敵の持つ提督の力に対抗するため、司令官自らが訓練を担当することになった。機関部艤装を装備しているにも関わらず、あの山城姉様ですら相手にもならないという状況。これをせめて互角までは持っていきたい。
私、朝潮も、その訓練を見させてもらうことで提督の力に慣れていく。響さんも同じことをやるために一緒に見学をしているが、どれだけ経っても回避出来る未来が視えなかった。
「では今日はここまで。次の戦いは間もないと思うが、それまで時間がある時には私が教えよう。いいかな?」
「ええ……お願いするわ……もっとやりたいもの……」
などと言う山城姉様は、休憩を挟みながらでも、疲れ果てて地面に倒れてしまっている。みっちりと詰め込んだ結果、その攻撃を防ぐことが出来る時があったが、確率としては10%にも満たない。
また、関節技についても直々に教授されていた。武器が無い分、搦め手に格闘技のいろいろな部分を取り入れていく方針になっている。司令官が最も得意とする合気道をメインに、提督の力に対抗出来るものは何でも。
「無理はしないようにね。すぐに休息を取るように」
「了解……久しぶりにキツイわ……」
訓練でここまで消耗する山城姉様を見るのは初めてだった。最初の頃はこうだったらしいが、それでも今は訓練なら卒なくこなすイメージ。だが今回は扶桑姉様に担がれてお風呂に向かっていった。
それでいて司令官は汗ひとつかいていないのが恐ろしい。ここが混ぜ物との違いだろう。スタミナ切れが無い。
「君達もどうだったかな」
「さっぱりだね……またお願いしたい」
響さんはついに頭痛までするところまで来てしまっている。それだけやっても皆目見当がつかないという状況。私もさっぱりだった。
『アサ姉、てーとくの動き見えた?』
『ダメだな。想像もつかん。朝潮も予知が外れていたし』
『あれ、敵がやってきたやつだよね。どうするの』
『どうするもこうするも……なぁ』
こちらもさっぱりなようだ。この訓練は出来る限り続けていきたいところである。
午後、元帥閣下から連絡が入る。あちら側には南司令官もいるらしく、調査結果の共有が目的だろう。そのせいか、今回も緊急通信での連絡であった。
私もその報告に参加させてもらう。いつも通り、情報を先行してもらうため。率先して私も呼ばれるのは少しありがたかった。
『そちらはどんな感じじゃ?』
「混ぜ物5人のうち、3人を撃破したよ。霞、雪風、矢矧だ」
『ほう……さすがじゃな。ならば、そちらも見たか。頭が深海忌雷の艦娘を』
元帥閣下からその話題が出てくるとは思っていなかった。人形の存在を見たのは、元帥閣下が帰投してから少し経った後の夜戦。それ以降は毎回のように出てくるものの、その全てを殲滅している。ならば、他の場所にも出没しているということだろうか。
「爺さんが何故それを知っているんだ。我々の戦場にはここ最近頻繁に出現するが」
『こちらで裏切り者2人を捕縛したろう。その身柄を奪おうと、儂の鎮守府がここ最近毎日のように襲われておる。連絡が遅くなってすまんかったな』
混ぜ物が減ったことで、その素材を回収しようとしているのだろう。だが、それなら別にどんな人間でもいいと思う。それこそ、人間の生活空間に足を踏み入れ、素材を攫うなりするかと思っていた。恨みのある6人に固執している理由でもあるのだろうか。元帥閣下すら素材にしようとしたというのに。
まさか北端上陸姫にも人の心が……などと考えてやめた。どうせ最後は世界を滅ぼすが、裏切り者だけはこの手でやりたいとか、そういうことではなかろうか。人間ならではの私怨。むしろ深海棲艦となったことで、本能が先行し、裏切り者を最優先にしているのかも。
『その襲撃をしてきているのが、頭に深海忌雷が貼り付いた艦娘でした。艤装が深海のものであり、意思を感じられなかったため、深海棲艦と断定し、処分させていただきました』
「鎮守府自体に被害は?」
『今のところありません。少しずつ数が増えているものの、襲撃は少数で、駆逐艦ばかりで来ますので』
今度は南司令官の声。淡々と話すが、元々は艦娘である人形を殺処分するのは苦しいことだろう。人形が駆逐艦ばかりなところもこちらと一緒。生産性に優れた駆逐艦に深海忌雷を寄生させるのが、一番効率的なのかもしれない。
