欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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内側からの声

憎むべき人間に加担する艦娘達を処理する戦闘中、私に妙なことが発生した。頭の中に()()()()()()()()()。私を『ご主人』と呼ぶこの声は、最初はか細いものだったがどんどん大きくなっていき、今では頭の中に響き渡るほどに大きなものとなっていた。その声量に顔を顰めてしまう。あまりの大きさに考えも纏まらない。

 

『ご主人! やっと届いた! 何やってんのさ!』

 

私を咎める頭の中の声。理解が出来ない。ワケがわからない。何が起きている。

 

『こら、無視しないでよ! ご主人! ご主人!』

 

頭が痛い。子供の声量でおかしくなりそうだ。頭の中にあるものだけは、私の手で排除することは出来ない。否が応でもこの声を聞くことになるが、無視し続けて諦めるまで耐えるしかない。

 

『カスミをやったのご主人なの!? なんでさ! 答えてよ! ご主人!』

 

喧しい。喧しすぎて頭痛が酷い。自然と頭を押さえてしまう。私に跨っている片結びの女を殺してしまえばいいのに、あまりの喧しさに攻撃が出来ない。イライラしてくる。

 

『ご主人! こら! ご主人聞いてんの!』

「……しい」

 

無視し続けていたいのに、ここまで煩いと否が応でも反応してしまう。感情的になりたくないのに、私の本質を引き出されるようだった。

 

『ご主人! ご主人! 反応してよご主人!』

「喧しい! 頭の中で叫ぶな!」

『なら答えてよ! なんでカスミを壊そうとしてるの! ねぇねぇねぇ!』

 

より一層喧しくなる。何をやってもただただ煩いだけ。無視をしようがしまいが関係ない。そもそも一体この子供の声は何なのだ。

そうこうしているうちに、片結びの女は私から離れてしまっていた。私が殴った腹を押さえながら、こちらをただ見ている。今の私は大きな独り言を言っているような状態だろう。だが、私の状況を少し理解しているような顔。こちらが面倒なことになっているのに鬱陶しい。

 

「何なんだ貴様は! 何故私の中にいる!?」

『私のこと忘れちゃってるの!? 頭おかしくなっちゃったの!?』

「知るか! 黙ってろクソガキ!」

 

頭がガンガンする。ずっと騒がれて、そっちの方がおかしくなりそうだ。

 

「薄汚い人間共に与する艦娘なぞ死んで当然だ! だから滅ぼす! 人間も、艦娘も、それに与する全てを滅ぼしてやる!」

『ご主人はそういうこと言う人じゃないでしょ! 人間にだっていい人いるじゃん!』

「人間というだけで罪だ! 生きている価値などない!」

 

何故私はこんな子供に思いの丈を伝えているのだろう。この子供にそういうことをさせる力があるのか。戦場で無防備に、私は何をやっているんだ。

だが止まらない。姿形も見えない謎の存在に、私にしか聞こえていないであろう声に、私は叫び続ける。

 

「皆殺しにしてやる! 人間の蔓延るこの世界を滅ぼしてやる!」

『ご主人にそんなこと絶対にさせない! そっちがその気なら、こうだ!』

 

意識が引っ張られる。こんな感覚初めてだ。いや、初めてじゃない。知っている。知っているけど思い出せない。

何が起きているかわからないまま、気付けば私は暗い空間に閉じ込められていた。目の前に見えるのは、今まで私が見ていた景色。それをテレビに映し出される映像のように見ているだけ。自分の身体は確認出来るが、重力は感じられない。浮かんでいるというよりは、水の中にいるような感覚。いや、感覚といっても何も感じない。暑くもなく、寒くもない。何なのだここは。

 

『貴様何をした!』

「へっへー、仲間を攻撃するんだったら、私が表に出るだけだもんね。そこでおとなしくしてなよご主人!」

『くそっ、ここから出せ!』

 

表に出る、ということは、私は裏に送られたということか、私の身体は一体どうなっているんだ。ただの中枢棲姫ではないのはわかっているが、どうなったらこんなことになる。

 

「ヨルなの!? 姉さんは!?」

「ご主人はなんかおかしいから思考の海に閉じ込めた。そんなことよりカスミの身体!」

「こんなの、擦り傷よ……げほっ……」

 

何本か折ったのだから、内臓くらい傷がついているだろう。咳き込んだと同時に血を吐き出す。歯を食いしばって立ち上がったようだが、フラフラだ。それでまだ死なないとは恐れ入る。

 

「ヨル! この艤装どうにかしなさい! そろそろ耐えられないわよ!」

「あぁあっ!? ごめんなさいすぐに消すから!」

 

戦艦水鬼を追いかけ回す私の艤装は、表に出ている子供の意思で消滅した。表に出ているのが変わっても、あの艤装は私の意思を継いでくれていた。ならば、再展開したところで奴らには敵対する。それだけは安心だ。この子供には武器を与えていない。

