元深海棲艦であり元混ぜ物駆逐陽姫だが、転生により全ての記憶を失った雪風さんが仲間となった。
が、前世の影響か、私、朝潮のことを母と呼ぶようになってしまっている。北端上陸姫のことを母として扱っていた極度のマザコンである駆逐陽姫の気質が、記憶が無くても刻み込まれてしまっていた。精神崩壊により修復された心でも、それだけは免れなかった。
「うちの姉貴を頼むよママ。あたしゃもう眠い。限界」
「雪風姉さんをよろしくね」
「すごく複雑な気分ですが。あと時津風さんにママと呼ばれると肌が粟立つのでやめてください」
私はこのままヨルの調査に向かうこととなる。それと一緒に雪風さんは艤装のテスト。転生してから何らかの不備が無いかを確認する必要がある。司令官含む他の3人は自分の持ち場へ。特に時津風さんは、デメリットの先延ばしが後を引きずっており、このまままた眠るそうだ。
雪風さんは私にベッタリになってしまっている。仲間ではなく
これが雪風さんの壊れ方なのだと思う。悪い記憶が無いだけ良しと出来るが、人前に出すのが躊躇われる。瑞穂さんもそうだが、艦娘同士の関係性ではない。
「朝潮、艤装の調査だったな」
「はい。あの戦闘で私だけがまともに動けた理由がわかれば嬉しいです」
深海艤装に関してはやはりセキさんに聞くのが一番だろう。既にこの鎮守府がどういうものかを聞いている雪風さんは、セキさんを見て驚きはしたがそれで済んだ。
今までのことから考えると、私だけが例外になった理由は間違いなくヨルが接続されたこと。さらにいえば、あの生成はしていないが稼働はしている『種子』の生成機能が何か反応しているとしか思えない。
「うわぁ、お母さんの艤装、凄いです!」
私の腰に展開された尻尾を見て目を輝かせる雪風さん。お母さん発言でセキさんが怪訝そうな顔をするが、今はそれより艤装の調査を優先してもらう。
念のため、両腕両脚の装甲艤装と、背部の自立型艤装も展開しているので、今の私は臨戦態勢のフルアーマー。艦娘からも深海棲艦からも逸脱した異形。元の私は何処にも残っていない。
「いろいろあってこうなってしまったんです」
「いろいろ、ですか。お母さんはいっぱい戦ってきたんですね」
「ここの中では比較的新しい方なんですけどね。ちょっと修羅場が多かったというか」
雪風さんと話しながらも事は進んでいく。セキさんの手により尻尾は少しずつ分解されていき、内部が暴かれていく。ヨルが丸裸にされているようで少し恥ずかしそう。
その間に雪風さんは睦月さんの手を借りて艤装を装備。以前にも見たことがある艤装で、何も変化はない様子。一部心に問題を抱えているものの、おおよそ
「ここには私ほどに無茶苦茶な人生を歩んでいる人は少ないですが、元々は艦娘なのに深海棲艦にされてしまった人や、深海棲艦だったけど今は艦娘をやっている人がいますから。仲良くしてくださいね」
「勿論です! 雪風、みんなと仲良くしたいですから!」
やはり良い子である。前世の残酷な性格は完全に消え去った。
「雪風ちゃんは
「はい、大丈夫です! ちゃんと動きます!」
元々全てのイロハ級を組み込まれていた身体だが、私を母と呼ぶこと以外は、本当に何もない。腫れ物を触るような扱いにならないのは本当に良かったと思う。
雪風さんは艤装の稼働テストとして、睦月さんと一緒に外へ出て行った。その間に、私の艤装の調査を終わらせる方向に。
何が出てくるかわからないため、今回は先んじて佐久間さんも現場に駆けつけていた。実験器具もある程度持ってきて準備万端。突如とんでもないものが現れても大丈夫という状態。出てこないに越したことはないが。
「ここだ。ここに『種子』の生成機能がある」
「あー、なんか箱みたいなヤツかな」
「そうだ。ここから艤装を伝って体内に送り込まれる」
内部構造の話は少しわからない。尻尾であり、その中でも根元に近い部分にシステムがあるそうで、私の後ろで分解されている。何をされているかも見えない。
話からわかるのは、艤装の中で『種子』が作られ、装備している者の体内に止め処なく流し込まれるということ。私が治療されているときは、ここから流し込まれる『種子』と中和剤がぶつかり合い、地獄のような苦しみに変化したようだ。
『なんか変なところ見られてる気分だよー』
『お前の本体をバラされてるわけだからな。今だけは我慢しろよ』
今は空っぽになっている生成機能。だが、これがあるおかげで私は過負荷を乗り越えられたとしか思えない。一番のキモが、私の背後で展開された。
