混ぜ物に襲撃され、工廠での戦いを余儀なくされた。戦艦天姫は海面で艤装を振り回しながら工廠を破壊するように主砲を乱射し、防空霞姫は私、朝潮を捕らえるためにその最中に接近。艤装をガングートさんに引き千切られるも、そこまでも視野に入れた作戦だった。千切られた水母水姫艤装は意思を持つかのように動き出し、私を吹き飛ばしながら腹に噛み付いてきたのだ。
敵の艤装に噛み付かれたということは、大量の『種子』を埋め込まれるということに他ならない。予防接種をしていたとしても、この量は耐えられない。あとは自分との戦いである。
「姉さん!?」
「最後に勝つのは私なのよ! クソ雑魚共め!」
2人の霞が正反対の顔をしている。ジワジワと価値観が変えられようとしている。耐えなくては。耐えなくては。飲まれてはいけない。
「中和を!」
「行かせると思ってるの? どうせ過負荷で艤装もまともに動かせないんでしょうが」
私の下に向かおうとした初霜が防空霞姫に捕まり、投げ飛ばされる。その隙を見て霞も動き出したが、高射砲で足下を撃ち、その場から動けなくした。殺すわけではなく、私の変化を見せつけたいらしい。
「我慢してんじゃないわよ。ほら、
何を言われようと私は耐えるしかない。前回戦艦天姫に埋め込まれたときは、暴走していたこともあり一瞬だけ傾いてしまったが、今回は理性がある。ギリギリまで耐えてやる。思い通りになんてなってやるものか。
「朝潮君は私が助けるよ」
「司令官が出しゃばるんじゃないわよ!」
司令官がまっすぐ私に向かってくる。早く、早く。早く来てほしい。耐えられない。私が私で無くなる。それだけは嫌だ。
「止まりなさい!」
「ガングート君、ウォースパイト君、すまないが」
「ああ、行け」
「貴方の道は私達が作るわ」
ガングートさんとウォースパイトさんが司令官を守ってくれていた。これならこちらに来れる。耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて。
パチンと、スイッチが切り替わったような感覚。
周りを漂う混ぜ物の腐臭が心地よく感じた。薬が効いていても、過負荷により身体が軽く感じた。交戦する防空霞姫が愛らしく思えた。海上で奮戦する戦艦天姫が頼もしく思えた。
私を拘束する水母水姫の艤装が緩み、切断面が私の腰に強引に接続された。今ならこれを意のままに操れる。防空霞姫がやっていたように、振り回して攻撃も出来る。相変わらず魚雷が使えそうにない辺り、私の
「朝潮君……間に合わなかったか」
「……とても心地いいんです。この匂いも、艤装への負荷も、何もかもが気持ちいいんです」
ゆっくり立ち上がる。今までに感じたことのない充足感。ストレスが全て無くなったかのような解放感。身体が常に気持ちいい。自分の持つ中和剤を取り出すと、床に捨てて踏みつけた。
「姉さん……嘘でしょ……」
「朝潮さんが……くっ……」
「霞、初霜、貴女達もこんな感覚だったのね。凄いわ、気持ちよすぎて全部壊したいくらい」
霞と初霜が絶望している顔を見ると、ゾクゾクするような快感が走り、自然と笑みが溢れる。私に縊り殺される瞬間の顔はどんなものだろう。今よりも可愛い顔を見せてくれるのだろうか。想像するだけで身体が震える。
「壊せば壊すほど、気持ちよくなれそう。そうすれば……お母様のためになるのかしら」
世界の破壊がお母様の目的だ。そしてここは最大の障害。私が全てを壊して合流するべきだろう。それをするにあたって目障りなのは、目の前にいる司令官と、後ろでカスミと戦っている艦娘
「司令官を殺せば、もっと気持ちよくなれるかもしれません」
「そんなことはさせんよ。君の手はそんな形で汚させないさ」
新たに生えた尻尾を私の意思でのたうたせ、感覚を確かめる。凄い。力が漲るようだ。これならいつもの艤装なんて要らない。アサがどうなっているかは今はわからないが、抵抗されるようなら面倒だ。艤装のコントロールがあちらにあるのはこういう時に鬱陶しい。お母様と合流したら外してもらおう。
「目障りなので殺しますよ。お母様の障害は貴方くらいですから」
「可哀想に……しっかりとケアしてあげよう。その前に元に戻してあげなくてはね」
余裕そうな態度が気に入らない。司令官というものが私達に圧倒的に有利なのは理解している。だが、私には立場という大きな武器がある。私を手荒に扱うことはない。なら無理矢理にでも攻撃すれば、勝機は見える。
