翌朝、まだ頭がしっかりしない状態で目を覚ます私、朝潮。夜戦により消耗したことで、総員起こしの時間が少し遅らされるほどである。夜の戦いは何度かあったが、敵の本隊に近い部隊があんな時間に攻め込んでくることは今まで無かった。精神的な疲弊も強い。
『おはよーご主人!』
「おはようヨル。アサは?」
『お前が起きれば私も起きる』
同居人が増えた私の頭の中は、いつも騒がしい。起き抜けにヨルの声は、目が覚めるには充分な声量。
「今日はヨルのことをもう少し調べてもらうからね。ほら、混ぜ物が来たときにウズウズするって言ったでしょう。それについてね」
『はーい』
『あとはアイツのことだな』
アイツとは勿論、余りある未練により転生した雪風さんのこと。
あの戦いの後、時津風さんだけは入渠。雪風さんも浄化された艦娘と同じように入渠することになった。一晩で治る見込みであり、それだけは安心する。
「霞、朝よ。起きて」
「ん……おはよう姉さん。まだ眠いわ……」
なんだかんだ昨日は遅かった。私もまだ眠い。霞は眠たそうではあったが、私のお風呂が終わるまでは待っててくれた。眠ったときには夜も深い時間だ。こうなるのも無理はない。
その日はまず朝から工廠。ヨルについて調査してもらうのと、時津風さん、そして雪風さんの入渠終了を見届けるため。後者はどちらかといえばついでに当たる。私が調査してもらう内に目を覚ますことだろう。
そしてそれが現実に。調査をしてもらうために工廠に赴いたときには、どちらの入渠も完了していた。雪風さんはまだドックで眠っているが、時津風さんは既に着替え終わった後。隣には萩風さんが補佐している。
「私が眠っている間にそんなことが……」
「萩風は気にしちゃダメだよ。そういうデメリットなんだから」
なんだか時津風さんの動きに違和感があったが、傷は無事完治しているようだ。
「お、朝潮、おはよー。昨日はありがとね」
「いえ、私にはあの程度しか出来ませんから」
「後からゲロ姉に報告しないとね。雪風は倒したって」
複雑な表情。やはり実の姉にトドメを刺すというのは気分のいいものではない。それがいくらおかしなことになっていようとも。
「雪風ももういいんだよね。明石さーん、オッケー」
「はいはい。でも、瑞穂さんの時と同じことが起こるかもしれないから気をつけてね」
「いざという時は私が拘束します」
アサとヨルの力を借りれば、駆逐艦1人を拘束するくらい簡単に出来る。暴れ出したらすぐに押さえ付けられるだけの準備はした。
「じゃあ開けるよ」
合図と共に入渠ドックの蓋が開く。どうなるか。目を覚ました雪風さんは、知っているものと面持ちが違っていた。こちらを睨みつけるような、見下しているような表情。身体を起こして第一声。
「
「……え!?」
意味がわからなかった。雪風さんであって雪風さんでない。勿論駆逐陽姫でもない。あまりにも違いすぎる。それに、即座に司令官の名前を出してきた。ということは、もしや。
「え、ゆ、雪風!?」
「僕は
つまり、諸悪の根源である6人の上層部の1人。私をこんな姿に変え、鎮守府を間接的に混乱に陥れている元凶。こうして話せるだなんて誰もが予想出来ない。混ぜ物には素材となった人間の記憶があるだけで、
と、ここで瑞穂さんが司令官を連れてきてくれた。同時にバスタオルも持ってきてくれている。今の雪風さんは入渠終わりで全裸。このまま話してもらうのは酷。
「瑞穂君に緊急事態と聞いてきたが」
「加藤少将。僕の知る限りをお話しします」
「雪風君!? いや、そ、そういうことか……素材となった人間の声だね」
察しの早い司令官は、極秘事項故に時津風さん達を退出させた。この事実を知っていいのは、私と瑞穂さんのみ。瑞穂さんにも、いつも通り見張り役をやってもらうことに。
「人払いは出来た。では話してもらえるかな」
「はい。時間が無いので急ぎ足で」
何をしでかしたかは、元帥閣下に捕らえられている残りの2名から事情聴取しているため、この場で聞く必要は無い。知る必要もないし、知りたくも無い。私達が知りたいのは、北端上陸姫が何を考えているかである。
当初は漣さんの証言から、目的のない愉快犯だと思っていた。その時の部下にすら真相を一切公表していなかった。それが徐々に紐解かれ、今では世界の破滅を望んでいるところまでは辿り着いている。混ぜ物はある程度真相を知っていそうであった。
