欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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破滅的な夢

それは酷い夢だった。私、朝潮はここまで酷い悪夢を見たことが無かった。

 

私は嬉々としながら工廠を破壊し、向かってくる仲間達を尻尾の艤装で薙ぎ倒し、自らの腕と脚でトドメを刺していく。確実に息の根を止めるため、心臓を抉り、頭を潰し、斃れた死体をニヤニヤと見つめる。温かい血を浴びては快感に酔い、より多くの命を奪う。

目につくものは全て破壊し、目につく仲間は全て殺す。私を止めようとする仲間が次々と死んでいく光景に、身震いするほどの快感を得ていた。素手で攻撃出来ることを悦び、物も、命も、何もかもを破壊する。

 

「あはっ、はははっ、アハハハハハッ!」

 

血溜まりの中に1人、紅く染まりながら高笑いする。破壊と殺戮を楽しみ、次の獲物を求めて彷徨う。標的は愛しい仲間達。嬲り殺し、捻り殺し、抉り殺し、縊り殺す。

 

春風は腹を抉り抜いた。『種子』の摘出によって出来た傷をより拡げた。

初霜は頭を潰した。身体は綺麗なままで、頭だけが綺麗に無くなった。

大潮は艦載機で押し潰した。射撃も併せて、原型が残らないくらいの蜂の巣にした。

瑞穂さんは爆雷で木っ端微塵にした。前世と同じ死に方をもう一度体験させた。

扶桑姉妹は2人纏めて真っ二つにした。死後も仲良くなれるように、同じ死に方を選んだ。

 

残りは霞だけ。霞の殺し方は決めてある。

 

私を見た霞の顔は怒りと、憎しみと、悲しみと、絶望に染まっていた。それが堪らなく嬉しかった。

陸上だというのに、魚雷しか使えないのに、私に立ち向かってくる霞を軽くいなし、皆の血で真っ赤に染まった手でその首を掴む。そのまま持ち上げ、ゆっくり、ゆっくりと締め上げる。霞は原型を残したまま死んでもらいたいと、死を堪能してほしいと、時間をかけて殺す。苦しむ顔が愛らしい。ジタバタともがく姿が愛おしい。

苦しそうに私の名前を呼びながら、だんだんと抵抗しなくなり、最後は手がブランと垂れ下がってピクリとも動かなくなった。あらゆる体液で塗れた顔。瞳孔の開いた瞳。絶望に染まった表情。それを見た私はーーー

 

 

 

目を覚ました時、眼前には心配そうな顔をした霞。瑞穂さんも駆けつけていた。

外はまだ暗闇。時間は丑三つ時。寝汗でグッショリ。湿った作務衣が肌に貼り付き気持ち悪い。あまりに凄惨な夢を見たせいで吐き気を催すが、どうにか堪えた。

 

「姉さん、すごい魘されてたわ」

「……案の定、酷い悪夢を見たわ……」

 

霞を抱きしめ鼓動を聞き、命の音を確かめる。大丈夫、生きている。原型を残す殺し方を選んだせいで、目の前にいても命の音が聞こえないと怖い。

 

「ここの人達を皆殺しにする夢だった……1人殺すごとに物凄く気持ちいいの……最後は霞に手をかけたわ……」

「今は何も話さなくていいわ。汗ビッショリだし、お風呂に行きましょ」

 

あの時、すぐに司令官に洗脳を解いてもらわなかったら、あの場に司令官がいなかったら、私は夢の中で起こったことを実際にやってしまっていたのだろうか。そうだとしたら本当に恐ろしい。

だが何故だろう、夢であると理解していたようで、その行いを客観視していた。まるで、思考の海からアサの行動を見ているかのようだった。なのに、私がやったと実感できる夢。感覚はないのに。明晰夢なのに自分の身体がコントロール出来なかった。

 

