混ぜ物から未練により艦娘へと転生した雪風さんの入渠が完了したが、一時的に混ぜ込まれた人間の意識が外に出ていた。その人間が短い時間で情報提供をしてくれたが、その話を聞いていた私、朝潮と司令官は複雑な感情を持つに至る。ほんの少し、人間が嫌いになりそうだった。
その後、改めて意識を取り戻した雪風さんだったが、押し付けられた罪悪感が許容範囲を超え、気を失ってしまう。このままではまずいと、瑞穂さんと同じように再入渠で精神の治療することに。
ただし精神崩壊は免れず、防衛本能によりどうなるかわからない状況。私達の知っている雪風さんでは無くなる可能性が高い。ここはもう、待つしかなかった。
入渠が終わるまで、時津風さんと萩風さんはドックの側で待つという。私にそれを止める権利はない。乗りかかった船と、私も一緒に待つことにした。ヨルの調査はその後でもいいだろう。
「朝潮、瑞穂さんの時ってどうだったの?」
「罪悪感に繋がる記憶は全て無くなりました。ただ、あまりにも深く刻まれた記憶は、都合のいいように改竄されます」
一応近くに瑞穂さんがいる状態なので詳しく話すことは憚られるが、今は水母棲姫の時の記憶は戻ってきているので、大まかになら話せる。
「そっか、瑞穂さんの場合は、朝潮さんに殺された記憶が強すぎるから」
「それが最善の記憶に改竄されたわけですね」
「雪風にトドメ刺したの、あたしなんだよなぁ」
雪風さんがどの記憶を一番深く刻んでいるかはわからない。どれも均等だったり、特別深く刻まれていないのなら、全てを綺麗さっぱり忘れもおかしくはない。むしろそちらが望まれる。新たなドロップ艦として迎え入れたい。
「どうします。時津風さんのことをご主人様扱いし始めたら」
「引っ叩いてでもやめさせる」
「私も見たくないかなぁ」
実の姉にその扱いをされるのは辛いだろう。そうならないことを祈らなければ。
小一時間ほどで再入渠は完了。これも瑞穂さんの時と同じ。身体自体は修復されているので早いものである。司令官は相変わらず少し外で待っていてもらっている。事が済めばすぐに呼ぶつもりだ。私は2人よりも少し後ろで待機。
ドックの蓋が開き、雪風さんが目を開く。その目を見て、皆が少し驚いたのは無理もない。光の無い、虚ろな目。目の前が見れていない目である。やはり心は壊れており、無理に修復されている。
「おはよう雪風」
「雪風姉さん、おはようございます」
焦点が合ってきても、目は虚ろなまま。一度壊れて修復された者は、皆こうなってしまうのかもしれない。雪風さんのような基本が眩しいほど明るい人がこうなっていると痛々しい。
「あ、時津風……萩風も……おはよぉございます」
「よかった……ちゃんと雪風だ」
「ちゃんと雪風って……雪風は雪風だよぉ」
ホニャッとした笑み。見た目通りの可愛らしい笑顔。私達の知っている雪風さんだ。元帥閣下直属の雪風さんと変わらない、だが少し落ち着いた雰囲気というか、溌剌とした元気が今は見えないというか。寝起きだからというのもあるのかもしれない。
死因である時津風さんを見ても何の変化も無いということは、単純に記憶が全て無くなっていると考えていいかもしれない。自分が元深海棲艦であるということまで忘れている、一番最初の瑞穂さんと同じ状態か。心の再構築でドロップ直後の雪風さんになったと考えても良さそうだ。半深海棲艦として生まれた頃まで巻き戻っていたら、こうも行かない。
「ここは何処です?」
「私達の鎮守府だよ。時津風姉さんと私が所属してるの」
「雪風、何処まで覚えてる?」
割と直球。それも豪速球。
「覚え……てる……? 時津風、何のこと?」
「えーっと……な、なんて言えばいいのかな、朝潮ヘルプー」
こちらに目配せしてくる時津風さん。萩風さんからも助けを求める視線。経験者故に私が有識者だと判断されている。どう聞けばいいものかと思いつつも、わかりやすく簡単に話をすることにした。
私の顔を見ても別段変化無し。むしろ私が深海棲艦であることに驚いていた。
「と、時津風、深海棲艦、深海棲艦がいる!」
「だいじょぶだいじょぶ。この鎮守府こういうとこだから」
「え、え? ええ?」
「あとから説明するし紹介もしますから」