 

このヨルと呼ばれている子供、一体私の何なのだ。敵の連中はその存在を認識しているようだし、仲間のように会話もしている。私の中に、人間に加担する存在が入っていたということか。嫌悪感が芽生え、吐き気がした。忌々しい人間に与する存在が私の中にあるだなんて。

どうにかこの空間から出ようと右往左往するが、出入り口はおろか、境界線すらもわからない。外の映像がただ見えるだけ。音も何処からか流れ込んでくる。だが、あの子供も元はここにいたはずなのだ。脱出の方法は必ずある。

こんな場所に閉じ込められたからか、幾分か冷静になれた。焦る必要はない。まだアマツは健在だ。

 

「アサちゃん、どうしました?」

 

私の艤装が消えたことにアマツが気がついたようだ。巫女服の女と白い着物の女は大分消耗しているようだが、アマツは無傷。さすがとしか言いようがない。

 

「ご主人は思考の海に閉じ込めたよ。今この身体は私、ヨルのものだ!」

「……は?」

 

素っ頓狂な声を上げるアマツ。無理もない。今まで共闘していた私が意味不明なことを口走っているのだ。

 

「ヨルって何ですか。艦娘の人格と深海の人格があるのは知ってます。今は艦娘の人格が塗り潰されたはずですし、深海の人格はそれに飲み込まれたはずです。お母様がそう言ってましたから間違いありません。じゃあ貴女は一体何者ですか!」

「もっかい言うけど、私はヨルだよ。あ、そっか、敵の前で表に出るのって初めてだっけ」

 

アマツも私のことを何か知っている口振り。艦娘の人格と深海の人格。言っている意味がわからない。だがそれでも、今私の身体を乗っ取っている子供のことは知らない様子。アマツがわからないものを、私がわかるわけがない。

 

「よっと……よし、まだ出せるね」

 

腰の辺りから尻尾が生えた。私にこんな艤装があっただなんて知らない。まさか、この子供のための艤装が私の中に入っていたということか。意味がわからない。私は一体何なのだ。

 

「それは……カスミちゃんの艤装! 貴女、まさか……」

「そっか、中でご主人が動かせないから、私が動かせるんだ。よーし、それじゃあ……アイツを壊すよ!」

 

長い尻尾をたなびかせ、恐ろしい速さでアマツへ接近。途中で前転しながら尻尾を叩き付ける。

 

「ちょっと! なんでアマツの邪魔をするんですか!」

「そんなの決まってるでしょ! アンタ達がご主人を壊したからだよ!」

 

強烈な叩きつけだが、アマツが片手で受け止める。しかし、それに合わせて爆雷を投げていた。自分に入るダメージなど無視しているような狂戦士(バーサーカー)。敵を壊すために自分が壊れることも厭わないような無茶な戦術。

ここからの脱出方法を探しながらも、私はその戦いを見つめてしまっていた。私が応援するべきなのはアマツであるのは当然である。だが、この子供の戦いに、何故かハラハラしていた。

 

「この……!」

 

爆雷を蹴り飛ばして回避したが、今度は超至近距離での水上機発艦。直撃させるためにカタパルトをアマツに向けていた。

 

「そんなもの、当たるわけないでしょう!」

「当たらなくてもいいよ。フソウ姉! ヤマシロ姉!」

「上出来よ……ヨル……」

「ええ、よくやったわヨル!」

 

子供の滅茶苦茶な猛攻の隙をついて、白い着物の女がアマツの真後ろから蹴りを放っていた。この子供に完全に意識を向けてしまっていたせいか、アマツの脇腹にモロに入ってしまう。さらには巫女服の女も隣に陣取り、蹴られたアマツをさらに殴り飛ばした。

 

「いったたた……」

「あれで痛いで済んでるだなんて……本当に頑丈……」

 

蹴られた脇腹を押さえながら立ち上がるアマツ。まだピンピンしているようで安心した。

だがそこに追い討ちで戦艦水鬼の砲撃が飛んできた。今の攻撃で吹き飛んで、誰からも離れたタイミングを見計らっていたようだ。

 

「ああもう! 本当に邪魔ばっかり!」

 

ここでアマツの質量が一気に膨れ上がる。今まで出していなかった艤装を展開していた。腰から伸びた巨大な尻尾が身体を隠すように包み込み、砲撃を全て弾いていた。

 

「仏棲姫の艤装……相変わらず滅茶苦茶ね。普通あんなに硬くないわよ」

 

戦艦水鬼がボヤいたが、舌打ちした後に主砲を連射。何度撃っても艤装が破壊されることは無かったが、動きを止めることくらいは出来ているようだ。

何度か撃って破壊できないと悟ったか、砲撃が一度止む。焦げ付いてはいるものの、アマツの艤装は凹んでいる程度だった。

 