「朝潮様、替えの寝間着は瑞穂が用意しておきますので、霞様とお風呂へ。今は気分を落ち着けましょう。瑞穂が言う資格はありませんが、夢に引っ張られぬよう」

「そうですね……霞、付き合ってくれる?」

「ええ。姉さんの寝汗で私も濡れちゃったもの」

 

添い寝の弊害。さぞ気持ち悪かったろうに。私達はすぐにお風呂に向かった。鎮守府の特性として一日中お風呂に入れる環境というのは素晴らしい。

 

お風呂に浸かっていると気分が落ち着く。ゆっくり入渠するようなものとはよく言ったもので、身体も心も癒される。今の私は精神的にも疲弊しているのがよくわかった。今の私はだらしない顔をしていそうだ。

 

「霞は……いや、聞かなくてもわかるわ。魘されたことあるものね」

「そりゃあね。いつも一緒に寝てるんだからわかるでしょ」

 

霞の洗脳を解いた後、少しの間、霞も魘されることがあった。その都度、私が慰めて落ち着かせたものだ。今は立場が逆転し、私が落ち着かなくてはいけないように。

お風呂に浸かりながらも、私は霞の手が離せないでいた。脈と温もりを感じていたかった。洗脳経験者は皆こんな思いを抱いていたのかと思うと、それはそれで恐怖を感じた。

 

「開き直ったつもりでも、やっぱりダメなのね……」

「こればっかりは簡単には無理でしょ。実際に頭の中が染まっちゃったんだもの。少しだけでも自分の考えになったんだから」

 

霞ですら数日、春風や初霜は1週間以上染まった状態からの復帰だ。たった数分で終わった私以上に苦痛を感じていただろう。魘されるのも無理は無いし、メンタルケアが必要なほどに憔悴するのも仕方のないこと。

 

「大丈夫、私は開き直るわ。敵のせいだもの。これは全部敵のせい」

「……無理しないでよ。私達を頼れって、佐久間さんも言っていたでしょ」

「わかってる。当然頼るわ。今日ほど霞が添い寝しててくれて嬉しいことはなかったもの。目が醒めて自分1人だったら多分錯乱してた」

 

こういうときは姉妹に頼るのが一番だ。朝になったら大潮にも話そう。春風や初霜にも相談しよう。皆何かしらの経験をしているからこそ、話がしやすい。

 

『朝潮、領海に行こう。落ち着くならあそこだ』

「……そうね。今なら行きやすいかな」

『妨害してきた奴が死んだからな。何なら事前に潜水艦に調べてもらえばいいさ』

 

こういうときこそ、自分の場所に行きたい。またミナトさん達の陣地にお邪魔するのもいいが、やはり自分の領海はそれと違った感覚になる。今はとにかく落ち着きたい。明日は……いや、もう今日だが、久しぶりに領海に行こう。正直今から行きたいくらいだが、深夜はよろしくない。司令官も眠っていることだし。

 

「領海に行くの?」

「ええ、アサと相談してね」

「そう。私は明日予定が無いから、随伴するわ。今の姉さんは危なっかしくて見てられないから」

 

霞の目から見ても私は今危ない状態のようだ。そんなつもりはなくても、顔や態度に出てしまっていたのかもしれない。これ以上心配をかけたくなかったのだが。

 

「じゃあ……お願いするわ」

「はいはい。じゃあさっさと寝ましょ。汗は流せたでしょ?」

 

その後、また悪夢を見て朝になったのは言うまでもない。私は気にしていないつもりでも、深層心理では相当参っているのかもしれない。起きた時、アサも困ったような声色だった。

 

 

 

領海に向かう許可は得たため、潜水艦隊にあの島が安全かどうかだけは確かめてもらう。その間に、昨晩考えていた通り大潮達に悪夢の話をした。なかなかにエゲツない内容なので、殺し方は伏せて。

 

「御姉様、わたくしはそのお気持ち、とても理解できます。わたくし、傲慢にも他者を虐げた自身の夢を見ました」

「私もです。しばらくは朝潮さんを撃ち殺す夢を見ました。あの時の最悪を夢に見るみたいですね」

 

