私が洗脳してしまった戦艦水鬼が目を覚まし、その報いを受けたことで気を失ってしまった私、朝潮。その時の夢、思考の海で、アサの涙ながらの訴えにより、自分の考えを見直すことが出来た。何もかも独りで背負う悪い癖を指摘され、考えを改めることとなる。
目を覚ますとお風呂に入れられていた。入ってそれなりに時間が経っているのか、3発殴られた顔も痛みは無かった。眠りながらの入浴というなかなか怖いことをやらされていたが、うまく支えられていたようだ。うっかり溺死なんてことは無い。
「あら、目が覚めたのね」
私を支えてくれていたのは、なんとあの戦艦水鬼だった。
「悪かったわね。まさかあの程度で気を失うとは思わなかったわ。当たりどころが悪かったかしら」
「……顎に綺麗に入りましたから」
「貴女に関してはこれでチャラにしてあげる。というか艦娘側の人格なのね」
元はと言えば私達のせいなのだから、こちらから文句を言うことはない。殴られていたアサだってそれは理解している。この程度でチャラにしてくれるとは、この戦艦水鬼、思った以上に優しい人かもしれない。
「私を洗脳したことは許せなかったけど、そのおかげで命拾いしたことも事実。そういう意味では感謝してる」
「……ありがとうございます。重ねて謝罪します。貴女の心を壊す真似をして、申し訳ございません」
「深海側の人格もそうだけど、揃いも揃って律儀な性格ね。疲れるでしょ」
何も言い返せず閉口するしか無かった。
「でも、貴女くらい誠実な子は好きよ」
殴られる前の時のように、頭を撫でられた。やはり温かく、慈しみを感じる。撫でられていると心地いい。私も見習いたいところだ。
「そもそもこんな事態になったのは、あの忌々しい姫のせいだもの。貴女は悪意はあれど成り行きだったのよね。だからアレだけでチャラにしておいてあげるわ」
撫でた後にポンポン頭を叩いてくる。痛みはない。
お母さんというのはこういうものなのかもしれない。無理矢理お母様なんて呼ばせるようなものよりもずっと気分がいい。
「それに、貴女のことは少し聞いたわ。私を利用しようとしたことを激しく後悔してるってね。ならまだ取り返しがつくわ。私を高い授業料だったと思って、次に活かしなさい」
死んでないのなら安いものだとクスクス笑いながら話すその姿は、誰よりも大人に見えた。深海棲艦は独自の価値観を持つとは思っていたが、この人は特に大物な気がする。
北端上陸姫に対しては根深い因縁を持っているようだが、私に対してはもう恨みも因縁も無いようだった。チャラにすると言って本当にわだかまりまで払拭するなんて、私には出来ない。
「……ありがとう……ございます。すみません……」
「私がもういいって言ってるんだから甘えておきなさい。次謝ったらその分殴るわ」
「……それは困りますね。アサとヨルも貴女に謝りたいと言っているんですが」
「ちょっと待って。片方は深海側の人格なのはわかるわ。もう1人は誰よ」
「艤装の意思ですけど……」
「貴女、本当に身体どうなってるのよ」
最後まで笑顔を見せることは出来なかったが、少しだけ気が楽になった。罪悪感も自己嫌悪もそのままだが、誰かと顔を合わせることに拒否感が出なくなっていた。
戦艦水鬼には3人がかりで謝罪をさせてもらい、むしろ呆れられたくらいだった。ヨルのごめんなさいは少しズルイと言われてしまったが。
もう夕食も終わり眠るだけの時間になっているため、お風呂上がりはそのまま眠る準備。戦艦水鬼はこの鎮守府がどういう状況かがまだわかっていないので、ひとまずは司令官の下に向かった。行くあてもない為、少しの間はここに世話になろうかとも言っていた。
私は自分の部屋へ。だが少し脚が重い。私の部屋の中には、既にいつもよりも多めの反応が控えている。霞と雪風さんは昨晩のこともあるのでわかるが、大潮や春風、初霜まで。1つの部屋にそんなに入っていたら狭いだろうに。
『誰が説明するよ』
『お話ならご主人だよ。私、そういうの苦手』
『私もだ。殴る蹴るなら得意なんだが』
物騒なアサと子供なヨルには荷が重いだろう。こういう場は問答無用で私が表。だが、辛くなったら頼らせてもらう。一蓮托生なのだから。
