鎮守府から東に離れた防衛線。混ぜ物の気配と匂いが鎮守府まで届かない場所で敵の進軍を待ったところ、夕方に近い時間に会敵。こちらの空母隊の力を削ぐために夜を狙ってきたようだが、司令官の予想が的中したおかげで、こちらはほぼ全力で立ち向かえる。
敵の中央には旗艦である空母鳳姫。周りには空母棲姫と空母水鬼が陣取り、その後ろには初顔の防空埋護姫。そしてバカみたいな数の人形の群れ。建造を繰り返しては深海忌雷を寄生させ、物言わぬ手駒を増やし続けているということだろう。
「まず私達が周りのを終わらせます! 皆さん!」
「なら私とアサシオが先陣を切るのが得策よね。前と同じように蹴散らしてあげるわ!」
イクサさんの自立型艤装が変形。頭部の超大型主砲が展開された。前回はこれで敵艦隊のど真ん中に風穴を開けた。人形も深海忌雷が寄生されているとはいえ身体は殆ど艦娘だ。イクサさんの一撃ではひとたまりも無いはず。
「射線開けなさい! 撃つわ!」
敵の一番群がる場所へ一撃。ブーストもかかった超大型主砲を火力により、直撃した人形は木っ端微塵に。だが、破壊されたのは1体だけで留まっている。前回よりも硬くなっている気がする。
本来ならまともに活動していた艦娘をこういう形で沈めなくてはいけないのは、毎度のことながら本当に辛い。躊躇いが無くなってきているのがより気分が悪い。
「硬いわね……前より強化されてるのね」
「うぅ……艦娘殺すの嫌だなぁ……」
皐月さんは人形と戦うのは初めて。そもそも価値観が違うイクサさんや、何度か戦っているせいで慣れてしまっている私とは違う。出来ることならやらせたくない。
「ごめんなさい皐月さん……損な役回りを……」
「いや、覚悟決めるよ。もう救えないんでしょ?」
「はい……頭がやられてるので」
隣では高雄さんや霞が割り切って魚雷を放っている。1人ずつ着実に撃破し、確実に数を減らしていった。
「皐月! 後悔は後からにして! 押し潰されるわよ!」
「アンタの罪悪感は私らも背負ってやるわよ。同じことやってんだから!」
今はとにかく数を減らすことが先決だ。あちらの戦いに手を出してもらいたくない。ただでさえあちらには姫7体という酷い状況だ。
「アサ、いいわね」
『任せろ。まずはあっちの姫だな』
「ええ。じゃあ、お願い!」
艤装展開。誰よりも大きな中枢棲姫の艤装を走らせ、3体いる空母水鬼の1体を薙ぎ倒す。空母水鬼も艤装を含めればそれなりのサイズがある敵だが、それよりも大きな艤装が大口を開けながらの直接攻撃。白兵戦でも何でもない質量兵器での体当たりで、空母水鬼を艤装ごと吹き飛ばし、残った本体は無理矢理噛み潰す。脆い空母であればこれだけで終わり。
本体は自衛、艤装で攻撃と、今の私は攻守の分担が完璧に分かれた。ヨルも一緒に自衛に参加してくれるので心強い。戦闘中はもう交代すら要らないだろう。
『はっはーっ! こいつはいいな! 全員ぶちのめしてやる!』
『アサ姉ノリノリだ! ご主人、私達も!』
「いや、今私が出るのは得策じゃないわ。自分を守るの」
『りょーかいでありまーす!』
今の戦術は私達にあっている。変化が最後まで行ったことで私は前より冷静に戦場が見られるようになり、アサは本能に従うようになった。ヨルは後付けのため影響は無いが、私に従ってくれるおかげで戦いやすい。
「姉さん荒っぽすぎない?」
「あれはアサが勝手にやってるだけ。霞は自分の相手に集中!」
「わかってるわよ!」
確実に随伴は減らしていく。私とイクサさんで姫級を、霞、高雄さん、皐月さんで人形を消していき、龍驤さん達の戦いに少しでも貢献をしていった。早く終わらせなくては。
空母鳳姫には防空埋護姫が常に付き従っている状態。私に対する瑞穂さんの如く、空母鳳姫を守るように立ち回り、龍驤さん達の艦載機を黙々と落とし続ける。防空の姫というだけあり、3人がかりの航空戦も、たった1人で食い止めていた。
「なんやアイツ、1人やぞ!」
「さすが防空の姫、一筋縄ではいかないねぇ。でも、こっちにも防空の姫はいるじゃんさ!」
対する空母鳳姫の攻撃。1人で3人分の艦載機を飛ばしつつ、矢まで放ち直接射撃してくる暴れっぷりだが、それを1人で食い止めているのが、私達の防空の姫、吹雪さん。