春風と初霜は共感してくれた。私ほどハードな夢では無いようだが、十分すぎるほど心にダメージが入る夢。

 

「私はたった数分の洗脳だもの。それでここまで酷い夢を見るなんて……ちょっと気にしすぎな気がするわ」

「御姉様がお優しいだけです。誇るべきことだとわたくしは思いますが」

「それで体調崩してたら目も当てられないわ」

 

霞の言う通りである。罪悪感で倒れるのはナンセンス。

 

「お姉さん、大潮はどうやって殺したんですか?」

「艦載機で蜂の巣」

「うえ……」

 

そんな顔をするのなら聞かないで貰いたい。せっかく伏せていたのに元も子もない。だが、聞いてもらうと少し楽になる。

大潮が聞いてきたことがキッカケとなり、私が夢の中でどれ程までに残酷な行いをしたかを懺悔する場にもなった。楽にはなるが、辛くもある。瑞穂さんは察してくれたので聞いてこなかった。最高の従者。

 

「お腹を抉られ……」

「頭を潰され……」

「自分で聞いてきたんだからそんな顔しないで」

 

私だってやりたくてやったわけじゃない。夢の中の出来事なのだから文句を言われても困る。私が()()()()()()と思っていたのではない。

 

「でも、そんな夢ばかり見てたら気が滅入っちゃいますよね」

「本当に。でも話したら少し楽になったわ。ありがとう」

 

これで悪夢が終わるとは思っていないが、話をしたら幾分か気が楽になった。これから毎日話すことになるかも。大潮が言うように、痛みは分かち合う方が心にいい。

 

『溜め込まない方がいいと理解はしたみたいだな』

「まぁね。痛い目何度も見てるし」

『見る前に理解しろ』

 

仰る通りである。

 

 

 

ここでゴーヤさん達が私を呼びに来たのでお開きとなる。霞以外は他の訓練や任務があるので、残念ながら随伴艦にはならなかった。そのため、久しぶりに行きたいと言っていたレキとクウを追加。

混ぜ物が出てきたら誰も戦闘出来ないという部隊になってしまったものの、妹と娘が一緒にいることで、多少なり心は穏やかに。だが、疲れた私の顔を見て、レキが心配そうにこちらを見てくる。

 

「アサ姉ちゃんどうした。眠そうだぞ」

「ちょっと嫌な夢を見ちゃってね……」

「夢かー。レキには何も出来ないなー」

 

夢の中ではレキもクウも残酷に殺している。本当に皆殺しにしていた。自分のせいじゃ無いと自分に言い聞かせても、負い目を感じてしまう。

 

「大丈夫よ、気にしないで。それより、私もレキとお揃いになったの。ほら」

 

尻尾の艤装を出して見せてあげる。司令官に言われて霞と一緒に稼働テストみたいなことをやってからは誰にも見せていない。あの後からで言えば、レキとクウが初めて。

 

「うおー! レキと同じだ!」

「ヲヲ、姫様、尻尾が生えてる」

 

レキも艤装を出して私の尻尾艤装と絡ませる。私のものの方が少し大きいようだ。さすがの霞も子供相手には嫉妬しない。

 

「相変わらず主砲も魚雷もダメだけどね」

「カッコイイ! アサ姉ちゃんの尻尾カッコイイぞ!」

「ありがとうレキ」

 

そうこうしているうちに領海に到着。島は以前に見たとおり。防空霞姫がここで待ち構えていた時な何かされていないかと思ったが、何事もなくて一安心。何事かあったら私よりアサが怒り狂っていた。

島に上がっても深海の気配も匂いもしない。今日は邪魔者がいない。

 

『久しぶりの景色だ。やはりここが一番だな』

「そうね……気分が落ち着くわ」

 

浜辺に腰掛ける。岩礁と水平線のあるこの風景が見たかった。心が穏やかになる。すぐさま海が赤く染まるが、そんなこと気にしない。今は私のもの。私が何をしたって構わない場所。

