陸上型として自分の陣地を手に入れた私、朝潮。今まで領海として心の癒しに使っていた島が、完全に自分のものとなったことで、より一層癒されることが出来る。ここ最近は来れていなかったが、今後はなるべく頻繁にここに来たいと思った。ここが故郷のクウや、私の娘扱いのレキには特に来てもらいたい。
事が済み、少し休憩した後に帰投。深海棲艦の陣地で休むという特殊な経験に、川内さんも満足した様子。今は目も笑っているので、本心から楽しんでもらえたみたいで嬉しい。
建前上の監視ではあったものの、本当に何事も無かったのは喜ぶべきこと。川内さんとは敵対したくないと素直に思えた。そこから、南司令官も信用に足る人間であることを改めて理解できた。どうしても人間を値踏みしてしまうので、私の後遺症が酷いものだと実感させられる。
「アサシオ、難しい顔をしてるわね」
「ウォースパイトさん……そんなに私おかしな顔してましたか」
「ええ。どこも見てないような目をしてたわ。何か悩み事?」
顔に出るほどだったらしい。後遺症とはいえ、あまり褒められたことではない感情を持っていることは、私には大きなストレスになってしまっている。
「……そうですね……ちょっと……いえ、大分大きな悩みが」
「そう、それは大変だわ。帰ったらTea timeにしましょうか。Reluxしながら私に話してちょうだい」
まだ昼食までには時間がある。紅茶を飲むくらいの余裕はあるだろう。お言葉に甘えて、ウォースパイトさんとお茶会を開くことに。私と同じ悩みを持つ人はなかなかいないとは思うが、そこに来た人達にも悩みを聞いてもらうことにしよう。
出来れば照月さんや峯雲にも話を聞いてみたかったが、無い物ねだりだ。時間があれば鎮守府にお邪魔させてもらいたいくらい。
「朝潮様、瑞穂も御一緒させていただけると幸いです。もしかしたら、瑞穂も朝潮様のお悩みの解決に一石を投じることが出来るやもしれません」
「……お願いします。少しでも和らげば嬉しいので」
瑞穂さんも参加してくれる。もしかしたら同じ悩みを持っているかもしれない。
帰投後、約束通りお茶会を開くことに。談話室が空襲の被害を受けていなくてホッとしている。
ガングートさんとポーラさんは別件で参加せず、川内さんは南司令官の下へと向かった。代わりに何処からか話を聞きつけたか、雪風さんが私の膝の上に乗っていた。
「はい、どうぞ。ユキカゼ、熱いから気をつけてね」
「ありがとうございます! ウォスパイさんの紅茶、美味しくて雪風好きです!」
いつの間にかお呼ばれになっていたらしい。私が忙しかったり入渠してたりと構ってあげられなかったことが多かったが、いろんな人にお世話になっていたようだ。少し申し訳ない気持ちになる。
「今日はお母さんと一緒なので、雪風嬉しいです。お母さん、今日はお時間大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。お昼ご飯までの短い時間ですが」
膝の上で紅茶を飲みながら、振舞われたお菓子をハムスターのようにモフモフ頬張る姿は、それだけで癒し要素になる。ずっと餌付けしたい。可愛い。
「アサシオもどうぞ。じゃあ、お悩み相談と行きましょう」
紅茶を口に含む。金剛さんに淹れてもらったものくらい美味しい。そういえば最近お茶を淹れることもしていなかった。いろいろなことを蔑ろにしている気がする。
「……瑞穂さんは知っていると思いますが、私が最後の変化をしたキッカケが……屑な人間の言動だったんです」
「そう、貴女がそんなこと言うくらいだもの、相当だったのね」
人間に対して口が悪くなってしまっているのも後遺症の一種。信頼の置ける佐久間さんに対してですら、ちょっと良くない表現をしてしまっているので、私の頭の中は相当な状態なのだと思う。
「それで……私は一時的に人類の敵になりました。皆のおかげでこちらに戻ってくることは出来ましたが、それでも後遺症が残ってしまったんです」
「……人間への嫌悪感、でしょうか」
「はい……」
