南司令官が情報共有のためにこちらの鎮守府に向かってくる最中、妨害のための襲撃を受けた。その敵は顔を見せず素性を隠した艦娘。深海の気配もなければ、『種子』で洗脳されたわけでもない、純粋な艦娘だった。
その裏で指揮していたのは、寺津という男を利益のために殺した6人の裏切り者の協力者である
敵の艦娘のヘルメットから聞こえる汚らしい暴言。司令官を侮辱する言葉の数々。私達の存在を軽んじ、ただの金儲けの道具としてしか見ていないような態度。
元帥閣下に以前に言われた『人間を嫌いにならないでくれ』という言葉を思い出す。だが、このスピーカー越しの声を聞いていると、人間への憎しみが膨れ上がるようだった。嫌いになりたくないのに、嫌いになりそうだった。
仲間達が利用されることよりも、命を狙われることよりも、深く、深く、憎しみを持った。こんな人間が艦娘をいいように使っている事実に怒り狂いそうだった。
その結果、最後の引き金が引かれた。
身体がメキメキと音を立て始めるが、今回は成長では無かった。戦艦の状態になった時点で身体は成熟している。今は服で隠れている肌に何かが起きているのがわかった。骨が軋む音ではなく、
ただただ身体が熱い。肌が焼け爛れるような変化によりマグマのような熱が身体を駆け回っている。その熱量に服が鬱陶しく感じ、力任せに剥ぎ取った。その時には艤装は消滅していた。
「朝潮……!?」
誰かの声が聞こえたようだが、私には届かなかった。もう誰の声かもわからなかった。頭の中が黒く、暗く、昏く染まり、記憶の要所要所が真っ黒に塗り潰され、暗闇に飲まれたような感覚。今の私の心には、人間への怒りと憎しみしか無くなった。
身体中にヒビが入り、ところどころかろ瞳で溢れる閃光と同じ深海の光が漏れ出ていた。特に胸から下、腹にかけては大きくヒビが入り、重巡棲姫よりも大きな虚空が脈打つように明滅を繰り返す。
キンキンと喧しい声に目を向ける。薄汚い人間の声が延々と響いていた。鬱陶しい。聞いていたくない。この場から消し去りたい。
おもむろに音のする方に向かい、ヘルメットを掴む。これが音の発生源。気に入らない人間が向こう側にいる。
『はっ、権力の力を今更思い知ったか! 艦娘など所詮兵器なんだよ! 我々の金儲けの道具になっていれば』
あまりにも喧しかったので、ヘルメットを握り潰す。中に艦娘の頭が入っていたが関係ない。これもそのまま握り潰してやる。薄汚い人間に自らの意思で加担したものは、須らく皆殺しにしてやる。理由なんて知らない。嫌々従っていたとしても、従った時点で重罪だ。生きている価値が無い。
「朝潮、やめなさい!」
それを邪魔される。掴んでいた艦娘がもぎ取られるようにひったくられ、手からすっぽ抜けた。
邪魔をした奴を睨みつける。巫女服のようなものを着た、髪の短い女。人間への怒りと憎しみが心を昏く埋め尽くし、
「朝潮……アンタ……!」
右腕を横に伸ばす。私より1回りほど大きな艤装が出現した。大口を開いた大型の化け物のような艤装と、それをこぢんまりさせた小型の艤装の複合体。本来ならここに主砲があるのだろうが、私の
「朝潮はオレ達で押さえつける!」
「川内! 敵の艦娘を死なない位置に退かしてくれ!」
「了解! みんなも手伝って!」
邪魔をしたものは敵。その仲間も敵。さらには奥に人間の姿も見える。ならば、目に映るもの全てが敵だ。ここにいるもの全てを壊す。
大きく手を振り、艤装に指示を出す。大型の艤装がその口を開きながら、私の邪魔をした艦娘達に向かう。本来なら主砲で撃つのだろうが、無い物ねだりだ。私の艤装は質量兵器なのだろう。
「っあああっ!」
髪の短い巫女服の女がそれを受け止めようとしたが、質量に耐えられずに吹き飛んだ。何故だか胸がチクリと痛んだ。巫女服の女は海面に叩き付けられるかと思ったが、それを白い着物の女に受け止められている。
「山城……大丈夫……?」
「姉様……私は大丈夫です。まずは朝潮を止めないと!」
皆のこちらを見る目に敵意が無い。何故だか憐れむような視線だった。気に入らない。腹が立つ。怒りがより滾る。
あれらも全て、人間に加担する者達。ならば私の敵だ。全部壊す。全部殺す。怒りのままに。憎しみのままに。
そういえば……私は何故怒っていたんだろう。何故憎しみを抱いたのだろう。思い出せない。思い出せないが、もうそんなことはどうでもよかった。人間に怒り続け、それが蔓延るこの世界を憎み続ける。それでいい。
