罪の意識からある程度吹っ切れることが出来た私、朝潮。自分のやらかしてしまったことは忘れることなく、だがそれを糧に前向きに生きていこうと決意した。今は皆が許してくれているが、次はない。それだけを肝に銘じて、私は歩いていく。
午後の訓練担当の業務が終わる頃、雪さんからお呼び出しを受けた。佐久間さんの研究に1つの成果が出たらしい。雪さんもいつもと違い、少しだけテンションが高め。
「朝潮ちゃん! 私やったよ! やってやったよ!」
研究室に入った途端、飛びつくように抱きしめられた。業務後でまだお風呂に入っていないのでちょっと控えてほしかったが、余程のことが達成出来た様子。
「深海艤装の過負荷、乗り越えられる!」
「え……!?」
「作れそうなんだよ! 洗脳無しに過負荷を受けなく出来る何かが! ああもうホント最高! ユーリカユーリカ言いながら全裸で走り回りたいくらい!」
私達が本当に必要なものである過負荷の克服。佐久間さんの研究により、ついに達成出来るかもしれないというところまで辿り着いた。小さな可能性、度重なる不運と幸運で、今の答えを手繰り寄せて、手繰り寄せて、ここまでやってきた。
「ペニシリンってこうやって生み出されたのかな……最後は私のミスなんだもんさ」
「ミス、ですか」
「黒い『種子』と白い『種子』を同じところに入れちゃったんだよ。そしたら初めて見る反応が出てね」
本当に偶然も偶然。いつもなら絶対にやらないようなミスをやってしまったことで、交わらなかった線が交わり、ゴールまでの道が出来たようだ。やらかしも、ある時は最善の道に繋がるもの。
「嘘みたいな話だけど、2つ合わせると洗脳の作用だけ相殺し合って消えたんだよ。ただ、1粒2粒だと『種子』ごと消えちゃうみたいで……今はすぐに解決できそうにないんだよね。多分うまく行ったとしても、5人分も出来ないくらいかな。ほら、白い『種子』は今までの分しかないしね」
2回分の戦闘で貯まった白い『種子』ではそれくらいが限界なようだ。黒い『種子』に関してはまだまだ大量にあるので消耗品としてモリモリ使えるらしいが、白い『種子』に関しては、私が戦場に出る以外に手に入れる手段が無い。
「とにかく、どうにか一晩で完成させるよ。1人分でも2人分でも、無いより全然マシだもんね」
「そうですね。佐久間さん、本当に凄いです」
「褒めて褒めて! あとあわよくばいろいろと堪能させて!」
相変わらず顔を胸に押し付けてくる。でも今回は許そう。練習巡洋艦の制服のため少し硬いと思うが、これで癒されるなら。
「よーし、朝潮ちゃんお風呂行こうか! 裸のお付き合い!」
「まぁ私も業務後なのでお風呂には行きたかったです。それくらいなら」
「柔肌堪能させてもらおーっと!」
その後お風呂で今より過剰なことをしようとしてきたが、ヨルに交代するというファインプレーで事なきを得た。さすがの佐久間さんも、ヨル相手にはよろしくない行動は出来なかった様子。
翌朝、深海組が会議室に集められた。呼ばれた理由は皆が、過負荷の払拭がついに可能となったのだと大まかに理解している。この場にいる理由は、ここから誰が戦力に選定されるかの話だろう。
皆が集まったところで、司令官と佐久間さんが入ってくる。佐久間さんは小さいながらも手荷物があった。あれが過負荷を払拭出来る何かか。
「君達も察していることだと思う。佐久間君がついにやってくれた」
「過負荷での艤装不調、払拭出来るようになりました!」
大歓声。表情をあまり変えない扶桑姉様や、あまり騒ぐようなことをしない潮さんまでもが拍手喝采。今回ばかりは何日も出撃を規制され、いろいろと鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
「ですが、残念なこともあります。実験と材料の問題で、用意できたのは3人分です。朝潮ちゃんは自力で克服出来てるからいいとして、残り3人の選出になります。あ、多分これ島風ちゃんもオッケー」
「おうっ! 特異個体っていうのでも大丈夫なの?」
「そっちの方も解析済み! あちらにはぜっっったい知られちゃいけないんだけど、島風ちゃんにも『種子』の効果を持たせる事できるよ」
とんでもないことを言っているが、つまりは佐久間さんの手にかかれば、最初から洗脳の心配がない島風さんでも、洗脳しようと思えば出来るということだ。原理は極秘中の極秘として佐久間さんが墓まで持っていくと言っている。
「よくやってくれたよ。ありがとう佐久間君」
