ヨルのおかげで自分を取り戻すことが出来た。私は朝潮。加藤司令官の鎮守府に所属する艦娘だ。身体は深海棲艦だけれど、それは何も変わらない。
私はまだ完全に元に戻った訳ではないと思う。思考を邪魔されなくなっただけで、まだ人間に対して怒りと憎しみは残っている。それでも、私は司令官のために戦える。人間のためじゃない。仲間のために戦う。
「おい、これはどういうことだ」
ヨルが夢の世界に作り出した司令官の幻影を殺そうとしたアサ。首を掴もうとしたため、私がその手首を掴む。私の前で司令官を殺させるわけにはいかない。
「いくら作り物の司令官でも、殺させるわけにはいかないわ」
手首を掴んだまま、アサの腹を蹴り飛ばした。思考の海とは違う、ヨルが作り出した重力のある鎮守府だ。地面に叩きつけられ、壁にまで飛んでいく。
「ご主人……?」
「ありがとうヨル。思い出した。思い出しただけだけど、もう大丈夫。人間を滅ぼしたりなんてしないわ」
「あぁああっ、ごしゅじぃぃん!」
ヨルに飛びつかれ、力強く抱きしめた。ヨルは子供なのに、ずっと気丈に振る舞ってくれた。抱き着く手も震えている。私とアサが変わり果ててしまい、怖い思いをしただろう。今になってその恐怖が噴き出してきたみたいだ。私の胸の中で泣きじゃくってしまった。
ヨルが作り出した司令官は、ヨルの頭を撫でた後、笑みを浮かべて霧散した。その役割を終え、あるべき場所、私の記憶へと戻っていった。
司令官との絆が私を戻してくれた。そっと左手に、薬指に嵌まったままだった指輪にキスをする。司令官の温かさを感じるようだった。その絆に、感謝を。
「よく頑張ったわね、ヨル。心配かけてゴメンね」
「よかったぁぁ! よかったよぉぉ!」
頭を撫でてやりながら、私が蹴り飛ばしたアサの方を見る。壁に激突し瓦礫に埋もれているものの、あの程度でやられないことくらい、私が一番わかっている。
私が塗り潰されたと同時にアサも飲み込まれたというのなら、私が元に戻ればアサも元に戻るのではなかろうか。私自身、完全に元に戻ったわけではないが、理性は戻ってきている。それなら、もう少しすればアサも正気には戻るはずだ。これでまだ敵対しているようなら……処遇を考えなければならない。
「アサ、目は覚めてる?」
「ってぇ……気つけにしては乱暴すぎるだろ……」
「よかった。貴女も元に戻ったのね」
瓦礫を退かし、頭を振りながら立ち上がるアサ。先程までの敵意しか見えなかった顔から一転、敵意が一切無いいつもの無愛想に戻っている。よかった、見立てはあっていたようだ。
「悪かったなヨル。心配かけた」
「アサ姉も元に戻った? ホントに? もう殴ったりしない?」
「ああ、もう大丈夫だ。人間への怒りと憎しみが残ってるのはキツイが、理性はある。私は思ったより朝潮と繋がってるんだな」
再び泣き出してしまった。緊張が解けたのだろう。ヨルは本当に頑張ってくれた。
私に寄生した深海忌雷が本体であり、私の身体から生み出されたアサだからこそ、ここまで深く繋がっていたのだろう。最初の変化の時はアサには何も無かったが、2度目の時には同調した。そして今回、最後の変化では一緒に堕ちた。私が変われば変わるほど、アサへの影響力も強まっていたのか。
それに対し後付けのヨルは、その特異すぎる性質のおかげで、今回の暴走には巻き込まれなかったわけだ。
そのヨルが、私達を止めてくれた。私達を正気に戻してくれた。救世主以外の何者でもない。いくら感謝しても足りないほどだ。
「そうだ! 今フソウ姉とヤマシロ姉が身体を守ってくれてるの!」
そうだった。私も知っていたことだ。皆で正気に戻れたことを喜ぶのはもう少し後。それに、私が怪我をさせた人達に謝らなければならない。
「なら早く目を覚まさないとね。誰が表に出る」
「決まってるだろ。おら、早く行け朝潮」
「ご主人、みんなをお願い! 私達はいつも通り、艤装で頑張るから!」
2人の笑顔に見送られ、私が表に出た。
やっぱり、3人揃ってこそ今の朝潮は出来ている。おかしな話だが、これが今の私だ。
戦場で目を覚ます。私がどれだけ眠っていたかはわからない。扶桑姉様も加減してデコピンしてくれたと思う。額は少し痛いが、それ以外は無傷だった。
戦況を確認。戦艦天姫は相変わらず戦艦仏棲姫の艤装を駆使し、こちらを圧倒しているようだった。最高戦力である扶桑姉様は私を抱きかかえた状態で戦場を駆け回り、私を守り続けてくれた。山城姉様とイクサさんが主戦力であり、響さんと川内さんがサブ。
南司令官は台船で戦場に残り、この場で指揮しており、怪我人は皆、南司令官が保護してくれていた。敵の艦娘達もひとところに集められ、戦闘に支障がない場所に放置されている。
