霞が訓練で失敗した日の夜。いつも通り霞が私、朝潮の部屋にやってくる。皐月さんにシスコンと言われたが、配属してからほぼ毎日私の部屋で寝ていることを考えると、そうなのかもしれない。
だが、今日はいつも以上に一緒にいないといけない気がした。私と同じようにしばらく後を引きそうだ。私は姉として、霞のメンタルケアをしてあげたい。
「はぁ……」
「霞、あまり落ち込まないで。私もね、一番最初に大失敗したの」
「姉さんも?」
私にとっては恥ずべき失敗だが、忘れてはいけない出来事である、顔面爆撃。今の霞には聞かせておいた方がいい話だろう。振り切った私には、アレももういい思い出だ。
「対空訓練でね、爆撃機を撃ち墜とすっていう訓練を初めてやったの」
「すでに難しそう」
「爆撃を避けながら、上を飛ぶ艦載機に対して射撃をしてね。1つにでも当てられたら訓練は終わり。しかも私は初めてだったから、艦載機は1機だけにしてもらったの。みんなは3機とかなんだけどね」
絵本を読み聞かせるようにゆっくりと思い出話をしていく。これで多少なり霞の心が落ち着いてくれたら嬉しい。
「それで、1機を追い回して、撃って、それでもなかなか当たらなくて。考えながら射撃してたら、隙だらけになったんでしょうね、爆撃機がちょっと低い位置になってて」
「狙いやすいじゃない」
「それはあちらも同じ。運良く当たったと思ったら、爆撃が私の顔面に直撃」
顔面と言ったとき、霞の表情が歪んだ。引いたのか、笑いそうになったのかはわからない。今でこそ笑い話だが、当時の私は悩んだものだ。本物だったら頭が吹き飛んでいるという事実。死に直結する失敗なのだから。
「それ以来、爆撃が怖くなっちゃったの。訓練しても全然ダメ。当たりたくないから避けに徹して上手くいかない日が続いたわ」
「でも姉さん、この前の演習でも一航戦の艦載機をどうにか抑えてたじゃない。もう……怖くないの?」
「私のミスは訓練のミスだもの。本物の戦いに比べたらちっぽけなもの。だから吹っ切れたわ」
実際、トラウマを払拭できたのは、本当の戦いをこの目で見ることができたからだ。そういう意味では山城さんには本当に感謝している。本当にやられるんじゃないかという恐怖は、私のトラウマなんて小さいものだと気付かせてくれた。
「だからね霞、訓練の失敗なんて気にしなくていいの。戦場で同じことをしないために、訓練で失敗しなさい」
「……そうね。あれは訓練だもの、むしろ初めてなんだから失敗して当然よね」
少しは気が晴れてくれたかもしれない。
霞も私と同じで真面目に考えすぎていただけだ。訓練での失敗を、生死を分かつ大惨事だと思い込んでしまった。最初からいきなり成功するなんて天才か幸運かのどちらかだろう。
「明日からはもっと視野を拡げるわ」
「そうね。あと熱くならないこと。対潜訓練のときに私もやらかしてるから」
私の経験は霞に活かされることになりそうだ。先に経験しておいて本当に良かった。
翌日からの霞は見違えるように動きが変わった。まだまだ命中させることはできないようだが、周りが見えている。失敗を恐れなくなったようだ。僅か1日で吹っ切れてくれたのは、姉としても誇らしい。元々強い子なんだろう。
そんな雷撃訓練の2日目、まだ一度も攻撃が命中させられていない霞の訓練。時間的にもこれが最後になる。1人を追い込もうとせず、常に周囲を確認し、魚雷の発射も最小限。慎重になりすぎている節はあるが、充分な進歩だ。
「後ろもっ、だぁーっ!」
正面にいる私に向かい魚雷を発射。それと同時に後ろにいる皐月さんにも発射。魚雷発射管がある程度好きに動かせる手持ちならではの戦い方。
正面だった私は難なく避けられたが、皐月さんにはこれが思ったより不意打ちになった。
「皐月さん!」
