長い入渠を終えた私、朝潮は、その間に起きていたことを司令官から聞いていた。破壊された工廠と鎮守府の一部を復旧するまでは全員休息とされていたようで、何も変わらなかったことに安心する。
変わったのは私の方だった。洗脳された時に接続された水母水姫の艤装が、何を間違えたか私の艤装として定着してしまっていたのだ。駆逐艦の身でありながら戦艦の身体を手に入れ、さらには水上機母艦の力まで手に入れてしまい、本格的に自分が何者かわからなくなってしまった。
それでも、司令官は受け入れてくれる。私が何者であれ、この鎮守府は受け入れてくれる。それだけで、心が穏やかになる。
『朝潮、ちょっと交代』
「アサも尻尾使ってみたいのよね。代わるわ」
アサが興味津々だったため、一度主導権を渡す。背部の自立型艤装は私の管轄になるのだが、尻尾はアサの管轄。裏側の私からは触れないところを見るに、本体側の手段が拡張されたという認識で良さそう。
「おお、こいつはいい。表側の攻撃力が上がったな」
尻尾の頭部が歯を噛み締める。なるほど、私がやられたように、敵に噛み付くことも出来るのか。長さ的には前に回して自立型艤装よりも少し長い程度なので、尻尾が一番距離が出る攻撃になる。
「カスミ、ここに乗ってみろ」
「は? まぁいいけど」
カタパルトになっている頭部に霞を座らせて持ち上げた。そういった力もあるようだ。
「うわっ、う、浮いてる、浮いてる!」
「カスミくらいなら持ち上げられるか。艤装を展開してくれ」
言われるがままに霞が艤装を展開。軽々、とは行かないものの、ちゃんと浮かせることが出来ている。これはこれで何かに使えそうだ。長さのおかげで巻き付けて運ぶとかは出来そう。いざという時の輸送に使えるのは、なかなかの有用性。
「緊急時に1人くらいは運べるな。朝潮、いいもの手に入れたぞ」
『私は複雑な気分よ』
霞達に残った傷のように、私にも洗脳された証が残ってしまったようなものである。とはいえ傷とは違いこちらは艤装。外そうと思えばいくらでも外せる。あまりに気分が悪くなったら外す方向で。
「この艤装はある程度調査が進んでいるが、まだ未知の部分もあるそうだ。朝潮君に害が無いことは最優先で調べたから安心していいよ」
アサが喜んでいるようなので、しばらくはこのままでいよう。司令官も私への害はないと言ってくれているし。
司令官と話をした後、私に話したいことがあると聞いたので、霞付き添いの下、佐久間さんの研究室へ。
「おー、朝潮ちゃん入渠終わったんだね」
戦艦天姫の砲撃により散らかされたらしい研究室は、前よりも綺麗に片付けられているようにも見えた。
「何か話があると聞いたんですが」
「そうそう。話したいことっていうかご報告。実はみんなのおかげでさ、研究がめっちゃくちゃ進んだんだよ。壊されたこと帳消しに出来るくらいにね」
奥の方から大瓶を持ってきて私の前に置く。中には黒い粒が大量に培養液に漬けられていた。その黒い粒、私は何度も見たことがある。
「これ……全部『種子』ですか!?」
「ご名答。サンプルがこんなに手に入っちゃったから、多少の無理が利くようになったんだよね。これ、朝潮ちゃんのおかげだよ。あ、わかってると思うけど、指先すら絶対に入れないでね」
この大量の『種子』は、私に接続され扶桑姉様が粉砕してくれた水母水姫の艤装の残骸から摘出されたものだそうだ。いくら扶桑姉様でも、艤装は粉砕できても内部で生成されて詰まっていた『種子』までは処理できない。おかげで無傷の『種子』が大瓶1つ分手に入れることが出来たようだ。
当然ながら効力は失われていない。傷口に入れば埋め込まれた扱いになるし、時間が経つか、傷に多く埋め込まれれば『発芽』もする。艦娘には取り扱わせもしない超劇薬みたいなものだ。運が悪ければ人間にだって害があるだろう。
「これのおかげで、洗脳対策は万全になったよ。今までは貴重なサンプルを細切れにして使っていたみたいなものだけど、今は何粒か纏めてドーンだもん。捗る捗る」
何でも、今まで出来なかった調査方法が出来るようになったおかげで、より深く成分の解析が出来たそうだ。すり潰したり燃やしたりしても替えが利くようになったのはとても大きい。
そしてその結果、予防接種の中和剤がバージョンアップしたとのこと。私のように大量に埋め込まれても、確実に中和出来ると保証してくれた。流石に実験は出来ないが、理論上ではもう洗脳はされないと佐久間さんは断言。
