皆と同じようにヒメさんも朝食を摂る。人の手で調理された食べ物というのが初めてのヒメさんには、質素めな朝食でも感動するものだったらしい。
「そんなに喜んでもらえたなら光栄だ! 朝はしっかり食べた方がいい。1日の始まりだからね!」
ヒメさんがいるということで、朝食は司令官の手製。ただの焼き魚でも、私達が作るものとは違うように思えた。
「コレガサカナ、ワタシ、コンナノシラナイ」
「料理と言って、食べ物に一手間加えることでもっと美味しく食べられるんですよ」
箸の使い方はまだわからないようなのでがっつくように齧り付いているが、満足そうに食べている。
たった一晩でヒメさんも思ったより鎮守府に慣れていた。司令官の方針に皆も従い、艦娘全員が
「お味噌汁は熱いので気をつけてくださいね」
「ン。アツイ、デモウマイ」
お気に召したようだ。
遠巻きにヒメさんの食事風景を皆が見ているが、空気がとても和んでいた。ここまで幼い艦娘は、世の中には居るらしいが少なくとも私はまだ見たことがない。無邪気に食べるその姿は、とても私達の敵には見えなかった。
「ア、テートク、チョットイイカ」
「おや、どうしたんだいヒメ君」
「コウワンネエチャンニレンラクスル。シマノムキ、オシエロ」
連絡といってもかなり離れた位置の島だ。ここから艦載機を飛ばすのだろうか。
私は実際にヒメさんが艦載機を飛ばすところを見ているが、私達とはまったく違う不思議な光景だ。龍驤さんや雲龍さんの式神や、蒼龍さんの矢のように、何か物があるわけではない。その場で突然現れる。どういう仕組みなんだろうか。
「わかった。朝食を食べ終えたら教えてあげよう。まずはそれを食べてからだよ」
「ワカッタ。テートクノゴハン、ウマイカラスキ」
司令官もそう言われて嬉しそうにしていた。艦娘だけでなく、深海棲艦にも好評となると、私達も鼻が高い。
深海棲艦も味覚は人間や艦娘と同じものということが今回のことでわかった。人型だからなのか、ヒメさんが特殊なのかはわからないが。
朝食後、司令官と共にヒメさんを鎮守府の外へと連れて行く。島の方向は私も大体わかる。海沿いを少し歩いたところで、ちょうどいい場所を見つけた。
「ここからまっすぐ北の方ですね。少しズレるかもしれませんが、ヒメさんの艦載機なら調整できると思います」
「アサ、アリガトウ。ココカラトバス」
私と司令官が少し離れる。昨日と同じように手をギュッと握り、空に向かって開くと、3機の艦載機が現れた。昨日と違うのは、そのうちの1機が非武装になっていること。ここでの情報を伝えるためのもののようだ。
「ヨシ、イッテコイ」
ヒメさんの掛け声と共に、艦載機が一気に加速して北へ飛んで行った。見た感じでは、私達の最大戦速よりも速いほどだ。もし敵だったとしたら、撤退はかなり難しいと思える。
「はー、変わった発艦やねぇ」
「龍驤さん。今日の哨戒ですか?」
「せやでー。さっき終わらしたとこや」
龍驤さんの姿を見て、ヒメさんは即座に私の後ろに隠れる。深海棲艦だからというわけでなく、普通に人見知りなのかもしれない。慣れているのは私の他だと霞とガングートさんと司令官くらい。その霞は多少打ち解けたとはいえ、違う方向性で敵視している節があるが。
「せや、対空訓練この子にやってもらうんはどうよ。ホンマモンの深海棲艦に訓練してもらえるなんて滅多にないことやで」
「滅多どころか絶対ありえないですよ」
「タイクウ、アサ、ナニカシタライイノカ?」
ヒメさんも若干乗り気だ。
鎮守府を見てくるというのがヒメさんの今の使命であり、ここで何をしているかも知るべき内容だ。艦娘がどうやって訓練しているかもその対象になるのかもしれない。
こちらとしても、深海棲艦の攻撃を受けてみるというのはまたと無いチャンスだ。訓練だから実弾ではない。それでも深海棲艦、しかも姫級の攻撃。やれるものならやってはみたいが。
「ヒメ君、君はダミーの弾で攻撃はできるかい?」
「ウソッパチノコウゲキカ。デキルゾ。ミセテヤル」
艦載機を1機発生させ、攻撃を見せてくれた。
