雪風さんの初陣となる私、朝潮の所有する陣地への哨戒任務は順調に進み、今は陣地の上でまったりしている。涼月さんともお話しが出来たのも上々であった。ただのんびりするだけの簡単な任務ではあるものの、これからも続けていきたい。心の安寧はいつでも大歓迎である。
そろそろ陣地から帰投しようかというくらいの時間に、電探に艦載機の反応が入った。この島にいる時に艦載機が近くに飛んでくることは実は意外とないこと。反応からして深海のものではないことはわかっている。
「お母さん、どうしました?」
「艦載機の反応が電探に引っかかりました。深海のものではありません」
この辺りに艦載機を飛ばしてくることがあるのは、まず確実に浦城鎮守府の艦娘だ。艦載機の飛ばし方からして……あれは一度見たことがある。瑞鶴さんだ。数的に2人分だと思うので、もう1人は葛城さんだろう。そういえば、一度この近くで援軍要請を受けたことがあった。
「朝潮ちゃん、もしかして……赤い海があっちの方まで拡がっちゃってるんじゃ……」
「……ああ、なるほど」
私の侵食が思った以上に広く、あちらの領海から視認できるほどになってしまったのかもしれない。赤い海が見えたら強力な深海棲艦が発生したと思うのが当然である。哨戒機を飛ばすのも至って当然。
私が海を侵食してしまうという情報は、他の鎮守府には伝わっていない情報だ。私達の鎮守府の内容で、全鎮守府に公表されている内容は、敵の攻撃により姿を深海に変えられている者がいるということと、誰が変えられたかという情報くらいである。
「私の成長の件は公表されていないんでしたね……」
それから少しして、私達全員が視認出来る位置に哨戒機を確認。足しになるかはわからないが、手を振っておいた。こちらには敵意などないと伝わればいいが。
少し頭上を旋回してから、元来た方向へと飛び去っていった。こちらが手を振ったのは見えていただろうか。
「下手したら討伐対象に誤認されちゃうかも」
「それは流石にまずいです。こちらから接触しましょう」
ただでさえ、今の私は朝潮として認識されない。新種の深海棲艦の姫として、鎮守府総出で討伐されてしまう可能性もあった。見知った相手が敵になられても困る。
「島風さん、雪さん、今の艦載機を追ってもらっていいですか」
「うん、わたし達で説明すればいいよね」
「おうっ! 任せて!」
少なくとも島風さんと雪さんはあちらと面識があるので、姿を見せれば攻撃はされないはずだ。2人に先行してもらい、事情を説明してもらうことにした。その間に私も司令官に連絡を入れておく。
「司令官、南部哨戒部隊の朝潮です」
『おや、どうしたんだい?』
「おそらく浦城司令官の鎮守府の哨戒機を陣地から確認しました。私が領海を拡げてしまう件って、伝わっていませんよね?」
無言になってしまった。少し間が空き、
『申し訳ない! まさかそこまで赤い海を拡げてしまうなんて想定していなかった!』
「ですよね。私も想定外でしたので」
猛烈に謝罪された。おそらくこれは誰も想定していない。私だってここまでの規模になるなんて思っていなかった。
この陣地はどちらかといえば浦城鎮守府に近い方にある。これだけ拡げても私達の鎮守府からは確認できないだろうし、そもそも私がいることが確定しているのだから確認すらしないだろう。本当に盲点だった。
『浦城君にはこちらから伝えておくよ』
「あちらの哨戒部隊には今、島風さんと雪さんが接触しています。面識があるのですぐにわかってもらえるはずです」
『そちらは任せたよ。すぐに連絡をするからね』
まぁこういうこともあるだろう。司令官だって神ではない。人間なんだから、これくらいのイージーミスくらいする。完璧超人ではないことがわかったことで、また少し魅力が増したように思えた。
少しして、島風さんと雪さんがあちらの部隊を引き連れて戻ってきた。説明だけでは納得してもらえず、直に見せることで落ち着いたらしい。これは仕方のないことだ。あちらの叢雲さんがそういう性格なのだから、方針がそうなってもおかしくない。
部隊の中に深海の気配を感じたため、照月さんがいることも確定。涼月さんに会ってもらいたかったことだし、ある意味都合がいい。
残りは予想通りの葛城さんと、別の私。空母2人駆逐2人という組み合わせは、前に援軍として向かった時と同じだ。あちらの鎮守府の哨戒部隊はそういう組み合わせなんだろう。
「で、朝潮はどこなの?」
面と向かって瑞鶴さんに言われた。ちょっとショックである。面識がある人に忘れられるというのはこういう感覚なのか。記憶障害の時には春風と扶桑姉様には本当に悪いことをした。改めて反省。