「やっば、緊急回避!」
魚雷の通過に合わせたジャンプによる回避。本当の緊急時にのみ許された諸刃の剣。それを使わざるを得ない状況を作ったというだけでも霞は急成長していた。
「っつ!」
「訓練中断! 霞、大丈夫!?」
高雄さんがストップをかける。
魚雷を発射したときに霞が少しだけ顔をしかめた。これは私にもわかった。後ろに撃ったときの反動で腕を痛めたのだろう。咄嗟の判断としては最高の動きだが、戦闘訓練を始めて2日目でやるには身体が追いついていないようだ。
「すごくいい動きだったわ。でも、ちょっと無理をしすぎたようね」
「もう少しだったのに……自分の弱さがわかるわね……」
腕を押さえながら悔しそうにする霞。だが苛ついている様子はない。昨日とはまったく違う反応に高雄さんも驚きを隠せないでいた。
「朝潮、貴女霞に何かした?」
「ちょっとしたアドバイスを。私の失敗談で吹っ切れてくれるのなら安いものです」
「ああ……顔面爆撃の。貴女も最初いろいろあったものね」
しみじみと言われると恥ずかしさがぶり返すのでやめてほしかったが、事実なので受け入れる。
魚雷発射の反動は私がわからない部分。また、腕に発射管を装備して魚雷を発射する艦娘がこの鎮守府には他にいない。主砲と同じというわけにもいかないかもしれない。
訓練が終了したため、ひとまず霞を工廠に連れていった。少しの怪我なら明石さんに診てもらえる。
「あー、これは魚雷発射の反動で捻ってるね。お風呂に入ればすぐに治るから安心して」
軽く腕をさすって触診し、すぐに結論が出た。手持ちの武器の人はよくあることのようだ。
「明日以降もこうなる可能性があるのよね。反動に負けない身体にするには……」
「その辺は山城さんが詳しいから。霞も筋トレしようね」
筋トレと聞いて顔が強張った。どうも山城さんに苦手意識があるように見える。最初の印象が悪かったのは仕方ない。ストイックすぎるのも近寄りにくい。
「はぁー……昨日より憂鬱だわ」
「大丈夫よ。山城さんいい人だから。筋肉について熱すぎるだけだから」
「そんな艦娘どこにいるのよ……」
だが鍛えないとまた怪我をしてしまうだろう。霞をなんとか説得し、お風呂上がりはジムに行くこととした。
入る前から少し熱気を感じるジム。いつもと違う雰囲気。
「山城さん、いますか……?」
おそるおそる中を覗く。
「うん、よく出来ているじゃないか! 素晴らしいぞ山城くん!」
「人間でしょアンタ! なんで全部捌けるのよ!」
生身での格闘訓練をしているようだが、山城さんの相手はなんと司令官だった。
ジムの一角に作られた簡易のリングの上で戦っているのだが、司令官はいつもの制服のまま。一方山城さんは、サポーターを着けているもののいつものスポーツウェアで、結構本気で殴りかかっている。
「おーっす、朝潮。霞も一緒か」
「天龍さん……なんですかあれ」
「見ての通りだよ。格闘訓練。山城姐さんはガチの格闘だから、オレらとジャンルが違うからな。提督が稀に相手すんだよ」
天龍は剣術で、ガングートさんは艤装による格闘。山城さんのように拳を使うことはそんなにない。ジャンルが違うというのはそういう事なのだろう。
ただ、こちらは曲がりなりにも艦娘。相手は司令官とはいえ人間。生身でも本来であれば多少は艦娘が上を行く。にも関わらず、司令官は手加減すらしている始末。
「時間だ。山城、またお前の負けだぞ」
「はっはっは、まだまだ娘には負けんよ」
「うぐぐ……本当に全部当てられなかったじゃない……」
ガングートさんが時間を見ていたようで、途中で止めた。
「おや、朝潮君に霞君じゃないか。朝潮君はよく見かけるが、霞君は初めてかな?」
「ええ……魚雷を撃って腕を痛めたの。だから、ちゃんと鍛えないとって姉さんが」
