「……眠れない」
ヨルが正式に認可された日の夜、私、朝潮は眠ることが出来ずにいた。理由はわかっている。悪夢から解放されたために、お昼に熟睡したからである。睡眠欲が満たされてしまっているため、本来眠るべきこの時間に目が冴えてしまっていた。隣にいる霞は当然眠っている。
起こさないようにベッドから抜け出た。先日も同じようなことをしたことを思い出すが、あの時はいろいろモヤモヤすることがあったが、今はそういったこともない。ただ単に眠れないだけ。
『また夜の散歩か?』
「悩み事があるわけじゃないけどね」
『たまにはいいじゃないか。むしろ悩みが無くなったというのはいい傾向だろう』
確かに。ここ最近はいろいろ考えることが多かった。常に気を張っていたとも言える。
『ご主人、まだ寝ないの?』
『眠れないんだと。だから散歩するんだよ』
静かに部屋から出る。時間としてはまだ日を跨いだ直後くらい。少し歩けば眠れるくらいの心地よい疲れが得られるだろう。たまにはブラブラ歩くだけもいい。
相変わらず工廠はいつも電気がついていた。夜間任務の人達は今ちょうど折り返しくらいか。
私もこの身体になってしまったのだから夜間任務に参加するのもアリだと思う。昼夜逆転生活はあまりよろしくないが、夜目が利く私なら少しは役に立てると思う。
「おや、どうしたんだい」
「司令官、いえ、その、眠れなくて」
「悪夢から解放されて、昼間によく眠れたからだろうね」
工廠には司令官がいた。眠る前の最後の業務のようで、現在哨戒中の夜間任務部隊からの通信を待っているらしい。それを聞き届けて司令官は就寝。
「少し散歩してから眠ろうかと思います」
「それくらいなら咎める理由がないからね。好きにしなさい」
少し話すと夜間任務部隊からの通信を受け取る。旗艦は相変わらずの最上さん。
『提督、夜間部隊旗艦の最上だよ』
「聞こえているよ。そちらは大丈夫かい?」
『うん、問題無し。静かな海だね』
久しぶりに最上さんの声を聞く気がする。ここ最近のバタバタもあるが、やはり生活時間が真逆というのが大きい。交流が最も少ない人であるのはわかる。お昼でも活動出来るようになったとはいえ、基本は夜なので、朝食や夕食の時に少し話をする程度。
そういう意味でも夜間任務には参加してみたいというのはあった。今までとは違う環境に身を置いてみるのも楽しそうだと思ったからだ。勿論、訓練担当として練習巡洋艦の業務をしていくのも楽しい。
『っと、ちょっと待って。ポーラ、どうしたの?』
『な〜んか変な気配を感じますね〜』
随伴のポーラさんの声も聞こえた。ポーラさんが気配を感じるとなると、それは深海棲艦である。敵が近付いてきているのか、偶然その辺りに発生したかはわからないが、対処は必要だ。
『あ、増援欲しいですね〜。気配、6つです〜』
『6つって、そんなに多くないように思えるけど』
『これ、多分混ぜ物ですよ〜。水雷戦隊です』
混ぜ物の水雷戦隊。ということは、第二水雷戦隊であることを強調する軽巡岬姫が旗艦を務めている可能性が非常に高い。だが残り5つ、おそらく駆逐艦は何者なのか。少なくともわかっているのは駆逐陽姫。それ以外に混ぜ物がいたとしたらたまったものではない。
「了解した。こちらですぐに準備する。その6つの気配が全て混ぜ物だった場合、深海組の被害が深刻だ。先に薬を飲んでおいてもらわなくてはね」
こういう現場に立ち会うのは初めて。私も薬を飲みに私室に戻る。
『何々、どうしたの?』
『敵が近くに来ているそうだ』
『なら壊していいの?』
『敵が近くにいると艤装が動かなくなるんだ。私達は待機だ』
アサがヨルに説明中。少なくとも薬を飲んでおかなくては私も酷い目に遭う。私が部屋に戻るまでに、司令官が鎮守府全体に警報を鳴らした。これで萩風さん以外は目を覚ますはずだ。
部屋に戻り次第、すぐに薬を飲んだ。霞も警報で起きており、既に飲んだ後。私が部屋の外にいたことに疑問を持ったようだが、今はそれどころではない。
「瑞穂さん!」
「レキさんには投薬済みです」
「ありがとうございます!」
さすが瑞穂さん、頼れる従者。
工廠はさておき、私室はそこまで強度はないため、戦場に出られない深海組は避難。工廠も最近は戦場になることが多いので、基本は外。今回は私も避難することになる。
避難所となっている外には、既に数人が集まっていた。春風と初霜とはここで合流。レキも春風が連れてきていた。
「今回は混ぜ物の水雷戦隊らしいわ」
「は? それまずくない?」
「どれだけ混ぜ物がいるかはわからないけど……」
少しだけ混ぜ物の匂いが漂ってきた。援軍を呼びはしたものの、現在は準備中。その間に少しずつ押されてるようだ。
