空母鳳姫の側近として、洗脳され働かされていた防空埋護姫、涼月さんが鎮守府に配属することになった。しかし、深海忌雷が寄生している影響で、今の私、朝潮と同じほどの人間嫌いを患ってしまっていた。鎮守府を治める者、私達の司令官が人間であることから、配属を渋るほどである。行く当ても無いのでここにいることにしたようだが、嫌悪感は簡単には払拭出来そうにない。
今はなるべく顔を合わせない方針でいくことになったが、どうしても食事の時間は同じ場所で食べることとなる。そのため、涼月さんの周りには視界を遮るために何人かが常に囲うことになっている。同じ空気を吸いたくないと言わないだけマシだった。
午前中は涼月さんの艤装周りを確認。本来なら佐久間さんにも付いていてもらいたかったのだが、諸々の事情により断念。深海艤装のため、セキさんとイクサさんが確認することとなった。
イクサさんは何だかんだ御意見番役を買って出てくれた。私達は深海棲艦の種類については知っていることが思った以上に少ない。
「例の装置を抜いたが、まともに動くみたいだな」
「はい、上々です。違和感なく動かすことが出来ます」
巨大な両用砲がガチャガチャと音を立てて上下に動いた。口径としては小さいのに威力は戦艦並みにある深海の謎である。
本来、秋月型防空駆逐艦なら、照月さんの持つ長10cm砲ちゃんをマイナーチェンジしたものを持っているが、涼月さんの場合は艤装が完全に防空埋護姫のものに差し替えられてしまっているため、長10cm砲ちゃんは存在しない。
「聞いているかは知らないが、お前には
「その程度でしたら差し支えはありません」
「それならいい」
涼月さんは深海棲艦ではあるが、オーバースペック組に属することになりそうだ。サイズはさておき、時津風さんと萩風さんが一番近しい。
「この鎮守府がどういうものかは聞いているか?」
「いえ、まだ。でも、説明するのはあの人間なんですよね。でしたら話すのはちょっと……」
「重症ね。気持ちはわかるけど」
溜息をつくイクサさん。穏健派であるイクサさんには理解が出来ない感情のようだ。そもそもイクサさん自身も司令官に好意を持っているように見えるし。
「彼はいい人間よ。ねぇ、アサシオ?」
「はい。慣れるのには時間がかかるかもしれませんが、司令官は本当にいい人間ですから。それに、信用に値するか観察するんですよね?」
「……そうですね。人間というだけで嫌うのは少し早計でした。貴女方の言う通り、まずは見させてもらいますね」
本来の涼月さんの性格のおかげか、とても素直で物分かりがいい。嫌悪感を抱いている相手にも真摯に向き合おうとしてくれている。元はとても真面目な性格なのかもしれない。深海棲艦化の影響がそこかしこに出てしまっているが、ここで生活することで、元の性格が強くなってくることだろう。
涼月さんはそのまま工廠でセキさんとイクサさんから説明を受けることとなったので、私はその足で執務室に向かった。司令官に涼月さんのことを伝えるためである。
人間嫌いな者が所属するのは初めてのこと。最初から拒絶された状態というのは無かったそうだ。初霜も似たような経歴だが、それはトラウマから誰も信用出来ないという全方位への敵意だ。人間だからという理由でピンポイントで毛嫌いされる方が辛いだろう。まだ無関心の方がいい。
「今までに無かったことだからね。実はそれなりに堪えているよ」
苦笑する司令官。今までにない悲愴感が伝わってくる。
「そもそも目を合わせてくれないし、こちらを見てくれたと思ったら嫌悪感がヒシヒシと伝わってくるんだ。さっきの短時間だけでそれだからね」
「司令官は歩み寄りたいのに、涼月さんは離れていってしまいますからね……こればっかりは待つしかないかと」
「だねぇ。……思春期の娘を持つとこういう感じなんだろうか」
言いながらも書類仕事をテキパキとこなしていく。あの筋肉質な巨体が、小さなペンを持って事務作業をしている姿は、何処か可愛らしい。山城姉様が惚れるのもわかる気がしてきた。
「涼月さん自身、司令官が信用に足る人間か見させてもらうと言っていました。司令官なら普段通りで問題ないかと」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