「ここで死んでください。全員纏めて、鎮守府ごと破壊しますよ」
ありったけの艦載機を発艦。本来持つ自分の12機に加え、水母水姫艤装からも同じだけ発艦した。同時に電探もフル回転。見えるもの感じるもの全てを対象に、未来を予知する。司令官は馬鹿みたいに突っ込んでくるだけだ。所詮人間、策などない。艦娘と違い、撃てば致命傷だ。たったそれだけでいい。
「未来は見えたかね?」
「ええ、貴方が私の手で無様に死ぬ未来が」
「そうか。
腹に重い衝撃。気付いたときには司令官の拳が私の腹にねじ込まれていた。何もわからなかった。電探で確認しても、未来を予知しても、何も意味が無かった。
司令官は、私で測れるような人では無かったのだ。海に立てないだけ。陸上では無敵。ここの破壊など考えず、早急に海の上に移動し、すぐにお母様と合流すべきだったのだ。
「えぁ……な……なに……」
「すまないね。少し手荒になる」
水母水姫艤装が踏みつけられ、首を絞められながら、艤装に噛まれた時に破れた腹から中和剤を打ち込まれた。周りを飛ぶ艦載機など御構い無しに、中和剤が2本3本と次々と打たれていく。私に近すぎて、いや、艦載機を考えた位置取りで、自滅しなくては撃てないようにされていた。
「っぎいっ!? っうあぁああああっ!?」
中和の激痛が全身を駆け回る。価値観が再び変化していく。自分が今までどうかしていたのだと理解していく。
だが、水母水姫艤装から追加の『種子』が流し込まれ、中和と侵食に板挟みされた地獄のような苦しみに発展。身体と一緒に頭と心が痛い。価値観が往復し、気が狂いそうになる。誰が味方で誰が敵かがわからない。何が何だかわからない。
「あぁあああっ!?」
「まずい、おそらくこの艤装が悪影響を与えている。破壊したいが……」
「朝潮の叫び声が聞こえたわ……」
瓦礫により封鎖された工廠の出入り口が突如爆発した。そこからやってきたのは全身裂傷の扶桑姉様。また過負荷を強引に乗り越えてきている。それに対して喜びと悲しみが綯い交ぜになっている。助けが来て嬉しい。余計なことを。感情がグチャグチャだ。
「ふ、扶桑君、また無理をしたのか!」
「私が痛いことより……朝潮が苦しむ事の方が良くないわ……。その尻尾……? を破壊したらいいのね……」
司令官に踏みつけられ、のたうち回る水母水姫艤装を見据える。ただ引き千切るだけでは、また自立型艤装のように勝手に動き回り次の
「粉々にしてあげる……」
水母水姫艤装の頭部を殴りつけ粉砕。千切るわけでなく、宣言通り粉々になった。形すら残さず根元まで粉砕していき、最後にその断片に中和剤を打ち込んでいく。
「うぅううううっ!?」
苦痛はまだ続く。何本も何本も薬を打ち込まれ、身体もボロボロ。激痛は止まらず、満身創痍で叫び続ける。頭の中もグチャグチャ。思考が混乱する。
その場で薬を持ち合わせているもの全てを投与されているため、その数にして十数本。本来投与すべき量の数倍である。それだけの量の『種子』を埋め込まれ続けたせいというのもあるが、尋常ではない。
「朝潮君、自分をしっかり持つんだ。君は君だ。戻ってきなさい」
苦痛で暴れまわる私を、司令官が抱きしめるように押さえつけてくれた。温もりを感じる。気持ちいい。『種子』が『発芽』したときよりも満たされる。ずっとこうされていたいと思えるほどだった。
壊れかけていた心が修復されていくようだった。身体中を駆け回る苦痛が無くなっていく。
「姉さん、姉さん!」
「朝潮さん、戻ってきてください!」
今まで茫然自失としていた霞と初霜も、治療中の私に駆け寄ってきた。殺したいほど憎らしい2人。愛しい妹と自称嫁。相反する感情で心が擦り切れそうだったが、司令官の温もりで良い方向へと向かっていく。
「御姉様! 御無事ですか!」
「朝潮様、遅れてしまい申し訳御座いません」
扶桑姉様が出入り口を開通してくれたおかげで、春風と瑞穂さんも来てくれていた。その時には全身を駆け回る中和の苦痛がようやく引き、身体が動かないほどの疲労に。頭の中も幾分かスッキリし、価値観が元に戻ったことが理解できた。敵と味方の判断もしっかり出来る。
「ったく、朝棲姫の洗脳解かれちゃったじゃない。アンタ達が邪魔しなければ上手く行ってたのに!」
少し遠くで防空霞姫の憤慨する声が聞こえた。ガングートさんとウォースパイトさんが2人でこちらに来るのを食い止めてくれていたおかげで、私は戻ってこれた。今は指一本動かせず、口も聞けないが、意識はある。