この短時間で徹底した空母対策を練り込み、全特型の特性まで覚え、それを体現するまでに鍛え上げた。それこそ、私の与り知らないところで血反吐を吐くような訓練をしていたのだと思う。
「ここで負けたら、妹達に合わす顔が無いですから!」
低速なのは脚部艤装による移動速度だけだ。駆逐艦ならではの小回りを利かせた行動力で、放たれた矢を主砲で弾き、上空の艦載機は高角砲で撃ち落とし、甲板が主砲に切り替わったら回避に専念して天龍さんに一任する。
「目立たない子だと思っていましたが……なかなかどうして、厄介な子のようですね」
「それはどうも!」
司令官が天龍さんに『あわよくば白兵戦にも行ってもらう』と言っていたが、最初からこれが狙いだったようだ。吹雪さんの努力は司令官も知っていただろう。だからこそのこの布陣。
最初の絨毯爆撃は天龍さんやイクサさんの助力も必要であったが、空母鳳姫1人であれば吹雪さんだけで食い止めることが出来た。おかげで天龍さんが本体狙いの行動が出来るようになっている。
「雲龍! 先行きやぁ!」
「了解。切り札を」
指示で早速雲龍さんが取り出したのは、午前中に私が貸し出した深海の艦載機。またしても私を模した式神から発艦した艦載機は、雲龍さんの周囲を旋回した後、空母鳳姫に向かって低空飛行で特攻。
「マイさん、よろしくお願いします」
空母鳳姫の簡単な指示に頷いた防空埋護姫。艦載機が1つや2つ増えたところでやる事は変わらない。それが低空になったことでテンポは崩したが、あちらの動きが今より速くなるのみ。自由に動き回る深海の艦載機にすら照準をしっかり合わせてきている。
「そんな簡単に墜とされるわけにはいかないわ」
「私もそっちやる!」
その照準を掻い潜るように複雑な動きをさせ、空母鳳姫ではなく防空埋護姫の方へと攻撃。空母としてはあちらを先にやらなくては現状を打開出来ないと判断したようだ。
それに合わせて蒼龍さんも動きを変える。これだけの接戦をしているが、空母鳳姫を龍驤さん1人に任せ、防空埋護姫に向けて矢を放つ。艦載機に変化せず、そのまま射るスタイルで攻撃。
「……!」
それを防空埋護姫、当たる前に素手で掴んだ。雲龍さんの艦載機も気にもしないように撃ち墜とそうとするため、緊急回避させ手元に戻した。
空を守るのみならず、空母を抑え込むために作られたもの。対空母として、この戦場を支配するためにこの場に立っている。こちらの部隊を予測した、空母対空母を根底からひっくり返すための存在。
「うえ、マジ!?」
「天龍、あれの動き止めて」
「結構必死だっての! 響、そっちは!」
「こちらも手一杯だよ」
天龍さんは当然白兵戦を仕掛けているものの、空母鳳姫の横槍もありなかなか上手く攻撃を入れることが出来ない。
響さんは空母隊が乗る大発動艇を現状最もいい位置に配置するのが最優先任務だ。私と同様に戦場の全てを把握し、合間合間にちょうどいいところに攻撃をする。響さんの本当の仕事は今では無い。まずは空母鳳姫を次の段階に持っていかなくては。
「嘗められたものですね。龍驤1人で私を抑えられると?」
「うち1人じゃないやろ。吹雪ぃ!」
このタイミングで吹雪さんのヘッドショット。深雪さんの得意技、精密射撃の1つ。妹の出来ることなのだから、姉も出来るという無茶な理論を実現させた『お姉ちゃんパワー』での一撃。
「本当に、邪魔な子……!」
それを見越したかのようにその場から姿が消える。提督の力をここで発揮してきた。が、当然それもこちらは見越している。
「ダメだって言ってるでしょ!」
そのスピードに追いつける島風さんはこちらの部隊に編入させてある。吹雪さんの首筋に匕首が向かう前に、島風さんがその腕を掴む。
その小さな隙、龍驤さんが式神を放つ。艦載機には変えず、ダイレクトに頭へ。しかし、空母鳳姫はすかさず甲板を主砲に変形させ式神を破壊。
「まだまだですよ」
「そちらがですよね?」
吹雪さんが隠し持っていた簡易爆雷を空母鳳姫の胸元に放り込んだ。
ヘッドショットをすれば自分が狙われることも、提督の力で白兵戦の距離まで近付かれることも、それを寸前で島風さんが食い止めてくれることも、全て織り込み済み。
第1段階で出来ることは全てわかっている。だからこその、奇を衒った爆雷。さらにはそれに対してのピンポイント射撃で回避する暇すら与えない。だがそれだと吹雪さんはおろか、空母鳳姫を掴んでいる島風さんも巻き添えを食う。