寄生さえしてしまえば、生まれたばかりの駆逐艦も突如一線級である。意思がなく、死に恐怖すら持たず、リミッターすらない。厄介極まりない敵である。
「そうか……。こちらの見解では、あれは深海棲艦化させられた艦娘だよ。あの深海忌雷は、うちにいる朝潮君達のものとほぼ同じだ」
『そうでしたか。あれが深海棲艦ということがわかり、少しだけ安心しました。艦娘を処分するのは抵抗がありますので……あれを解放することは出来ないと判断していいですか?』
「ああ……口惜しいが、ああなってしまっては無理だね。私も実物は見たことが無いのだが報告は聞いている。頭部に寄生しているのではどうにもならない」
あれをどうにかする手段がわかればいいのだが、さすがに頭が破壊されているようなもの。深海忌雷に無理矢理生かされているだけである。静かに眠らせてあげる事が、最良の救済方法になってしまうだろう。
「そちらは誰が対抗しているんだい」
『勿論、儂らの艦娘じゃよ。だが、陸上で大和達を使うわけには行かんからの。今は儂の雪風と南の川内に任せておる』
艦娘の力を陸上で使わなくてはいけないのは心苦しいが、あちらが陸路でやってくるのなら、こちらも陸路で対抗するしか無いだろう。だが、大型艦の火力を使うのはよろしくない。適当な流れ弾で人間の生活空間に被害を及ぼす可能性もある。あちらは御構い無しかもしれないが、こちらは気にする必要がある。人間を守るための組織が、人間を疎かにする行為はしてはいけないのだ。
おそらく襲撃自体もそこまで表沙汰にしていない。深海棲艦を撃滅するためには、他の人間への被害を顧みないような過激派もいるのだろう。公表はされているものの、私達のような存在すら否定する輩もいる。そういうのは良くない。
「川内君が南君の相棒なのかな」
『あ、は、はい。僕のその……ケッコン艦でして』
『南は川内にゾッコンなんじゃよ。隠密系の諜報活動は必ず2人でやっているくらいじゃ』
川内さんは神通さんと那珂ちゃんさんのお姉さんに当たる、川内型軽巡洋艦の1番艦。私が知る限りはやたら好戦的な神通さんや、表向きはアイドルだが本気を出すと侍のようになる那珂ちゃんさんの姉なだけあり、南司令官の相棒の川内さんは夜戦大好きな忍者だそうだ。会えるなら会ってみたいものである。
少し内容が和める話になってきたが、気を取り直して。その2人が敵の鎮守府に侵入して調査してきた内容は、緊急通信でも話しづらいということで、近々南司令官がこちらに来たいという話になった。傍受されていることは無いだろうが、何かあっては困るとのこと。
元帥閣下の鎮守府は、元帥閣下の艦娘だけでも耐えることは出来る。その間に南司令官がこちらと情報を共有しようということだ。こちらも雪風さんの中にいた人間から聞き出した情報がある。
「今、こちらの鎮守府は復旧中なんだ。艦娘達も大部屋で過ごしているような有様でね」
『わかりました。川内と2人で行かせていただきます』
2人くらいなら許容出来る。護衛がいない状態でここにやってくるのもどうかと思うが、諜報活動に長けているとそういうところも回避が可能なのだろうか。なかなかに怖いことを言っている。
『本当にそこは苛烈じゃの。狙われている朝潮ちゃんは無事かえ?』
「おかげさまで。また少しやられてしまったが、まだ無事だよ」
聞けるのなら声が聞きたいということなので、私が元帥閣下と話すことに。
「お久しぶりです、元帥閣下」
『おお、朝潮ちゃん。元気そうで何よりじゃ』
「そちらも大変そうですが、お変わりないようで安心しました」
後ろの方で南司令官が妙な声を上げている。私の声を聞くのも当然初めて。正常な私を知っているのなら、この時点で疑問を持つのは至極当然。
『僕の知る朝潮とは声の質が違う気がするのですが』
『そりゃあの。あちらの朝潮ちゃんは大人じゃから。そもそも深海棲艦じゃし』
『……はぁ』
音だけしかわからないが、南司令官が首を傾げたのが目に見えるようだった。少なくとも今の会話で、南司令官が深海棲艦との共存に対して肯定派なのはわかった。元帥閣下の下についているのだから、同じ傾向であってもおかしくないか。
