南司令官の救援任務は完了し、帰投が完了。怪我人はすぐに入渠していくが、私、朝潮は工廠に入ることを躊躇っていた。今までになく異形に変化してしまった姿を見せることが怖い。ここにいる深海棲艦の方々よりも人間の姿から離れている。今でも腹の虚空では深海の光が明滅していた。
あとは天龍さんに指摘された通り、今の私は要所が隠れているとはいえほぼ全裸である。今までに入渠のこともあってか何度か司令官に裸は見られているものの、なかなか抵抗がある状態。今の今まで南司令官が近くにいたものの、奥さんの川内さんがうまく私の姿を隠してくれていた。
「先生、入らないのかい?」
「ご覧の通り、抵抗がある姿なので……」
「先生らしくもない。今まで2度も変化しているんだ。誰も何も言わないだろう」
響さんに手を引かれ、工廠に無理矢理入れられた。
私が最後の変化をしてしまったことは、響さんの通信で鎮守府には伝えられている。私の変化は皆が知っているために、そこまで驚かないことではあるだろう。だが、今回の変化は一味違う。
「これはまた……大きな変化だ」
司令官に見られると、なんだか胸が高鳴るようだった。虚空の明滅が少し早くなる。これもしかして私の心音に連動しているのでは。
「身体に穴が空いているようにも見えるが、痛くはないのかい?」
「はい、大丈夫です。身体中にヒビが入っているようですが、痣のようなものなので。初霜の右腕と同じようなものです」
「なるほど。なら安心かな」
最初は驚かれたものの、いつものように接してくれた。
実際自分でも触ってみたが、この腹の虚空は正直よくわからない。痣のようではあるが、深く穴が空いているようにも見える。ともかく、こうなっていたとしても私にはダメージが一切無いということ。他人に触らせるのは出来ればやめてもらった方がいいか。佐久間さんに調査してもらうくらいにしよう。
「それとだね、目のやり場に困るかな」
「それはその、ごめんなさい……」
「今まで通りの服で大丈夫かは、君達で調べてほしい。男が口出しするべきではないだろう」
こう話している間も、司令官は私とはあまり目を合わせていない。私に配慮してくれているのだと思うが、少しだけ寂しい気分に。とはいえガッツリ見られるのも恥ずかしい。我ながら面倒くさいと思う。
今は鎮守府再建中、私室で着替えるなどは出来ない。いつも私のものを用意してくれる瑞穂さんは、私のせいで入渠中。ということで、無事だった佐久間さんの部屋を借りることになった。研究室を兼ねているおかげで少し広いのも助かる。
調査がてら私は着せ替え人形となることになってしまった。
戦闘中故に自分ではわからなかったが、私の要所を隠しているものは艤装の一部だったらしい。艤装を消すようにコレも消せた。私は戦場に全裸で立っていたという事実が判明した。途端に恥ずかしくなる。
今後はそれを展開しないようにし、普通に服を着ることで対処することにする。
「朝潮さん、大丈夫です。深海棲艦というものはそういうのも多いじゃないですか」
「そうです。ガングートさんも元の北方水姫の時は大変な状態だったと伺いました」
初霜と春風に慰められるも、より深い傷になりそうだった。初霜は表情が緩んでおり、春風に至ってはいつになく笑顔。私の裸を喜ぶ危ない人のようになってしまっている。
危ないとは思ったが、雪風さんは私に抱きついたまま眠ってしまった。私の変貌で一番驚いていたのは雪風さんだ。出て行く前とはあまりにも違う姿に、錯乱しかけたほどである。今は私の温もりが欲しいようだ。
「深海棲艦ってのは服とかそういう概念がうっすいみたいだからねぇ。やたらスタイル強調するようなのもいたし、装甲空母鬼とか下丸出しでしょ確か。朝潮ちゃんもそれに巻き込まれたんだよ」
私のヒビ割れからいろいろと採取して調査してくれた佐久間さん。
「朝潮ちゃんの身体、確かに前とは違うね。セキちゃんとか、前に貰ったミナトさんとかヒメちゃんのものに近いよ」
「陸上型……ということですね。本当に最後の状態になっていると」