司令官は勿論のこと、仲間である佐久間さんや元帥閣下などには嫌悪感は無い。顔見知りであれば大丈夫。だが、不特定多数の人間には、嫌悪感が常に渦巻いている状態。誰も彼もが、あの屑のようなものを持ち合わせているのでは無いかと考えてしまう。
少なくとも顔も見たことが無ければ声すらも聞いたことが無い上層部の連中は、面と向かって悪態がつけるほどに嫌いである。そもそも面と向かいたくも無い。
「前まではこんなこと無かったんです。でも、事あるごとに悪意が出るというか……」
「I see. これは私にも覚えがあるわ」
少し意外だったが、考えてみればすぐにわかった。
ウォースパイトさんは元戦艦棲姫改。元
「ウォースパイトさんにもそういう感情が?」
「最初の頃はね。だって私、真っ黒だったわけじゃない。あちら側だった頃は人間は滅ぼすものと思っていたものよ」
今どころか仲間になった直後ですら、そんな素振りは見せなかった。そういうところは本当に
結果的に人間への感情は薄れ、今に至る。罪悪感は払拭出来ないが、女王の風格に相応しい思考へと昇華された。
「私が気軽に言うことではないと思うけど、時間が解決してくれるのは確かね」
「時間……ですか」
「そもそも人間に嫌悪感を持っていないのがアサシオなんだもの。自然と元に戻っていくわ」
それまでに悪いことが起こらなければいいのだが。
基本的に艦娘が人間と接する機会は無いようなもの。本土の鎮守府では民間護衛なんてこともあるらしいが、人工島に作られた最前線の鎮守府では、そういったこともほぼ無い。他の鎮守府への救援任務ですら、ある程度配慮された状態だ。そもそも戦闘行為のための援軍のため、人間が近付くことが出来ない状況にされている。
鎮守府にこもっていれば、人間に会うこともなく、そのうちに今の感情も薄れていくだろうと話す。私は外への援軍はやったことが無いので、基本的には普段通りに過ごせばいい。
「私は殆どここから出なかったじゃない。その間にゆっくりとね」
確かにウォースパイトさんはこの鎮守府から殆ど出ていない。脚が不自由であることもあるが、そもそもが出る理由が無かった。『種子』騒ぎの時に浦城鎮守府に出向いたことが、唯一の外部との接触。さらにその時は洗脳状態にあった。
「だから、こうやってお茶でも飲みながら、気持ちが変わっていくのを待てばいいと思うの。少し気長すぎるかしら」
「そんなことありません。参考になります」
その隣、瑞穂さんは少し目を伏せていた。
「瑞穂はお手伝い出来そうにありません……申し訳御座いません」
「いえいえ、何も問題無いですよ。確かに瑞穂さんも元黒ですが、その辺りは事情がありそうですしね」
瑞穂さんも元水母棲姫、つまりは元黒。さらには北端上陸姫側についていた過去もある。だが、その時から人間への恨みや憎しみは薄かったらしい。
何故なら、ただの愉快犯だったから。ただ敵が苦しむ姿が見たかっただけという悪質なもの。私とは方向性が少し違う。
「瑞穂は人間をただただ見下していた過去しか御座いません。恨みも憎しみもなく、陥れようと思っていただけですので……」
「確かにちょっと違いますね」
その感情が全て罪悪感に転換されたのが瑞穂さんだ。結果、1回目は記憶が全て飛ぶほどの精神的ダメージを受け、2回目はそれが戻ってきたものの悪夢を見る事態になっている。
感情が残ったままの私やウォースパイトさんとは若干毛色が違った。一歩間違えれば、私も壊れていたかもしれないと思うとヒヤヒヤする。
「雪風には難しい話はよくわかりませんが、お母さんは嫌なことがあったんですよね」
紅茶のお代わりをウォースパイトさんに要求しながら、雪風さんが会話に参加してきた。難しくてわからない話ばかりではあるものの、何かいろいろ思うところがあったようだ。
雪風さんも記憶を失っているが元黒。北端上陸姫の娘として活動していた時には、人間は滅ぼすものという認識だったことだろう。今でこそ何もない真っ白な状態ではあるものの、何か直感的に勘付いてここにいるのかもしれない。
「……そうですね。それが尾を引いてしまってるんです」