猫耳ボールの艦載機の口が大きく開くと、その中から爆雷のようなものが吐き出される。本来なら本物の爆弾だが、今回は黒いオイルのようなもの。見た目はイカの墨にも見えるが、海に落ちた途端霧散して何も無い状態になった。
「すまないが、これの成分を解析させてほしい。問題が無さそうなら、ヒメ君に訓練をやってもらおうか」
「マカセロ。コウワンネエチャンニ、カンムスノコトヲオシエルタメニモ」
「ああ。港湾君にも我々の情報を渡さなくてはね。訓練データなら幾らでもあげよう」
鎮守府の中を歩かせている時点で機密を公開しているようなものだ。訓練データの一つや二つ、微々たるものだろう。実際、こちらの得られるものの方が大きいのだから。
明石さんの成分解析の結果、艦載機が落とした黒いオイルのようなものは、ただの色のついた海水だったそうだ。人畜無害、ただの目潰し。深海棲艦にもそういうものを使う時があるのだろうか。後から聞いておこう。
無害だとわかったことで、ヒメさんが攻撃役の訓練が行われることになった。結構な数の参加者が集まったが、ヒメさんが慣れているということで私がまず
ヒメさんは波止場を自分の陣地と見立てて艤装を展開。陸上型と戦闘する場合は常にこの状態だ。
「アサ! ホンキデイインダヨナ!」
「はい、本気でお願いします。で、一つ聞きたいんですが、後ろのそれは」
「シュホウダゾ」
ヒメさんの背中から伸びた蛇のような首。港湾棲姫の艤装にもついていた、艦載機を吐き出した頭部を小型化したもの。その口の中には砲が見えている。
ヒメさんは深海棲艦によくいるハイブリッドタイプ。ガングートさんが戦艦なのに魚雷を装備できるのと同じで、空母のように艦載機を飛ばすのに主砲も装備している。陸上型は皆そういう感じらしい。
「ミズデッポウダカラ、アンシンシロ」
「わかりました。ではお願いします」
「イクゾー」
両手をギュッと握って、空高く開く。同時に尋常ではない数の艦載機が現れた。幼女の姿にも関わらず、その数は一航戦の搭載数をゆうに超えている。
ここから絨毯爆撃されたら、さすがに避け切れる自信がない。
「ジャア、イケー!」
最悪の事態。本当に全機から一斉に爆撃してきた。艦載機を撃ち落とすどころの騒ぎではない。
「まずは逃げ切る!」
その場にいても始まらない。即座に動き出し、落下地点から遠くに離れる。ヒメさんに近付いたら、主砲(という名の水鉄砲)の恰好の的になってしまう。だから、まずは大きく右へ迂回。
爆撃終わりの艦載機が半分、私の進行方向へついてくる。もう半分は一旦ヒメさんの元へ。
「ヨクヨケタナ! ツギハコレダ!」
追ってきている艦載機をバックしながら少しずつ処理しているが、ヒメさんの方が気になった。艦載機が渦を巻いて塊になっている。艦娘の艦載機では絶対にできない挙動。
しばらくして、追ってきた艦載機の半分近くを墜としたタイミングで、その渦をそのままこちらに撃ってきた。艦載機そのものが弾として突っ込んでくる。これに当たるのは訓練としてもまずい。さらにいえば、艦載機なのに高さが無いため高角砲では落とせない。
「それはズルくないですか!?」
紙一重で避ける。爆撃を撒き散らす渦なんて聞いたことがなかった。だが、姫級ならいくらでもやってくるかもしれないと考えると、これを
「こ、これどうすれば私の勝ちになるんです!?」
「サア?」
「ちょっと!?」
今度は主砲での攻撃が混ざる。水鉄砲とはいえ、その攻撃は重巡洋艦に匹敵していた。
訓練ではあるが、もう滅茶苦茶だった。艦載機を墜としたとしても、次から次へと増える。そこに主砲攻撃が来るのもいい。改二へ駆け上がるための訓練もこれくらいだったと思う。
だが、艦載機そのものが突っ込んでくるのは想定外過ぎた。これはもう対空ではない。
「スゴイナ、アサ! ハンブンヤラレタゾ!」
「結構頑張りましたね! でもそろそろ勘弁してもらえますか!」
「ワカッタ! ジャア、オワリ!」
気付かない内に半分は墜としていたらしい。艦載機からの攻撃がぴたりと止まる。渦となっていた艦載機もヒメさんのところへ戻ると煙のように消えた。
