龍驤さんに艦載機を貸し出すことになった私、朝潮。戦場には出ないために私の思いを託し、その扱い方を教えることとなった。
半日かかったが、龍驤さんはある程度のコントロールを可能とした。深海艦娘とほぼ同等の操作をし、ある意味近距離から中距離の射程を賄うことに成功。龍驤さんの戦術の幅が拡がった。
「まずはこの程度やな」
「そうですね。深海艦娘ほどに動かせるようになっていますよ」
「ここからもっと使いこなせるようにせな。全然足りへんわ」
上昇志向はとてもいいことだ。私の貸した2つだけでも、いつか深海艦娘全員をあしらうくらいにまで使いこなせそうに思えてしまう。
「ほな、こっからはうちでやってくわ。ありがとうな朝潮」
「いえいえ、これも訓練担当のお仕事ですから」
準備万端とは言えないが、これでまた対抗手段は増えている。勝ち目がゼロから僅かに上がったといえよう。
それでも負けるつもりなど何処にもない。私達は勝ち戦をしに行くのだ。落ち込んでいては、勝てるものも勝てなくなる。気持ちはいつも前向きに。
「ほんでもあと3日くらいは欲しいわ。今ようやっと使えるようになっただけやし」
「何かあればまたお手伝いしますよ」
「頼むわ」
時間もちょうどいいので、訓練はここで終了。ずっと工廠にいたため、そのまま食堂に向かおうとするが、ここで私の気配を感じる範囲の隅に、混ぜ物の気配がよぎった。
「えっ……混ぜ物の気配……!?」
「なんやて!? なんつータイミングで!」
「すぐに司令官に知らせます! 瑞穂さん!」
既に私の側から離れていた瑞穂さん。司令官にこのことを伝えに向かってくれただろう。相変わらず動きが早くて頼りになる。
気配はこちらに近付いて来ようとしている。気配の数からして、混ぜ物は2人。サイズ的に戦艦天姫は無い。ということは、残りの2人。
「龍驤さん、空母鳳姫が来ます」
龍驤さんの表情が明らかに変わった。対策が万全になったと言えないこの状況で、宿敵が来てしまった。ほんの少しだけ手が震えたのも見えた。緊張しないわけがない。かつての戦友との殺し合いなのだから。
思い切り自分の頬を引っ叩いた。気合いを入れるため、気を引き締めるため、迷いを振り切るため。
「うし、行けるで。響が来たらすぐに出る。ほんでも皆が準備するまでに大分近付かれてまうな」
「……私が時間を稼ぎます。吐き気も来ないようなので、今すぐ出撃出来るのは私だけです」
「わかった。すぐに追うで、持ち堪えてくれや」
司令官には事後承諾という形になってしまうが、また工廠内で戦闘をされるのはやめてもらいたい。今すぐ出られるのが私だけなのだから、今は私が限界まで足止めをする。せめて鎮守府からある程度離れた位置なら、戦いやすいはずだ。
『ご主人、ウズウズするー』
「生成が始まったのね。すぐに出すわ」
艤装を全て展開して、1人海へ。背負うものが大きい。いいじゃないか。やる気が出るというものだ。
鎮守府から少し離れた位置で会敵。数は12。混ぜ物と姫、そして……人形の空母機動艦隊。好き放題に建造し、それに深海忌雷を寄生させた即戦力は、夜ならばあまり見えなかったからいいものの、今回のような真昼間に来られると、その残酷な現状がこれでもかというほど見せつけられて辛い。
「アサだけなのね。嘗められてるのかしら」
「時間稼ぎでしょう。艦娘は準備に時間がかかりますから。理屈はわかりませんが、アサさんは我々の過負荷を克服したようで」
「おかげさまで、貴女達のお仲間の置き土産のおかげで、私は過負荷を乗り越えました」
冷ややかな目でこちらを見てくる空母鳳姫と軽巡岬姫。後ろには空母棲姫3体と戦艦水鬼2体に、人形の駆逐艦が5人。報酬艦も含まれているのかもしれない。
12人相手にたった1人で相対するのは流石に緊張する。いや、1人じゃない。アサもヨルもいる。
『お前もまた無茶したな。これを1人で足止めって』
『ご主人、ちゃんと私も守るからね!』
思考の海の2人はやる気満々だ。当然、私も。たった数分でいい、この連合艦隊をこの場に食い止める。無傷とは行かないだろう。だが死ななければいい。
「先には行かせませんよ。仲間達がここに辿り着くまで、私が時間を稼ぎます」
前回戦った時、空母鳳姫は私を殺しても問題ないような発言をしている。そのため、自分の立場を使った時間稼ぎは出来ないと考えていい。本当に実力での時間稼ぎだ。
「そうですか。では貴女を殺してしまいましょう。以前にも言いましたよね。姫様の寵愛を受けている貴女は邪魔です」
