陣地に滞在中、浦城鎮守府の哨戒部隊と再会した私、朝潮。『種子』の件以来、少し疎遠となっていた浦城鎮守府に来ることが出来たのは素直に嬉しく、決戦前の一番の心の癒しとなるだろう。
ここのところ、激戦に次ぐ激戦。心をしっかり休めたい。下手をしたらこれが最後の休息になりかねないのだから。
久しぶりの浦城鎮守府。事前に連絡を受け私がお客としてやってくると聞いていたからか、お出迎えまであった。やはりこの鎮守府も娯楽が少ないのだろう。たまにある普通とは違うことには皆敏感であった。
とはいえ、今の私の姿は瑞鶴さんが目の前で見ても認識出来なかった大人の姿。工廠に入らせてもらった時の『誰だお前は』という視線には、仕方がないとはいえ苦笑しか出来なかった。手を振ったら大体理解してくれたので良かったが、工廠が異常に騒ついたのは言うまでもない。
「……本当に朝潮なの? 朝潮の名を騙った新種の深海棲艦なんじゃないの?」
「そんな冗談言うくらいならもう少し上手くやりますよ」
久しぶりの叢雲さん。今回に関しては報告すら受けていない私の変化のため、その目で見て溜息をつく。目で見たものしか信じない叢雲さんが、目で見たものすら信じたくないという雰囲気。
そしてその後ろ、浦城司令官も私の姿には言葉も無い。如何に教科書通りの筋書きにならないのはわかっているとしても、こんなこと想定外中の想定外だろう。世界は広いなぁとシミジミと呟いていた。
少し安心したのは、浦城司令官を目の当たりにしても嫌悪感が出なかったこと。やはり人間だといっても、相手の素性がわかっていれば人間嫌いは発症しない。浦城司令官が信頼に値する人間であることがわかっているからこそ、私は理性的でいられる。
「朝潮! あ、朝潮?」
「大丈夫ですよ敷波さん。これを」
使い込んでボロボロになったリボンを解いて見せる。どれだけ変化しても失われなかった、私の死ぬことの出来ない約束のリボン。一度約束を
「返しますね。これで約束を果たせました」
「だね。じゃあ、これまた預けるよ。必ず返しに来て」
新しいリボンが渡されたことで、また死ねない約束が出来た。
「直に渡したから、この約束は強いよ。返さなかったら許さないんだから」
「大丈夫です。私は死にません。これだけの目に遭って、ずっと生きながらえてこれたのも、このリボンのおかげですよ。もう約束って言うより
「人聞きが悪い!」
新しいリボンで髪を結ぶ。新しい約束で私の命はより長引く。約束を果たすためにも、私は死ぬことは許されない。心地よい呪いだ。
「もう大丈夫ですか?」
「あ、ご、ごめん司令官」
「いやいや、敷波がこの約束を大事にしていたのは知っていますから。直に渡せてよかったですね」
浦城司令官に言われたことで急に恥ずかしくなったか、真っ赤な顔で逃げ出してしまった。そういえば最初に預かった時、こういったことは苦手だと聞いたことを思い出す。2本目は私達の鎮守府で受け取ったが、ここで皆の前で渡すのは恥ずかしかったようだ。
「事も済んだようですし、近況報告をお願いします。執務室へどうぞ」
「はい、よろしくお願いします。雪風さん、私は用事があるので、少し待っていてもらえますか」
「わかりました!」
雪風さんは他の人に預けておこう。瑞鶴さんにお願いし、私は浦城司令官と叢雲さんについていき、執務室へと向かった。
浦城司令官に大まかに近況を報告する。何処まで話していいものかと思ったが、北端上陸姫が元人間であること以外は大体を話すことに。『種子』の件から戦場は大きく様変わりをし、混ぜ物と人形という新たな敵のことを説明した。
混ぜ物に関しては5人いる内の4人を撃破し、残りが1人であることを。人形はもう助けられないということを話す。艦娘が艦娘を殺さなくてはいけない状況に、浦城司令官も胸を痛めている。
「そうですか……敵はそこまで」
「はい。そちらでは見ていませんか」
