戦闘続く工廠、一時的に洗脳された私、朝潮は、司令官の力もあり無事洗脳が解除された。今は身体が動かせず口も利けないほど消耗しているが、これ以上の敵対はせずに済んだ。
「消滅を確認。防空霞姫撃破だ」
その後、ガングートさんが私を洗脳した張本人、防空霞姫の首を握り潰すことで撃破。私達の目の前で、艤装も身体も消滅した。初めての混ぜ物への勝利。これが反撃の狼煙となればいい。
「山城、こっちは終わったぞ!」
「なら早くこっち手伝いなさい! こいつ手がつけられない!」
戦艦天姫は未だに工廠を破壊しているが、そのせいか防空霞姫が消滅したことに気付いていないようだ。自分の戦闘に集中しているからか、ただ周りが見えていないからかはわからない。子供っぽいから後者の方が強いか。
だが、何かに気付いたか、艤装を振り回すのを一旦やめた。工廠の破壊が一時的に止まり、周囲を見回す。
「あれ、カスミちゃんは何処に行ったんです?」
「殺したよ。私が、この手で。首を握り潰してやった。何も残らなかったようだな」
この場から防空霞姫の気配は完全に消えた。私に接続されていた水母水姫艤装も扶桑姉様が粉々に破壊し、見るも無残な残骸になっている。
ようやく理解したようだった。戦艦天姫の顔が青くなっていく。今まで戦闘を遊びと楽しみ、ニコニコしながら工廠を破壊していた戦艦天姫が、仲間が死んだことを理解したことで、絶望を感じている。
そういう考えが出来るのなら、私達を攻撃したことに対しても何か感じてもらいたいものだが。
「え、カスミちゃん、死んじゃったんですか……? え、なんで……なんで……」
「……我々と戦っているんだぞ。こちらを殺そうとしてきたのなら、自分が殺されることくらい覚悟をしろ。何故貴様らが一方的にこちらを嬲れると思っているんだ。おめでたい頭だな」
頭を抱えて震え出す。
「カスミちゃん……アマツが……アマツが必ず……仇を取ってあげますから……」
巨大な謎の艤装がガングートさんに照準を定める。
「アマツが皆殺しにしてあげますから!」
「出来るものならやってみろ大和もどき!」
今までとは真逆の怒り狂った形相で、砲撃を開始する。が、空砲のように音が出るだけで弾が発射されなかった。
「うそ、
「へぇ、そんなことがあるのね。なら今がチャンスかしら!」
動揺する隙をついて山城姉様がルーティン込みの一撃。瞬時に判断されてその一撃は払われたが、前回のように受け止めるようなことをしなかった。受け止めるほどの余力が無かったのだろうか。それでも私達では到底敵わない相手なのかもしれないが。
「今日は帰ります……ですが、カスミちゃんの仇はアマツが取りますから」
巨大な艤装が消え、海中に潜っていった。あれを追うことが出来る深海組は軒並み艤装不調により追いつくほどの機動力が出せない。嫌でも逃してしまうことになってしまった。
戦闘終了。ボロボロになった工廠がその凄惨さを物語っている。鎮守府側にも一部被害が出ているだろう。また鎮守府の修復のために妖精さんがフル稼働することになる。
戦場に出てこれなかった人達は、どうにかドックだけは死守してくれた。今すぐ入渠が必要なのは、過負荷をまた無理して乗り越えたことで全身裂傷の扶桑姉様と、消耗しすぎて口も利けず指一本動かせない私。
戦闘が終わったことで緊張の糸が切れたのか、私はすぐに気を失うこととなった。周りに集まった霞達の声がフェードアウトしていき、そのまま暗転する。
私が目を覚ましたときには、丸2日以上経過していた。あの戦闘が夕暮れ時で、今が3日後の朝。いつも入渠時間が長い扶桑姉様よりも長く入っていたらしい。
戦闘中に洗脳され、中和されながらも『種子』を流し込まれたせいで、過剰といえる量の薬が身体に投与されてしまっていたことが入渠時間を長くした理由だそうだ。私の身体は無傷なのに轟沈寸前という恐ろしい状態。
これだけ長い間入渠することというのは本当に珍しいことらしく、駆逐艦ではまずあり得ないこと。戦艦すらもここまでは殆ど無いそうだ。私がそれだけ消耗していたのか、体質的に入渠が長いのかは定かでは無い。
「姉さん……おはよ」
「……おはよう霞」
身体を起こす。3日も寝てたにも関わらず、不調を感じずに身体が動くのは、艦娘の身体の便利さを実感出来る。私は深海棲艦だが。