私が部屋に近付いたことは気配と匂いですぐにバレる。部屋の中でバタバタし始めたのがわかる。扉の前に雪風さんがスタンバイ。飛びつかれる。
「……ただい」
「お母さん! 大丈夫ですか!」
言い終わる前に雪風さんからのタックル。受け止めることは出来るが、急は危ないからやめた方がいい。私だから前もって準備出来るが、怪我をしたらどうする。
「雪風さん、危ないから飛びつくのはやめましょうね。あと、大丈夫です。いろいろありましたが」
「姉さん、部屋に入って着席」
瑞穂さんは相変わらず部屋の外で待機。今は中が満員のため申し訳ないがそれがベストな気がする。
ベッドに座ることになるが、雪風さんは抱きついたままの状態。大潮が念のため私の隣に座り、毎度おなじみ問題児3人が真正面に仁王立ち。午後に面会謝絶をしたことが相当お冠な様子。
「話してもらいましょうか。あの戦闘で何があったのか」
「元々話すつもりだったわ。痛みは分かち合うものだもの」
ここから包み隠さずに説明していった。私がやったことは北端上陸姫と同じ、他人の尊厳を踏み躙る行為であるということを、淡々と。その相手である戦艦水鬼とは和解できたものの、私の罪悪感と自己嫌悪は、洗脳された時よりも遥かに膨れ上がっているということも話しておいた。
話している間に手が震えたが、隣の大潮が握ってくれたため落ち着けた。雪風さんには少し難しい話だったか、私の温もりに安心したか、抱きついたまま眠ってしまった。正直、この話は聞かれない方がいい。
「わかったかしら……」
「……そう」
やはりあまりいい顔をしない。今回の件は今までで一番のやらかし。敵を敵として認識している理由を、私がやってしまっては意味がない。嫌悪する行為を自分でやってどうする。
「幻滅したでしょう……」
「正直驚いてるわ。姉さんがそういうことやったってことに」
私だって聖人君子ではない。この行為はそれと真逆の所業。いくら好いてくれているこの3人でも、私がこんなことをやらかしたと知れば、私から離れるだろう。一度敵対心、嫌悪感に倒れれば、私の深海の匂いはそちら側を増幅していく。下手したら殺意にまで発展してしまう。いっそそうなればいいと思っている。わかりやすく罪が償える。
被害者である戦艦水鬼はチャラにしてくれたが、私が許されたわけではない。殴られたことで少しは償えたかも知れないが、私の罪は永劫消えることはない。
「御姉様、わたくしは御姉様のお気持ち、わかるかもしれません」
「春風……?」
「わたくしもここに来た当時……やらかしてますから」
今でこそ完全に制御出来ている深海の力だが、来た当初はそれに飲まれ、戦いを楽しみ、死体すら笑顔で撃とうとしたほどの春風。死体蹴りも、相手の尊厳を踏み躙る行為に近いか。
そういえば、と私も思い出した。午前中の戦闘でやらかし、自己嫌悪で部屋に引きこもり、夜にキッカケがあり吹っ切れることが出来た。確かに少しだけ私と境遇が似ているかもしれない。
「今の御姉様は、当時のわたくしによく似ておられます。ならば……ならば、今後は二度とそうならないと、心に強く持てばいいのです。わたくしはそうでした。何度かブレたと思いますが、御姉様や皆様のおかげで、今を生きることが出来ております」
一度は死すら考えた春風の言葉は、私の心にはよく響いた。それで罪悪感が消えるわけではないが、許されるわけではないが、それでも
「私としては、素直に話してくれたことが嬉しいですよ。朝潮さん、今までだったら100%溜め込んでますからね」
「私も同じ意見。話すことを躊躇わなかったのは良かったわ。成長したんじゃないの?」
霞と初霜は、私がやらかしたということをさして気にしていないようだった。私のやったことは、敵に強制された裏切り行為とはわけが違う。それでも、私を受け入れてくれる。
「どうせ素直に話して嫌われたかったとかそういう考えだったんでしょ。姉さんさ、私らのこと嘗めすぎ」
「旦那様の行為が悪だというのなら、私がその反省を見届けますよ。嫌いなどしません」
「むしろ私らが支えてやんないと、姉さん折れて暴走しかねないわね」
こんな私にも笑顔を向けてくれる。