「それ以外にもいろいろと仕込んでるから期待しておいて。過負荷に対してだけは何も出来ていないのは申し訳ないけどね」
「いえいえ、それだけでも充分ですよ。洗脳は本当に辛いので、これ以上の被害者は増やしちゃいけません。私で最後になればいいんです」
私もあれはトラウマだ。気にしないようにしているが、心の端には引っかかる。あれは他の人に味わわせちゃいけない感情。
「その時を見ていないからアレだけど、気に病んじゃダメだよ。って、全然気にしてないように見えるね」
「開き直るしかないですもん。敵の攻撃ですから」
「はー、修羅場何度も潜ってるだけあるねぇ。でも、無理しちゃダメだよ。何かあったら妹達に頼んなさい」
隣の霞も任せろと言わんばかりの顔。勿論、頼りにしている。
姉妹だけじゃない、ここにいる全員を頼らせてもらう。強い力ばかり手に入れても、私はやっぱり戦場に出られないのだから。私の思いは皆の背に託すしかない。
「あ、そうそう、ちょっとお願いがあってさ。また血を貰えないかな。あれだけは全部無くなっちゃってね」
「構いませんよ。というか、そこが被害を受けたんですね」
「酷い話だよ。保管してた箱がひっくり返っててさ。全部おしゃかだよ」
すぐに採血される。入渠中に採っていくとかではなく、ちゃんと許可を得てから血を採る辺り、佐久間さんは律儀ないい人。雪さんに注射の方法を教えた人なだけあり、おそろしく手際がいい。
「いやぁ、ホントさ、私の何が怖いんだか」
「こういうとこじゃないですかね。なんだかんだ攻略法を見出すのは佐久間さんですし」
「そうなのかなぁ。暗殺仕向けてくるほど私を脅威に思っているのなら、研究者冥利につきるかなぁ。私は深海棲艦の脅威になりたいわけじゃ無いんだけどさ」
そもそも佐久間さんはそういう人。深海棲艦との共存を目指して研究している人だ。深海棲艦を倒すために日々研究しているわけでは無い。そういう意味では、ここ最近は専門外のことばかりをやっているのかもしれない。敵の攻撃方法を調査して、生態系の解明に繋がっているのなら万々歳だろうが。
「ほい、採血終了。ありがとね」
「どういたしまして。霞は?」
「私は姉さんが寝てる内にやってもらったわ」
さらっと採血が終わり、私の血が保管された。
と、佐久間さんが少しだけフラついたのが見えた。失われた研究成果を復旧するため、また追加で手に入った素材を活用するために、また寝てない。
「佐久間さん、今フラつきましたよね。お休みしましょう。司令官には言っておきますから」
「はー……2徹でこんなもんかぁ……」
おそらくその2徹というのも朝から晩まで研究し続けての2徹。業務時間関係なしのフル稼働。司令官が止めても働き続けたのだろう。そういえば深海の匂いの解析の時は3徹して倒れていた。
「よし、寝よう。朝潮ちゃんも起きたことだし、今日はもう寝よう。と、その前に……朝潮ちゃーん、あれやってあれ」
「あれとは」
「まずはバンザーイ」
言われた通りに手を上げる。と同時に体当たりをするかの如く抱き着かれた。前と同じように胸に顔を押し付けて。
「疲れたときには朝潮っぱいに限りますなぁ。前よりも成長してるのが堪んないね。やわこいやわこい。こっちの服だと素肌も堪能出来て実に素晴らしい。はぁ〜、くんかくんかくんか」
「佐久間さん鼻息が荒いのでくすぐったいです」
言っても聞かないのが佐久間さんである。戦艦水鬼の服はそういうところの融通が利かない。
隣の霞の顔が見られない。どういう顔をしているか何となく想像がつく。あとから同じことをやらされるのも何となくわかる。
「ホント落ち着く」
「そうですか。このまま寝たらベッドに運びますよ」
「うん……寝ちゃいそう……」
背中をポンポンと撫でてあげると、すぐにうつらうつらと船を漕ぐ。前もそうだったが子供をあやしている感覚。今ではさらに成長してしまい、佐久間さんと同じくらいかそれ以上の背丈になってしまっているため、よりあやしやすい。
「……敵がさ……私と同じ舞台のヤツじゃん」
「そうですね」
「負けられないのさ……尊敬してたのに……壊れちゃって……」
佐久間さんは北端上陸姫の元になっている寺津という男と面識がある。それが今、姿を変え世界の敵となっているのだから、対抗心を燃やすのも無理はない。私達以上に躍起になっているかも。
「研究者同士の戦いだからね……私は意地でも勝つよ。全部乗り越えて……綺麗さっぱり終わらせるのさ」