「あの、瑞鶴さーん、目の前の人ですよー」
照月さんは深海の気配から私と認識してくれた。その照月さんも笑顔が引きつっている。
前回、あちらの鎮守府にお邪魔させてもらった時は、2段階前。装備は駆逐水鬼だったが、おそらく軽巡のモードと向こうでは呼んでいるのではないかという状態だったとき。その時から比べると、影も形もないと思う。
「あ、あー、知ってた、知ってたから。冗談だから。久しぶり朝潮。随分と成長したのね」
「無理しなくていいですよ。自分でも理解してるので」
私も中枢棲姫なモードで受け答え。島の上でアサを展開した状態で出迎える。最初はアサが服を脱げとまで言ってきたが、さすがに突っ撥ねた。そこまで中枢棲姫にならなくてもいいだろう。恥ずかしいし。
「いや、ホント成長しすぎよ。前に見たときから面影無いわ」
「今は中枢棲姫亜種となりました。これ以上の変化はもう無いらしく、いろいろありましたが乗り越えました。後遺症とかはありますが、もう大丈夫です」
それくらいは話しても大丈夫だろう。あちらの鎮守府はこちらの内情を知っている人達だし、『種子』の件でいろいろと見せている。援軍で北の最後の戦いに参加した人達には、私が変化する瞬間まで見られている。私の特異性は充分に伝わっているはずだ。
少し話しただけで、瑞鶴さんは納得してくれた。やはりこちらのことをある程度知ってくれている人達は話が早い。
「艤装も……何よこれ」
「自立型艤装ですね。私の攻撃手段です」
「逸脱しすぎよ」
何も言い返せない。
「で、そっちにいる別の私は何て顔をしてるんですか」
「あー、多分あまりの変わりっぷりに驚いてるんでしょ。ほら、この子アンタの身体、割と羨んでたじゃない」
そういえばそうだった。身長と胸が羨ましいなんて言っていたのを思い出す。あの時よりさらにサイズアップしているので、あの顔も当然か。隣の葛城さんも茫然としており、言葉が出ないようだった。
「涼月! そっちの鎮守府にいるんだね!」
「照月姉さん! いつか会いに行きたいとたった今話していたんです。本当に深海棲艦の気配が……!」
「涼月も深海棲艦の気配する! 私と同じ……な感じじゃないね。そっか、そっちの涼月は深海棲艦なんだね」
秋月型姉妹はすぐに意気投合。涼月さんも、今までのストレスを忘れて満面の笑み。やはり姉と会えて元気が出たみたいだ。こちらから行くつもりだったが、こんなタイミングででも出会えてよかった。
「今頃、そちらの鎮守府にも私のことが伝わっているはずです。お騒がせしてすみません」
「さすがに驚いたわ。領海ギリギリで海が赤くなってるのが見えたんだもの。こんな近海で姫級が湧くの久しぶりだったし、急いで哨戒機発艦したんだから」
茫然としていた葛城さんもようやく自分を取り戻し、もげるかというほどの勢いで首を縦に振る。
好き勝手に垂れ流してしまったせいでまったく関係ないところに迷惑をかけてしまうとは。今後はここに来るにも周囲に連絡が必要かもしれない。もしくは私が侵食を抑える手段を覚えるか。前は出来たのだから、今でも出来るとは思う。今回はそんなこと考えず侵食してしまったが。
「あ、ちょっと待って。提督さんから連絡来た」
瑞鶴さんが鎮守府と連絡している内に、別の私に手招き。我に返ったように私の下へ。
「あの、別の私、流石にこれは驚きます」
「ごめんなさいね。私もなりたくてなったわけじゃないの。話すと長くなるから話せないけど」
「いろいろあったんでしょうね。また時間があれば話してください」
別の私と話しているときに、雪風さんがちょいちょいと服の裾を引っ張ってくる。
「お母さん、この人が本来のお母さんなんですか?」
「そうですよ。私はちょっと違うので、この子が正しい朝潮です」
「なるほど! これが朝潮ちゃんなんですね!」
また別の私が酷い顔になった。個体差があるというと言っても、雪風さんに母扱いされる朝潮は100%いない。というか、艦娘が母になることはあり得ない。型も違うし。世の中には『マザー』なんていう異名を持つ艦娘もいるらしいが、私とは違う経緯があるのだろう。
「あの、別の私」
「話すと長くなるから話せないんだけど」
「いや、これは話してもらわないと困ります」
雪風さんがいる状態で話すことが難しいのだから、ここは引いてもらわなくては困る。機会があるときにと何とか説き伏せてこの場を乗り越える。
「連絡来たわ。朝潮、一旦うちの鎮守府に来てもらえる? 近況報告をしてもらいたいってさ」