「これどうすんだよ……まず気絶させるか!?」
「艤装を破壊してからよ! 話はそれから!」
「出来るなら本体を落とす!」
巫女服の女に黒髪の刀の女が話している。私の艤装を破壊すると言ったか。させるわけがないだろうに。
「姉様、艤装を止めましょう。私達でないと出来ません」
「ええ……朝潮は……愛すべき私の妹……これ以上罪は犯させないわ……」
罪。今の私の行いを罪と言ったか。何故罪になる。わからない。何もわからない。全て壊せばそれでいい。少しは怒りと憎しみが薄れるかもしれない。今はそれしか考えられない。
小型の艤装から艦載機を発艦。殺すべき艦娘は9人。あと船に乗る人間が1人。その全てに攻撃出来るよう、全員にけしかける。当然最優先は人間だ。どんな人間であろうとも、人間であることが私の怒りと憎しみを増幅させる。
「瑞穂が防空に入ります。天龍さん、お願いしてもよろしいでしょうか」
「おう、大丈夫だ! 皐月も行けるな!」
「高角砲とか久々なんだけど!?」
あちらは無駄に防空性能が高いらしい。発艦した艦載機はあっという間に墜とされた。勿体無いことをした。
その中の1人、艶やかな女は、艦載機を撃ち墜としながらもジッとこちらを見つめてきていた。視線が痛い。心がザワザワする。あれを早く殺さないと、私が私で無くなるような気がする。
艤装に全員を喰い殺すように指示する。人間を最優先にしたかったが、いの一番はあの艶やかな女。あれの目はダメだ。見られたくない。
「姉様!」
「ええ……一緒に行くわよ……」
先程吹き飛ばしたはずの巫女服の女が猛然と突き進んでくる。白い着物の女も一緒に、私の大型艤装の前に立ちはだかった。ならば思い通りに轢き殺してやる。
「せぇーの!」
掛け声と同時に巫女服の女が拳を、白い着物の女が蹴りを繰り出してきた。破壊はされなかったものの、それだけで艤装が動かなくなってしまった。艦娘なのに、何故そんな行動で止められる。
考えたことでか、ズキンと頭が痛くなった。何か大切なことを忘れてしまっているような感覚。思い出したくても記憶が黒く塗り潰されていてよくわからない。
「今よ天龍!」
「ちょっと痛ぇけど我慢しろよオラァ!」
気を取られている隙に、黒髪の刀の女が懐に入っていた。かち上げるような一撃を繰り出してきたが、何故だか私にはその軌道を読むことが出来た。さらにはこの女、刃ではなく峰で攻撃してきている。嘗められているのか。
だから私も、お返しをする。攻撃してきたのだから、死んでも文句は無いだろう。振り上げる刀をキャッチ。重い一撃だったが、片手で止められた。
「何!?」
そしてそのまま握り潰し、刀を破壊してやった。刃で攻撃してきていたらこんなことにはならなかったものを。
怯んだところを蹴り飛ばす。ギリギリのところで引いたのだろう、蹴り応えが無かった。この女、こういう戦いに慣れている。怒りが滾る。
「っぶねぇ!」
「天龍ちゃん、ひとまず黙らせればいいのよね」
今度は冷たい目をした薙刀の女が向かってきた。艤装はあの巫女服の女と白い着物の女につきっきりだ。私そのもので迎え撃つ必要がある。
やはりこいつらは敵だ。見えるもの全てが敵だ。なら殺さなくてはいけない。壊さなくてはいけない。人間に加担する者は何もかも、何もかもを壊さなくては。
「天龍ちゃんに攻撃したんだもの〜。いくら朝潮ちゃんでも……許しちゃいけないわよね」
薙刀の女はしっかり刃をこちらに向けてきた。それでいい。その方が殺しやすい。触れれば指が落とされそうな攻撃だが、その攻撃は全て読める。
「私も入るわ。無理にでも止める!」
「ボクも!」
槍の女と金髪の刀の女も攻撃に加わってきた。いちいちリーチが違うので処理が面倒だ。特に一番小さい金髪の刀の女。薙刀と槍を回避しながらこちらを攻撃してくる。鬱陶しい。腹が立つ。怒りがより滾る。
薄汚い人間のためにここまでやっているのか。何をここまで駆り立てさせる。こいつらも利用されているに過ぎないのではないのか。わからない。
「予知も使ってるのね。3人がかりでも当たらない」
「挟み撃ちでも避けたんだけど!」
いちいち煩い連中だ。キリがないのでさっさと片付ける。他にも殺さないといけないものは沢山あるのだから。
まず薙刀の柄を掴み、握り潰して刃側をいただいた。それを振るい、次は槍を破壊。最後は刀を薙刀で受け止めて、最も接近している刀の女を蹴り飛ばした。吹き飛んだそいつは槍の女に直撃し、この戦場から退場。残った薙刀の女も一撃入れて蹴り飛ばす。