「僕が命じられていたのは、朝潮さんを精神的に追い込むこと。そうすれば、
「北端上陸姫の細胞……?」
「朝潮さんに寄生している深海忌雷です。それは僕らに寄生していた量産型とはモノが違う、それしかない一品物です。それには
私に寄生している忌雷が他とは違うことはわかっていた。そもそも最初の1つだし、わざわざ私の意識だけを
そこまでした理由は何となく想像がついた。この身体は、忌雷に改造された時点で
今までの敵のやり方も辻褄が合う。深海艦娘化は無差別だったが、それを私がたまたま乗り越えたことで(扶桑姉様は乗り越えると確信を持って私を深海艦娘に変えたが)北端上陸姫の目に留まり、白吹雪さんの手で忌雷が寄生。それでも手駒に出来なかったために、外部からいろいろな手段で私の負の感情を増幅させて今に至るわけだ。私だけを殺さず追い込み、私が深く深く進化すれば目的達成。
よくよく考えれば、私の癇に障る物言いばかりだ。怒らせること、憎しみを持たせることに特化した攻撃であることには違いない。
「北端上陸姫の目的は、
「陣地を持ちながらも自由に行動できる陸上型……というわけか」
「北端上陸姫の細胞が組み込まれてしまっているため、最後の段階では、おそらく同じ思考になるでしょう」
手が震えてきたので押さえ付ける。私がアレと同じに……そう思うだけで吐き気がしそうだった。成れの果てを現実に見ている分、自分の先が明確に想像できてしまう。
最後の段階になってしまうと、私は仲間でも平気で切り捨てるような外道になるらしい。そんなこと、絶対にしたくない。
『大丈夫か』
『ご主人大丈夫?』
「平気……気分は悪くなったけど、耐えられる」
頭の中の2人に心配されるが、まだ大丈夫。ああならなければいい話だ。皆が協力してくれるから、私はこのまま生きていける。この話は私も聞かなくてはいけない。一番巻き込まれている被害者なのだから。
「動機は知っている。目的も理解した。朝潮君である理由もわかった。次は何を話してくれるのかね」
「あちらの戦力を。戦艦天姫さんと空母鳳姫さんは、提督の力を持っています。僕は上層部としても末端でしたが、空母鳳姫さんに使われた人は、提督からの叩き上げの人です」
まずい情報だった。元帥閣下の襲撃は手を抜いていたということだ。近距離遠距離関係無しの空母で且つ提督の力となると、こちらも作戦を考えなくてはいけない。
「天龍君から、軽巡岬姫は欧州水姫の艤装を使ったと聞いている。戦艦天姫と空母鳳姫の艤装は何かな」
「戦艦天姫さんは戦艦仏棲姫の、空母鳳姫さんは深海日棲姫の艤装を持っているのは見ています。他にも持っているかもしれません。この雪風さん、駆逐陽姫さんは、イロハ級全ての力を持っていたので」
どちらも聞いたことのない深海棲艦の名前だったが、司令官にはピンと来るものがあったようだ。
「……そうか、内通者のやったことがわかったぞ。報酬艦のデータを横流ししたのか」
「司令官、それはどういう……」
「大本営のみが建造出来る艦娘がいることは朝潮君も知っているだろう。ドロップ事例が極端に少ない、もしくは全く無い艦娘の建造方法を、あちらも握っているということだよ」
私の妹である峯雲も属する報酬艦。それの建造方法は大本営しか知らない極秘事項。それをあちらは知っている。
欧州水姫は
その全員が報酬艦。深海の建造ドックを使い、報酬艦を建造したとしたなら、それだけの艤装を用意することも可能だろう。
「まずいな……報酬艦は通常より高スペックな者も多い。艦娘として敵に回られても厄介だね」
攻略作戦にその辺りを考慮した方が良くなったようだ。
ここで雪風さん……の中の人間が少しフラつく。時間が無いと言っていたが、意識が消えそうなのかもしれない。
「もう時間がありません。雪風さんの意識が目覚めかけています。そうしたら僕は本当に消え去るでしょう。こんな形でも、少しは罪滅ぼしが出来たでしょうか」
「君のやったことは許されないことだ。滅ぼせる罪からは逸脱している。だが、情報は感謝するよ。もう眠りたまえ」
司令官は終始険しい表情だった。私達に見せる優しい顔を、雪風さんの中にいる人間には一切見せなかった。静かな怒りに満ちた、あまり見ていたくない顔。事が事なら、手を出していたかもしれない。
