たった数分とはいえ洗脳されたせいで、悪夢に苛まれるようになってしまった私、朝潮。眠るたびに鎮守府を壊滅させ、所属している仲間達を皆殺しにする夢を見るため、私は精神的にも肉体的にも疲弊していた。
心の癒しを求め、霞、レキ、クウを連れて領海に来たものの、そこで眠っても悪夢を見てしまった。一番の癒しの場でも悪夢を見てしまい、開き直っているつもりだったが、まったく割り切れていないことを自覚させられた。
「姫様辛そう。もっと寝る?」
「……そうね……でも……」
『いや、寝ていい。私が何とかしてやる』
皆の前で眠るのを躊躇う私の頭に、アサの自信満々な声が響いた。夢の中でなら顔を合わせることが出来るアサなら、この悪夢に何らかの干渉が出来るかもしれない。今までの私の夢も、もしかしたら遠目に見ていたのかもしれない。
「……アサ、任せるわ」
『おう。お前が倒れたら私にも迷惑だからな』
どうせならもっと気持ちよく寝られるようにと、レキを抱きかかえ、霞とクウを隣に置く。こうやって眠るのは初めて。レキは私に抱きかかえられて大いに喜んだ。この身長になってからこうしたのは初めてだったか、思った以上にスッポリ収まる。
皆の温もりを感じながら目を瞑ると、すぐに眠れた。やはり寝不足だったのだろう。
4回目の夢も案の定、鎮守府を壊滅させる夢だった。明晰夢ではあるものの、相変わらず自分では何も変えることが出来ず、私の手で仲間を殺し、破壊する夢。
いつもこの夢は洗脳された直後から始まる。あの時私を助けてくれた司令官はここにいない。水母水姫の艤装をのたうたせ、戦闘中の仲間達をどう殺そうか吟味する。
「おう、朝潮、やっと干渉出来たぞ」
声のする方を向く。
「私達は夢の中で面と向かって会話できるからな。前回の夢から干渉を始めてたが、この夢の時だけ私の存在を忘れてるせいで干渉出来なかったんだ。今回は告知しておいたおかげで干渉出来たぞ」
そういえば、あの時の再現だからか、背部の自立型艤装は出していない。追加された尻尾と、艤装に包まれた両腕両脚しか使っていなかった。あの時にアサに抵抗されたら面倒と思っていたからだろう。
そのせいで、夢の中ではアサの存在が無いものになっていた。逆に言えば、この夢の中でアサだけは完全に自由な存在だ。まず夢に干渉するという時点でおかしな話なのだが。
「この夢から私は排除されていた。だが、今はこの中に入ってこれた。これからは
目の前の
アサと戦うだなんてまずあり得ない。自分と物理的に戦うことなんて絶対に出来ない。それが夢の中だからという理由で出来るようになってしまった。
自分を殺したら、仲間を殺す以上の快感を得られるのだろうか。自分の断末魔の声が聞けたら、どれほど昂るのだろうか。もうどうやってアサを殺そうかということしか考えていなかった。抉り殺したい。殴り殺したい。嬲り殺したい。縊り殺したい。仲間にやろうとしたことを全部アサにやりたい。
それを客観視させられていたことで、違和感に気付く。自分が考えているわけでもないのに、自分が考えているように思い込まされている。この朝潮は
「気付けたな、朝潮。お前はそんなこと考える奴じゃないだろ。洗脳されたときのほんの数分の記憶が
これは夢だ。ならば、私はこの時だけは思考の海から出られるはず。いや、この空間自体が思考の海のようなものだろう。好き勝手出来るはずだ。今までは出来なかったが、今は出来る気がする。アサの干渉でそれが可能だと思えた。これは、私とは別物だ。
自覚した途端、気付けば私は
「こんな場でしか出来ないな」
「そうね。文字通り、
拳を突き合わせて、共闘を喜ぶ。現実では絶対に出来ない、自分との共闘。敵も自分。ここにいるのは、全て朝潮。霞達が喜びそうな情景。
「私が壊せるなんて……アハッ、夢みたい! ねぇ、どんな声で鳴いてくれるの? どんな顔を見せてくれるの?」
「夢みたいじゃなくて、夢なんだよ」
「やっぱり破滅願望を持ってるのね洗脳された私は」
あちらが出来るのは尻尾による白兵戦と、水上機の発艦。私が出来るのは艦載機の発艦と、両腕両脚による白兵戦。そしてアサが出来るのは自立型艤装による白兵戦。皆白兵戦。生まれたばかりの私では考えられなかったことだ。艦娘って何だっけ。