「雪風、嫌なことがあったら、いっぱい美味しいもの食べて、いっぱい遊んで、いっぱい眠れば忘れちゃいます!」
可愛らしい解決法。そんなことで解決すれば苦労しないのだが、雪風さんが考えて出してくれた案だ。やってみる価値はあると思う。幸い、美味しいものは今食べているし、昼食も近い。遊ぶ……というのは、訓練や演習をすればいいか。それだけやれば疲れてグッスリだろう。よく食べ、よく遊び、よく寝る。今日からでも実践出来そうなものだ。
「ありがとう雪風さん。実践させてもらいますね」
「雪風、お母さんの役に立ちましたか?」
「はい、とっても。遊ぶのは立場的に難しいかもしれませんが、運動は出来ますからね」
「それなら良かったです!」
ニパッと満面の笑み。またお菓子をモフモフ食べているところを撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細めるが、食べるのは止まらない。もうすぐお昼だというのに、ご飯がお腹に入るのだろうか。
「雪風さん、あまり食べ過ぎちゃダメですよ。お昼ご飯もあるんですよ」
「これで終わりにします!」
私は私で紅茶を飲みながら気分を落ち着ける。
有識者に事情を聞いてもらえることが、こんなに心を楽にしてくれるだなんて。やはり1人で溜め込むのではなく、皆に相談する方がいいに決まっているのだ。
人間嫌いは、この鎮守府で幸せに囲まれながら、時間をかけて治していこう。それが一番の得策。そもそもこの鎮守府にいれば外と関わること自体が無いのだから、それでいい。
昼食後、南司令官が帰投することとなった。滞在時間は短かかったが、私には濃厚な時間だった。
「多少は身体を休めることは出来たかい?」
「はい、おかげさまで」
南司令官はここ最近、諜報活動で休みが取れてなかったと聞く。少しの間でもここに滞在出来たことで、心身ともに休息出来たようだ。
川内さんも私の監視というお仕事をしつつだが、大本営のことを忘れて羽を伸ばせたようだ。今は妹である那珂ちゃんさんと最後の談笑。
「お姉ちゃんから恋バナ聞けるなんて思ってなかったから新鮮だったよー」
「いやいや、私も女だからね」
「また聞かせてよね。まだ馴れ初めくらいしか聞いてないもん」
「次の機会にね。それまで生き残るんだよ」
「当然でしょー! 那珂ちゃんは死にません! アイドルだから!」
仲のいい姉妹。ここに神通さんがいないことが悔やまれるところだ。
「7人目の裏切り者は、元帥閣下が拘束したと聞いています。先にこちらから手を回しましたから、何も心配は要りません」
「すまないね。今上層部に関わっている余裕は無いんだ。裏方は頼らせてもらうよ」
「はい。バックアップは任せてください」
ガッチリ握手して台船に乗り込んでいった。川内さんも那珂ちゃんさんに別れを告げ、最後に私の前に。
「人間嫌いになるのは仕方ないよ。あれだけの事があったんだから。でもさ、ああいう屑は凄く少ないんだ。何人も見てきて、何人も
ニカッと笑って肩を叩かれた。
「笑って送り出してよね!」
「……はい。川内さん、また会いましょう。それまでに気持ちの整理をしておきますから」
「そうそう、それでいいんだよ。何かあったら、私が朝潮を始末してあげるから」
「ふふ、物騒ですね。そうならないように肝に銘じておきますよ」
これが今生の別れになるわけではない。今度会う時は、胸を張って前に出よう。
「それでは、また」
「ああ、次は勝利の報告をしたいね」
敬礼し、南司令官と川内さんは帰投した。最後までこちらに手を振ってくれていた。
次は勝利の報告を。そして、私が開き直れた姿を見せたい。川内さんに始末されないように、正しい道を選択していかなければ。
そういう意味では、また私は死ねない約束が出来たのかもしれない。いくつもいくつも約束を作って、私は生にしがみつく。仲間に殺されるような結末は、絶対に選択しない。
ここから朝潮の人間嫌いはゆっくりと薄れていくことになるでしょう。女王様の含蓄ある言葉は、ティータイムでも重みがある。