「目が覚めたのね……」
視線はこちらに移さず、常に戦場を見続ける。『種子』の効果により金色に輝く瞳が、力強く戦艦天姫を見据えている。私のせいで戦闘に参加出来ていない。
「……ヨルじゃなくて……朝潮よね……」
「はい……朝潮です」
「そう……良かったわ。貴女は戻ってこれると……信じていたもの……」
薄く微笑んでいた。
「状況は……わかるわね」
「大丈夫です。中枢棲姫の力も、ヨルもちゃんと使えます」
「じゃあ……やりましょうか……」
こんな身体になっても、私のことを妹として見てくれる。敵の策略とはいえ私はもう咎人だ。手を汚してしまっているし、人間への感情は負のものしかない。それでも、私のことを愛してくれる。前とは立場が逆転してしまった。
それならば、それに応えよう。せっかく扶桑姉様と一緒の戦場だ。ならば、ここからの戦術はたった一つ。
「……私達は……2人で1つの深海棲艦……!」
「っ……海峡……夜棲姫……!」
私達は姉妹。2人で1つの深海棲艦、海峡夜棲姫。私は扶桑姉様の艤装。扶桑姉様は私の艤装。お互いの出来ないことを補い、お互いの出来ることをより伸ばす。
海面に下ろしてもらい、即座に艤装を展開。私よりも大きな艤装であるが故に、展開したらすぐに皆にわかる。当然、戦艦天姫にも。
「アサちゃん、目を覚ましたんですね!」
「ええ……目が覚めたわ……」
戦艦仏棲姫の艤装に体当たりしながらの噛みつき。アサが乱暴に動かしている。これは思考の海で笑いながらコントロールしていることだろう。邪魔な尻尾を無理矢理退かし、私と扶桑姉様が通る道を作り上げた。
ここでこちらも尻尾を展開。扶桑姉様をカタパルトに乗せ、強引に投げ飛ばした。自分の脚で跳ぶよりも速く、戦艦天姫との間合いを詰める。
「朝潮は……私の妹として……目が覚めているわ……」
「な、なんで……っ!?」
提督の力、もしくはまだ隠している2つ目の艤装を使わざるを得ない状況に持っていく。あの速さで扶桑姉様が近付けば、さすがにダメージを与えられるはずだ。
同時に私も接近。この身体、陸上型の割には速力がとんでもない。
「記憶も心も全部塗り潰されたのになんで元に戻ってるんですか!?」
「なんで……? そんなこと……決まってるでしょう」
扶桑姉様の強烈な蹴り。それはどうしてもガードしなくてはいけない。勢いが凄まじく、両腕で受け止めてやっと。あの戦艦天姫の懐がガラ空きになったのが見えた。
「朝潮には……貴女には無いものがあるもの……」
「こちらに帰ってこれるだけの……絆があるもの……」
私が渾身の拳を戦艦天姫の腹にねじ込んだ。扶桑姉様と一緒に、山城姉様の技で。初めて、これだけ戦ってきてようやく、戦艦天姫にダメージらしいダメージが入った。その場に立っていられなくなったようだった。戦艦仏棲姫の艤装が消えて、攻撃の威力で吹き飛ぶ。
やっと私の手で、今までのお返しが出来た。倒すまではいけなくとも、少しだけはスッキリした。だが、まだまだ足りない。即座に追撃。
「そんな、お母様の目的が……!」
「人様を使って達成するとか……烏滸がましいと思わない……?」
「滅ぼしたいのなら……自分の手でやれと伝えておきなさい」
今度は私が扶桑姉様に投げてもらい、顔面を殴りつける。当然ガードされるものの、足下がお留守になったところを見計らい、扶桑姉様が重たいローキック。
連携も今まで以上に出来ていた。本当に心が通じ合っている。以前にやったときよりも私は身体が大きくなってしまったが、その分同じ感覚で技を繰り出せるようになったのかもしれない。
「ここで殺してあげる……二度と朝潮に近付かないように……」
「ここで殺してあげる……二度と皆に迷惑をかけないように……」
私は尻尾で、扶桑姉様は脚で、胴体を同時に攻撃。ここまでやればさすがにダメージが入った。だがまだ痛そうにしているのも見えない。あまりにも頑丈。これも提督の力の一部なのだろうか。
「許せない……お母様の思いを無駄にするなんて許せない!」
艤装を展開。だが、今回は見たことのない装備だった。和傘でもなく、尻尾でもなく、主砲が先端に備え付けられた矛。今までになくシンプルで、簡素なもの。確実にこれだけではない。
だがそれを見た瞬間、イクサさんが声を荒げた。
「フソウ! アサシオ! すぐにそこから離れなさい! それはまずい!」
言われた通りすぐにその場から退避。
その瞬間、私達の元いた足下から巨大な鯨が大口を開けてせり上がってきた。
空母鳳姫が使っていた鯨型の艤装なんて比べ物にならないほどの大きさ。私の艤装よりも数倍は大きい。まさに鯨というサイズの自立型艤装。
