その日の夕方頃、大本営の鎮守府から元帥閣下からの連絡が入った。途中イロハ級の深海棲艦と遭遇したがその程度で、混ぜ物を含むような敵艦隊の襲撃は無く、無事に鎮守府に到着したとのこと。何事も無かったとは言いづらいが、無事に帰投出来たようで一安心。
この連絡が来たことにより、戦闘配備で待機していた対策班は解散し、それぞれの持ち場に戻る。持ち場といっても、もう時間も時間なため、艤装を下ろしたのちに自由行動となるくらい。
私、朝潮は、丸一日を瑞穂さんと休息し、英気を養った。誰にも話せないことを瑞穂さんにだけは話せるのでスッキリすることも出来た。明日からの訓練担当も滞りなく進める事が出来るだろう。
「すっかり夕暮れですね。瑞穂さんには話がしやすいです」
「そう言っていただけると、従者冥利につきます。朝潮様、どうか溜め込まないようにお願い致します。朝潮様は一度ストレスによる高熱を体験しているお方、物事の考えすぎは身体に悪うございます。倒れてからでは遅いのですから」
頭の使いすぎで倒れた私だからこその忠告。本当に最高の従者。これでもっと友人感覚ならいいのだが。主従というのはどうも重い。友人、ないし姉妹感覚ならさらに話しやすくなる。高望みだろうか。
「ええ、霞にも話せないようなことを瑞穂さんには話せますからね。また話を聞いてください」
「瑞穂で宜しければ幾らでも。朝潮様の身体ならず心も守るのが良き従者といえるでしょう。何かありましたらすぐにでも瑞穂をお使い下さいませ」
頼もしい限りだ。水母棲姫の記憶を取り戻してしまい自分だっていっぱいいっぱいだろうに。
「瑞穂さんも、何かあったら私を頼ってくださいね。弱音だって吐いていいんです。そんなことで私が瑞穂さんをどうこうするわけありませんから」
「かしこまりました。もしかしたら……その……また添い寝をお願いするかもしれません」
恥ずかしそうに話す。悪夢がそれでどうにか出来るなら安いものだ。見たとしても私が側にいれば落ち着けるというのなら尚更。夜中に部屋に入ってきてくれてもいいほど。
「どうぞどうぞ。霞は私が説き伏せますので」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ほんの少しだけ、素直に自分の心の内を話してくれるようになったかもしれない。
翌日から訓練担当に戻ることとなった。安定しているようでいてまだどうかわからない瑞穂さんを補佐につけ、出来ることは全てやっていく。私は戦場に出られないため、私の思いを皆に託すためにも、ありとあらゆる訓練を担当した。
その裏側では、敵鎮守府の攻略作戦がじっくりと練られていた。混ぜ物が部隊を組んでいた場合、勝ち目が大分薄くなる。それを覆すために、部隊の選定は細心の注意が必要だった。それに関してはもう司令官頼り。私達はその時を待つのみ。
「最近姉さん楽しそうね」
「ええ、訓練担当がこんなに楽しいだなんて。自分で戦場に出るより楽しいかも」
あれから3日ほど経った日の夜、私室で霞と話す。霞も深海組故に今回の戦場に出られないため、哨戒任務や演習の相手などで活動している。私とはやることが違うので、日中顔を合わせるタイミングが御飯時くらいになってしまった。
「練習巡洋艦として箔がついてきたかしら」
「自分の艦種何だと思ってんの」
相変わらず自分が何なのかわからない状況ではある。
「敵が混ぜ物じゃなかったら、私が姉さんの恨みを晴らしてやるのに」
「そうね。朝潮型が全滅だものね」
「諦めるしか無いわ。もしくは佐久間さん頼り」
姉妹に思いを託すことが出来ないのは少し残念である。私と霞は言わずもがな、大潮は活動できるが艤装が深海のため戦場には出られず。そこさえ払拭出来ればいいのだが。
ここ数日で佐久間さんの研究も進み、過負荷による体調不良を無くす薬は効果時間が延びていた。しかし、過負荷自体は回避不能なため、結局戦場に出られないのは変わらない。セキさんもずっと頭を悩ませている状態だ。
「そうそう、明日は訓練担当お休みして哨戒任務に出るから」
「ええ、聞いてるわ。久々に一緒に哨戒だもの」
