白気質の戦艦水鬼、イクサさんが鎮守府に滞在することが決まり、また賑やかになった鎮守府。私、朝潮は、艤装に生成されそのままになっていた白い『種子』を撤去してもらうため、工廠で艤装展開中。2度目ともなるとセキさんや佐久間さんも手際が良く、艤装の一部を小さく分解し、生成機能だけを露出させる。
「前より多く出てきたよ」
「戦闘はそこまで長くなかったと思うんですが」
「稼働が2回目だからかな。初回稼働よりも機能自体が慣れてるとか」
生成機能の中を見て佐久間さんが呟く。以前は小匙スプーン1杯という程度だったが、今回はその倍近くある。色が白のせいで、何かの調味料に見えなくもない。
「へぇ、これが私を洗脳していたのね」
この光景をイクサさんも見に来ていた。まず深海艤装を分解しているところというものはお目にかかることは出来ないため、興味があったらしい。
「戦闘に出るたびに生成されてしまうので、困ったものです」
「でもそのおかげで貴女は戦えるんでしょう。胸を張りなさい。他人に使わなければ、それは最高の機能じゃない」
また頭をポンポン叩かれる。嫌な感じはせず、むしろ気持ちよく感じる。
「戦場に出られるのは羨ましいわね。この子、私に接続出来ないかしら」
「出来るか。ヨルは朝潮専用に昇華されてるんだ」
「そこは貴女の技術でうまいこと」
「出来たらとっくにやっている。少なくとも島風か霞に接続させてるぞ」
呆れ顔のセキさん。セキさんも当然ながら姫級であるため、イクサさんとは対等。喧嘩腰に聞こえなくもないが、仲は良好。
昨晩と今朝で、この鎮守府がどういうものかを理解したイクサさん。あまりにも特殊な艦娘が多いため混乱しかけたが、たった一言、まあいいかで終わらせた。度量が大きい。
「いやぁ、イクサさんは面白いお姉さんだねぇ」
「戦艦水鬼って真っ黒だと思ってましたが、こんな個体もいるんですね」
「深海は特に個体差があるっぽいね。同じ外見だけど使ってる魂が均一じゃないからだと思うよ。艦娘とは違う謎の生態系だよねぇ」
新しい深海棲艦と接することが出来てニコニコな佐久間さん。これだけ話しながらでも手際は変わらず、ヨルの中から『種子』を全て撤去した。これなら相手を噛んでも洗脳するようなことは無いだろう。やることをやったらすぐに元に戻す。
「はいおしまい。じゃあヨルちゃんに交代してもらえるかな」
「了解です。ヨル、交代ね」
艤装を触ったので、ヨル本人に何事もないか聞いて作業は終了。ヨルを表に出すことはあまり無いのだが、1日1回は出して、この世界を享受してもらう。私の今の身体でヨルのテンションは、少し奇妙な感じになってしまうのが残念である。
「出たよーサクマサン」
「ヨルちゃんの艤装部分触ったけど、何ともなかった?」
「うん、大丈夫。モヤモヤした感じになるけど、動かないとか、痛いとか、そういうのは無いよ」
ヨルの説明を少しハラハラした心境で見つめる私とアサ。私にとっては娘のようなものだし、アサにとっては大事な妹分だ。信じてはいるが、やはり心配は心配である。
とはいえ、ヨルもこの環境には慣れてきている。ずっと私の中で外を見ているだけだが、艤装を展開することは多いし、こうやって他人と話すこともしている。もうただの艤装の意思ではないことは、誰が見ても明らかだ。
「昨日も思ったけど、艤装の意思って表に出てこれるものなのかしら」
「ヨルちゃんが特殊なだけかなー。そういえばイクサさんも戦艦水鬼だから自立型艤装だよね。あれって意思持ってるの?」
「勿論。私を守るために動く、いわば従者みたいなものよ」
艤装を展開してくれた。今まで敵として何度も立ちはだかった戦艦棲姫系の自立型艤装。ウォースパイトさんが浄化された際に、フィフとして生まれ変わった艤装を見ているが、やはり深海側のものとなると見た目がまるで違う。
生々しい整体パーツと、2つの頭。敵対すると恐怖の象徴であったが、味方となると何処か愛らしさも感じる。まるで大型犬のように舌を出してイクサさんに
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「この子は分解させないわよ」
「その子の唾液を貰いたいなって。ヨルちゃんの方からも貰ってるんだけど、サンプルいっぱい欲しいんだよね」
「それくらいならいいわ。好きなだけ持っていきなさい」