そのままいたら簡単に丸呑みにされ、その口内に何層もある歯ですり潰されていた。質量兵器でありながら殺傷能力を持つ武器まで持つ殺戮兵器。戦艦主砲まで備え付けてある。あんな艤装を暴走させられたら、回避すらも難しい。
「あの艤装は太平洋深海棲姫よ! あれは私でも止められない!」
以前はミナトさんにやってもらっていた深海棲艦解説の役目を引き継いだイクサさん。あの艤装を見て一目で正体を看破した。
太平洋深海棲姫とは聞いたことのない深海棲艦だった。私が変化した形である中枢棲姫や、空母鳳姫に組み込まれている深海日棲姫、深海鶴棲姫と同じように、深海の最深部に潜む強力な深海棲艦らしい。
何故そんな深海棲艦の艤装が扱えるのだと考えたものの、大本営の裏切り者が報酬艦の情報を流しているのだった。太平洋深海棲姫も、報酬艦である何者かの要素を色濃く持つ者だそうだ。
「許さない……許サナイ……!」
私が元に戻ったことで、戦艦天姫の方が暴走している。私達を殺すまで止まるつもりはないようだった。だが、こんな艤装を使って本人もただでは済まないだろう。滅茶苦茶な消耗により、戦艦天姫ですら汗をかき始めているのが見えた。
「回避し続ければあちらが息切れするわ。でもあんな艤装どうすればいいっていうのよ!」
「叩き潰せるかしら……」
「扶桑姉様といえども難しそうですが……」
扶桑姉様から見ても、何倍も大きい質量兵器。どうすればいいのだ。
「ッグ……はぁ……はぁ……」
突然鯨の自立型艤装が消滅した。やはり消耗が激しすぎるようだ。今まで戦っていた分と、少しだけでも与えたダメージがある。それが今になって響いてきている。
「お母様……ごめんなさい……アマツ退きます……」
私が殴った腹を押さえながら、最後まで私を睨みつけながら海中に沈んでいった。今まで友達になりたいと言っていた私への態度は一転し、溢れんばかりの殺意に変化した。今後は私を堕とすためではなく、殺すために狙われることになるだろう。
戦闘は終了したが、私の気持ちは大きく沈んでいた。今回の戦闘で傷を負った人の原因は、全て私がやっている。正直顔が合わせづらい。
状況確認は帰投しながら元々この場にいた旗艦の響さんがやることに。私は増援の旗艦であるために響さんの指示に従う。
「霞と瑞穂さんが大破、皐月と天龍さん、龍田さんが中破、叢雲が小破だけど気絶。これでいいかな」
大損害だ。無傷なのは南司令官の護衛に回った響さんと、後から戦闘に参加していたイクサさん、そして川内さん。扶桑姉様と山城姉様も、傷は無いものの消耗が激しい。2人がかりとはいえ、戦艦天姫を食い止めていたのは、本当にギリギリだったようだ。
「朝潮……元気を出して……」
「戻ってこれたんだから良しとしなさい。負い目を感じるのは仕方ないわ」
姉2人に慰められるが、さすがに落ち込む。
「オレとしてはそんなことより今の朝潮の格好の方がまずいと思うんだが。殆ど全裸だぞ」
「うん、ボクもそれがまずいと思う」
艤装というか、中枢棲姫の装飾というか、よくわからないもので要所要所は隠れているが、私は殆ど肌を出している状態。身体中にヒビが入り、腹に虚空が拡がっていることで異形感が凄い。
「そんなことって……私は暴走して皆を怪我させて……」
「敵の策略だろうが。気にすんな。少なくともオレは何とも思ってねぇよ」
「ボクは洗脳された経験があるしなぁ……何にも言えないかな」
皆何かしら近しい経験があるから許してくれるものの、負い目は感じている。ならば、私が今より一層働くことで返さなくては。クヨクヨしていられない。
最後の変化までしてしまったのだから、もうこれ以上心配は要らない。むしろ戦艦天姫の恨みを買ったことで、私が鎮守府にいる方が迷惑になるだろう。率先して出撃するべきだ。そこで皆に返していこう。
「にしても、よくあの状態から戻ってこれたな」
「……ヨルのおかげです。ヨルがいなかったら、今頃私は……」
「ならまずヨルに感謝しねぇとな」
尻尾の艤装を出し、ヨルに自由にさせてあげる。早速私に頭を擦り付けてきた。
『ご主人が元に戻ってホントに良かった!』
「本当にありがとうヨル。おかげで私は絆を捨てずに済んだわ」
『私もだな。ヨル、ありがとな』
ヨルは私達の救世主だ。元々いなくてはいけない存在だったが、今回の件でより一層その存在が認められた。
やはり、私達3人で朝潮は成り立っている。誰も欠けてはいけないのだ。
朝潮最終段階、中枢棲姫亜種。水陸両用の陸上型深海棲艦。
戦艦天姫第2艤装、太平洋深海棲姫。
波濤を超え、波濤の先にあるものが、敵と味方になりました。