ずっと訓練担当ばかりやっていても飽きが来るだろう。休息と哨戒を間に挟んでもらい、気分転換もさせてもらっている。ここ最近の深海組の主なお仕事だ。私はあまりやらせてもらえないが、たまにやる哨戒任務がとても楽しい。ただの散歩になることも多く、気も晴れる。
「領海方面に行ければいいんだけど」
「仕方ないわよ。あっちの方で襲われたんだもの」
あれから領海には行けていない。潜水艦隊が領海を偵察してくれており、今のところ敵がいることは無いようだが、それでもあちらに向かうのは控えている。そのせいで、私よりアサにストレスがかかっている始末。行く暇がないから行けないのではなく、余裕があるのに行けないというのはワケが違う。
『領海に行きたい』
「気持ちはわかるけど今は我慢して」
『領海に行きたい』
駄々をこねる子供のようになってしまったアサ。姫である威厳も無くなってしまっている。私だって行きたい。前回は辿り着く前に襲撃を受けているのだから島を視認すら出来ていない状態だ。
「一度打診してみるわ。あちらに行けないかどうか」
「それがいいわね」
次に領海に行くときは、私よりアサが癒された方が良さそうである。
翌日。予定通り訓練担当をお休みして哨戒任務。私が旗艦で、随伴は霞、大潮、瑞穂さん。妹と従者。癒される編成。今回は訓練担当ではないということで、私は戦艦水鬼の、瑞穂さんは自分の服での任務。私だけ大分異形感が出ている。
「瑞穂さん、最近嫌な夢は見ますか?」
「昨晩に……また朝潮様を殺す夢でした。夢とはいえ、申し訳なく……」
「夢だからいいじゃないですか。はい、私は生きてますよ」
以前と同じように私の鼓動を感じてもらった。少しだけ立ち直れたことで先日程の狼狽は見せなかったようだが、やはり気落ちしてしまうようだ。頻度が低いのは喜ぶべきことか。
「悪夢を見たときはこうしましょう。私が生きていることを実感してください。何ならまたお姉ちゃんになりましょうか?」
「それは、その、本当に勘弁していただけると……」
「ちょっとその話詳しく」
笑い話をしながらのんびりとした哨戒。今は東への哨戒は大本営側故に、南は私の領海に近いが故に、哨戒が控えられている。そのため、今私達が来ているのは北。つまり、
「久しぶりだな! アサ!」
ミナトさんとヒメさんの拠点がある海域である。陣地の上で手をブンブン振っていた。元気そうで何より。
他の哨戒任務の人達もちょくちょくここには来ているみたいだが、私はこの身体になってからは初、そうでなくても久しぶり。遠目ではわからなかったようだが、近付いたら私の変化に驚いていた。
「あ、アサ、でっかくなってる!」
「はい……恥ずかしながらまた飲まれてしまって……」
満面の笑みでヒメさんが飛びついてきたので、力一杯抱きしめてあげた。久しぶりの感触。ヒメさんはこんなに小さくて軽かっただろうかと思ったが、私自身が大きく変わったのだと実感する。
「前より黒くなっているな」
「すみませんミナトさん。あれだけ忠告されたのに」
「何があった。教えてもらえないか」
ヒメさんは霞と大潮に預け、ミナトさんの隣に腰掛ける。腰を落ち着け、話せる範囲で話していった。瑞穂さんは私の後ろへ。
あの場から逃げ去った北端上陸姫が、人間の鎮守府を乗っ取りこちらの敵になっていることや、人間を素材に作られた半深海棲艦をさらに深海棲艦化させた強敵と戦っていること。私が話す度に、ミナトさんは表情を変える。
「そうか……私達には手伝えないな」
「深海棲艦には漏れなく過負荷がかかりますからね。お気持ちだけで大丈夫です。ありがとうございます」
「私はいいにしても、棲姫がな。そっちのレキが倒れたと聞いたら、さすがに近付けさせられない」
それはもう仕方がないことだ。今回は深海組は参加することが出来ない。それに、ようやく平穏を手に入れた陸上型姉妹を巻き込むわけにもいかない。特にヒメさんは見た目通り子供だ。レキがあれだけの被害を被ったのだから、ヒメさんも酷い目に遭うことは火を見るよりも明らか。
「しかし、そんな敵が出てくるとは」
「あまりに滅茶苦茶で……。私もこんなですし」
「お前も無理をするんじゃないぞ。おそらく次は無いんだろう」
そこまでわかるものなのか。確かに私にはもう次がない。これからはより穏やかに楽しく過ごして行かなくてはいけない。万が一次暴走したら、私は理性も何もなく、目に映るもの全てを破壊するだろう。どのような進化をするかもわからない。段階を踏んだ結果が戦艦のモードだとしたら、私は次どうなるというのだ。