 

「ヲ、久しぶり」

「そうね。クウはここ生まれだし、羽を伸ばして」

「ヲ!」

 

島の少し奥の方へと駆けて行く。レキもそれについていった。私の隣には霞が腰掛ける。ここは霞の故郷でもあるのだから、落ち着く場所なのかもしれない。

無言でただただボーッとし続けるだけで、癒される感覚。少し遠くではレキとクウが遊んでいる。2人ともこの島がどういうものか理解しているので、散らかすようなことはしない。微笑ましい光景だ。

 

「気持ちよく眠れそう?」

「わからないけど、すごく眠い」

「寝ればいいじゃない。私が見ておくわ。あの2人も」

 

霞に任せてまた一眠りすることにした。そのために来たようなものだし。

 

 

 

また、鎮守府を壊滅させる夢を見た。昨晩見たものとほとんど同じ。生々しく、1人ずつ殺していく夢。相変わらずそれが夢であると自覚しながらも止められない。まるで、私に嬲り殺しを見せつけるかのような夢。明晰夢なら私の思い通りになってもらいたい。

 

「アサ姉ちゃん、大丈夫か!?」

「姫様? 大丈夫?」

 

私が魘されているのを見て心配した娘2人が駆け寄ってきていた。穏やかな気持ちになれるはずのこの島で、こんな夢を見て、皆に心配される。自分が嫌になりそうだった。

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

2人を抱き寄せて温もりと鼓動を感じる。生きていることを実感する。

今回の夢でも2人とも殺している。毎回毎回全員殺してから目が醒める。途中で止まってくれてもいいのに、容赦なく、全てを破壊してだ。

少し寝ては悪夢で目が醒める。このままでは過労と睡眠不足で倒れるような気がする。最悪は瑞穂さんの時に考えた入渠による睡眠になりかねない。

 

「アサに代わったら? 姉さんが表で寝るから悪夢見るんじゃないの?」

「ダメ。万が一アサでも同じ夢を見たとしたら、最悪なことが起きるかもしれない」

 

アサを引っ込めてでも私が洗脳された意味が無くなってしまう。目が醒めても感覚が思い出せるほどに生々しい夢だ。アサ主観であの夢を見たら、()()()()を知ってしまいかねない。

 

「開き直ってるつもりなんだけど……」

「口では何とでも言えるもの。私だって姉さんの頭ん中なんてわからないし、実際魘されてるんだから、割り切れてないんでしょ」

 

現に起きて活動しているときは何も気にせずにしていられる。眠らなければ領海でも穏やかな心で居られる。

一度眠ってしまうと、最悪の結果を見てしまう。今までの3回が全て同じ夢。順番は違えど皆殺しにして、それに昂揚し快感を得ている私。客観視出来たとしても、感覚は私のもの。正直キツイ。

 

「姫様辛そう。もっと寝る?」

「……そうね……でも……」

『いや、寝ていい。私が何とかしてやる』

 

眠るのを躊躇う私の頭に、アサの自信満々な声が響いた。夢の中でなら顔を合わせることが出来るアサなら、この悪夢に何らかの干渉が出来るかもしれない。今までの私の夢も、もしかしたら遠目に見ていたのかもしれない。

 

「……アサ、任せるわ」

『おう。お前が倒れたら私にも迷惑だからな』

 

どうせならもっと気持ちよく寝られるようにと、レキを抱きかかえ、霞とクウを隣に置く。こうやって眠るのは初めて。レキは私に抱きかかえられて大いに喜んだ。この身長になってからこうしたのは初めてだった。思った以上にスッポリ収まる。

 

皆の温もりを感じながら目を瞑ると、すぐに眠れた。やはり寝不足だったのだろう。

 




あの時の司令官が瞬殺していなかったら起こっていたかもしれない未来。そのままでも滅茶苦茶、正気に戻ったらまず間違いなく壊れる。
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