関しては人それぞれだと思う。答えのない問題だ。同情の余地がないほどに私達は攻撃を受けているし、復讐にしてはやりすぎ。そんな敵の考え方を知って何になる。

 

「今はどうなのですか? 攻撃をするのを躊躇しそうなのですか?」

「いえ、それはないです。渾身の力で握り拳を振り下ろすと思います」

「そうですか。ならば、それでよろしいかと」

 

ほんのりと肯定してもらえた。私はこれを求めていたのかもしれない。

 

「瑞穂さんの意見を聞かせてください。私は間違っていますか」

「考えることは間違いではないでしょう。ですが、それで攻撃を躊躇しているのでしたら、瑞穂は間違いだと断言します。朝潮様は特に激しく攻撃を受けているのですから、むしろ恨んで然るべきなのです。敵は間違っています。復讐に他人を巻き込んでいる時点で、情状酌量の余地は御座いません。そのような者に対して、朝潮様は手を差し伸べようと考えてしまった。お優しすぎます。だから我々はついていくのですが、朝潮様自身がその間違いにも気付いております故、瑞穂からは何も言うことは御座いません。朝潮様は、自分の答えに辿り着いていらっしゃいますね。それでいいのです。二度目ですが、考えることは、何も間違いではないのです。答えが導き出せているのなら、尚の事」

 

瑞穂さんにこう言ってもらえただけで、少し肩の荷がおりるようだった。アサとの会話では得られない安心感。

同情だけしてどうするかが決まっていないなら間違っているのだろう。今は私の意思は決まっている。大丈夫、私は自分に正しい考えを持っている。

 

「ありがとうございます。それが聞けて良かったです」

 

考えはより纏まった。これならもう躊躇しない。私は敵の前に立つことが出来ないが、倒すことに何も躊躇いはない。

 

そこから私の意思を聞いてもらった。瑞穂さんはただただ聞いてくれていた。やはり他人に話すのはスッキリする。極秘事項だから尚更だ。ストレスが発散されるような感覚である。




戦う力を持たない者が本当の悪。そちらはちゃんと人間の手で裁こうと、おじいちゃんが奮闘します。朝潮はそれにより作られてしまった悲しい悪を止めるために奮闘することに。
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