とはいえ長く寝ていたせいか少しだけフラついた。大分身体が鈍っているのは確かである。
「身体は大丈夫?」
「……動かないところはないわ。大丈夫」
ドックから出て身体を動かす。妙に思うところはない。五体満足でちゃんと治っている。薬でボロボロだった身体は、
「はい、服」
「ありがと」
霞に渡された服を着る。今日はおそらく何もしないからだろう、練習巡洋艦の服ではなく、戦艦水鬼の服。袖を通すと、前よりもしっくり来るように思えた。入渠する前よりも、心が何か変わっているのだろうか。洗脳を介して、より頭の中が深海に染まったのかも知れない。
「思ったより平然としてるのね」
「霞達に割り切れって言ってるのは私でしょ。言ってる私が真っ先に割り切らないでどうするのよ」
勿論罪悪感でいっぱいだ。霞に対してだって殺意を持った。司令官の後は霞を殺すつもりでいた。それを楽しもうとしていたのは事実だ。その記憶は今でも残っている。
ただしそれは私の本心ではない。自分で考え、自分で実行しようとしたのは確かだが、それは全て敵のせいだ。洗脳というのはそういうものと、自分自身を納得させる。そうしないと、私も心が潰れてしまう。
「姉さんはホント強いわね」
「弱いわよ。今からでも夜眠れるか怖いもの。悪夢を見る気がするわ」
「添い寝は任せてちょうだい。一緒に傷を舐め合いましょ」
自虐的な言い回しだが、今の私達には丁度いいかもしれない。
私が目を覚ませたということは、アサももう大丈夫だろう。思考の海に意識を向けると、しっかりそこにいてくれた。
「アサ、そちらは大丈夫?」
『ああ。お前が洗脳されていても、こちらには『種子』の根は届かなかった。おかげで
それはよかった。それが目的で私は寸前で交代したのだから。あの感覚はダメだ。純粋な深海棲艦であるアサがあの感覚を知ったら、確実に黒くなる。仲間殺しという背徳の快楽は、深海棲艦には甘美すぎる。暴走のキッカケになるには充分。
『ただし、あの時のお前の感情は全て私に届いている。本当に開き直れるのか?』
「大丈夫。そういう時に仲間を頼るの」
『ならいい。裏に引きこもりたかったら言え』
頼もしい相棒である。
霞の付き添いで執務室へ。私の顔を見るなり、申し訳なさそうな表情になる司令官。私の入渠時間を延ばした原因を作ってしまったと責任を感じてしまっていた。
あれだけ投与されなければ私は司令官に抱かれながら暴れ回っていただろう。周りに害を与えるよりは、私が苦しんだ方がいい。特に司令官は傷ついてはいけない。
「朝潮、入渠完了しました」
「身体の方は大丈夫かい?」
「はい、今のところは問題ありません」
司令官の顔を見ていると罪悪感が増す。私があの時に一番殺意を抱いていたのは司令官に対してだ。目の前にいる一番の障害として、最も排除しなくてはいけない怨敵として認識してしまっている。
それがどうしても付いて回るが、心を潰さないように開き直ると自分で決めたのだ。あの感情は敵のせい。嘘っぱちの気持ち。
だから、私は謝罪するようなことはしない。敵のせいなのに自分のせいだと認めてしまうようなものだ。
「すまない……私があそこまで薬を投与しなければ」
「あれは必要経費です。艤装から注がれる『種子』を食い止めるためには、あの量が必要だったのでしょう」
「それでもやり過ぎたのは確かだ。本当に申し訳ない」
頭を下げられる方がこちらの罪悪感が増すのでやめていただきたい。私のためと思うのなら、私への罪悪感は無くしてもらいたい。
「君が眠っていた2日間での出来事を説明しておくよ」
「はい。よろしくお願いします」
工廠しか見ていないが、あれだけ破壊された工廠が殆ど修復されていたのは確認している。それでも出撃は控えめにしていたのだと思う。ドックは死守してもらえたとはいえ、他の設備はダメになっていたのだろう。
「一番被害が酷かったのは佐久間君の部屋だった。工廠の真隣だったからね。中のものが大体飛散してしまっていた」
「なら今までの研究の成果も……」
「その辺りは大丈夫だそうだよ。避難のときに一番重要なものは持ち出したらしいから」
それなら安心だ。今まで長い時間かけて積み上げてきた研究成果が全て失われたら目も当てられない。あちらは確かに佐久間さんもターゲットにしているが、また精神的に追い詰めるのは良くないと思う。
