空母鳳姫との戦闘が終了し帰投した。時間はもう夕方。すぐに夕食というほどの時間になってしまっている。司令官に出迎えられた私達は、大破の皐月さん、中破で消耗が激しい響さんをすぐにドックに運び込んだ。
その後、防空埋護姫の処遇を考えることとなる。私に対して助けてほしいと訴えてきた。あれは嘘偽りない言葉だったと私は思う。怪我はしていなかったが、艤装は破壊し、私が無理矢理気絶させたため、現在は皐月さんと響さんと一緒に入渠中。
戦闘に出ていたものはお風呂で疲れを癒した。その後、私は防空埋護姫の様子を見るために工廠へ。そこでは佐久間さんが作業していた。
「ひとまず『種子』の中和は終わったよ。あと、セキちゃんと一緒に、艤装の中の『種子』生成装置は撤去した」
ドックの隣に小さな箱が置いてあった。ヨルの中にも入っているらしい生成装置である。
私の場合は破壊からの再構成で新たな『種子』を生成するものに生まれ変わったが、防空埋護姫の場合はどうなるかもわからない。私と同じようになればいいが、また黒い『種子』を作り出すようなら、敵が近付く度に洗脳されるという酷いことになる。
「深海忌雷の中にも似たようなものがあったんだけど、これだけは様子見かな。癒着の仕方が艤装とは段違いだったから。皐月ちゃんが壊してくれたおかげで機能は死んでたけど、入渠の結果次第ってとこだね」
もし入渠してその機能が復活し、黒い『種子』を生成するようなら、どうにか撤去するとのこと。撤去出来ずとも、機能だけは破壊する。
『これが私の中に入ってるの?』
『らしいな。こいつのおかげで私達は戦える。お前のおかげだ』
『えへー』
ヨルは勿論のこと、私やアサだって見るのは初めてだ。手のひらに乗るほどに小さな箱だが、この中で『種子』が延々と生成され身体に流し込まれていると思うと、少し怖い。
「これ解析したら、もしかしたら全員が混ぜ物の過負荷を乗り越えられるかもしれないね」
「確かに。『種子』を生成しなくてもうまくいくかもしれませんね」
「流石にこれに関しては明石さんとセキちゃんに任せるけどね」
艤装に関しては工廠組に任せるのが一番である。佐久間さんはそういうことに手を出せる人ではない。要は適材適所。
「ただ、この子、
「そうなんですか?」
「この子、駆逐艦だけど爆雷が装備出来ないみたいでね。対潜行動が一切出来ないんだって」
艦種としては防空駆逐艦であるものの、対空母に特化された改造をされたせいで、一切の対潜行動が出来ないそうだ。代わりにもらえたのが、戦艦主砲と見紛うほどの威力を誇る高射砲。上にも下にも使えることから、両用砲と呼ばれている。
そのくらいの
「それくらいなら問題ないですね。本人がどう受け取るか次第ですが」
「そこは起きてからだね。傷自体は無いから、今日中に起きるかも」
「ならまた目覚めを私が確認します。私が気絶させてますから」
伝家の宝刀で気絶させたのは他ならぬ私。せめて最初の段階は私が見届けよう。そこからは自由に生きてもらいたい。
佐久間さんが話していた通り、防空埋護姫は夜、就寝時間ギリギリの辺りで入渠完了。工廠組と佐久間さんの尽力により、防空埋護姫はほぼ元の状態に戻ったそうだ。違うのは1つだけ、艤装に仕込まれていた生成装置を外したことのみ。
さすがに夜に起こすのは忍びないということで、起こすのは翌朝ということになった。なお、響さんと皐月さんは一晩かかるとのこと。一緒に起きてもらうことになるだろう。
翌朝、工廠へ。深海忌雷に寄生されたことによる深海棲艦化なので、万が一を考え、私の他に島風さんと雪さんに来てもらっている。いざという時は3人の相乗効果で心を落ち着けてもらう作戦。
「なんかえらいことになってるね」
「防空埋護姫を起こすのかい?」
「はい。何かあってはいけないので、これだけ準備をしています」
同じタイミングで目を覚ました皐月さんも響さんも、この状況を見て驚いている。そそくさと制服を着て、私達の援護としてこの場に残ってくれた。
「すまない、待たせたね」