なんとか全て避け切ったようだが、改二じゃなければかなりギリギリだったのではなかろうか。速さも必要。精密さも必要。集中力はもっと必要。
「ふむ……恐ろしいな、姫級の深海棲艦というのは」
「そうですね……でもいい資料になりました」
司令官と大淀さんがしみじみと話している。周りで見ていた人達も、姫級の攻撃を間近で見て、いろいろと思うことがあるようだ。
「姉さん、大丈夫?」
「なんとか……。回避訓練として見たらすごい身につく訓練ね……」
無傷で終われたのが奇跡な気がした。もしかしたらこれでもヒメさんは手加減していたのかもしれない。そうだとしたら怖いものだ。
それからは、ヒメさんもノリノリで訓練をしてくれていた。ほとんど回避訓練になっており、ヒメさんは気が済むまで撃ち、こちらは対空ができるのなら艦載機を墜とす。できないのならただただ避け続ける。
私が避けられただけあり、他の参加者も概ね無傷で避けている。が、消耗もかなり激しい。特に、低速化している吹雪さんと白露さんは大分苦労していた。
「カンムスハ、イツモコウイウコトシテイルノカ?」
訓練を一度終了し、談話室で休憩。
この訓練でヒメさんは艦娘と大分打ち解けた。同じくらいの身なりの駆逐艦とは特に仲良くなっている。最初は私にしかくっついてこなかったが、今では白露さんの胸に顔を埋めて抱きついている。
「いつもじゃないかな。たまに」
「ナンデダ? イタイノイヤジャナイノカ?」
ごもっともな疑問だが、ここで艦娘と深海棲艦の違いが如実に表れていた。
ヒメさんは産まれた時点ですでに今の力を持っていた。練度関係なしに、あの大量の艦載機を操れ、主砲も撃てた。つまり『完成した生き物』として産まれている。
逆に、艦娘は産まれたばかりでは何もできない。故に、『成長する生き物』である。訓練すれば、努力すれば力を得られる。
「痛いのは嫌だよ。でも、強くならないとね」
「カンムスハ、ヨワイノカ?」
「あの時ヒメを守れたでしょ。弱いと思う?」
「ウウン、ツヨイ。カンムスハツヨイ」
諭すように話す白露さん。ヒメさんにはもっと艦娘のことを知ってもらわないといけない。
共存するにあたって必要なものは相互理解だ。こちらも深海棲艦についてはほとんどわからない。向こうだって同じだろう。なら、わかるところから歩み寄らなければ。
「艦娘はね、頑張った分だけ強くなるの。あの黒いのも倒しちゃうんだから! そしたらヒメも静かに暮らせるでしょ?」
「ウン。アイツタオス。ワタシタチノバショヲマモルゾ」
少なくとも今は利害が一致している。ヒメさんが、港湾棲姫達あの島の深海棲艦が敵に回ることは今のところ無いだろう。話のわかる深海棲艦がこれほどまでに心強いとは思わなかった。
「ヒメ君、ちょっといいかい?」
くつろいでいるところに提督がやってくる。急いでいるようには見えないため、緊急事態ではなさそう。
「ドウシタ、テートク」
「これは港湾君の艦載機じゃないかな?」
持っているのは港湾棲姫の放っていた黒い艦載機。朝にヒメさんが送り出したように完全な非武装。定期連絡のために飛ばしているようだ。
「ソウダ、コウワンネエチャンノ!」
艦載機を受け取ると、耳を当てて音を聞く。
深海棲艦の艦載機はそれそのものが生物のような挙動をする。港湾棲姫の艦載機は比較的飛行機に近い形ではあるものの、コクピットなどはなく、1機が1つの生物として成立しているようだ。これはヒメさんの艦載機である猫耳ボールも似たようなもの。
「ウン、ウン……ワカッタ! モウスコシヨウスヲミテ、ヨサソウナラコッチクルッテ!」
「そうかそうか。彼女なら歓迎するよ。だが島はどうするんだい。放棄するわけにはいかないだろう」
陸上型深海棲艦が産まれた時に同時に形成される陣地。ヒメさんの陣地も今は纏めて港湾棲姫が管理している状態だ。放棄してしまったらヒメさんも困るだろう。
「ダイジョーブ。
「なんだって?」
その言葉の意味を知るのは、もう少し先の話になる。
深海棲艦は原作の方でも謎だらけなので、後付け設定が捗る捗る。アーケードの北方棲姫の動き、すごく可愛いですよね。