妹2人で宥めていた。この反応も久しぶりである。久しぶりすぎて新鮮。私はこういう反応を待っていたのかもしれない。念のため練習巡洋艦の制服で来たが、やはり見慣れないものには恐ろしいものなのかもしれない。
「私は元艦娘の深海棲艦、朝潮です。初めまして雪風さん」
「は、初めまして、雪風です。って、元艦娘……!?」
「はい。私は元々艦娘でしたが、いろいろあってこの身体になってしまいました。これでも元々は駆逐艦だったんですよ」
「うわ、うわぁ……そんな事があるんですね……」
姉妹と違って私は無縁。さらにいえば、朝潮を知っていたとしても私の外見からそれを判断することは出来ないだろう。今の私を見て何かしらの反応するのなら、それは生前の記憶が残っていることに他ならない。今のように
「雪風さん、ここに来る前のことって、覚えていますか? 何故こうなっているか、わかりますか?」
「ここに来る前ですか。えっと……うーん……覚えてないし、わかりません」
「うっすらともですか?」
「はい。何にも思い浮かびません」
ならば、全ての記憶を失ったと見ていいだろう。生まれた時から半深海棲艦として壊れており、深海忌雷の寄生により何もかもが歪まされ、さらには必要のない人間の記憶まで持っていた。最期に至っては実の妹に殺されている。
そのどれもが心を壊す要因となっているのだから、全て消えていてもおかしくない。壊れた心を修復するに当たり、1つも残さない方がいいだろう。何もないことの方が安寧に繋がる。
こういうところでも、駆逐艦雪風の奇跡の力は効いているのかもしれない。不幸な人生、最悪の死を、最高の転生で覆す。ここにいる間は、ずっと幸せであってほしい。
「あ、でも夢を見ました」
「夢、ですか」
「お母さんがいた夢でした。艦娘なのに、おかしな話ですよね。雪風のこと、いっぱい褒めてくれるお母さんでした」
まさかそこが一番深く刻まれているとは思っていなかった。罪悪感よりも、苦痛よりも、母の愛情が一番強い。北端上陸姫が駆逐陽姫をどのように扱っていたのかは知らないが、少なくとも夢の中の母は、雪風さんにとっては最高の存在だったのかもしれない。
「朝潮さんは夢の中のお母さんに少し似ています」
ゾクリと肌が粟立つような感覚。深読みしすぎだとは思うが、私が北端上陸姫に似ていると言われたように思えてしまった。確かに私の中には北端上陸姫の細胞が埋め込まれているが、姿形は似ても似つかない。しかし、雪風さんも元深海棲艦。深海の気配を感じることは出来る。そこから私を夢の中の母親に似ていると言っているのだろうか。その夢の中の母親が北端上陸姫とは限らないのだが。
「ま、夢の話だったら別にいいよね。雪風、しれーにご挨拶しないとね」
「はっ、そうでした! しれぇにご挨拶です」
「近くにいるので、私が呼んできますね。その間に服を着ておいてください」
「あ、雪風裸でした。時津風、服ちょうだい」
時津風さんが話しかけると同時に、私の知っている雪風さんになったように思えた。やはりこちらの方がいい。目には光が灯っていないが、明るいなら明るいに越したことはない。
『何事も無くて良かったな』
「……そうね。ヨルもお友達にならなくちゃね」
『うん! みんなと友達になるよ』
素直に安心している。本当に記憶が全て消えているかどうかはゆっくりと調べる必要はあるだろうが、今はなるべく触れない方がいいだろう。少なくとも私からは何も言わない。アサとヨルにも口止めが必要かも。
司令官が顔を出した時には、雪風さんは服もちゃんと着ており、元帥閣下直属の雪風さんと同じ見た目になっていた。元深海棲艦でも今は艦娘。身体的な変化は無い。
「しれぇ、おっきい人です!」
「でしょでしょ。頭に登るのが楽しいんだー」
「時津風姉さん、少しは自重した方が……」
知っている調子になっていることで、司令官も先程とは打って変わって表情は明るい。
あの人間の意識が何処にも残っていないことが一番ホッとした。司令官ですら嫌うあの人間が雪風さんに入っていたというだけでも嫌悪感が凄かったが、綺麗さっぱり居なくなったようなので一安心。死を望んでしまったが、ここまで居なくなってほしいと思ったことも無い気がする。
「しれぇ、いいですか!」
「なんだい?」
「この鎮守府、深海棲艦がいます!」