事が事なので司令官も同席。緊急時は司令官に押さえつけてもらう可能性もある。防空埋護姫は現在全裸の状態だが致し方無し。いてもらえるだけでも私達が安心できる。
「では、ドック開けます」
明石さんの声が聞こえ、入渠ドックの蓋が開いた。そこに即座にバスタオルが投げ込まれる。流石に全裸はよろしくない。
身体を隠しながら身体を起こす。金色の瞳でこちらを見据えてくるが、その視線はどこか焦点が合っていない。意識はどうなっているかはわからないが、少なくとも敵意は無いように見えた。突然暴れ出すようなことがなくて良かった。3人がかりの相乗効果は不要のように思える。
「大丈夫かな。今の状況が理解出来るかい?」
『種子』の呪縛から解き放たれたことで、今は素の状態になっているはず。ただし、島風さんと同じならば、艦娘の意識と深海棲艦の意識が混在してしまい、最悪の場合壊れてしまう。
防空埋護姫が今の状態にされてどれくらいの時間が経っているのかはわからない。しかし、こちらに助けを求めるだけの理性が一瞬だけでも戻った。ならば、しっかりとした意識があると見てもいい。その場合、
「助けていただき、ありがとうございます」
体内の『種子』が無くなったことで、しっかりとした意識が表に出ている。ただ、
「端的に話してほしい。今の君はどういう状態なんだい?」
「……その、申し訳ありません。人間の方は……」
やっぱり。これは艦娘と深海棲艦の意識が完全に同化してしまっているパターンだ。
今でこそ柔和した扶桑姉様だが、出会った当初は、妹と絶対に出会えないことによる世界への憎しみに満ち溢れていた。この防空埋護姫はそれと同じ。人間を守りたい気持ちと滅ぼしたい気持ちが綯い交ぜになってしまっている。そこから、人間に対しては拒絶反応が出てしまっているのだろう。
おそらく、今の私と同じような人間嫌い。拒絶することに申し訳なさを感じているからマシな方。
なら佐久間さんとも顔を合わせることが出来なそう。精密検査は難しいか。
「私がいると話が進まないようだ。任せていいかい?」
「はい。後からご報告いたします」
少し残念そうな顔をして司令官が退室。それにより、防空埋護姫も少し緊張が解けた様子。艦娘と深海棲艦だけとなると、薄く笑顔も見せ始める。
「貴女が私を助けてくれたんですよね」
「そう……ですね。貴女の助けてという言葉が聞こえましたので。かなり強引でしたが」
「いえ、助かりました。重ねて御礼を。ありがとうございました」
いそいそと用意された服を着ていく。防空埋護姫としての服ではなく、以前に見たことがある照月さんの制服と、首から下、手の指足の指の先端までを覆う白のインナー。そして、コンクリートのような色のケープコート。防空埋護姫は照月さんと同じ秋月型の駆逐艦ということなのだろう。
「申し遅れました。私、秋月型防空駆逐艦3番艦、涼月です」
深海の意識もありつつ、秋月型の涼月さんとしての意識も存在する、完全な混在型。涼月さんの意識の方が強そうなのは、そもそもが涼月さんであり、そこに深海忌雷を寄生させられたからだろうか。そこへさらに防空埋護姫の艤装を装備させられ、存在そのものを防空埋護姫とされていたようだ。
そもそも防空埋護姫自体が、涼月さんの要素を色濃く持つ深海棲艦らしい。それならば、今の状態になっていてもおかしくはないか。
「深海棲艦としての意識が混在している……ということで大丈夫ですか?」
「よくわかりませんが、おそらくそうなのだと思います」
「そうですか。では、いろいろとお話ししましょう。落ち着かないようでしたら私だけになりますが」
「いえ、大丈夫です。人間がいなければ問題ありません」
徹底して人間嫌い。気持ちはわかるが、司令官くらいは受け入れてもらいたいものである。
そこからは涼月さんの知る限りの情報を聞いていくこととなる。島風さんのように記憶が混濁していることはなく、今までやってきたこともおおよそ覚えているらしい。
