悪夢の中、アサと共に元凶であろう存在と対峙した私、朝潮。本来なら絶対に共闘出来ないアサとのコンビプレイを楽しみつつ倒したそれは、私の予想では、新たに手に入れた水母水姫艤装の中に入っていたが、再構築された際に行き場を失った意思。詳細は最も深海棲艦に詳しいセキさんに調べてもらうことにする。
『こいつどうする。連れてきたものの』
「どうするもこうするも、本来の位置に行ってもらう方がいいでしょ」
『尻尾にか? こいつが動かすんだぞ』
領海。レキとクウが眠る中、私とアサは3人目の扱いについて困っていた。そのままにしておけば悪夢は続き、眠るたびに何らかの対策が必要になる。今は思考の海に引っ張り出したが、とにかくやかましい。
レキのようなお子様であり、今までは私の悪夢以外の世界を知らなかったため、ただ壊すことを楽しむ破滅主義者だったが、今は私の目を通して世界を知ってしまったため、子供ならではの好奇心で全てに対して興味を持っている。
『アサ姉、アサ姉、この子は?』
『ああ? ああ、コイツはレキだ。私達の仲間』
『仲間だったら壊しちゃダメ?』
『当たり前だ。仲間は壊すな。壊すのは敵だけにしろ』
『前に頭吹っ飛ばしたけど』
『現実では絶対にやるな。仲良くしろ』
頭の中でアサが教育モード。たった数分で3人目はアサのことを姉のように慕うに至った。私の中に入っているものとしては先輩、深海棲艦としても先輩。同じ身体を持つものとして、ある意味私の2人目の内部の娘。
アサも少し乱暴だが妹の面倒を見るように話している。私から生まれただけあり、妹という存在には敏感なのかもしれない。あちら側の関係は、私にとっての春風のようなものかも。
『朝潮、こいつの名前どうする。同居するなら何か名前がいるだろ』
「名前……それはうちの職人に頼めば」
『ポチでいいか』
「さすがにそれは可哀想」
名前に関しては後から考えるとして、ポチ(仮)は今のところ身体の主導権を取ろうとはしてこない。されても突っ撥ねるが、今はそのやり方もわかっていないかも。この状態で表に出るのはまだ控えた方がいいだろう。せめて司令官の前で。
『アサ姉、アサ姉、外の人は何て呼べばいいの?』
『朝潮のことか? 私達の宿主だ。私にとっては姉だし母みたいなものだが、友人だし相棒でもある。私は対等だからな。だがお前の場合は艤装の一部だろうし……そうだ、ご主人様で』
「アサ、それはダメ。絶対ダメ」
今までありそうで無かった呼ばれ方だが、それは本当に良くない。
「姉さんの頭ん中、随分賑やかみたいね」
「レキが頭の中にいるようなものよ」
「それはまた、やかましそうね」
一切否定が出来ないことが残念である。
『あ、ゆっくり首絞めて殺した人。ジタバタするのが可愛いの』
『現実で絶対やるなよ。お前が死にたくなかったらな』
発言がいちいち物騒。まずは一般常識を教えてあげなくてはいけないだろう。私が表に出ている間はアサに任せることとしよう。
帰投後、霞達と一旦別れてすぐにセキさんに水母水姫艤装についての再調査をお願いした。中に入っていた意思が私の方に移動しているのではないかと伝えると、そんな馬鹿なと笑って済まそうとしたが、調査をし出すと顔色が変わる。
「なんだこれは……またイレギュラーケースだ」
「凄いねコレ。深海の自立型艤装ってこんななの?」
「ああ、戦艦棲姫のものが近い」
明石さんも加わって調査が進行する。何やら大事になってきたらしく、司令官と佐久間さんまで呼び出される始末。少なくとも前例なんて確実に無い内容だ。そしてこれからもこんなことはあり得ないと断言される。
「本来ならこんなこと有り得ない。他の意識が頭に入ったら、普通なら頭がパンクして最悪死ぬぞ」
「そういう理由なら『朝潮だから』でケリがつくね。深海艦娘化の洗脳も脳の容量で回避してるわけだし」
「今までの訓練の結果ですね」
「既に1人入ってるのに、さらに追加してピンピンしているのはどうなんだ」
セキさんの調査の結果、同居人は確実に頭の中にいることが確定。問題はどういう経緯で頭の中に住み着いたかである。それも、私の予想がおおよそ正解だった。
「結論から言う。朝潮の中に入った2人目の同居人は、尻尾の艤装に残されていた残留思念だ。提督も見たよな。ガングートが千切った後、意思を持つように動いたところを」