「始めようか。私だって楽しみなんだ。朝潮と共闘出来るのがな」
「ええ、本当に。こんな場でないと出来ないことだもの」
尻尾の私が艤装を振り回したことが開戦の合図だった。
今でこそ私とアサはお互い白兵戦が出来る状態だが、本来なら私が守備、アサが攻撃を担当していた。それをこの夢の中でも実践しようと思う。
大きく振り回された尻尾は私が止める。かなり重たいが止められないことはない。同時に艦載機を発艦。あちらも水上機を発艦したため、低空ながらも航空戦が始まる。数は同等。力は互角。あっという間に艦載機が尽きる。
「おいおい、私を忘れんなよ!」
「忘れてないよ! 私という私を全部壊し尽くすの! とっても気持ちよさそう!」
合間を縫ってアサが接近するが、あの尻尾はなかなか厄介で、強く振り回すだけで2人がいなされるほどの質量はある。
「アハハハハッ! 楽しい! 私を壊すってすごく楽しい!」
「アサ、私ってあんなキャラなの?」
「んなわけあるか。アレが狂ってるのは見ればわかるだろ」
再度尻尾を振り回されるが、今度はアサが受け止める。私の膂力より自立型艤装の膂力の方が強い。私が止めるよりしっかりと固定。強引に引き寄せたところを、私が強引に蹴り込む。扶桑姉様を見ていたからこそ覚えた蹴り。
「アハッ」
「蹴られて笑わないで。私の顔で」
咄嗟にガードされたため、立て続けに拳を叩き込む。山城姉様で覚えた拳。夢の中でもあそこまでの火力が出せないのは残念。こんなところでも妙にリアル準拠。
「おら、尻尾が邪魔なんだよ!」
「離してもらえる?」
強引に引っ張られ、尻尾がアサの手からすっぽ抜ける。さすが私、一筋縄では行かない。
何でも出来るはずの夢の中でも主砲と魚雷が使えないのは、おそらく私がそのやり方を知らないから。私が知らないのだからアサも出来なければ洗脳された私も出来ない。結果的に、この白兵戦メインの大ゲンカになる。
「アッハァ!」
「爆雷!」
「わかってる!」
言われる前に爆雷を蹴り飛ばす。陸上で当たり前のように使ってきた。自分も巻き込まれるかもしれないのに、あまりに容赦がない。
その時からだろう、敵の私に
「アサ!」
「おうよ!」
さらに尻尾を振り回されるが、それを殴り飛ばしながら隙を作る。いいタイミングが来たところで軽く跳び、アサに投げ飛ばしてもらった。このタイプの自立型艤装だからこそ出来る連携。私の力だけでは出来ない、弾丸のような体当たり。
尻尾が後ろに回ったタイミングだったため、真っ直ぐ身体に直撃し馬乗りに。尻尾は改めてアサが踏みつけ、暴れる頭部も押さえつけた。
「どいて!」
不意に強く押され、アサにぶつけられた。拘束が緩み、また間合いを取られる。思ったより戦い方が上手い。
終始一貫、楽しそうに戦っていた。違う意味で尻尾を振っている。まるで犬だ。本能のままに戦い、私とアサを壊そうと笑顔で立ち向かってくる。理性のカケラもない、狂った笑みを浮かべ続けている。
「私ってあんな顔出来るんだ」
「現実でやろうと思うなよ。カスミ辺りが卒倒するからな」
戦闘中もずっと考えていた。今私は眠っているのだろうが、思考をフル回転させてあらゆる可能性を考えていた。結果、この洗脳された私の正体に勘付いた。
この子は、今は私の腰に接続された水母水姫の艤装に入っていたもの。防空霞姫から千切られた後、意思を持つかのように動き回り、私に噛み付いたアレ。扶桑姉様に粉砕され、司令官に中和され、私の入渠で再構築された際に、消えることなく行き場を失った意思だ。自立型艤装として認識されなかったのも、意思が私の方に入ってしまったからだろう。
中和されたとしても、深海艤装であるが故に、この子が知っていることは破壊と殺戮だけだ。そこに私の記憶やら何やらが混ざりこんでしまったため、洗脳された私の再現として、私の夢を使って暴れまわった。
なら、ちゃんと教えこめば、私達の味方になるのではないだろうか。
「一度完全に負かした方が話を聞いてくれるかしら」
「おい、あいつと話が出来ると思ってるのか?」
「出来るでしょ。何も知らない子供なら」
ひとまず2人がかりとはいえ完全に勝利することにした。殺しはしない。敗北を自分で認めるまで勝ち続ける。それだけだ。