まだ死んでいないのはわかっている。立ち上がられても鬱陶しいだけ。さっさとトドメを刺しておく。まずは一番キレのあった薙刀の女。
「朝潮様、それはよろしくありません」
気付いたら腹に拳が捻じ込まれていた。さっきの艶やかな女が、知らないうちに真横から鳩尾に一撃喰らわせていた。突然の衝撃に驚くが、そこまで痛くもない。
「怒りも憎しみもごもっともです。ですが、それを仲間にぶつける理由が何処にありましょうか。罪を重ねるのはおやめください。正気にお戻りください。まだやり直せます。今ならば誰もがそれを許してくださいます」
この説教、何処かで聞いたことがある。理由はわからないが、腕の力が抜けるような感覚。殺したいのに、壊したいのに、それが
ダメだ。この女の目と言葉は、私の何かを呼び起そうとする。私の怒りと憎しみが揺らぐ。殺さなくてはいけない。壊さなくてはいけない。手始めはこの女だ。この女も人間に加担する者。死ぬ理由がある。
「こらこら! 今殺そうとしたでしょ! 良くないよ!」
艶やかな女を手にかけようとしたとき、忍者のような女に腕を取られ、そのまま関節を極められた。そんなこと関係なしにもう片方の手でその女を殴りつけようとするが、そちらの腕は黒髪の刀の女に関節を極められる。刀を折ってやったのに攻撃してくると思っていなかった。
「朝潮、正気に戻れ。あのクソ提督は元帥の爺さんが何とかしてくれる」
「そうだよ。あとうちのダンナも信じてみてよ。アレには死ぬより辛い思いさせてあげるからさ」
何を言われようが、私の怒りと憎しみは治らない。人間を信じる理由もない。残していた艦載機を動かし、頭に向けて射撃。しかし拘束を解かれる代わりに回避される。
巫女服の女と白い着物の女に止められている艤装をこちらに戻す。私は無傷だが、これ以上ここで戦いたくなかった。この連中はこれ以上相手にしていると頭がおかしくなりそうだ。
だが、突然身体が昂揚するような感覚に陥った。私だけじゃない。白い着物の女と金髪の刀の女も似たような状態になっている。瞳が金に輝き、白い着物の女に至っては、ある方向に目を向けていた。私も何かの気配と、妙な匂いを感じる。
「あーっ! アサちゃんが最後の段階になってます!」
和傘を差した黒尽くめの女が戦場に乱入してきた。人間に加担する連中は、嫌なものでも見たような顔だった。戦艦らしく身体は大きいがやけに子供っぽい仕草が妙な女。
「お母様がもしかしたらって言ってましたけど、本当になってるだなんて! 見たかったですねぇ、どんな感じに変わりました?」
「今はアンタに構ってる余裕無いのよ」
「いけずですねぇ。でも許してあげます。アマツは優しいので」
会話を聞いている感じ、この黒尽くめの戦艦はあちらの敵らしい。ならば私には何になる。敵なのか味方なのか。
「なってたら説明しろって言われてるので説明しますね。アサちゃんは最終段階、
今の私は中枢棲姫というものらしい。陸上型深海棲艦として本来ならば陣地を持つはずなのだが、何かの手違いか水上型と同じように移動出来るようだ。おかげで人間を滅ぼすのに苦労せずに済むのだからありがたいこと。
言いたいことが言えたからか、今度はこちらに向かって満面の笑みを浮かべながら、手を差し出してくる。握手を求めているのか。
「アサちゃん、アマツは貴女の味方です。人間を滅ぼすために一緒に戦いませんか?」
「アンタ……!」
「山城さんは黙っててくださーい。これはアマツとアサちゃんの話ですから」
その会話の合間を縫って、白い着物の女が黒尽くめの女に跳んできていた。そこまで恨みを買うような存在なのだろうか。
だが、目的が私と同じだ。世界に蔓延る薄汚い人間を軒並み滅ぼしてやりたい。そこまでしなくてはこの怒りと憎しみは晴れない。ならば味方か。
艤装を前に出し、跳んできた白い着物の女から黒尽くめの女を守ってやる。これと協力した方が手早く人間を滅ぼせるというのなら、例え恨みを買うような者でも手を組むことに躊躇はない。
「朝潮……ダメよ……ダメ……」
「そいつの手を取っちゃダメよ朝潮!」
艤装で見えないが、向こうで何か叫んでいる。知ったことではない。
「守ってくれてありがとうございますアサちゃん。では、改めて。一緒に戦いませんか?」
利害関係が一致しているのだから、協力しない理由が無かった。この身体に
私はーーーーその手を取ることを選択した。