眠そうではあるものの、決意を秘めた言葉の強さ。戦っているのは私達だけじゃない。佐久間さんもここで戦っている。
「私がみんなをバックアップするから……大船に乗った気でいてよね……船だけに」
「はい。皆さん、佐久間さんのこと期待してますよ」
「私には戦う力はないけど……戦いやすくすることは出来るからね……」
そこまで言って佐久間さんは寝落ちしたため、ベッドに運んであげた。随分と軽く感じた。
これまで何度もお世話になってきた。前回の戦闘だってそうだ。吐き気止めも、中和剤も、全て佐久間さんのおかげで出来上がっている。これまでもこれからも、私達は頼り続けるだろう。
「さっき佐久間さんが言ってたこと、どういう意味なの」
静かに研究室から出た直後に霞から問われる。質問内容は、ここに所属している艦娘では私と瑞穂さんしか知らない、北端上陸姫の正体。眠気に負けて隠さずに話してしまったことに今更気付いた。
本来なら他言無用。知られてはいけないことだ。だが、中途半端に知ってしまったため、霞は追求してくるだろう。回避も難しい。なら話した方が早そう。
「……ちょっとだけ待ってて。司令官に許可を貰わないといけない」
「そんな極秘事項なの?」
「知ってるのは私と瑞穂さんだけ。他の人には……特に戦場に出る人には絶対に知られちゃダメ」
手早く司令官に許可を貰い、私室へ。佐久間さんの失言という少し残念なことではあるが、霞にならということで許可は貰えた。私に一番近い子だからこそ、知っておいてもいいと判断されたようだ。
霞に何度も念を押したが、この件は絶対に他言無用。私達だけの秘密となる。さらに瑞穂さんにお願いし、部屋の前に鎮座してもらう。これに関しては本当に知られてはいけない。
改めて部屋の中で向き合い、私が知っている今回の敵の正体を説明した。普通なら考えられないような敵だ。私も躊躇いが出たというのも追加して、なるべく包み隠さず話す。
「何よそれ……悪いの全部上層部じゃない!」
「霞、声を落として。誰にも聞かれちゃダメ」
「こんなこと誰にも言えないわよ……人によっては戦意喪失じゃない」
事の重大さをすぐに理解してくれて助かる。それでも倒さなくてはいけない敵であるということも。
「霞は……それでも倒そうと思える?」
「当たり前じゃない。一番のクズは上層部の連中だけど、北端上陸姫は姉さんを苦しめることを楽しんでるんでしょ。元人間だか何だか知らないけど、そいつはもう純粋に黒の深海棲艦よ」
私のように躊躇いは無いようだ。霞も私と同じで戦場に出ることは出来ないが、もし戦えるというのなら、霞は容赦なく殲滅するだろう。無慈悲ではあるものの頼もしい。今回は容赦なんてしている余裕なんて無いのだ。
「それが聞けて良かったわ。霞は強いわね」
「姉さんは優しすぎよ」
「……そうね。否定はしないわ」
私だって覚悟を決めている。戦えないにしろ、もう慈悲などない。私だって洗脳されたという今までとは違う方向の恨みが出来ている。
「アサと瑞穂さんにも話してケジメも付けたし覚悟も決めたわ。もし私が面と向かって戦えるのなら、躊躇わずに攻撃する。霞にも私の覚悟が聞いてもらえて嬉しい」
「……出来れば一番に教えてもらいたかったけど」
最後の呟きはあえて聞き流すとして、やはり抱え込むのは良くない。話すだけでスッキリ出来るものだ。
「それにしても、佐久間さんの顔見知りとはね……」
「阿奈波さんといい、北端上陸姫の正体といい、今回の件は佐久間さんに当たりが強すぎるわ」
「それでも勝とうとしてるんだもの。佐久間さんが一番強いわね」
その佐久間さんの弱音を聞いているのは私だけだ。領海で、大潮と清霜さんが眠る中、私だけに見せてくれた弱い部分。顔は見ていないが、あの時泣いていたのを覚えている。もしかしたら、知らないところでまた涙を流しているのかもしれない。
佐久間さんの名誉のために、それについては公言しなかった。誰だって辛い事くらいあるだろう。私にだっていくらでもある。鎮守府ではお調子者で弱みも見せない佐久間さんの意外な一面は、私の胸のうちに秘めておこう。
「応援してあげなくちゃね」
「ええ」
艦娘や深海棲艦だけの戦いでは無い。非戦闘員である佐久間さんだって、率先して戦闘に参加している。私達は、それをサポートしてあげたい。研究者同士の戦いは、今この段階から始まっている。
ここからは佐久間さんのターン。