「とはいえ、一からやり直しなものもあるそうだ」
「そうですか……」
「大丈夫、佐久間君は俄然やる気を出していたよ。話したいこともあるみたいだし、後から会いに行ってあげてほしい。部屋は妖精さんが直してくれたからね」
さすが佐久間さんだ。そのポジティブシンキングは見習いたい。
「2日間は基本的に全員休息の日としていた。わかると思うが、鎮守府側にも被害が出ていてね。私室や、施設の一部にダメージがあったのでね」
「姉さんの部屋は何ともなってなかったから安心して」
聞いている感じ、私が入渠している間に何かあったわけでもなく、鎮守府は一時的に全体の休息、一切訓練と任務無しということになったようだ。今回の事件をキッカケに、英気を養う時間。現在わかっている混ぜ物5人のうちの1人を撃破出来たことで、士気も非常に高い。
「とまぁ、2日間では何も変わっていないよ。扶桑君も入渠が終わり、元気に山城君とトレーニング中さ」
「安心しました。眠っている間にまた襲撃を受けていたらどうしようかと」
何事も無かったというのが一番の朗報だ。
「さて、次は君のことになるんだが……場所を変えよう。工廠に行こうか」
この入渠中に私の身に何かあったのだろうか。司令官に導かれるままに工廠へトンボ帰り。
「朝潮君、艤装を出してもらえるかな」
「了解です」
なんの気兼ねも無く艤装を展開。過剰すぎる『種子』で洗脳されたことが艤装に影響を与えていると言われると辛いところだ。だが無くは無いだろう。洗脳された深海棲艦は主砲で『種子』入りの弾が放てるようになるわけだし、アサに根が届かなかったとはいえ、艤装に何かあってもおかしくは無い。
と、何か視界の端に蠢くものが見えた。いつもならアサがコントロールする自立型艤装が背中に接続されるだけだ。なかなかに大きい両腕が視界に入るのは普通。私を守ることも出来る程なのだから当然なことでもある。
が、今見えたのは
「ね、姉さん、あの、ホント大丈夫? 異常無い?」
「何言ってるの? 私は別に正常……」
足下で蠢いたものに目をやる。
水母水姫の艤装の後頭部が見えた。
「……へ?」
「君に強引に接続された水母水姫艤装だが……扶桑君が粉砕した後、中和剤により『種子』を全て取り除いた時、根元が残っていたせいか……
言葉も出なかった。私が洗脳されたという証であり、私を苦しめた張本人。だが、あの時は愛らしくも思えた。深海のセンスとしては、これは可愛らしい部類になるんだと思う。
「こ、これ……え、ええっ!?」
「セキ君が調査済みだ。君に害は無く、『種子』の心配もない。もう完全に君のものだ」
理解に苦しむ。何故これが私のものに。
「深海棲艦は破損した艤装を入渠で修復出来るだろう。その結果、根元だけの状態から復活してしまったそうだ。自立型艤装では無いようだから、君の思うがままにコントロール出来ると思う」
自分のものになったからだろう、感覚的にどうすれば動かせるかが理解できる。深海艦娘になった時に艦載機の使い方がすぐに理解できたときのようだ。少し動かしてみると、思った通りにのたうち、最後は私に懐いているかのように頭部を私に擦り付けてきた。自立型艤装ではないので自分でこうやらせているだけなのだが、これだけでもそれなりに愛着がわくものである。
「司令官……私は一体何処まで行ってしまうのでしょう……」
「事が済んだら、アサ君が生まれた直後にまで戻る方法を研究していこう。幸い今は佐久間君がいるんだ。見つかるはずだよ」
「そうだといいんですが……」
どんどん化け物になっていく自分が恐ろしくなってきた。そもそも駆逐艦である私が戦艦の身体に変えられ、水上機母艦の艤装まで手に入れてしまった。逸脱しすぎだ。
「君がどうであれ、朝潮君はこの鎮守府の艦娘だよ」
「……ありがとうございます。司令官にそう言ってもらえると自信が持てます」
駆逐艦でも無く、艦娘ですらない私でも、司令官は受け入れてくれる。それだけでもやっていけるように思えた。気にすることはない。私はまた少しだけ変化しただけだ。
それ以外は私が入渠する前と同じ。何も変わっていないことが、一番安心できる。
元々駆逐艦で、現在戦艦の身体。立場は巡洋艦で、艤装に水上機母艦追加。深海特有のスペックにより潜水可能。清霜にオヤツを洋上補給し、爆雷も完備。