涼月さんはあちらの鎮守府で建造され、その後、深海忌雷を寄生させられた。その時に人間への憎しみが頭の中に入ったそうだ。自分が涼月であると認識しながらも、深海棲艦であるという認識もあった。そこに『種子』を埋め込まれて、空母鳳姫の側近とされたようだ。
「あの時、貴女方は空母鳳姫に仇なす怨敵としか思えませんでした。特に空母……空母だけは何が何でも潰せと、命令されていました」
やはり空母対策。空母鳳姫側も、龍驤さんを強く意識していたのだろう。私達があの場所に先んじて待機していたからこそまともに戦闘出来たが、そうでなかったら夕暮れから鎮守府近海で戦闘開始。龍驤さんが出てきたとしても完封するつもりだったようだ。対空をする必要が無くなっても、両用砲は主砲として使っても有り余る火力を持っている。
空母鳳姫も涼月さんに特別目をかけていたらしい。対空母、対龍驤さんとしての虎の子。結果的に分散して各個撃破がうまくいったからいいものの、それが出来なかった場合、こちらの空母は相手の目論見通り完封されていた。
「私は建造されてから、ほぼ空母鳳姫と一緒に行動していました。なので、あちらの内情とかには疎くて……」
「大丈夫です。あちらがそういう敵であることはこちらも理解しているつもりですから」
元が人間であり、研究者。そのためか、情報漏洩の可能性は徹底して消している。目をかけているものにも必要最低限しか伝えていない。だから空母鳳姫は無言で消えていったし、戦艦天姫は何もわかっておらず盲目的に従っているのだと思う。
結果的に、涼月さんはほぼ情報を持っていなかった。それは仕方のないことだ。
ここからは涼月さんの今後の話になる。
「涼月さんは今後どうしていきたいですか?」
「助けていただいた御恩を返したいと思います。私が助けを求め、貴女がそれに気付いてくれました。御礼をさせてください」
幸い、ここには同類が多い。艦娘と深海棲艦、どちらの意識も持ち合わせてしまっている涼月さんには、居心地のいい場所になり得るだろう。
ただし、ここには2人の人間がいる。それを受け入れられるかどうか。
「でしたらここに配属する形でいいですか?」
「配属……さっきの人間の部下になるということでしょうか」
「そうなりますね」
またもや明らかな嫌悪感。これはもしかしたら私よりも酷い人間嫌いなのではなかろうか。
「……行く当ても無いので、仕方ありませんか」
「司令官は本当にいい人間ですから。信用してください」
「少しの間、観察させてもらいます。信用に値する人間かどうか」
「大丈夫ですよ。私が保証します」
人間への嫌悪感はすぐには払拭出来ないだろう。ウォースパイトさんからも時間が解決すると言われていることだし、今私自身が苛まれている問題でもある。
気持ちはとてもわかるが、司令官と佐久間さんだけは受け入れてもらわなくては。
「ああ、自己紹介が遅れました。私は朝潮、朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮です」
「……駆逐艦?」
その反応ももう仕方のないことである。
「朝潮は敵のお姫さんに身体をめちゃくちゃにされたんだよ。あ、ボクは皐月ね」
「最初は駆逐艦だったんだが、今は陸上型深海棲艦だよ。私はヴェールヌイ。響と呼んでくれればいい」
艦娘2人が補足説明をしつつ自己紹介。人間は嫌いだが艦娘は問題ないみたいだ。あの時の私とはそこが違う。人間に従っているものも敵という考えには至らないようだ。
「背中に忌雷があるから私と同じだね! 島風だよ、よろしく!」
「雪です。私も忌雷が寄生してるよ」
「同類がいるというのは心強いです」
ここに配属された理由はいろいろあるが、仲間がいるというのはそれだけで心の支えになるだろう。アウェー感が無くなるというか。
ひとまずは私達の仲間となってくれた涼月さん。この鎮守府でいい人間と触れ合い、少しでも人間嫌いが克服出来ればいいのだが。
新たな仲間、人間嫌いの涼月。加藤司令官を嫌った状態からスタートする娘は、実は初めてですね。司令官という役職と、そもそもの人柄から、加藤司令官は受け入れられやすい人間だったので。