「ああ。本体から切り離されても動いて朝潮君を洗脳した」
「その時の意思だ。防空霞姫の断片と言ってもいい。それが破壊と中和と入渠で再構築された結果、
レキと同じだというのなら、やはりちゃんと教育さえしてあげれば、私達の心強い味方になるのではなかろうか。不安定で無邪気過ぎるように思えるが。
「何故悪夢という形で朝潮の中で暴れまわったのかは私にはわからないが、深海棲艦の本能として、
その素材というのが、私のトラウマ。洗脳された時の記憶。たった数分の叛逆行為。そこから私がほんの一瞬考えてしまった最悪の未来。
それを素材に破壊衝動を満たすものを作り上げた結果が、鎮守府壊滅の悪夢。あの世界を作り上げるための素材は、全て私が提供してしまっていた。
「手懐けられるなら手懐けておいた方がいい。野放しにすると確実に悪影響が出るぞ」
「アサが現在教育中です。私達の仲間として迎え入れますよ」
「それがいい」
その2人目の同居人だが、現在進行形でアサに世間というのを教育されている。最初この鎮守府に入った段階で、夢の中で壊していたものとしてしか認識していなかった。表に出ていたら確実に暴走している。目の前にいる人達も、全て壊すものとしての認識。
だが、今は自分達の住処、領海とは違う別荘のようなものだと教え込まれて納得した。仲間は壊しちゃいけないという根本的な部分を教え込まれている。子供だから飲み込みも早い。
「この尻尾の艤装なんだが、最初は害がないと言ったろう」
「ああ。朝潮君には害が無いと聞いているよ」
「この同居人がしっかりと意思を持ったからか、
尻尾の本来の役目とは何だろう。攻撃以外でこの尻尾がやれることといえば……洗脳。
「元々艤装側に
「その中にあったものは?」
「何かの生成機能だ。おそらくは『種子』だろう。もっとも、機能があるだけで何も生成されなくなっているがな」
『種子』が生成されていたら大問題だ。また私が洗脳されることになってしまう。だが今は何も生成されていないのだから、害は無いと言えるだろう。
とはいえ機能自体が復活してしまったのだから、突然何かが起こる可能性はある。
「佐久間を呼んだのは、改めてこちらとは違う形で朝潮を調査してもらいたいからだ。我々は艤装に関しては詳しいが、身体のことに関しては佐久間より疎い」
「頭の中調べられるのにね。身体も似たようなものだと思うんだけどなぁ」
「調べられるが、佐久間ほど細かくは調べられん。だから任せたいんだ」
確かに、ある程度は調べられても、佐久間さんほど詳細に調べることは出来ないだろう。髪の毛1本、血液1滴からでも何かしら調査していく佐久間さんに任せるのがいい。その間に艤装を調べてもらうことにもなるだろうし。
「オッケー。2人目が入ったってのも何かあるかもしれないしね。この前やったことと同じことだけど、またやってみよう」
何事も無ければいいのだが。特に価値観や趣味嗜好の変化はわかりづらいし。
「その同居人は表に出せるのかい?」
「どうでしょう……試したことがないので。アサ、どう?」
『試してみる価値はあるが、出来たとしても、すぐに引っ込めるぞ。私も不安だ』
とはいえやってみなければわからないので、初めて表に出してみる。アサに主導権を渡す感覚で、もう1人の同居人に主導権を渡した。同じように視点が変わる。
「うぇっ、なんか変な感じ……」
『表には出せたな』
『ここからどうなるかよね』
思考の海でアサと2人で動向を確認することは当然初めてのこと。2人してここにいるのに身体は動くしちゃんと喋っている。2人で並んで映画を見ているようなイメージ。
一方表に出た同居人は今までと全く違う感覚に戸惑っていた。戦闘はしたものの、実際の空気に触れるのは初めてのこと。夢の中の世界と表側の世界は、当たり前だが感覚が全く違う。元が艤装の中の意思のため、まともに歩けるかもわからない。現に今、座っているのに体勢が崩れかけて司令官に支えられたほどである。
「えっ、何これ何これ! ご主人、アサ姉、これどういうこと!?」
『え、その呼び名で行くの?』
『狼狽えるな。今後お前にも任せるかもしれない表側の世界だ』
見るもの全てが興味の対象である同居人は、感覚が馴染んできたのか、手をワタワタさせながら混乱。周りをキョロキョロ見ながら表側の世界を全身に感じている。