「みんなでお母様の目的を邪魔して……」

「次は何が目的なわけ? 朝潮が最終段階に変化したんだもの、もう目的達成じゃないのかしら」

「決まっているでしょう。アサちゃんと一緒に、お母様のお願いを叶えるんです。アサちゃんはアマツのお友達、お母様も一緒にいたいと言っていますから。アサちゃんもこっちに来たがってますし」

 

一切悪意のない目で語るアマツ。アマツの母の願いというのは、おそらく私の願いと同じ、人間を滅ぼすことだ。世界の膿、汚れ、争いの元。この世に存在してはいけないもの。共感することも多い。アマツの母親とは気が合いそうだ。

 

「アマツはちゃんと聞いていませんけど、お母様が望むんですから、間違いは無いんです。だから、アサちゃんはアマツ達と一緒に来てもらいます」

 

私だって一緒に行きたい。アマツに協力してやりたい。こいつらは人間を滅ぼすに当たって最大の障壁になり得るであろうことがよくわかった。

だが、よくわからない空間に閉じ込められてしまっている。脱出方法は未だにわからず。ずっと戦闘を見せらているだけだ。本当なら私は脱出方法も知っているのだろうが、黒く塗り潰された記憶は、どれだけ頭を捻っても紐解かれることはない。悩めば悩むほど、人間への怒りと憎しみが湧き上がってくる。

 

「あのさぁ、今のご主人はそっちに行きたがってるかもしれないけど、そうしたのってアンタのお母さんだよね。無理矢理、ご主人がそう考えるように壊して。行きたくないのに、行きたくなるようにご主人をめちゃくちゃにしたんだ」

 

子供の声に怒気が含まれているのがわかった。何故怒っている。私はあちら側に行くことを望んでいる。それを邪魔しているのは紛れもなくこいつらだ。腹が立っているのはこちらの方だ。

だが、子供の言い分に引っかかる。アマツの母親が私の考え方を書き換えたと。私にはそんなつもりはないのだが、それ自体が書き換えられた心だと。理解が出来ない。だが、そうされていると言われれば何もかも覆る。

 

私は壊された?

元の自分は違う?

わからない。

理解が出来ない。

 

「それがどうかしましたか? アマツはお母様の言う通りにやってきただけです。それが正しいんですから。結果的にアサちゃんはアマツのお友達になりました。充分です」

「そんなの友達じゃないよ。無理矢理仲良くさせてるだけじゃん。こっちは嫌なのに」

「何がダメなんですか?」

 

アマツが純粋な目で子供に問うた。

ここからだろう、私がアマツの行いに疑問を覚え始めたのは。

 

「アマツ達と一緒にいればアサちゃんは幸せなんです。お母様と一緒にいればみんな幸せなんです。他でもないお母様がそう言ってるんですから間違いありません」

「それで元々のご主人が居なくなってるのに?」

「アマツは今のアサちゃんが大好きですよ。それでいいじゃないですか。今が良ければいいんです。お母様もそう言ってましたし」

 

濁りのない純粋な目。だが、その奥底には狂気が渦巻いていた。

 

「お話になりませんね。もうやめましょう。アサちゃん以外は全員殺します。犠牲を出したくないのなら、アサちゃんが自分の意思でこっちに来てください」

「嫌だよ。行きたくない」

「なら、貴女以外殺しますね」

 

アマツが艤装を動かし始めた。防御じゃなく、攻撃のため。この子供の周りには数人しかいない。勝敗は火を見るよりも明らかだ。なのに、誰も諦めていない。

 

「フソウ姉、ヤマシロ姉、お願いがあるんだけど」

「ヨルも思考の海に入るんでしょ」

「わ、なんでわかるの? さすがご主人がお姉さんって認めてる人だなぁ」

「私もそれなりに長く一緒にいるもの。アンタの身体は私達が守ってあげるから、やんなさい」

 

クスリと笑う巫女服の女。何をしようというのか。

 

「気絶させれば……いいのね……」

「うん、お願い。出来れば痛くしないでほしいかな」

「難しい相談ね……でも大丈夫……意識を一瞬で刈り取ってあげる……」

 

白い着物の女か私の前に立つ。指を構え、顔の前に。デコピン? そんなことで何を。

 

「朝潮を……お願いね……」

 

ターンッと、額が撃ち抜かれたかと思うような衝撃。視界がすぐに暗転し、ただでさえ暗い空間が一層暗くなった。映像が無くなるだけで、自分しか視認出来なくなる。

表側の意識が飛んだことでこれが起こったようだった。白い着物の女のデコピン一撃で、子供の意識が無くなるほどの衝撃が発生したのか。

 

 

 

「さぁ、お話ししよっか、ご主人」

 

気付けば目の前に子供が立っていた。

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