艤装が体液を有するというのは、深海の自立型艤装の特徴。生体兵器であることを如実に表している決定的なものでもある。本体に接続されることで生かされている擬似生命かもしれないが。
「私にはこの子の言葉なんてわからないのよね。ヨルを見ていると少し羨ましいわ」
「私って変なのかな」
「変ね。いい方向で」
「そっかー。いい方向ならいいや」
たわいない会話が出来ていることに安心している私とアサ。本当に一番最初は、どうやって壊すかしか無かったヨルだが、ちゃんといい方向に成長してくれている。
ヨルの処理が完了後、イクサさんに鎮守府を案内することになったのだが、それは後から工廠にやってきた清霜さんがどうしてもと言うため、一任することとなった。案内するから演習もやらしてほしいとせがんでいる。むしろそちらが目的だろう。イクサさんも満更では無い様子で連れていかれた。
清霜さんのおかげで予定が空いてしまった。領海に行くにも、午後からは訓練担当の業務があるため、少し時間が少ない。それならと、アサもお気に入りのスポットへ行くことに。ヨルはこういうことをするのは初めてだろう。気に入ってくれればいいのだが。
『まだ完全に落ち着いたわけじゃないだろ。午前中くらいゆっくりしろよな』
「そうね。昨日の今日だもの。心が落ち着かないというか」
外に出てベンチの辺りまで行くと、珍しく天龍さんが釣りをしていた。いつもなら躍起になって戦闘訓練をしているが、今日に限って暇を潰しているようだ。
「天龍さん、釣りですか」
「おう、刀が出来るまで暇でな」
隣に座らせてもらう。
先の戦闘で刀が折れてしまったため、それの修復を今お願いしているところらしい。以前よりも斬れ味から強度までさらに強化した一品を頼んだそうだ。今の深海合金ではまだ足りないと。
訓練は模擬刀でも出来ると思うが、それは黙っておくことにした。天龍さんにも何か考えたいことがありそう。釣りというのは建前で、何かしら考えを纏めるためにここにいるのだと思う。
「まさか折れるとは思ってなかったぜ。オレもまだ技が足りねぇな」
「防御にも使ってますからね」
「受け方が悪いのかねぇ。攻め以外にも覚えた方がいいか」
天龍さんは攻撃は最大の防御を地で行く人だ。勿論防御もするが、その前に叩き潰した方が早いとは本人の談。実際、天龍さんは力とスピードに特化している。ちなみに龍田さんは真逆の戦術。
釣りを見せてもらいながら静かな時間を過ごす中、天龍さんがポツリと呟いた。意を決したようにも見えた。
「……あんまこういうこと言っていいのかわかんねぇけど」
「はい」
「提督に叱られるってのは辛ぇよな」
顔はこちらに向かずに話を振ってきた。私も顔が見れなかった。ここで振られるとは思っていなかったので、どうしても暗い雰囲気を出してしまう。まだ吹っ切れるまでは行けていない。
「オレもあるからよ。前にも話したろ」
「……はい」
「オレもめっちゃくちゃ叱られた。生き様を否定されたようで、突っかかりもしたな。吹雪と龍驤さんに取り押さえられたもんだぜ」
ふっと竿を上げる。餌だけ取られていたようだ。軽く舌打ちして、また餌を付けて竿を振る。穏やかな時間だが、話題のせいで空気が重い。
「お前とは
皆同じことを言ってくれる。ウジウジ悩むのはイクサさんに失礼に当たるだろう。被害者が終わらせてくれたのだから、これ以上引っ張るのはよろしくない。
だから私もなるべく話題に出さないようにしている。天龍さんからこの話を振られたことの方が驚いている。気にしているのが顔に出ていただろうか。
「ただ、1つだけ覚えとけ」
「何を……でしょう」
「
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
「お前にはそんなことないと言い切れるからいいけどな。またやったら、あの提督を裏切るってことになる。その時点で、結末はわかるだろ」
「……肝に銘じておきます」
「おう、それがいい。そのうち笑い話に出来るときがくらぁ」
また同じことをするということは、自分の意思で司令官を裏切ることに他ならない。反省しているという事実が嘘になる。司令官だけじゃない。私を信じてくれた全員を裏切ることになる。そうしたら最後、この鎮守府に居場所は無くなる。
「まぁお前割と吹っ切れてるみたいだし、心配はいらなかったな。脅したわけじゃねぇから気にすんな」