思い切り指を指される。先程はちゃんと話を聞いてくれたが、やはり気になるのだろう。むしろ気にならない方がおかしい。そういう意味でも、雪風さんは正常な艦娘である。
夢の中のお母さんというのは、人間の姿を取っていたのだろうか。そういうところも気になるところ。
「ああ、ここには深海棲艦がいっぱいいるよ。だがね、皆仲良くしているんだ。嫌かい?」
「そんなことないです。最初見たときはビックリしましたけど、いいところだなって思いました!」
私と話したからか、深海棲艦と共存しているこの鎮守府にすぐに順応してくれた。ここはこういう場所である、ということを理解してもらえて嬉しい。
「君にはこの鎮守府に配属してもらおうと思っているんだが、いいかな」
「はい! 雪風、ここに居たいです! よろしくお願いします!」
元気よく笑顔で敬礼。もう駆逐陽姫だった頃の面影は何処にもない。深海の気配を感じることの出来る、何処にでもいる雪風さんとなった。死を経験しているものの、そのことを完全に忘れて、文字通り生まれ変わる事が出来たのだ。
「それなら良かった。あと、雪風君には少し特別な力があるんだ。他にも同じ力を持つ者がここには多くいるんだが、わかるかい?」
「わかりません!」
「元気でよろしい。君には、深海棲艦の気配を感じる力があるみたいなんだ」
元深海棲艦にこうやって教えているところを見るのは初めてだ。自分が元々深海棲艦だったことを自覚していないということ自体が極々稀。瑞穂さんはそこで私が説明したおかげで自覚はないもののそういうものと理解したが、雪風さんの場合はそれを説明するのが躊躇われる。だからこうして特殊な力を持っていると伝えたようだ。
「そうなんですか! あ、でもそうかもしれません。この鎮守府、不思議な感覚がいろんなところにあるみたいです」
「詳しいことは妹さん達から聞くといい。私が説明するより聞きやすいだろう」
「えー、しれー、あたし説明苦手ー。それにあたしらは深海の気配とかわかんないんだし、そういうのは朝潮得意でしょー」
何故そこで私に振る。
「あ、あの、雪風、朝潮さんに教えてほしいかなーって」
「別に構いませんが、何故私に……?」
「……さっきも言ったんですけど、夢の中のお母さんに似ていて。近くに居てもらえると、なんだか安心できるっていうか……その……」
初耳の司令官が首を傾げたため、簡単にだが説明する。駆逐陽姫がどういう存在だったかは報告済みのため、雪風さんがこうなっていることも理解できたのであろう。説明役は誰でもいいよと足した。
やはり記憶が無いにしろ駆逐陽姫の性質を少し引っ張っているのは確かだった。心の修復の際に、マザコン気質は少し残ってしまったようだ。こういうところは瑞穂さんと違う。本来なら艦娘にあり得ない感情を持ってしまったことは、それはそれで被害者と言えないことはない。
後ろで時津風さんがニヨニヨしているのが見えた。私の立場がまたおかしな方向に行くのを楽しんでいる顔。あとから文句を言っておこう。
「わかりました。午前中は私も検査がありますし、午後からは訓練担当の業務に戻るので、時間が空いた時にでも」
「ありがとうございます、
ああもうその方向で行くことが決まったのか。なんの躊躇いもなく私を母と呼んでしまった。気恥ずかしいのもあるが、駆逐陽姫の時のようにママと呼ばれるよりはマシかなと、妙に冷静に考えてしまう。
とはいえ、姉や妹、旦那などいろいろな扱いをされていた私だが、明確に母とされたことは少し驚いている。来るところまで来てしまったなと。
『やったな朝潮、ついに艦娘の子供が出来たぞ』
「いや、もう娘はクウとレキがいるし……」
『ご主人の子供? なら私と同じ?』
『難しいところだ。まぁヨルは私や朝潮に甘えればいいからな』
頭の中で好き勝手言ってくれるものである。アサとヨルも雪風さんに紹介しなくてはいけない。
こうして、元深海棲艦であり元混ぜ物である雪風さんが、この鎮守府に配属されることが決定した。また私の周りは騒がしくなりそうだった。
帝国民、最後の将。以前に島風も帝国民かもという感じにはなったのですが、匂いで懐いているだけだったので明確に帝国民というわけではありませんでした。でもこの雪風は朝潮を慕っています。初対面なのに。