私がどうかしていたせいで、倒すまでは行っていないようだった。それでも無傷である。ウォースパイトさんはあちらの攻撃がこちらに来ないように盾役を。ガングートさんは射線を鎮守府から遠ざけつつ全員を守っていた。
「よし、もういいな。では生ゴミ、終わりだ」
「何よアンタ、この私に手加減していたっていうの!?」
「ようやくそれがわかったのか。貴様如きが、私とレディの2人がかりに均衡が保てるわけないだろう」
心底失望したように溜息をつく。
「こっちは貴様を倒すためでなく、工廠にこれ以上の被害が出ないように立ち回っていたんだ。あっちの馬鹿でかい艤装ならまだしも、高射砲しか無くなった貴様が勝てるとでも思っているのか?」
神経を逆撫でする。未だに戦艦天姫は謎の艤装で工廠自体を破壊しているが、山城姉様と榛名さんがどうにか奮戦してくれている。こちらに来る気配もない。
ああなってしまえば、防空霞姫を守るものすらない。私に正気が戻った今、こちらの守りはウォースパイトさんだけで充分だ。
「朝潮、よく見ておけ。貴様を苦しめた霞もどきの最期だ」
「最期? 最期だと!? 私がこんなところで負けてたまるかぁ!」
「良かったな、混ぜ物で最初の犠牲者だ。名誉なことだぞ。我々の反撃の狼煙となれ」
今までの防衛戦から一転、攻勢に出る、再び鎮守府防衛を完全に放棄した。
「今度は殺すからな。泣いて許しでも乞うか? 許さんがな」
「ふざけるなぁ! 雑魚の艦娘が、私を殺すなんて!出来るわけが」
「貴様は本当に愚かだな。これだけ戦ってきたんだぞ。お互いの実力くらい理解できんのか」
高射砲を殴り、破壊した。
今までは弾くだけで終わらせていたが、今回は完全に破壊が目的。まずここまで強引に接近することも無かった。砲撃と水母水姫の艤装が同時にあったというのもあるが、確実に息の根を止めるために行動を観察していたのもある。
「貴様には脳が無いから説教をしても無駄なんだろう。ここで確実に殺すからな。皆の目の前で無様に死ぬんだ。泣き叫びながら、ここに攻め込んだことを後悔しながら、仲間にも助けられずに死ぬんだ」
「死んでたまるかぁ!」
「死ぬんだよ。今すぐに。まずは朝潮に詫びろ」
腹に一撃入れる。蹲ったところを上から殴りつけ、顔面を海面に叩きつける。首根っこを掴んで押さえつけ、まるで私に土下座をさせるように。もうどちらが敵でどちらが味方やら。
同時に高射砲を全て破壊し、武器という武器を破壊。抵抗する手段すら無くした。首を掴んでいるため海中に逃げることすら出来ない。
「まだ隠している武器は無いか? 無いな? ではもういいな?」
「何勝手に」
「終わりだ。貴様はな、少なくともここにいる全員を怒らせた。あの大和もどきの方がまだ戦っていて楽しいぞ。だが貴様は違う。ただただ不愉快だ。同情も出来ん。だからここで死ぬんだ」
脚を踏みつけて折った。
「いぎっ!?」
「逃がさんぞ。私が貴様を殺してやる。どうやって死にたい。いくらでもやり方はあるぞ。だが、せめて貴様の母親のことをきっちり話せ。そうしたら命だけは助けてやらんこともない」
防空霞姫の表情が変わる。これで話すとは到底思えないが、それで何かわかれば。
「……はっ、誰が話すか。母さんを裏切るくらいなら死んだ方がマシよ」
「そうか。じゃあ死ね」
掴んでいた首を握り潰した。いくら混ぜ物であろうが、人の形が無くなれば深海棲艦と大差ない。防空霞姫が動かなくなり、破壊された艤装の端から消滅していく。
初めての混ぜ物相手の勝利だが、非常に後味が悪い。水母棲姫の時のように悲惨な断末魔の叫びもなく、ただ消滅する。それが霞の顔をしているのだから尚更だ。
「私が死ぬところを見るのは胸糞悪いわ……」
「……救えないとわかっていても、彼女達を殺すのは……抵抗がある。助けられなくてすまない……」
私を抱きしめる司令官の身体が震えているのがわかった。消滅していく防空霞姫に対しても謝罪している。
私だって、救えるものなら救いたい。だが、あれはもう無理だ。無理なのだ。
半深海棲艦として人間と深海棲艦を混ぜ込まれて建造され、心が壊れた状態で生まれたところに深海忌雷を寄生され、何もかもが北端上陸姫の思い通りのものになってしまっている。
だから、もう、助けられない存在。
死以外の解放が無い。
「消滅を確認。防空霞姫撃破だ」
艤装の残骸だけならず、身体ごと消滅。防空霞姫の撃破がこれで確定した。