「何!? 大丈夫なのかい!?」
リングから飛び降り霞の腕を見る司令官。お風呂に入ったことを伝えると安心して離れた。艦娘でもなかなかやれない俊敏な動き。
その話を聞いた山城さんも即座に動き出す。霞の今の筋肉の状態を判断して、出来る限りの筋トレのプランを組み立てていた。
「朝潮型は腕で魚雷撃つんだったな。初霜が腰に装備してたから忘れてた。悪ぃ」
「腰、もしくは脚に装備することが基本なのだが、朝潮型が特殊だね。だから、主砲よりも腕に負担がかかるんだ。霞君の場合は主砲が装備できない分、両腕を魚雷に使うだろう。片手撃ちは危険かもしれない」
「腕と肩にかけて鍛えればいいわ。プラン、これでいいかしら」
「腕か。ならばダンベルだな。軽いのから用意しよう」
いつになく早い展開。今ここの全員が霞の怪我を心配し、次からそうならないように動いてくれている。自分のことなのに取り残されている霞は茫然としていた。
最終的には自室でも出来るような筋トレ器具まで用意され、腕の強化をすることになった。筋を痛めない適切な方法も山城さんにみっちり教えられ、司令官からは絶対に無理をしないことと念を押される。
「これで腕と肩を強化していけば、最後は駆逐艦初の白兵戦型になるわね。霞、やっぱりこちら側に」
「やんないから。絶対やんないから」
筋トレを教えてもらう内に、やはり勧誘が始まってしまった。だが駆逐艦に白兵戦はさすがに危ないと司令官が止めている。司令官がいるならそのまま呑み込まれるようなことにはならないと思うが、山城さんもなかなか意固地な人だ。
私としても霞に白兵戦はしてもらいたくはない。危険だからというのもあるが、霞にまでそちらに染まられると正直困る。
「オレは皐月に護身術程度でいいから教えておきたいんだけどな。攻撃できないと、接近された時に困るだろ」
「ふむ、それは一理あるのだが、やはり駆逐艦に格闘は良くないと思うんだよ私は。ただでさえ該当者が平均より幼いじゃないか」
多分ここで私が護身術なら、と言い出してしまうとノってくるのは山城さんだ。手取り足取り白兵戦用に改造されていくこと間違いなし。私は元より司令官が困るだろう。迷惑はかけられない。
「私は魚雷一本で行くから、諦めてちょうだいな」
「うむ、霞君はそうしたまえ。朝潮君も無茶をしてはいけないよ」
司令官はそう言ってジムから出て行った。最後まで汗一つかかずに。
「じゃあ、私もちょっと鍛えます」
「朝潮は今は筋トレより柔軟性を高めなさい。柔軟体操を多めに」
「確かに。もっと身体が柔らかかったら素早く転進できるかも」
「霞はしばらくダンベルで筋トレよ。10回やったら休憩でいいから。代わりにゆっくりと負荷をかけながらやるの」
「わ、わかったわ」
相変わらず山城さんのアドバイスは的確だ。私が高めたいところを即座に見抜いてくる。筋トレ以外にも身体に関する事なら大体聞けば答えてくれる。
今回の霞の件もそうだ。怪我をしたところですぐに山城さんの顔が思い浮かんだ。なんだかんだ頼りになる。
「山城、余裕ができたな。今度の相手は私だ」
「はいはい。嫌って言ってもやるんでしょ。相手してあげるわよ。そろそろ私から一本取ってくれる?」
「今日こそ取ってやる! カカッテコイヨォ!」
早速前世が出てしまっているガングートさんだが、いつものことなので放っておこう。
天龍さんは霞を見てくれている。天龍さんも山城さんとの付き合いが長いからか筋トレに関してそれなりに詳しい。特に今回は自分と同じ部位だからか、経験則からの説明が多い。
霞のためにと思ってジムに連れてきたが、いい感じに事が進んでいる。失敗も乗り越えてくれた。姉として、妹の成長は誇らしい。私も負けてはいられない。
先に失敗した人がいたら、次に失敗した人は吹っ切れやすい。経験談。