「いえいえ、もうホント偶然に偶然が重なって。あとこれは朝潮ちゃん……というかヨルちゃんのおかげですから。ヨルちゃん救世主だよ」
存在そのものが克服の材料になるというだけで、ヨルは充分に救世主であった。
「私は貰うわよ。いいわよね?」
「ああ、イクサ君はそういう約束だからね」
昨日の朝にそんなことを言っていたのを思い出す。この中で唯一の、洗脳された純粋な深海棲艦だ。私達よりも恨みを強く持っていてもおかしくない。
これは最初から決まっていたことなので、残り2枠。ここからは、残っている混ぜ物に対応出来る者を優先する必要がある。
「佐久間さーん、しつもーん」
「はい、皐月ちゃん」
「それってどうやって克服できんの? 何かの薬?」
「いい質問だね。見て決めるのもあるよね」
皐月さんに質問されたことで、持っていた手荷物を皆の前に出した。出てきたのは今までにない
「この金の『種子』を埋め込むことになるんだよね。『種子』って形はどうしても変えられなくて。一番効率的なんだよ。身体に効果を行き渡らせるのに。代わりに1粒で確実に『発芽』するから」
「うわぁ……これは抵抗があるなぁ」
それがいくら戦力増強に繋がるアイテムだったとしても、それを身体に埋め込まれると言われたらさすがに抵抗はある。
さらには霞達の消えない傷が皆の不安を煽っていた。今でこそ中和出来るが、失敗したらこうなるという生き証人がいる。
「私は確定だから早く入れてくれない?」
「はいはい。何処がいい?」
「そうね……ならここにしましょうか」
露出されている胸の谷間に爪で傷を付けた。いくら傷に埋め込むとしても、その場で普通に傷を付けられる辺り、恐ろしいほどに肝が据わっている。
わざわざこの場でこれを言い出したという事は、躊躇っている人達にどうなるかを見せつけるためにわざわざ言ってくれたわけだ。ちょっといい人過ぎないか。
「ここまでして今更聞くのもアレだけど、大丈夫なのよね?」
「勿論。人体実験なんて出来ないけど、理論上では完璧」
「不安になるような言い方ね……でもこの子達がまったく疑ってないところを見ると、貴女は余程信用出来るのね。やってちょうだい」
「ん、わかった。本当に大丈夫?」
「私は2回埋め込まれてるのよ。問題ないわよ」
その片方が私であると思うと、少し残念な気持ちに。
金の『種子』を1つ試験管から取り出し、傷口に押し当てた。すると、そこから体内に潜り込み、イクサさんがビクンと震える。
「ちょっとサクマ……これこの子達にやらせるわけ……?」
「あー……やっぱり残っちゃってるかぁ」
傷口を押さえながら痙攣している。なるべく表情を崩さないようにしているが、あれは『発芽』の快感を耐えている。この中で『発芽』の快感を知っているのは私だけだ。洗脳経験者の霞、春風、初霜は眠っている間に事が済んでいたため知らない。
霞、皐月さん、潮さんは深海艦娘化の快感を知っているので、そちらを意識してもらえればいいだろう。気持ちいいが気分のいいものではない。
「イクサさん、もしかしてそれ、
「ええ……これ気が緩むと声が出るわよ。私は姫だからそんな顔見せるつもりないけど!」
10秒近く震えた後、落ち着いたようで一息ついた。何かしらの洗脳がかかったようにも見えず、無意識に何かが変わったようにも見えない。『種子』を埋め込んだ胸元にも、先程付けた傷があるだけで他に何かおかしなものは無かった。お風呂に入れば消えるだろう。
「ようやく落ち着いたわ。私は耐えられたけど、他の子は人の目があるところではやらない方がいいわよ」
それほどまでに強い快感。もしかしたら従来のそれよりも快感が強いのかもしれない。それはもう、ご愁傷様としか言えなかった。自分が除外されている方で良かったと心から思えた。他の皆も少しだけ怖気付いている。
「加藤少将、残り2つ、誰に埋め込むつもりです?」
「1つは霞君だ。空母鳳姫は魚雷が効きやすいと聞いているからね。高雄君と2人で、手動操作魚雷を使ってもらいたい。作戦の要になる」
私も霞は必要だと思っていた。高雄さんの手動操作魚雷がそれなりに効く現場を見ているため、同じことが出来る者がもう1人増えればさらに効率が良くなるだろう。今から他の人に教えるよりは、使い慣れている霞がベスト。
むしろ、過負荷をそのまま力に変えられるようになるため、霞以外に適任者がいないというほどである。
「霞君、いいかな」
「構わないわ。私としても戦場には出たかったもの。そろそろ姉さんをこうした恨みを晴らしたいところだし」