「一度だけ、
人影ということは、顔とかは認識出来なかったということか。人形なら頭を見ればわかるし、そう言わない辺り、素性不明というのも頷ける。
「話だけ聞いたら怪談話よね。確か夜の哨戒だったかしら」
「ええ。ドロップ艦にしては直立不動と聞いていますから」
確かにそう聞けば怪談話である、夜の海に立つ人影。暗いが故に顔も確認出来なかったのだろう。海の上に立っているという時点で、艦娘か深海棲艦になることは確定である。人形の可能性も捨てがたい。
この鎮守府でも人形が目撃されているとは思わなかった。何もせずに消えたということは、監視でもしていたのだろうか。そうだとしたら、どの鎮守府でも警戒事案になる。
「それ以外は怪しいことは無かったですね。一部の艦娘がその怪談話で怖がったくらいです」
「直接的な被害が無いのなら安心です」
少なくとも、私がここに来てから深海の気配は雪風さんと照月さんのもの以外は感じない。まずあり得ないと思っていたが、何かを隠蔽しているようにも思えない。
北端上陸姫も今のところは大本営と私達の鎮守府以外は襲うつもりは無いようだが、監視だけはしているようだ。特にこの鎮守府は、私達の鎮守府と接点がある。
この話が聞けただけでも、ここに来た甲斐があった。指摘が無ければ何処にも報告しない怪談話で事を済ませていただろう。夜であることから、見間違いで終わらせてしまう可能性だってある。念のため、警戒を強めてもらおう。
「混ぜ物……というのも恐ろしいですね。人間を材料にした建造だなんて」
「ホント、巫山戯た話よ。深海棲艦なら何やってもいいと思ってんのかしら」
本能が強まっているのだから、倫理的に抵抗のあることなど無いのだろう。おそらくあちらは罪の意識すらない。怒りと憎しみに身を任せて、思いつく限りの残虐な手段を取っている。北端上陸姫に至っては、研究者としての知性をそのまま使っているせいで余計にタチが悪い。
「まだ轟沈被害は出ていませんが、苦戦を強いられています。最初は扶桑姉様が手も足も出ないくらいだったので……」
「ああ、あの物騒な扶桑さんね。神通さんをデコピンで吹っ飛ばしたって聞いてるけど、それでも敵わないの?」
「初めて戦った時、腹を手刀で貫かれて瀕死の状態にまで持っていかれました。山城姉様もです。そのせいで私は変化してしまって」
今でこそようやく戦いになってきたであろう戦艦天姫だが、当時は本当に手も足も出なかった。だからこそ、援軍を呼ぶのも躊躇われる状況。死にに来いとは口が裂けても言えない。それほどまでに危険な戦場である。
「何かあれば支援すると、加藤少将に伝えてください」
「了解しました。その言葉、司令官も喜ぶと思います」
やはり浦城司令官は信用に値するいい人間だ。これだけ絶望的な戦場でも手伝ってくれると言ってくれる。
「さて、近況も聞くことが出来ましたし、急でしたが予定は終了です。時間も時間ですし、お昼はこちらで済ませていってください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて。あとさっき葛城さんと特訓のお手伝いをすると約束したので、少しの間滞在させてください」
「多分、神通もそちらに行くと思いますよ」
それはもう諦めていた。私達の鎮守府に来ていたときから、幾度となく演習を求められている。その全てを突っ撥ねていたものの、ここは神通さんのホーム。逃げられない。もうここに所属する艦娘全員の前で何かしらやらされることは目に見えている。
とはいえそれも私にとっては息抜きになりそうだった。命のやり取りのない戦いならまだマシである。普段とは違うことをすることが、今は何でも息抜きになる。息がつまるような戦闘は、なるべくならしたくない。
昼食をいただき、約束通り葛城さんと演習場へ。ギャラリーが酷い人数になっていたが気にしないことにする。どうせ今から連戦だ。手を抜けるところではしっかりと抜いていこう。