「だから、抱え込まずにすぐに言ってください。嫁の初霜が相談相手になりますから」
「御姉様、妹分の春風も支えさせていただきますから」
「アンタらねぇ……実の妹差し置いて抜け駆けするつもり?」
いつもの言い合いに。何も変わらない光景。ほんの半日ほどだが、忘れかけていた笑顔が戻ってくるようだった。同時に涙がボロボロ零れ落ちた。許されない罪を犯した私でも、こんな幸せを享受していいんだ。
「お姉さん、大潮もいますからね」
「瑞穂も朝潮様を支えます故、どうぞ好きにお使いくださいませ」
「……ありがとう……私を……支えてちょうだい……」
皆に支えられて反省していこう。二度とこんなことが起こらないように、もっと、もっと強くなろう。戦う力ではなく、心の力を強く、強く。私の身体のためにも、一蓮托生の2人のためにも。
翌朝、皆に嫌われる覚悟で、私が侵した罪を公表した。そうしないと戦艦水鬼がここにいる理由が説明できないというのもあったが、私がどうしても皆に知ってもらいたかった。
なんと、二つ返事で私は許された。司令官に至っては、一度叱っているからもう大丈夫と保証までしてくれた。あまりにも簡単な結末に、私は唖然としてしまった。
「朝潮は真面目過ぎんねん。隠しときゃええものを」
「ケジメですから」
「被害者がチャラにしてくれる言うとんのやから、無かったことにしとき。もう遅いけどな」
龍驤さんに言われる。無かったことに出来ないくらいに罪悪感があるから今のようになっているのだが。
「この鎮守府にやらかした朝潮を嫌うような奴はおらへんよ。大概みんな何かしらやらかしとるわ」
「でも……私がやったことは北端上陸姫と同じことですから……」
「それはそうかもしれへんけどな、ちゃんと反省しとんのやろ? 反省しとるんやったら問題あらへん。司令官にも叱られたんや。それで反省せん奴はおらへんよ。何よりも堪えるでな」
確かに、司令官に叱られた時はこの世の終わりかと思えるほどだった。二度とこんなことにならないように誓えるほどに苦痛だった。そして、感謝の気持ちが大きかった。
「でも自分のこと嫌いになってしもうたなら、誰かに相談しや。話聞いてもらえるだけでも大分変わるで」
「はい。昨日妹達と話を。恥ずかしながらボロボロ泣いてしまって」
「ええやん。弱み見せられる相手は貴重やで」
ケラケラ笑う龍驤さん。そんな龍驤さんには弱みが見せられる相手はいるんだろうか。さすがに聞けないが。
「せや、あの戦艦水鬼、どうなるんやろな」
「行くあてが無いので、少しここにいるみたいですよ」
その戦艦水鬼だが、初めての人間の朝食をおっかなびっくり食べていた。一口食べては驚き、また一口食べては顔を綻ばせる。何なんだろうあの人、大人だけどやたら可愛い。レキやシンさんが既に懐いている辺り、やっぱりあの人はいい人である。
私の会話に気付いたらしく、片付けがてらこちらにやってきた。
「昨日あの後、テイトクと話をしたわ。敵が共通のようだし、私も手伝ってあげる」
「ホンマにか。でも深海の艤装は過負荷で動かんくなるんと違うか」
「サクマって子がどうにかするシステムを研究してるらしいじゃない。それが出来上がったら真っ先に私に使ってもらうわ」
因縁があるだけあり、戦艦水鬼はやる気満々。私の同じように、北端上陸姫を自分の手で屠りたいと考えている。
「あの、戦艦水鬼」
「ああ、ここではイクサと呼んでちょうだい。ガングートに付けてもらったわ。あの子、なかなかセンスあるじゃない。気に入ったわ」
なるほど、戦艦の戦で、イクサ。
「イクサさん、協力してくれるんですね」
「さっきも言ったでしょ。私と貴女達は、敵が共通してるの。なら協力した方が勝ち目があるじゃない」
「そうですね。数は多いに越したことないです。少しの間、よろしくお願いします」
昨日は殴られるような仲であったが、それを乗り越えて今は仲間だ。短い期間かもしれないし、過負荷の克服は出来ないかもしれないが、心強い仲間を手に入れた。
戦艦水鬼、イクサ。見た目は他の個体と同じだけど、中身がまるで違う。姐御気質であっけらかんとしてるが、姫としてのプライドを持ち、良くも悪くも合理的。