「まぁいいさ。お前がそうしたいってのなら、私も従ってやる。ダメだと思ったら殺す」
「それでいいわ。まずは屈服させるわよ」
「さすが女帝、言うことが違う」
明晰夢でも自分の思い通りに出来ないというのなら、実力でどうにかしよう。
あちらは相変わらず尻尾を振り回してこちらを見ている。先端の頭部を先に破壊する方が良さそうだ。アレがあるせいで、ダメージが大きくなる。質量がすごい。
「アサ、あの尻尾壊して。私が本体行くわ」
「了解だ。艤装には艤装をぶつけた方がいいだろうからな」
先行するのはアサ。あの尻尾による攻撃をどうにかしなければ勝機はない。さっきはどうにか拘束しかけたが、抜け出されてしまっている。次はそうはいかない。
「アッハハ! それでやりあうの!?」
「お前より使い慣れてるからな。おらぁ!」
猛烈な攻撃も艤装の腕でいなしていく。ブンブン振り回しての攻撃だが、乱雑で単純な攻撃だ。アサならアレくらい軽く防ぐことが出来る。
山城姉様の攻撃を真似ているのはアサも同じだ。うまく防いで尻尾を破壊しようと画策するが、かなり硬い。扶桑姉様が一撃で粉砕したのが嘘のよう。私達がまだまだということか。
だが、アサに気を向けているうちに私が接近。腹に一撃入れる。
「うぶっ!?」
「大人しくしなさい」
さらに膝。蹲ったところでアサが尻尾をどうにか破壊。さすがに私1人に私2人がかりは差が出る。アサが来てくれたおかげでどうにかなった。来てなかったらまたあの悪夢が始まるだけなのだが。
「痛た……あ、尻尾が……」
「大人しくしろ。狂っているかもしれんが話くらい出来るだろ」
アサが無理矢理拘束した。さすがに艤装の腕で拘束されては私でも抜け出すことは出来ない。ジタバタもがくが、すぐに諦めた。思ったよりアッサリしている。
「私は強いなぁ。みんなすぐに壊れるのに傷1つ付けられなかった」
「壊されても困るんだよ。で、お前は一体何なんだ」
「私? 私は……何なんだろ。気付いたらここでみんな壊して、気持ちよくなってただけ。それ以外わからない」
そういう在り方と、この洗脳された私は言っている。なんだか
これは一旦目を覚ました後に確認する方がいいだろう。どうせまた眠れば面と向かって話ができるし、眠っている私がどうなっているかが気になる。
「アサ、私が目を覚ましたら、この子がどうなるか見ておいてくれない? 引っ張り出せるなら引っ張り出して」
「ああ。もしかしたら消えて無くなるかもしれないしな。お前が眠っている時にだけ出てくるかもしれないわけだ」
一旦終わりとすることにした。洗脳された私は首を傾げたが、私がまた来ると言うと、大喜びで手を振ってきた。やはり子供。見た目は成長した朝潮だが、中身は完全に子供である。次に会った時にはいろいろと聞かないといけない。
目を覚ますと、抱きかかえたレキと隣のクウはしっかり眠っており、霞は真正面に立っていた。レキがグッスリ眠っているということは、私は今回は魘されていなかったということだ。
「……どれくらい寝てた?」
「1時間くらい。魘されてなかったわ。何があったの?」
と、説明する前に目を覚ます時のことを実行。アサはうまくやってくれただろうか。今消えていたとしたら、私が眠った時にのみ現れる存在ということで確定する。
「そうだ。アサ、聞こえる?」
『お、おう……大丈夫だ。聞こえてる』
「そっちは?」
なんだかアサの様子がおかしい。声が遠いというか、狼狽えているというか。
『わ、わ、なんか見えるし聞こえる! 何これ! あ、この前壊した人!』
『あー……察しの通り、奴を思考の海に連れ出せた』
頭がおかしくなりそうな声量だった。
アサが言うには、私が目を覚まそうとすると同時に夢の中の鎮守府は暗転した。アサが夢から移動しようとする際に、もう1人を引っ張り出したところ、何故か上手いこと行ったらしい。
「霞……私の中に同居人が1人増えたわ……」
「はぁ? アサ以外に?」
呆れ顔の霞。事実を言っているのだから仕方なかろう。嘘をついてどうする。
だがこれは説明が難しい。戻ったらセキさんに再調査をしてもらおう。主に尻尾の艤装を。
尻尾の中身の意思については次回。本来の見た目の朝潮があのテンションならまだ微笑ましいかもしれませんが、ここの朝潮は戦艦の身体。普通に怖い。