「了解しました。ではこのままそちらへお伺いします。近々伺おうと思っていたんですよ。リボンがそろそろボロボロで」
「ああ、敷波のリボンね。あの子も会いたがってるから、行ってあげて」
配属して2日目にして、外部鎮守府と交流することになってしまった涼月さんが若干心配。人間嫌いが発露する可能性が高く、今はまだお勧めできない状況ではある。それについて雪さんも心配したらしく、出発前にすぐに聞いてくる。
「朝潮ちゃん、涼月ちゃんは戻った方がいいんじゃないかな」
「あー……そうですね。涼月さん、外部の鎮守府は流石にまだ難しいでしょう。あちらへは私が行きますので、帰投してもらえますか」
今から向かう場所が別の鎮守府であるということがわかり、そのまま見たことのない人間にも顔を合わせなくてはいけないというところまで想像が行ったのだろう。あからさまでは無かったが不機嫌になったのはわかった。この状態であちらの鎮守府に向かうのは正直危険。
「はい、私は戻らせていただきます」
「島風さん、雪さん、涼月さんの随伴をしてもらっていいですか。私は雪風さんとあちらの鎮守府に行こうと思うので」
「わかった」
と、その前にもう一度司令官に連絡。浦城司令官がそう言っているのだから私の帰りが遅くなることくらいは把握しているとは思うが、念のため。
「司令官、朝潮です」
『話は通しておいたよ。すまないが、あちらに近況報告をお願いしていいかな』
「了解です。それでですね、涼月さんは帰投してもらう方向で進めています」
それに関しては司令官も仕方ないと飲んでくれる。島風さんと雪さんを随伴にするというのもすぐに承諾してくれた。雪風さんを連れて行くというのも問題ないということで。
「こちらも連絡出来ました。では、私と雪風さんはあちらの鎮守府へ。雪さん、帰投部隊の一時旗艦をお願いしますね」
「了解です。旗艦、拝命します」
ここからは2部隊に分かれての行動。久しぶりの外出に、少し昂揚していた。ヨルに至っては初めてのことだ。私達の鎮守府の艦娘以外で見たことがあるのは、南司令官のところの川内さんだけ。雪風さんも同じ。社会勉強としては最高の機会だろう。
今の戦いが終われば、そんな機会は山ほどある。でも、やれるなら早い方がいい。
雪さんと分かれ、瑞鶴さんの部隊に一時編入。陸上型がどうやって来るつもりかわかっていなかったようだが、普通に海上を進んだところを見て安心していた。
「朝潮ちゃん朝潮ちゃん、涼月のことなんだけど……」
「はい、どうかしましたか?」
「こちらの鎮守府に来るって言ったとき、嫌そうな顔したんだよね。……なんか理由あったり」
さすが姉の照月さん。妹のほんの少しの感情の機微にも気付いていた。
「涼月さんが深海棲艦なのはもうわかりますよね」
「うん、それはすぐにわかった」
「その影響で、今は極度の人間嫌いなんです。うちの司令官のことも嫌っているほどなので、相当かと」
むしろ今までそういう人がいなかったことの方がおかしいのだ。深海棲艦というのは人間と相容れぬものというのが世間の常識。私達が初めて出会った白であるミナトさんとヒメさんも、最初はかなり警戒していたものだ。穏健派故にすぐに理解を示してくれたが。
「そっか……うちの司令官見たらもっと機嫌悪くなっちゃうかもしれないんだね」
「はい。涼月さんはまだここに来て2日目なので……もう少し世界に慣れたら、涼月さんと一緒にお邪魔したいですね」
涼月さんとしてはそれが今の目標だろう。他の人間に対して嫌悪感を出さずに過ごせるようになるのがベスト。
「涼月はまだ原型残ってたからいいわ。アンタそれホント何なの……」
「葛城さん、今回の敵はそれだけ恐ろしいということです」
「常軌を逸しすぎよ……」
やっと私の姿に慣れた葛城さん。第一声がそれ。常軌を逸しているのは自分でも理解している。
「本当にいろいろありましたが大丈夫です。最初の時に出来なかった特訓の相手、時間があればしましょうか?」
「あ、そうだ、そうだったわね! 瑞鶴先輩に並び立てるように、もっともっと強くならなくちゃいけないわ!」
良くも悪くも熱血系。これで話が通ってくれるからありがたい。
陣地で心身ともに癒されるための哨戒任務が、ひょんなことから外出という運びになった。久々に再会する外の仲間達の顔を見て、より一層癒されることとしよう。
この世界でも、中枢棲姫は当然レアです。大本営のデータベースにはあるかもしれませんが、浦城鎮守府ではまだ見たことのない深海棲艦となります。