「ここには哨戒か」
「はい。あと2人の顔も見たくて。何事もないですか」
「ああ。ここは静かなものだ。戦いを忘れたければここに来い。何かあったらまたそちらに行かせてもらう」
領海に行けない分をここで賄おうという気持ちはあった。アサもミナトさんの陣地だと少し落ち着いているように思える。
「アサ、表に出る?」
『ああ、頼む。領海じゃないがここは落ち着く』
アサに主導権を渡す。表に出た途端に深呼吸し、深海の匂いを堪能。鎮守府ともセキさんの陣地とも違う空気で落ち着けるようだ。陸上型の陣地は深海の匂いが強いように思える。
「ふぅ……ここもいいな。落ち着く」
「そうか。なら少しゆっくりしていけ」
「悪いな。私の領海が少し厄介なことになっていてな」
他人から見たら港湾棲姫と戦艦水鬼の亜種が並んでいる状況。そこによくわからない深海棲艦と北方棲姫までいる。何も知らなかったら即刻討伐任務が組まれるレベル。
アサも姫だからか、同じ姫であるミナトさんとは気が合うようだ。ミナトさん達が鎮守府に滞在している時にはあまり話す機会がなかったようだが、この場では仲良さそうに会話をしている。
アサが気を許せる相手というのがなかなかいない。今のところ、私が知っている限りでは浦城司令官のところの金剛さんくらい。だから、私も今の状況が嬉しい。
「ところで、結局お前は一体何なんだ」
「私に聞くな。私が知りたい」
「怒りと憎しみで艦種が変わる同胞なんて聞いたことがない。もう同胞でもない何か別物に思えてしまうぞ」
核心をついてくるミナトさん。ただの深海棲艦とは到底言えない状況になっているのは確か。アサの言う通り、私も知りたい。私は一体何者なんだろう。
「一応私は深海棲艦の姫として生まれたから、そういうものなんだろう。お前達と同じだ」
「艦娘の身体で生まれるというのも聞いたことないが、そういうものか」
「そういうものなんだ。納得してくれ。そうでないと私がブレる」
まぁ私が何者であれ、やることはさして変わらない。これ以上の変化を食い止め、誰にも被害を出さずに過ごしていくことだ。やっていて楽しいことも出来たし、今のように哨戒で再会することのできる仲間もいる。幸福度だけで言えば、今は絶頂期かもしれない。
「なら細かくは聞かない。ここでなら好きにすればいい」
「助かる。事が済んだらお前達が私の領海に来てくれ。今のところ皆気に入ってるんだ」
「陸上型に無理を言うな。陣地ごと動かすのは結構大変なんだぞ」
ほんのりと笑顔を見せるミナトさん。ミナトさんもそこまで表情を変えない人だ。こういう表情を見るのはとても珍しい。
「また来てくれ。お前達が来ると棲姫が喜ぶ」
「みたいだな」
そのヒメさんは、こちらが割と重めの話をしていると察したのか、こちらに関わらないように大潮と霞と遊んでいた。深海組に入った霞とはあまり絡んでいないからか、やたら角を引っ張ろうとして霞に怒られている。大潮も止めようとしない。
「微笑ましいな」
「ああ。ここは静かで過ごしやすいが、客はなかなか来ないからな。お前達くらいだ」
ミナトさんも雰囲気が柔らかい。
アサはこの世界に生まれ落ちた時から、領海でボーッとしてるだけで満たされると言っていたが、ミナトさん達もそうなのだろう。だが、一度私達との交流を知ってしまったことで、ヒメさんはこうやって遊ぶことにも楽しさを見出したようだ。
「……また来るさ。領海ではないが、ここは心地いい」
『来て良かった?』
「ああ。癒された」
アサが癒されたのなら私も嬉しい。ずっと仲間と囲まれているのもいいが、こうやってたまには静かに過ごしたいこともあるだろう。あの鎮守府、良くも悪くも騒がしいから。
哨戒とは名ばかりの休息の時間になってしまったが、私もアサも、心から満たされただろう。明日以降から突然激戦になる可能性だってあるのだ。休める内に休んでおきたい。
167話から久々の登場、陸上型姉妹。最近北方棲姫には妹さんも見つかりましたね。姉より体力倍近くあり、すごく荒っぽい性格でしたが。あの子は姉のことが大好きだけど素直になれないようなフィールを感じる。