霞は乗り気。『種子』を埋め込むのは私がやることになりそう。
これで残り1人。
「あと1人は正直決めていなかった。とはいえ、今回で終わりではないんだね?」
「朝潮ちゃんが戦場に出たとしたら、またこの金の『種子』が追加で生成出来ます。あくまでも出たとしたら、ですが」
本来なら私は戦場に出ない事が推奨されている。今後ここで『種子』が追加出来るという保証は出来ない。
「ならば、次が最後の1人だと仮定して考えなければね」
「立候補、いいですか!」
挙手したのは島風さん。戦力としても申し分なく、さらには北端上陸姫との因縁もある。勝手に生み出され、深海棲艦に変えられ、不要と断じられ排除させられかけている。恨みを持たない理由がない。
「私、ここに来てからまともに戦えてないから、やらせてほしいです!」
「……他に立候補者がいないのなら、私は島風君でもいいと思っている。気持ちはわかるし、戦力としても必要なものだ。1人駆逐隊というのは人形対策にも有用だろう」
他に立候補者は出ない。少し意外だったのは、扶桑姉様が挙手しなかったことだ。山城姉様が戦場に出ることは多くなるだろうし、白い『種子』生成のために私が関わることもあるだろう。
「扶桑姉様は良かったんですか」
「ええ……私は次の機会でいいわ……。大和もどきまでに準備が出来ていればいいもの……」
扶桑姉様の恨みは戦艦天姫1本に絞られている。空母鳳姫と軽巡岬姫に対しては一切興味を持っていないように見えた。
おそらく先行してくるのは先日の2人。あくまでも秘蔵っ子というイメージのため、追加の金の『種子』が間に合うだろう。あくまでも私が戦場に出れば、だが。
「ならば、霞君と島風君にも金の『種子』を埋め込ませてもらう。また増えた場合、その都度誰に埋め込むかを考えるよ」
最終的には成分分析から白い『種子』要らずで金の『種子』を増産できるようになれば御の字。私要らずでここの深海組全員が出撃出来るようになれば最高だ。
霞に金の『種子』を埋め込むため、2人で私の私室に。いつものように瑞穂さんに見張り役をやってもらう。
「霞、何処がいい」
「背中にしましょう。お願い」
その場で上を脱ぐ。インナーも脱ぎ、上半身裸に。以前の『種子』の処置で出来てしまった大きな傷痕が露わになった。お風呂で見慣れているこの傷も、今この時は痛々しく見えてしまう。
「っつ……傷がないといけないのは厄介よね」
「ええ。小さめにしておいたから。じゃあ……行くわよ」
傷痕の中心につけた小さな傷に、金の『種子』を押し当てる。イクサさんと同じように体内に潜り込んでいく。
「っあっ」
妙な声が出た途端、霞が自分の口を押さえつける。どうしても声が出てしまうようで、ビクンビクン震えながらも、涙目で耐えている。手の隙間から漏れる息遣いは、霞からは聞いたことのないような嬌声。痛みには耐えられるが、快感には耐えづらい。それは私も経験しているからわかる。
「頑張って、霞」
「〜〜〜〜!?」
時間もイクサさんと同じ10秒ほど。ようやく『発芽』の快感が消えたのか、グッタリとしていた。口を押さえていた手は離れ、息も絶え絶えといった感じで乱れた息遣い。
「きっつ……」
「よく頑張ったわ霞」
まだ時折痙攣するが、無事、金の『種子』の埋め込みは完了。これで霞も過負荷を力に変えて戦うことが出来るようになった。
埋め込まれた場所は私が作った小さな傷しかなく、これもお風呂に入れば消えるほど。
「イクサさん凄いわ……なんでこれを受けて飄々としてられるのよ……」
「姫だからかしら……」
「プライドでどうこうなる問題じゃないわ」
ようやく落ち着いたようで、脱いでいた服を着ていく。
「これでまた姉さんと肩を並べて戦えるわ」
「私が出るかはわからないけどね」
「気持ちが変わるわよ。戦場に出られるってだけで今はいいの」
こちらに振り向いて、手を握ってきた。快楽の施術の後のためか少し目が潤んでおり、体格差が出来てしまったために少し上目遣い。不覚にも霞にドキリとしてしまう。
「姉さんも一緒に行けるなら、肩を並べて背中を預け合いましょ。姉さんがここに残るなら、その気持ちを私に託して」
「ええ。霞、頼りにしてるわ」
これならまだまだ戦える。私の心は折れない。霞も隣にいてくれるなら百人力だ。
一方島風君は、雪辺りに金の『種子』を埋め込んでもらったことであられもない声を上げてしまい、少しの間ぎこちない雰囲気を出すのである。