自分と同じ人間だからこそ、許せない部分があるのだろう。こんな司令官を見るのは初めてだった。アサが聖人君子と称した司令官が、今は相手の死に抵抗が無かった。
「この子を、雪風さんをよろしくお願いします」
「勿論だとも。心配は要らない」
「今までの罪悪感で、この子はきっと押し潰されてしまいます。きっと壊れてしまいます。それでも……」
ふっと意識を失うように倒れた。中の人間の意識が無くなったのだと思う。混ぜられた人間は、今度こそ本当に死んだのだろう。
それが全く悲しくなかったのは、私が薄情だからか、深海により感情が飲まれているのか、そもそも上層部に対する嫌悪感がそうさせたのか。
「……すまないね朝潮君。あまり見せたくない顔を見せてしまった」
「いえ、私も同じ気持ちだと思いますので」
死者の声を聞き、私と司令官は複雑な感情を持っていた。
雪風さんの罪悪感の一因が自分だというのに、こちらに託すことに抵抗を一切持っていなかった素振りが許せなかった。それに、艦娘の身体を使い、淡々と説明をして、罪滅ぼしが出来たかを問うてきたときは、少し苛ついてしまった。
はっきり言ってやりたかった。そんなことで私をこうした罪が終わると思うなと。上層部というのはあんな人間ばかりなのだろうか。
『本能の化身が言葉にしてやろうか』
「……」
『あれは死んで当然だ。性根が腐っている。利益のために人が殺せるようなヤツなのがよくわかった。こんな奴の記憶があるせいで苦しむ羽目になるユキカゼが可哀想だ』
私が言葉に出来ないような感情でも、アサは言葉にしてくれる。少しスッキリした。ただ、ヨルの教育には良くないと思う。
事が済んだので、瑞穂さんに合図を出し、時津風さんと萩風さんに中に入ってもらう。2人には雪風さんの中にいた人間がどんな人格であるかは伝えないことにした。こんな感情は私と司令官だけで充分だ。
「もう大丈夫なの?」
「ああ。素材にされた人間は消えた。最後に我々にいくつか情報を残してね」
「そっか。じゃあもうちゃんとした雪風?」
「……いや、むしろこれからが大変だ」
瑞穂さんの時とはわけが違う。瑞穂さんは水母棲姫の時の非道な行いを悔いて心を壊したが、この雪風さんには何重にも罪悪感を感じる出来事がある。
駆逐陽姫として私達を攻撃してきたことだけでなく、人間の時の記憶も残ってしまっている。特に人間の記憶は、こうなるキッカケとなった事件の記憶も含まれているのだ。出来ることなら、全て忘れて目を覚ましてほしい。
「んぅ……」
皆の前です雪風さんが目を覚ます。先程の人間が入った状態とは違い、私達の知っている表情。見た目通りの子供っぽさが雪風さんの良さ。
だがしかし、目が覚めたということは、感じなくてもいい罪悪感まで感じることになる。混ぜ物の駆逐陽姫として活動していた記憶もある。あの人間も言っていたが、雪風さんが耐えられるとは思えなかった。
「雪風、大丈夫?」
「雪風姉さん、気分は如何ですか?」
姉妹である時津風さんと萩風さんが駆け寄る。が、生前の死因となった時津風さんを見た瞬間、顔面蒼白に。いろいろな記憶がフラッシュバックしてしまった。
「あ……あっ、あぁあっ……」
今の雪風さんの許容範囲をゆうに超えた罪悪感。頭を押さえながら悶絶し、叫ぶ間も無く白眼を剥いて倒れてしまった。これは本当によろしくない。
「あ、朝潮、これどうすればいいの!?」
「落ち着いてもう一度入渠させてください。……死にはしません」
こうなってしまっては仕方がない。もう一度入渠してもらい、瑞穂さんと同じように防衛本能に任せるしかないだろう。
ただし、精神崩壊は免れず、再構成によりどうなるかはわからない。瑞穂さんのように、通常とはかけ離れたものになるか、元のまま不必要な記憶だけが飛ぶか、それは入渠が終わらない限りわからない。
「生きてくれてるならいいよ……どうせなら綺麗さっぱり忘れててほしいしさ」
「私も同じ意見。でも……全然違う雪風姉さんとかだと、少し辛いかもしれません」
こんなところでも迷惑をかけてくる。元帥閣下には申し訳ないが、少しだけ、人間が嫌いになりそうだった。
防空霞姫の艤装も防空棲姫(照月)と水母水姫(コマンダン・テスト)で報酬艦です。大本営ならではの強み。