「私達が一番わかっていますよ」
この司令官なら、平常運転を見ているだけでも信用を得られるだろう。何も悪いことなどしていないし、いつも私達部下のことを気にかけてくれている。司令官の鑑と言えるだろう。
なんなら同じく人間嫌いにされてしまった私が司令官の良さを直に教えていってもいい。ここに住むのだから皆が仲が良い方が居心地がいい。涼月さんにもだし、私達にもだ。
「まずは司令官と佐久間さんに慣れてもらわないといけませんね。特に佐久間さんは、これからお世話になることも多いでしょう」
「そうだね。すぐに顔を合わせることは出来ないだろうけど、ゆっくり行こう。時間が解決してくれるはずさ」
ここは焦ってはいけないだろう。無理にやれば余計に嫌いになってしまいそうだ。少なくとも、私は同じことをされたら人間嫌いが悪化しそう。
「そうですね。焦らず騒がず、涼月さんと付き合っていこうと思います。幸い私達には普通に接してくれるので」
人間相手以外なら普通の艦娘であるため、その辺りだけは心配が無い。
午後からは島風さんも加わり、涼月さんに鎮守府を案内する。島風さんは相変わらずコミュニケーション能力が振り切れており、もう仲が良さそうだ。島風さんが涼月さんと同類。仲間意識としても、島風さんが最も近い人になるだろう。涼月さんも島風さん相手だとすぐに心を開いた。
午前中に説明され、この鎮守府がいろいろな種族の者が所属している特殊な鎮守府であることを理解していた。そもそも自分の境遇が世の中には無いような経緯。似たような人が他にもいると聞いただけでも驚いていた。
「ここはいいところですね」
あらかた案内し終わり、談話室で雑談。行くところ行くところで所属している艦娘が話しかけ、嫌でも関係を作っていく。昼食のときも誰かが必ず近くにいる。涼月さんの場合は視界に人間を入れないようにするというのもあるが、そんなこと関係なしに誰かがいる。
そんな状況に、涼月さんも楽しんでいるように思えた。ここで目覚めた時よりは笑顔も増えたと思う。そこからの今の言葉だ。まだ半日程度ではあるものの、鎮守府の良さに気付いてもらえたようだ。
「だよね。私もすぐにここに馴染んじゃった」
「島風さんも私と同じようなものなんですよね」
「そうだよ。私もあの敵の姫にこれ付けられて、それでも言うこと聞かないから要らないって捨てられちゃった。朝潮に拾ってもらわなかったらのたれ死んでたかも」
仲間の証、背中の深海忌雷。最初は私だけだったこの特殊な身体も、今では4人目。涼月さんも深海の匂いがやたら強くされてしまっている。こうやって3人で集まって歩いているので、相乗効果でとんでもないことになっているだろう。おかげで皆の心が安定している。
「普通なら見捨てられそうな私達ですが、この鎮守府は受け入れてくれます。他ならぬ司令官が私達を拾ってくれましたから」
「……そんなにあの人間はいいんですか?」
「勿論。
間髪を容れずに答える。本心からだから考えることもない。隣の島風さんも首を強く縦に振る。
「私みたいな漂流してきたのも、何も言わずにここに置いてくれてるんだもん。私の理由は結構軽めじゃないかな?」
「そうですね。重い理由を持っている人は多いです。それでも迎え入れてくれるんですから」
まだ後発組には話していないが、雪さんの経緯がおそらく一番重い。それでも今は、佐久間さんの助手として健気に働いている。
元深海棲艦の人達もそうだ。山城姉様と激戦を繰り広げたガングートさん、私を瀕死にさせたウォースパイトさん、卑怯な作戦で私達を追い込んだ過去を持つ瑞穂さんに、命惜しさに私達を裏切った過去を持つポーラさん。そして混ぜ物から奇跡の浄化を遂げた雪風さん。皆重い。その死の瞬間まで知っているために、より重い。
「救える者は救うという信念は、ここに所属しているからこそ生まれた信念です。ということは、皆、司令官のおかげでそこに辿り着けたということになります」
「そこまで絶賛するほどですか? 人間を?」
「気持ちはわかります。私も人間は大嫌いです。ですが、好きになれる人間もいるということを理解しています。司令官や佐久間さんがそれに該当しますね」