「佐久間に来てもらってよかった」
「いやぁ、これはちょっとヤバイね。加藤少将も呼んだ方がいいよ」
雲行きが怪しくなってきた。司令官を呼ぶと言い出すほどなので、余程のものが出てきたようだ。戦闘中も、今も、私には何も影響が見えないが、生成機能で何かが起きている。
私の一大事だからか、既に瑞穂さんが司令官を呼びに行った後だった。佐久間さんの発言の直後、工廠に司令官がやってくる。気付けば瑞穂さんも私の隣に。相変わらず電探を凌駕してくる。ヨルは初めてこれを目の当たりにしたので、思考の海で大騒ぎ。
「瑞穂君に呼ばれたんだが、朝潮君の艤装に何かあったのかい?」
「例の生成機能なんですけどね、朝潮ちゃんが戦場に出たことがキッカケだと思うんですけど、こんなものが……」
背後に回った司令官が艤装の中を覗き込み、言葉を失った。本当にとんでもないことになっているのでは。勿体ぶられると不安になる。
「あの、何があったんですか」
「……朝潮君は何とも無いんだね?」
「はい、勿論」
「生成機能が『種子』を生成しているんだ」
今度は私が言葉を失う番だった。だが私は洗脳されているような状態ではない。無意識に変化していたとしても、周りが確実に何か言ってくれる。心配はしていないが、『種子』がそこにあるというだけでもキツイ。
さすがのアサも少し不安そうな声を上げた。ヨルは意味がわかっていないみたいだ。
「とりあえず全て回収しておきます。色が違いますし、私達の知る『種子』とは違うように思えます」
「呉々も気をつけて」
佐久間さんが艤装から取り出した『種子』は、黒ではなく白。数はそこまで多くはないが、1粒や2粒ではない。見た感じだけでも50粒はある。とはいえ、佐久間さんの部屋にある大瓶1つ分なんていう酷い量では無い。
「これもしかして……『種子』を生成する材料、混ぜ物の過負荷なんじゃないですか?」
「そうか、それなら辻褄があう。
過負荷を純粋な出力に転換する代わりに、この機能で『種子』を生成する。転換した結果の残りカスだったりするのかもしれない。それが装備している者に流れ込み、洗脳を強固なものにする。あの量は簡単には中和も出来ない。
そのシステムが中和と再構築により、私に一切害のないものに生まれ変わったのではないかと佐久間さんは話す。過負荷を出力に転換し、その結果『種子』を生成するという機能はそのままだが、生成されるものが私には無害なものとなった。本人と艤装が完全に繋がっている深海棲艦だからこその奇跡。
「とにかく、この白い『種子』はすぐに調査しておきます。本当に無害かどうかはちゃんと調べなくちゃ」
「ああ、頼んだよ。いざという時はまた違う対策を考えなくてはいけないからね」
この白い『種子』が何であれ、私達に害が無いのならそれでいい。
ここで艤装のテストをしていた雪風さんが戻ってくる。見た感じ、結果は上々。奇跡の駆逐艦としての面目躍如といった感じ。
「雪風、戻りました!」
「何も問題なかったぞよ。雪風ちゃん、睦月達の知ってる雪風ちゃんのスペックにゃしぃ」
やりきったと言わんばかりのいい笑顔な睦月さん。工廠組としてもう長く、深海艦娘としてスペックも高い睦月さんは、装備調整には持ってこいの相手。雪風さんも胸を借りたようである。
「これでお母さんと一緒に戦えますね!」
「え、お、お母さん!?」
そういえば、佐久間さんは雪風さんの壊れ方を知らなかった。むしろ初めての対面だ。艦娘からは確実に聞かないであろう言葉を聞き、さすがの佐久間さんも驚いている。
「お母さんはお母さんですよ? 雪風のお母さんになってくれる人です」
「お、おお……来るとこまで来たねぇ朝潮ちゃん」
「もう娘は2人いますし、1人増えても変わりませんよ」
もう落ち着いたものである。こんな状況にも慣れてしまった。
佐久間さんは早速白い『種子』を調査してくれた。黒い『種子』との比較をするだけですぐに終わると言うので、私は研究室で待たせてもらうことに。艤装テストが終わったので雪風さんも便乗。
そこにはいつものように助手をしている雪さんがおり、調査も瞬く間に終わらせていった。相変わらずのメイド服である。
「はぇー……すごいです。雪風よりちっちゃいのに、手際よくて」
「ずっとここでやってるからね。慣れちゃった」
今では何も言わなくても次にやることがわかっているかのようだった。佐久間さんとの息もピッタリ。
『ユキも大分馴染んだな。最初はどうなることかと思ったが』
『アサ姉、アサ姉、ユキってどんな子?』