「ありがとうございました。励みになります」
「大先輩からのありがたい言葉だ。噛み締めとけよ」
本当にありがたい言葉だった。自分がしでかした事の重大さを思い知り、二度と同じ罪を犯すまいと決意できるほどの内容。心の持ち方が変わったように思えた。
「オレから振っといて言うのも何だが、暗い話はやめやめ」
「そうですね。罪悪感と自己嫌悪はまだ残っていますが、私は大丈夫です」
「それならいいんだ」
今なら自信を持って言える。同じことで皆に迷惑はかけまい。
「あ、そうだ、ついでなんだけどよ、あの矢矧の弱点とか見つけられなかったか? ほら、観察眼ならお前トップだしよ」
「弱点……ですか」
あちらの矢矧さん……軽巡岬姫は、完全に天龍さんをターゲットとして見ている。二水戦への勧誘もしてきたほど気に入られている。また次の戦場でも、出会えば必ず激突する。
それは天龍さんから見ても同じなのだろう。戦っていて楽しい相手、負けたくない相手、
空母鳳姫の弱点が魚雷であることは確認出来た。次は回避されるかもしれないが、高雄さんがキーパーソンになっていることは確かである。
だが、軽巡岬姫は弱点らしい弱点は見つけられなかった。欧州水姫に加え南方棲戦姫の力を持っているせいで超火力特化。矢矧としての性能で魚雷も水上機も扱え、おそらく爆雷まで使える。レキと同じ万能戦力だろう。強いて言えば航空戦が甘めというくらいか。
「制空権を取ってこないレキというイメージです」
「弱点無しってことか。ならゴリ押ししかないな」
「残念ながら。でも、ゴリ押しは天龍さんの得意分野では?」
「はっ、言ってくれるな。マジで吹っ切れたみたいじゃねぇか」
軽口が叩けるほどにまで心が回復したのなら、私も吹っ切れられたのかもしれない。天龍さんのおかげだ。
天龍さんと別れて散歩を始める。当初の目的から変わってしまったが、なんだか足取りが先程よりも軽い。
『吹っ切れたか?』
「どうだろ。でも、いい方向には行ったと思うわ」
『ならいい。お前だけ引きずっててもな』
アサはとっくに吹っ切れているようだった。そこはさすが深海棲艦というところか。ヨルはそもそもあまりよくわかっていないので、吹っ切れるとかそういうのは無かった。
結局、ウジウジしているのは私だけだったわけだ。2人にも心配をかけた。吹っ切れられて良かったと思う。
『お前はすぐに悲観的に物事を考えるからな』
「アサほど単純じゃないの」
『ご主人が元気になったなら、私も嬉しいよ!』
素直なヨルが一番の癒しだ。
「あんなこと、もう二度とやらないわ。ヨルには申し訳ないけど、噛み付くだけなのは今後封印ね」
『はーい。思いっきり噛みちぎるのは?』
「それなら大丈夫よ。でも基本は噛まない方がいいわね」
あの生成機能を外すというのも考えた。戦場に出られなくなるが、悲劇は確実に食い止められる。だが、白い『種子』に関しては、佐久間さんに渡しておけば何かしらの解決策を導き出してくれる気がする。それを作るためには、機能を外さない方向で行きたい。
結果的に、攻撃を自制するしかない。今ならもうあの選択をしないと断言できる。
「あ……司令官」
「おや、散歩かい?」
「イクサさんは清霜さんが連れて行ってしまいましたので」
司令官とバッタリ出会った。先日の攻撃で一部破壊されていた外の設備の点検をしていたらしい。妖精さんが修復してくれたそうだが、その目で見て確認をしたようだ。
「朝潮君、吹っ切れたのかな?」
「え、わ、わかりますか」
「ああ、顔が違うよ。あちらの方には……確か釣りをすると言っていた天龍君がいたね。何か話したのかい」
少しだけの会話だったが、ありがたい言葉を授けてもらったと、司令官に説明した。その話を聞き、そうかと呟いた後、いつもの優しい笑みを浮かべてくれた。
「あえて私からは何も言わない。君が君自身で理解しているのならそれでいいよ」
「はい。もう二度とあんなことは起こしません。今回が結果オーライだっただけですから」
「それが理解できているのなら充分だ。これからも、よろしく頼むよ」
どうにか立ち直ることが出来た。まだ暗いものは残っているものの、私の心に支障をきたすものではない。ウジウジしていられないのだ。
ヨルは佐久間さんのことを『サクマサン』という名前だと誤認しています。全部カタカナなのはそういう理由。