空母鳳姫の攻撃方法も、軽巡岬姫の攻撃方法も、戦いの中である程度確認している。姫の艤装を出さない状態であれば、予知により回避可能なはず。
ただし、空母鳳姫は提督の力を持っている。提督の力を使われると、私の予知なんて関係なしになる。それは司令官にやられて理解していることだ。
だから私は、予知だけではなく、今までの戦闘経験からの
「邪魔なのはこちらのセリフです。撤退してくれるとありがたいですが」
「数的優位もあるのに何故そんな選択肢が出てくるのか」
「まぁそうですよね。でしたら」
尻尾を振り、水上機発艦。たったこれだけで足止めできるだなんて最初から考えていない。少しずつ後ろに下がる羽目になるだろう。それでも、本来の速度よりは遅くなる。耐えながらゆっくり、ゆっくりと後ろへ下り、援軍を待つ。
「空母隊、全機発艦。敵鎮守府への攻撃を始めなさい」
「鎮守府狙いですか。相変わらず陰険ですね」
「何とでも言えばいいでしょう。足止めすらさせませんよ」
対空砲火をやりたいが、私には軽巡岬姫率いる水雷戦隊が突撃してくるため余裕がない。鎮守府防衛は鎮守府組に任せる。
私に突撃してくる駆逐艦の人形5体は見ていて辛いが、容赦無く行くしかあるまい。もう助からないのだから、死により楽にしてあげる必要がある。
「オオトリさんの手は煩わせないわ。第二水雷戦隊、突貫」
随伴艦が全て人形だとしても、数の暴力に対しては回避と防御を優先せざるを得ない。5体相手は予知をフル回転しても回避経路をギリギリ見つけられる程度。
砲撃は私とアサで弾くことが出来る。問題は軽巡岬姫だ。未だ姫の艤装は出していないが、以前の戦いで砲撃、雷撃、白兵戦までこなすことはわかっている。先程発艦した水上機で牽制しつつ、やれるものは確実にやる。
「足止めはどうしたの?」
「出来ているじゃないですか。足、進んでいませんよ」
人形の砲撃と軽巡岬姫の雷撃を避けながら、人形1人の至近距離へ。空母鳳姫の重部隊は私には目もくれていない。嘗めてくれてありがたかった。戦いやすい。
「ヨル!」
『はーい! 吹っ飛べー!』
尻尾による強烈な薙ぎ払いにより、人形が1人吹き飛んだ。だが、腕を1本持っていけたくらいで、普通に立ち上がってくる。おそらく痛覚も遮断されており、死んでいなければ何事もなく攻撃を再開してくるはずだ。攻撃方法が制限されている私では、頭を潰すか噛み付きによりすり潰すかくらいでなければ倒すことが出来ないか。
『うぇ、硬いー!』
ヨルの悔しそうな声。割と強く当たったはずだが、立ち上がられたらこうもなる。壊したはずなのに壊れていない判定は気に入らないだろう。
「私の部下の艤装を使わないでもらえるかしら」
「私に勝手に接続しておいてその言い草は何なんですか」
一撃で倒さないとなると、予知による回避で手一杯になってしまうが、ここでついに援軍到着。
「朝潮、来たで!」
「先生大丈夫かい」
龍驤さんが乗った大発動艇が突っ込んでくる。響さんも意外と乱暴な運転をするが、的確にいてほしいところに来てくれた。いの一番は私の後継者。場所が確実にわかるものを連れてきてくれたみたいだ。
「……龍驤、来ましたね」
「おう、来たったぞ鳳翔。響は朝潮の援護や。うちらの回避と
「問題ない。そのための訓練だよ」
響さんは私の隣へ。大発動艇はもう1つの部隊へ。
「あの敵は……気分が悪いね」
「もう助けられません。死しか救出の方法がありません」
「そうかい……了解。ヴェールヌイ、敵水雷戦隊を殲滅する」
ここからは私の予知と響さんの行動予測の二段構え。早々攻撃は当たらない。人形に関してはどうとでも出来る。だが、なかなか致命傷を与えられず、合間合間の軽巡岬姫の横槍が戦闘を長引かせる。
龍驤さんも空母鳳姫の足止めをしているが、あちらは完全に嘗められているようで、戦艦水鬼がでしゃばってきたことで制空権を取ることは能わず、戦艦2体に対して龍驤さん1人という苦戦を強いられている。
「もう援軍来たのね。足止めは間に合わなかったか」
「足止め? ……まさか」
「他の部隊も鎮守府方面に向かわせているわ。大分大回りさせたから、貴女の電探にも引っかかっていないでしょう」
今回の部隊は本格的に鎮守府を狙ってきている。本格的にこの鎮守府が邪魔だと判断したのか。まさかそちらの方に戦艦天姫が含まれていたらどうしよう。不安が大きくなる。
「悪い、遅れた」
追加で来たのは天龍さんと龍田さん。軽巡岬姫との因縁のため、早期にこちらに来てくれた。これで響さんは龍驤さんの方に専念出来る。