「連装砲ちゃん! 退避ーっ!」
そこで、島風さんが連装砲ちゃんを総動員。大で吹雪さんを、中と小で自分自身をその場から退避させた。多少のダメージは入るかもしれないが、致命傷は無い。
退避した直後、爆雷が爆発した。簡易のものなので本来のものより殺傷力はないが、あれだけの至近距離だ。まともに入れば大きなダメージになるはず。
「……褒めてあげましょう。ただの駆逐艦の身でここまでやれるとは」
爆風が即座に晴れ、深海日棲姫の艤装を展開した空母鳳姫が姿を現わす。あの至近距離の爆発も、提督の力で一時的に退避したのだろう。島風さんと吹雪さんが追撃されなかったのは運が良かった。
「第2段階……ここからやな!」
「ここから? ここまでですよ龍驤」
大発動艇に向けて無数の魚雷を放った。ここからが響さんの本当の仕事が始まる。
「ヴェールヌイ、魚雷処理に入る」
「任せたで……うちらの生命線やぞ」
大発動艇に向かってくる魚雷は全て主砲による砲撃で撃ち抜いていく。ここからは完全に防衛一本。私達が随伴艦を処理しきらない限り、次に繋がらない。
こちらは群がる人形達をあらかた一掃し終えた。最後の方になると皐月さんも感覚が麻痺してきたか、無表情で人形の首を飛ばす。
「こっち大体終わった。そっちは?」
「あと姫だけじゃないかしら」
「こちらも終了。朝潮とイクサさんの様子は?」
姫級は私とイクサさんで処理している。何度も飛ばしてくる艦載機はイクサさんの強化された三式弾で対処し、アサが1体ずつ轢き殺す。敵の攻撃により私の艤装は少しずつダメージを受けていくが、元の性能がかなり上がっているようで、凹みだけで済んでいる。戦艦がいないのはありがたい。
私は私で、こちらに向かってくる人形から自分の身を守っていた。戦艦の人形はこちらにいたが、ヨルのおかげでどうとでもなった。連携攻撃を繰り出してくるものの、その辺りは関係ない。
『ご主人を守るよ!』
「頼もしいわ。よろしくお願いね」
もう私も素手で敵をどうにか出来るようになってしまった。扶桑姉様や山城姉様には及ばないが、もう完全に徒手空拳での白兵戦担当に該当する形になっている。アサの筋トレがしっかり効いている。
尻尾を振り回して薙ぎ倒しながら、噛みつき頭部を破壊。私自身でも首を握り締め、確実に息の根を止めていく。
「姉さんがあんなことになるなんて思わなかったわ……」
「ね。弁えてるから白兵戦やらないって言ってたのが嘘みたい」
えらく昔の話を掘り出してきたものだ。その時とは状況が違いすぎる。
『こいつで終わりだぁ!』
最後に残された空母棲姫を轢き、本体を噛み潰した。残酷な攻撃方法だが、もうこれしか手段が無いのだから仕方あるまい。たまには交代して、手足がある中で戦ってもらうのもいいかもしれない。
「お疲れ様」
『っはぁ! これいいな。私は結構好きだぞ!』
「こうなって本能の化身っぷりが強くなったわね。じゃあ、先に進むわよ」
これで随伴は大方片付いた。残りは空母鳳姫と防空埋護姫のみ。しかし、その2人が難敵である。
「龍驤さん! 随伴片付きました!」
「ナイスや! 早よう手伝ってくれ!」
壮絶な状況。第2段階に進んだ空母鳳姫の雷撃の範囲が異常。響さんがどうにか大発動艇へ向かう魚雷のみを処理しつつ、最善の位置に大発動艇を移動させている。
それに加え、防空埋護姫もさらに力を上げてきた。防空と同時に雷撃も始め、ただでさえ酷い数の空母鳳姫の魚雷の数を追加してきている。こちらの空母隊の艦載機をことごとく抑えつつ、雷撃まで放ってくる今の状況が相当にキツイ。
「そろそろ押し潰されるんじゃないですか?」
「まだまだぁ!」
吹雪さんの防空性能はまだ追い付けている。より増えた空の敵をことごとく撃ち墜とし、さらには魚雷の処理まで手伝うことまで。義理の妹を守るために、いつも以上に力を発揮している。
代わりに、少しだけ顔色が悪くなってるようにも思えた。相当無理しているのがわかる。
「天龍さんは防空埋護姫をお願いします! 対空は私だけでやりますから!」
「頼もしいなぁ吹雪よぉ!」
ここからは12人で敵2人と戦うことになる。数が増えたことにより、この防戦一方な戦況を覆すことが出来るか。