戦艦天姫の言った通り、私は中枢棲姫というものになってしまったようだ。段階を踏んで、駆逐艦の身体を慣らしていき、最終的にここまで成長させてしまった。北端上陸姫の狂気の研究成果に、佐久間さんも頭を悩ませる。
「多分なんだけど、陸上型の深海棲艦って簡単には作れないんだと思うんだよね」
「その理由は?」
「艦じゃないから。陸上型は艦娘ではないでしょ。建造も出来ないと思うんだよね。だから、陸上型を増やすためには、自然発生を粘り強く待つか、朝潮ちゃんみたいに段階を踏んで成長させるしか無いと思うんだよ。これは私の生態調査のゴール地点かな……?」
水上型と陸上型はそもそも生態系が違いそうであるという仮説を立てていた。深海棲艦も奥が深い。
自らが深海棲艦となり、狂気に飲まれながらも調査を完了させ、深海棲艦の生態系の核心に近づいた北端上陸姫の恐ろしさを改めて知った。
「話ではこれが一番最後の変化なんだよね。調べた感じ、確かに細胞は安定してると思う。ここからはもうこの形で固定されたみたいだね」
「実はもう一段階ありましたとかは無いと」
「見立てではね。何かあったらすぐに教えてよ?」
勿論である。私だってこれ以上変化したくない。
ここまで来てさらに変化すると言われたら、次の変化は人型すら辞めさせられる気がする。さすがにそれは誰も受け入れられないだろう。
「これ以上の変化が無いことは喜ぶとして、心の変化に関して出来ることは問診くらいしか無いんだけど、またあちら側に倒れる可能性ってありそう?」
「それは大丈夫だと思います。ヨルのおかげで、私はもう暴走することはないかと」
「何か自覚出来ていることは?」
佐久間さん相手でも言うのを躊躇われるが、ここで言っておいた方が調査の役に立つはずである。
「……人間が嫌いになりました。佐久間さんは大丈夫ですよ。仲間ですから。南司令官も私達の司令官が認めている人なので大丈夫です」
この感情だけは消えていない。ヨルのおかげで記憶は戻り、壊れた心もある程度は修復されている。だがそれは、戻った記憶と理性で心を繋ぎ止めているに過ぎない。おそらくこれは、入渠しても治らないくらいの致命傷なのだと思う。
結果的に、私には『人間嫌い』という後遺症が残ってしまったことになった。今から知らない人間に会ったら、司令官が仲がいいところを見せてくれない限り、態度に出してしまう自信がある。
「そっか。私を嫌いにならないでくれてありがとう。私も人間だけど、朝潮ちゃんを裏切ることは絶対にしないから安心して」
「勿論。今までの記憶もちゃんと戻っています。佐久間さんは信用していますよ。司令官も、佐久間さんも、元帥閣下も大好きな人間ですから」
加えて、今までに私が出会った人間は信用に値する人間だ。浦城司令官、志摩司令官、南司令官も、私は信用している。
「裏切られたら原型が残らないくらいにぐちゃぐちゃにして殺すと思うので、そのつもりでどうぞ」
「怖いこと言うね。でもそうしてくれて構わないよ」
私は冗談で言ったつもりはない。いくら佐久間さんでも、裏切り者の人間となった時点で容赦はしない。
でも、佐久間さんが裏切ることは確実にないと断言出来る。もう長い付き合いだ。どんな人かはわかっているつもり。
「御姉様、お辛いことがあったでしょう。今日の夜は是非、我々を抱き枕にお使いください」
「そうです。今日は霞さんと瑞穂さんは入渠ですから、私が朝潮さんを癒しますよ。嫁として」
「あ、ありがとう」
本気で心配してくれていることはわかるが、圧が凄い。それでも心に傷を抱える2人が私に気を使ってくれるのは素直に嬉しかった。私の心は壊れたままだが、まだこの鎮守府でやっていけると思う。
その後、本当に着せ替え人形にされ、初霜と春風も大盛り上がり。雪風さんも目が覚め、やんややんやと囃し立ててきた。
結果、いつもの練習巡洋艦の制服を選ぶことに。戦艦水鬼のドレスはイクサさんが一時加入したことで重複を防ぎたいために却下。それ以外は相変わらず似合わないという理由で。今更朝潮型の制服は無理と判断。
カッチリしているものは、アサが少し苦言を呈した。白兵戦がしづらいのが嫌だということ。確かに練習巡洋艦の制服は動きづらい。タイトスカートだと足技も使いにくいだろう。