ほんの少しの説得。これが人間嫌いを払拭するためのキッカケになってくれれば嬉しい。私は本当に酷いものを見てしまったせいでまだまだ払拭は難しいが。
涼月さんの人間嫌いは、私のように
「涼月さん、ほんの少しでいいので、ここにいる人間は見てみてください。信用に値する人間ですから。司令官も、佐久間さんも」
「……恩人である貴女がそう言うのでしたら。元々私も観察すると宣言していますし」
「はい、それで結構です」
ここで、佐久間さんの反応が近付いてきていることに気付く。こちらを探しているとかそういうのではなく、たまたまだ。これは避けた方がいいのだろうか。余計な諍いは起こしたくないが、避けて通るのも何か違う。
「あ」
そうこうしている内に談話室に入ってきてしまった。途端、涼月さんの顔が嫌悪感に歪む。
「えーっと……うん、サヨナラ!」
「佐久間さんちょっと待ってください」
気まずい雰囲気になったので逃げ出そうとした佐久間さんだったが、島風さんが見事に捕縛。気まずいのはわかるし、逃げ出したいのもわかるが、佐久間さんは何も悪いことをしていないのでちょっとここにいてもらう。説明したいこともある。
「いやいや、さすがに私も弁えてるって。涼月ちゃん、人間が好きじゃないんでしょ? 視界にも入らない方がいいでしょ」
「視界に入らないと、信用出来る人間かどうかはわからないでしょう。ねぇ涼月さん?」
心底嫌そうな顔をしているのがわかった。変えられた本質は、そう簡単に正せるとは最初から思っていない。それも含めて今の涼月さんを構成している。ただでさえ今日目覚めたばかりなのだから、そんなにすぐ変えられたら苦労しない。
だが、避けていたら今の場所から進み出すことも出来ない。信用するもしないも、まずは行動を見てみないことにはわからないのだ。それを怠るほど涼月さんも愚かではないだろう。
「涼月さん、この人が、涼月さんの身体から『種子』を中和したんです。謂わば、涼月さんは人間のおかげで元に戻れたんです。本当の恩人は佐久間さんなんですよ」
不快そうに佐久間さんを一瞥する。そんな視線で見られても、佐久間さんは態度を変えない。むしろ、今までに受けたことのない視線だからか、なんだか少し嬉しそう。
「涼月さんだけじゃないです。佐久間さんのおかげで皆が救われてます」
「洗脳が解けるようになったのも佐久間さんのおかげなんだよ。てきのせいで気持ち悪くなるのが無くなったのも、敵の近くだと艤装が動かなくなるっての直したのも、全部佐久間さんのおかげなんだから」
島風さんも自慢げに話す。佐久間さんの功績はもう誰も足を向けて寝られないほどになっている。佐久間さんがいなければ、今頃全滅していただろう。それを覆してくれたのは本当に大きい。鎮守府への貢献度はダントツに高い。
「……私の洗脳を解いてくれたのは、御礼を言わせていただきます。ありがとうございました」
「あ、うん、どういたしまして」
「それだけです。まだ私は信用出来ません。皆が口を揃えて信用出来ると言っても、実際見ないとわかりませんから」
涼月さんの方が談話室から立ち去ってしまった。それを島風さんが追ってくれたので、私は佐久間さんの近くへ。
「いやぁ……根深いね」
タハハと苦笑する佐久間さん。だが、この現状を悲観しているようには見えない。むしろ楽しんでいる。
「出来れば何事もないか調査したかったんだけど、今は難しいかな」
「そう……ですね。今の態度からして、多分触らせてもくれません」
「だよねぇ。いつもみたいに血が欲しかったんだけど、今はやめておこうかな。時間かけて仲良くなっていこう」
あんな目で見られても諦めていない。佐久間さんがそんなことで諦めることはないだろう。涼月さんは人間が嫌いなだけでとても誠実な人だ。わかってくれれば、確実に仲良くなれる。
前途多難ではあるものの、光が見えないわけではない。ゆっくり、ゆっくりとこの場所に馴染めるように。
涼月の人間嫌いはとても根深いもの。本質に絡み合ってしまっているので簡単には解けそうにないです。ですが、もしそれが改善されたとすれば……とても心強い存在になるかもしれませんね。