私への呼称はご主人に決まったらしい。様を付けるのがよろしくないと考えた結果だそうだが、それでも大それている。でも立ち位置的にはそうなるのか。私がコントロールする尻尾艤装なわけだし。
「あ、この人この前頭潰した人。こっちは胸を抉った人」
『その覚え方は良くない。後からちゃんと教えるから』
物騒な物言いだが、私の考えた最悪の未来からあの世界を作り出している分、全員の顔がちゃんと一致するようだ。ただ1人を除いて。
「おじさんはだぁれ?」
佐久間さんと明石さんが同時に噴き出す。司令官は苦笑。中年男性ではあるものの、明確におじさん呼ばわりされるのを見るのは初めてである。私も少し危なかった。アサはケラケラ笑っている。こんなことでアサの笑顔が見られるとは。
私の考えた最悪の未来は、あの場に司令官がいなかった場合、洗脳を解除されずに暴れ回るというもの。そのため、悪夢には登場せず、同居人の記憶には司令官が入っていなかったわけだ。
「私はこの鎮守府の提督だよ。君のご主人のご主人……と言えばいいかな。書類上では仮だが夫婦ともなっているがね」
「ならパパ?」
「それは特に良くないね」
佐久間さんが咳き込むほど噴き出した。明石さんも堪えきれずに爆笑。セキさんすら顔を伏せている。アサもゲラゲラ笑っていた。
『提督か司令官と呼ぶこと。その呼び方はダメ。いろいろと危ない』
「じゃあ、てーとく」
「うむ、そう呼んでおくれ」
今の私の外見で子供のように振る舞うのは、いささか似合わない。だがこれは仕方のないことだ。身体は1つしかない。
ある程度空気に馴染んだようなので、今度はアサが表に。思考の海での対面は初めてだ。
『わー、ご主人。こっちでは初めまして!』
『はい、初めまして。……こっちではこれなのね』
思考の海でも一応自分の外見というものは存在する。私は当然表側と同じ姿。アサもである。私はここ最近で慣れ親しんだ練習巡洋艦の制服、アサはここ最近のお気に入りである戦艦水鬼の服と、それくらいしか差がない。
だが、この同居人は、まだ改二にすらなっていない私の外見をしていた。服もアサが私に入った当時のものと随分わかりやすい。悪夢で戦った時とはまるで違う、性格に合わせた見た目を取っていた。外に出れば私の身体なのだから全く意味を成さないものの、やはりこの子は子供なんだと実感。
「サクマの調査次第だと思うが、さっきのは消えずに残ってしまった。なら共存するしかないよな」
「ああ、こんな形で仲間が増えるなんて無かったから驚いてしまったよ。あの子はアサ君が面倒を見るのかな?」
「ああ、同じような存在だからな。私が面倒を見ることになるだろう。あいつは基本的に今みたいに外に出ることは無いだろうがな」
あくまでも私の中に入ってしまった艤装の意思として扱うようだ。先程も、任せる
「だが名前くらいは必要だろう」
「今はポチと呼んでいるが」
「やめてあげなさい。ペットじゃないんだから」
ここで命名職人を呼ぶ。ちょうど今は榛名さんと訓練中で、そろそろ休憩のはず。こちらに向かってきているのは反応でわかっている。
「休憩中に何かと思ったが、艤装に名前を付けろと」
「意思を持っているんでね。頼めないかな」
「深海の命名は私の仕事だからな。考えてやろう」
ガングートさんが頭を捻る。今でこそ私の艤装であるが、元は防空霞姫の持つ、水母水姫の艤装。私が洗脳された証でもあり、中身は
「アサだからヨルとか……いや、冗談だ」
「ちなみに私はポチと呼んでいる」
「貴様には人の心が無いのか」
総ツッコミを受けているアサのネーミングセンス。深海棲艦に人の心を問うのはどうかと思うが、私もさすがにポチは無いと思う。
『ヨルでいいんじゃない?』
『いいよー』
「朝潮と本人がヨルでいいと言っている」
「冗談のつもりだったんだがな……」
というわけで、水母水姫艤装に残された意思、ヨルが私の中に同居することとなった。悪夢の原因を手懐けるという荒業ではあったものの、私の睡眠時間はこれで約束され、新たな仲間も加わった。元がマイナスからだが、これでプラスに傾いたと思う。
この後、ヨルの存在が救世主になることを、今の私には知る由もなかった。
無邪気に残酷に夢の中で皆殺しをしていた水母水姫艤装のヨル。ちゃんと教えてあげれば、レキのようにとてもいい子に育つでしょう。