「鎮守府防衛も必要になりやがった。まだ多少はこっちに来るが、人数が割けねぇ」
相当量の艦載機があちらに飛んでいるため、蒼龍さんと雲龍さんはあちらの防衛に全力を尽くしていることだろう。空母鳳姫1人に対して龍驤さん1人というのも厳しい戦いだ。
「朝潮、響、お前らは龍驤さんの援護だ。こっちはオレらに任せろ」
「了解です」
「任せたよ」
私と響さんは敵水雷戦隊から離れ、敵空母隊の迎撃へ。
「龍驤さん!」
「すまん、戦艦2体は流石にしんどい!」
戦艦水鬼2体に対してキッチリ均衡を保ち続けている辺りが恐ろしいが、今龍驤さんが無駄弾を使うわけにはいかないだろう。だが、私と響さんが加わったところで戦艦水鬼2体の守りを突破しつつ空母鳳姫含む4体の空母を処理するのはかなり厳しい。
『朝潮、手段ならある』
「何があるの?」
『戦艦水鬼の片方、
こちらは援軍を待つ間も常に消耗し続ける。決め手はどうしても龍驤さんになるだろう。その消耗を抑えるために出てきた手段が、白い『種子』による
まだあちらには白い『種子』の存在は気付かれていない。気付かれたら対策されるであろう諸刃の剣ではあるが、やらないよりはやった方がマシか。
「……仕方ないわね。手の内を明かすのはやめた方がいいと思うけど」
『言ってる場合じゃ無いよな』
「ええ」
空母隊は鳳姫含めて相変わらず鎮守府への攻撃を優先しているため、こちらを見ていない。やるなら今か。
「龍驤さん、響さん、援護してください」
「何する気や」
「信じてくれれば」
あまり細かいことは話せない。話すにしても今では無い。
「ええやろ。どうすりゃいい」
「近付けられればいいです。翻弄してくれれば、予知を使って最善の道を拾います」
「了解。援軍がもうそろそろ追加で来るのは先生もわかっているだろう。その前にそれを終わらせよう」
電探の反応から、援軍が来ることがわかる。次に来るのは対策班に含まれている高雄さんと白露さん。白露さんが低速故に少しだけ時間がかかっているが、来てくれればさらに有利になる。それまでに、作戦を実行する。
「いいですね。それでは、朝潮、突撃します!」
「ヴェールヌイ、朝潮を援護する」
戦艦主砲による攻撃を避け、自立型艤装による攻撃も掻い潜り、片方の至近距離へ。頭部大型艤装は使われず、副砲は響さんが処理してくれている。龍驤さんも私の突撃を援護してくれた。これで作戦を実行出来る。
「行って、ヨル!」
『噛み付くよー!』
振りかぶってきた拳も、予知により最善な回避場所に移動し、本体の胴体に尻尾をぶつけがてら、胴体に噛み付く。完璧な流れ。
噛み付いた時点で私達の白い『種子』が流れ込む。さすがにこれの対策はまだされていない。深海棲艦だというのに、『種子』の『発芽』が始まり、恍惚とした表情になっていく。あちらにも黒い『種子』は埋め込まれているはずだが、それを上書き出来ているようだ。後乗せの方が強いのかもしれない。
『うまく行きそうだな。これで処理出来る』
『もういいかな』
『ああ、充分だ』
尻尾を放す。ビクンと震えたあと、白い『種子』による洗脳で私の部下へと変わり果てる。本来なら忌避している力ではあるものの、今は状況が状況だ。四の五の言っていられない。
「もう片方の戦艦水鬼をやりなさい」
コクンと頷いた後、同士討ちを始めた。これで戦艦水鬼2体の処理が終わる。洗脳した方が生き残れば空母隊の殲滅にも力を借りれるし、やられたならやられたで敵が減るため問題なし。
残酷な力。自分の行いに嫌悪感を感じる。北端上陸姫とやっていることは同じじゃないか。
「あ、朝潮、何してん」
「ヨルの力です。やりたくなかったんですが、片方は確実に処理できるので解禁しました。目には目を、です」
「無茶苦茶やん……せやけど、助かったわ。後は空母のみやで!」
戦艦水鬼2体が同士討ちを始めたことで、空母鳳姫がこちらの脅威に気付いたようだった。私達が何度も何度も受けてきた陰湿な作戦を、目の前でやり返してやった。完全な意趣返し。
「……アサさん、貴女」
「貴女方が私の心を壊すためにさんざんやってきた手段です。何か、文句がありますか?」
「ありませんよ。ですが、楽しくなってきました」
ニコリと笑顔を向けてきた。私を見る目が変わったようだ。敵じゃなければ、母のような優しい顔なのだが。
「邪魔というのは撤回しましょう。貴女はやはり、
鎮守府への空爆を止め、こちらを見てくれた。これで戦いは次の段階へ移行する。