その後、ここ最近の自分のことを話す。私自身には変化が無いものの、敵の艤装を奪い取る形で尻尾を手に入れたことや、その中の意思が2人目の同居人として頭の中に住んでいることを伝えたところ、元帥閣下は言葉を失ってしまった。後ろの南司令官もなんだか変な声を上げている。疑問が尽きないらしい。
『相変わらず……朝潮ちゃんは波乱万丈な人生を送っておるのぉ……』
「否定は出来ません」
成長の方向性が決まった辺りから私の人生はおかしな方向にズレていったかもしれない。電探による周囲の観察なんて普通ではない訓練をしてなければ、深海艦娘化も逃れられず、ここまでの事態にはなっていなかったかもしれない。
だがそれは一切悲観するような内容では無かった。いろいろあったが、私は自分の運命を謳歌できていると思う。アサとヨルに出会えたのは、間違いなく今までの道程を歩いてこれたためだ。
『僕も興味が出てきました。そちらの朝潮がどのような存在か』
『会ってみるといい。自分の常識が全部吹っ飛ぶぞい』
『それは楽しみですね。川内にも力試しをしてもらいたいですし』
間接的に私が常識外れであると言われているようだが、それは否定出来ない事実なので何も言わない。
『私は見たことないよ。てーとくとサクマサン以外の人間』
『爺さんはいい人間だったぞ。私のことも普通に受け入れてくれた』
『なら安心だねー』
元帥閣下はこの鎮守府の特異性をさんざん味わっているので慣れたものだろう。南司令官は深海棲艦との共存に関しては肯定的なようだが、ここまでのものはどう感じるか。
「爺さんの艦娘だけで鎮守府は守れるのかい?」
『儂の娘達を嘗めてもらっちゃあ困るのう。今は南がおったから手伝ってもらっとっただけじゃ。小型艦だって多少は出せるわい』
それなら一安心。元帥閣下の艦娘は皆精鋭。普通には勝てないほどに鍛えられている。出来ることなら私もあちらに赴いて話をしてみたいものである。
南司令官は早速こちらに向かってくるとのこと。現状が現状だけに、情報共有は早いに越したことはない。午後ではあるものの、今から向かえば夕方前にはここに到着出来る。念のためこちらからも迎えを出すとのこと。
「航行ルートは大体わかっているが、何処で出会えるかはわからない。なので、索敵担当に迎えに出てもらうよ。響君がいいかな」
「了解。今回は大発動艇はいらないかな」
「ああ、あくまでも迎えだからね。万が一敵と遭遇してしまったら困るから、人数は用意するよ」
元帥閣下の鎮守府に人形が攻撃を仕掛けているということは、南司令官が狙われてもおかしくはない。護衛を川内さん1人にすると言っているくらいなので、こちらから出迎える必要は大いにあった。
人形対策が出来ることも考慮して、響さんを旗艦に、天龍さんと龍田さんが選ばれた。今までの戦闘で一番人形を処理しているのは、間違いなく天龍さんだ。慣れているという意味では適任。
「では早速頼むよ」
「了解。ヴェールヌイ、出撃する」
指示を受け、早速出撃した3人。前までなら響さんの役目は自分が担っていたと思うと、感慨深いものがある。響さんが後継者として育ってくれたことは嬉しいが、私の仕事が無くなっていくのは少し悲しかった。
「姉さんさ、自分も行きたいとか思ったんでしょ」
「お姉さんの考えてることなんてお見通しですよー!」
そこまでバレバレだったか。大潮も思っていた以上に勘が鋭い。
「心を休めなさいな。領海に行くのは難しいけど、お茶会なら付き合うわよ。私も今日はお休みの日だし」
「大潮もです! たまには姉妹水入らずで過ごしましょー!」
今は自分の部屋もなく、奇跡的に難を逃れた談話室くらいしか行くところがない。もしくは外の散歩程度。姉妹がこう言ってくれているのだから、お茶会で心を休めることにしよう。
理解者ではあるものの、外から来る人間というのには、どうしても警戒心を持ってしまう。志摩司令官の時のように、前以て時雨さん達が行っているような状況でもなく、私達
今だけはそのことを忘れ、姉妹との時間を過ごす。春風や初霜、雪風さんすら別件でこの場にいないくらいだ。本当に久しぶりの姉妹水入らず。ここ最近では味わえなかった開放感であった。
川内と一緒に諜報活動をする南司令官。つまり南司令官も忍者の類。提督の力の有効活用。