夜に混ぜ物が攻め込んでくることは初めて。当然だが戦い方も勝手が違う。夜戦のプロフェッショナルといえど、水雷戦隊相手となると押し込まれてしまう。
「やっぱり艤装は動かないわね……」
「吐き気が無くなるだけ良しとしましょう」
霞が確かめたところ、相変わらず艤装は動かせないようだ。それでも匂いで体調不良を起こすものはいなかった。佐久間さんの薬は日々進化している。事前に対策を取っても、この時間からなら一晩は保つらしい。
『おいヨル、どうした』
『なんかウズウズする。変な感じ』
思考の海の方ではヨルが何やら異変を感じているようだった。本来なら起こり得ないことのため、これは私も気になる。
「アサ、どうかした?」
『ヨルの様子がおかしい。艤装出せるか』
出したところで動かせないが、アサがそう言うので尻尾の方だけ展開。が、ここで予想外の事態が発生。
「え、なんで!?」
『私の方も出せ! ちょっと試すぞ!』
背部の自立型艤装も展開。以前までなら全く動くことは無かったが、
『何故だ!? 普通に動かせるぞ!?』
『なんかスッキリしたー。ご主人、これ何かおかしいの?』
自立型艤装も動かせた。パワーアシストも機能している。ヨルは無自覚だが、今までのことを考えたら、ヨルが私の中に入ったことでこの現象が起きているとしか思えない。原因は不明だが、深海組で私だけが行動可能になった。過負荷が回避出来ている。
艤装が動いているところを見て、避難してきている一同が騒然。念のためと艤装を展開した春風は、案の定うまく動かなかった。島風さんも連装砲ちゃんを出したが、目がバッテンになってこけてしまう。私だけが完全に例外。
「なんで姉さんだけ!?」
「わ、わからないけど……多分ヨルのおかげ……じゃないの?」
尻尾の頭部が擦り寄ってきたので撫でてあげた。
そうこうしている間に気配と匂いは少しずつ近付いてくる。対策班も出撃したようだが、一度押し込まれた戦場を押し返すのは難しそうである。
「深海組! 避難場所を変更する! 敵はそちら方面から来るから、鎮守府を挟んで逆側に行ってくれ!」
対策班の出撃を見送ったか、司令官が私達に指示をしに来た。艤装を出している私を見て目を見開く。
「朝潮君、何故艤装を!」
「あ、あの、何故か艤装が動くんです。私だけ」
ここでアサが強引に私から主導権を奪った。思考の海でヨルに出迎えられる。
「すまん提督、アサだ。気になることがあるから出撃させてほしい」
「……ヨル君のことかね」
「ああ。あいつが私達の身体に入ってからどうもおかしい。敵が来たことでこの身体のスペックが上がっているように思える」
アサの言う通り、私も何かおかしいと思えた。艤装が動くこともそうだが、妙にいろいろな部分の出力が高い。過負荷がスペックアップに繋がっているようにも思えた。『種子』が『発芽』している時と同じような状態。
だが私達は正気だ。価値観の変化は無く、敵味方の区別は出来ている。私達が出撃するのは、この鎮守府を守るためだ。
「それを調べるためにも出撃したい」
「……私としては勧められない。それでも行くのかね」
「ヨルはここに来たばかりだ。なるべく素性は知っておきたい。それが一番わかるのはこのタイミングだと思うんだ。頼む」
ヨルが入ったことで私の身体に何かが起きているのは間違いない。それが何であるかを調べるためには、混ぜ物との戦闘中でないといけない気がするのは私にも理解出来る。今まで何も無かったのに、混ぜ物が攻め込んできた時に限り調子が良くなるというのはどう考えてもおかしい。
「わかった。こちらから先行しているものに君の事情を話しておく。行ってきなさい」
「助かる」
強引に主導権を返された。やはり身体の調子がいい。いつも以上に戦える気がする。
「では、朝潮出撃します!」
「何かあったらすぐに戻るんだ! 他の皆は避難!」
深海艤装故にその場から出撃可能。そのまま海に飛び出し、一気に加速した。後ろから霞達の不安そうな視線を感じる。一度振り向き、小さく手を振る。艤装のアサは親指を立て、ヨルも頭部の口をパクパクさせている。
この戦闘でヨルのことがもう少しわかればいいのだが。
気配も匂いが強まる方へ向かうと、最上さん筆頭の仲間達の反応と、ポーラさんが言っていた敵水雷戦隊の反応が入る。向かっている方向は合っているようだ。
「近付くほどに調子が良くなる……何これ」
『わからん。ヨル、お前はどうだ』
『ウズウズしてたのは無いかなぁ。尻尾もいっぱい動くよ』
私達3人には何も影響がないというのが怖い。むしろ調子がいいほどだ。まるで関節に油を注してもらったかのように滑らか。今までの混ぜ物との戦いとは大違いだった。
『ご主人、アサ姉、今度は壊していいの?』
『ああ、私達が言った奴は壊していいからな』
『頑張る!』