『アイツにもいろいろあってな。あまり触れてやらないでほしい。敵が改心して仲間になった、とだけ言っておく』
空気を読むアサ。ヨルには出来ることならそういうことは知ってもらいたくない。雪風さんにもだ。新人にはなるべくそういうことは話さないようにする。
「ほい、調査完了」
「本当に早いですね」
「今までのデータと照らし合わせるのが多いからね。今までの研究が全部繋がってるわけよ」
軽く片付けて対面に座る。少し神妙な面持ち。あまり結果は芳しくなさそう。
「結論から言うね。この白い『種子』、とんでもないかもしれない」
「とんでもない、とは?」
「これ、
それは本当によろしくない。劇薬なのは変わりないわけだ。私以外に取り扱うことは出来ないし、今までのことから考えれば、ヨルが艤装で噛み付くだけでもアウト。
「その代わり、これ埋め込まれて朝潮ちゃん
「大問題じゃないですか……」
「朝潮ちゃん自身は艤装を装備してるから埋め込まれる必要は無いみたいだけど、他の子は絶対ダメ。念のため中和剤は作っておくけどさ。これ、似てるけど別物だから、今の予防接種も効かないと思う」
この状況が北端上陸姫の狙ったことであるかはわからないが、私はあちらの目的である『2人目の北端上陸姫』に近付いてしまっているのは確かだった。相手の意思に関係なく自分の部下に堕とすことが出来るだなんて、最低な能力じゃないか。これはヨルにも忠告しておかなくてはいけない。
『ヨル、敵以外は絶対噛み付くな。いいな?』
『うん、わかった。よくわからないけど、ご主人が困ってるのはわかったから、やらないようにする』
アサが先手を打ってくれたようだ。ヨルも物分かりが良くて助かる。今は白い『種子』は全て撤去済みのようだが、何かあってからでは遅い。
よくよく考えてみれば、私が戦場に出れば、敵に噛み付いて一時的にこちらに引き込むということも出来るようになるのか。それは有用かもしれないが、やはり抵抗がある。
「とはいえ、これのおかげで朝潮ちゃんは敵の攻撃を唯一受けない深海組ってことになったからね。気負わずプラスに考えよう。ヨルちゃんのおかげで戦場に出られるようになったわけだからさ」
「そういう意味では、ヨルは救世主ですね」
『なんか褒められた。わーい!』
そこは感謝している。皆に託すと宣言したものの、自分が一番の被害者故に、自分の手で決着をつけられるものなら、そちらを望む。
「お母さん、戦えなかったんですか?」
「そうなんです。敵が深海の艤装を使えないようにしてくるんですよ」
「わぁ、それは大変です! でも、今は戦えるんですよね」
「そうですね。でも基本は皆さんに託しますよ。私は本来戦場に出ちゃいけないんです」
決着はつけたいものの、最終段階への進化を促されることはわかっている。戦力外通告は当然だが撤回されない。私は基本、訓練担当として鎮守府に居残る方がいいだろう。辛いが、私は戦っちゃいけない。
「そうなんですか……じゃあ、雪風もお母さんのために戦いますね!」
「ありがとうございます。お願いしますね」
何も考えずに頭を撫でていた。私も既に子供をあやす方向性に心が傾いているように思える。私が撫でると気持ちよさそうに身体を揺らす。本当に私を母親だと思ってしまっているようだ。
「あの、朝潮ちゃん、お母さんって……」
「雪さん、雪風さんは、
「……ん、わかった」
まだ雪風さんは皆に公表されていない。駆逐陽姫が浄化、転生し、雪風さんとなってこの鎮守府にいるということは知っているだろうが、雪風さんが壊れてしまっていることを知っている人はまだ殆どいない。前例がいくつかあるので、こう言えば皆察する。
「じゃあ朝潮ちゃん、混ぜ物と戦うことがあったら、必ずセキちゃんに頼んで中から摘出してもらおうね。溜まり込んだら身体にも何か影響するかもしれないからさ」
「はい、肝に銘じておきます。その『種子』はどうするんですか?」
「中和剤だけ作って封印しておくよ。ここからまた増えそうだし」
私の後ろに控える瑞穂さんがソワソワしているのがわかった。いつもは考えもあまり読めないような人だが、今回ばかりは手に取るようにわかった。先に釘を刺しておこう。
「瑞穂さん、私の『種子』を埋め込まれたいなんて思わないでくださいね」
「えっ、あ、は、はい……」
図星のようだった。いくら従者として動いてくれているとしても、これだけはダメだ。ご褒美としても、罰としても、あれは誰にも触らせない。
強制帝国民化アイテム、白い『種子』。