「他の陸上型深海棲艦の服とかにしてみる? ミナトさんのはちょっとしんどいかもだけど、ほら、セキちゃんのとか」
「無くは無いと思いますけど、出来れば被らない方がいいんじゃないかなと」
「確か飛行場姫はレオタードだったね。中間棲姫は白いドレスだったはず」
アサは動きやすければなんでもいいと言い出すが、私としては勘弁してほしい。ヨルの情操教育にもよろしくない。他の案を出してもらいたい。
「あ、それじゃあさ。同じ深海で、動きやすそうで、アサちゃんも気に入りそうなものあるよ。イロハ級のものだけど」
それだけ言って服を用意してくれる。
『イロハか……物によるな』
「姫としては部下の服は嫌?」
『嫌というか、まぁ抵抗は少しある』
イロハ級の服ということで少しだけアサが反応するが、着てみたら反応が一気に変わった。
佐久間さんが用意してくれたのは、戦艦ル級の服。ノースリーブの和服のような上にズボンという深海棲艦としても異質な見た目であったが、今の私達には最適なものかもしれない。ヒビの入った身体は腕以外が隠れてくれるし、ズボンは白兵戦がやりやすい。黒地のおかげか、腹の虚空の明滅も目立たなくなっている。
『いいなコレ。ル級のものがこうも私達に合ってるとはな』
「なら今後はこれにしましょうか。ヨルも大丈夫?」
『だいじょーぶ! カッコいいね!』
概ね好評。ならば今後はこれでいいだろう。差別化も出来ているし、他に無いとすぐにわかる。
「あー、ポニテのリボンも大分ボロボロだね。それもそろそろ替えた方がいいかもしれない」
「なら今度、敷波さんのところに替えを貰いに行きますかね」
このリボン、無理矢理剥ぎ取った挙句、変化に巻き込まれて消えた元の服とは違い、私が中枢棲姫へと堕ちた時ですら消えなかった。アサが生まれた時もそうだ。
これは私が死ぬことを許されない約束の証。これがある限り死ぬわけには行かない。切れてしまったら縁起も悪いし、そうなる前に新しいものが欲しいところだ。
「それにしても……うん、ホント似合ってるけど、駆逐艦朝潮とは名乗れなくなっちゃったねぇ」
「要素が全部無くなっちゃいましたからね。今までも本当にギリギリでしたが、これで本当に無くなってしまいました」
今までも私を朝潮とわかる人は、この鎮守府の人達だけであると言い切れるくらいだった。朝潮要素は結局、改二丁の時からの付き合いである黒のストッキングのみ。それもズボンになったことで穿くことも無くなってしまった。
「朝潮さん、それは……それはちょっとまずいです」
「えっ、に、似合わないかしら」
「似合いすぎます! 男装ですか!?」
言われてみれば、男装と言われても文句は言えない状態かもしれない。
「これはまずいですよ……私以外に嫁を増やすことになりかねません。朝潮さん、私が一番最初の嫁、他に増えたとしても
凄い熱弁に呆れそうになる。そこまでか。
でも男装というのも基本的に艦娘がやることではないようなことなので楽しい。
「御姉様、とてもよくお似合いです。初霜さんの言う通り、男装と言われても差し支えのない素敵なお姿だと思いますね」
「そう、ありがとう春風」
「わたくしと同じ和の基調も取り入れられていますし、事実上、本当にわたくしの御姉様になっていただけたと考えてもよろしいのではないでしょうか。神風御姉様や朝風さんには申し訳ないと思いますが、今のわたくしには朝潮御姉様が唯一無二の姉。是非とも、今後ともわたくしを妹としてお側に置いていただけたら幸いです」
春風もヒートアップ。
今気付いたが、初霜と春風の目の中、一時期の霞のようにハートマークが浮かんでいる。私のル級衣装姿をここまで喜んでもらえるとは。こうなると夜の添い寝が若干怖くなるところである。
「お母さん、すっごく似合ってます!」
雪風さんは素直な一言で改めて抱き着いてくる。3人に絶賛されたのなら、もうこれで確定で。
心機一転、これからの私は、この姿で、この心持ちで道を歩いていく。もう簡単には折れない。これ以上の変化が無いのだから、戦場に出ることも躊躇いがない。
ル級の服って結構独特なデザインですよね。朝潮が着ているものは肩パットは無いイメージです。