ヨルはある意味初陣。今日加入で今日初陣というのはまた今までにない早さであるが、元より艤装であるというアドバンテージがあるため、戦闘はお手の物。そこまで不安はない。
どちらかといえば、私とアサへの影響が不安であった。何事もないことを祈るしかない。
しばらく進み、会敵。やはり敵部隊の中央には軽巡岬姫。それと相対するのは、初めて顔見せしたときにも対応した天龍さんと龍田さん。
「ゾロゾロ出てきたわね」
「悪いな。お前らだってオレらが攻め込んだら同じようにするだろ」
「そうね、まぁ、艦娘くらいなら何人出てきても構わないわ」
その近辺には駆逐陽姫の姿も見える。前回のような黒コートではなく、そのまま雪風さんの外見の戦艦レ級という様相。それには眠気に耐えて参戦した時津風さんがぶつかっていた。
「カスミちゃんの仇を取りに来ました。当然ですけど、皆殺しですから」
「やってみなよ雪風。出来るもんならさ」
私が気になったのはその他の4人。見るに堪えない状態だった。
『……最悪だな。あれは流石に予想していなかったぞ』
アサですら吐き捨てるように呟く。
駆逐艦であることはわかった。深海棲艦化されているのもすぐに理解出来た。だが、それが
深海忌雷が、
頭全体を覆い尽くし、意思のない片目だけがこちらをギョロリと睨みつけてくる。生きているのか死んでいるのかもわからない。ただただ、こちらに対して攻撃をしてくるだけの、艦娘という存在を完全に冒涜した、人形、傀儡、機械。
『アレ、壊していいの?』
『ああ、あれは壊してやれ。それが唯一の救済だろう』
私は言葉も無かった。いろいろと勘付いてしまった。敵の人形になってしまった駆逐艦達のうちの数人。風貌も、電探の反応も、似たようなものを知っている。あえて触れることはしないが、見知った顔がああなってしまっているという事実は、私の心を大きく揺るがす。
『朝潮、わかってるよな』
「わかってるわよ。防空霞姫のときに吹っ切れたわ」
それでも怒りに震える拳。その腕に尻尾が巻き付いてきた。ヨルが慰めてくれているようだった。尻尾の頭部は歯だけではなく舌もあるようで、犬のようにペロペロ舐めてくる。少し癒された。
『ご主人、ご主人、大丈夫?』
「大丈夫よ。心配させてごめんね」
『私が全部壊すから、ご主人は心配しないで!』
心強い言葉だ。あまり壊すことに快感を覚えてもらっても困るが、あれは混ぜ物以上に壊さなくてはいけない存在。万が一中和が出来たとしても、あれはその時点で死を迎えるような存在だ。ならば……一思いに。
一番近くにいる最上さんの下へ。夜戦ではあるものの、仮面はつけたまま。敵の数人が探照灯を使っているためだ。目潰しされては堪ったものではない。
「朝潮、提督から話は聞いてるよ。手伝って」
仮面のせいで目は見えないが、最上さんも雰囲気が少し違う。最初から見ずに戦闘していたわけではないようだ。敵の有様を知ってしまい、憤慨しているのがわかる。仮面のせいで、航巡であるにも関わらず、軽巡棲姫のような雰囲気が出てしまっている。
「ちょっと無理する。見えてるから」
「お手伝いします」
最上さんも当然予防接種済み。安心と信頼の佐久間印で、もう『種子』による洗脳は効かないと断言出来る状態に。多少の無理が利くようになったことで、ある程度は大胆な作戦が組める。
元々の夜間任務部隊は、最上さん旗艦でポーラさん、古鷹さん。そこに増援として天龍さん、龍田さん、時津風さん、吹雪さん、榛名さん、ガングートさんと来たため、私含めて計10人。対する敵は混ぜ物2人に頭に深海忌雷が寄生している駆逐艦4人。仮にあの駆逐艦4人は人形と称するとして、私達は人形の対処を優先する。
「矢矧はオレと龍田で押さえておく!」
「雪風はあたしとブッキーと榛名姉ちゃんでやるから!」
5人で人形4人を処理する。この中でも、混ぜ物を撃破しているガングートさんは一切の躊躇いがない。他はどうしても抵抗がある。
「嫌だな〜……見た目が悪いですよ見た目が〜」
「ポーラちゃん、お酒解禁」
「ホントですか〜? やる気が出ちゃいますね〜」
古鷹さんに言われてポーラさんがお酒を一口。そもそも懐に忍ばせていることか問題ではあるのだが、こういう時は飲んでもいいだろう。理性があっては攻撃を躊躇ってしまうかもしれない。
「山城は今回は休みか」
「扶桑姉様が避難している状態なので」
「そうか。ならば、我々が気張るしかないようだな」
私も少し抵抗はある。だが、これを乗り越えないと先へは進めない。謎は多いものの、せっかく艤装不調も乗り越えたのだ。ここで救うしかあるまい。私達の手で。
命を奪うことが救済だなんて、考えたくはなかった。
人形にされているのは、大体察せるかと思いますが一応。初霜、朝霜、浜風、磯風の4人です。