ギャラリーの中には鋭い目でこちらを見てくる神通さんや、神通さん率いる第二水雷戦隊、手をヒラヒラ振ってくる北上さんと大井さんも見かけた。完全に見世物。
「お母さん頑張ってくださーい!」
雪風さんは演習場の外野で皆が見ていてくれている。なら気にせずにやりたいようにやろうか。お母さん発言でいろいろと物議を醸し出しているが、今は気にしない。
「では約束通り。葛城さん、私は何をすれば?」
「1対1での演習でいいわ。私はアンタを近付けさせないように爆撃し続ければいいんでしょ?」
「まぁ……そうですね」
私の戦力としての情報は、前回来た時で止まっているだろう。艤装は駆逐水鬼のもの。艦載機を足場にする白兵戦の戦い方。だから近づけさせないと言っているのだろう。あの時からは大分変わってしまっている。
『私は出ていいんだろうか』
「手加減出来る? 演習でも轢いたら酷いダメージになるわよね」
『難しいな。やるなら牽制と守備だけにしておくか』
アサは質量兵器であるが故に使えない。身体が全部クッションに出来ればいいのだが。
『私はー?』
「噛み付いちゃダメよ。あと、思い切り振ってもダメ」
『それだと水上機しか無いよ!?』
ヨルも演習向きでは無い。振り回したらそれだけで大怪我。噛み付くのはもっと酷いことになる。
結果的に、艦載機と私自身の徒手空拳くらいしか出来ることが無い。それならアサに交代した方がマシかも。いや、でもあえて私がやろう。アサはあの艤装をコントロールするのを楽しんでいるので、それを邪魔するのも野暮というもの。自衛のためにも、自分の身体の使い方を覚えておいた方がいい。
「あの馬鹿でかい艤装は出さないの?」
「出しますよ。でも、艦載機だけにしておきます。演習ですから」
アサを展開。その瞬間、騒ぎが収まる。前に見たものと違うというのと、艦娘が使うには大きすぎるそれにより、皆が言葉を失ったのだと思う。唯一、神通さんだけは眼光がさらに鋭くなった。
「基本はこれをダイレクトにぶつけるんですけど」
「それは勘弁してもらえないかな……演習で死ぬとか笑えないし」
「了解です。あと、まだ見せてなかったと思うんですけど、もう1つ艤装があるのでそちらも展開しますね」
ヨルも展開。さらに異形となったことで、葛城さんも少し引き気味。ギャラリーは一層静まり返った。
「これもダイレクトにぶつけるんですけど」
「アンタ、演習に向いてないでしょ!」
「今更言われましても。では行きますね」
アサから艦載機を、ヨルから水上機を全機発艦。全36機を全て嗾ける。
「空爆する方が空爆されてたまるかっての!」
葛城さんも矢を放った。雲龍さんの妹さんということだが、姉とは違い弓を使う戦い方。梓弓と
あちらの艦載機の数は69機と私の倍に近い。爆撃の密度も高く、射撃の精度も高い。流石と言わざるを得ないが、こちらは場数を踏んでいる。どうにか艦載機同士の戦いは互角に持っていく。
「艦載機対決で互角なの……!?」
「必要最低限の迎撃で済ませるんです。深海の艦載機は艦娘のそれより頑丈なので」
艦載機を押しとどめてしまえば、あとは無防備となるのが空母。近付けさせないように爆撃し続けると言っていたが、艦載機で食い止めながら真っ直ぐ進める道を作り上げる。
『突っ込んでもいいんだが、流石になぁ』
『噛んでもいいなら噛むんだけどなぁ』
「ダメよ」
作り上がった道を一気に直進。無防備な葛城さんに急接近。
「まずっ、退避!」
「もう少し早く動き出した方がいいです。私より速い人はごまんといるので」
即座に眼前に。背中を見せないことはとても素晴らしいが、こちらとしては逆に助かる。逃げられないようにヨルで縛りつつ固定。ニッコリ笑って指をかまえる。
「我々扶桑型の伝家の宝刀です。軽めにしておきますね」
「アンタ朝潮型でしょうが!」
「いろいろあるんです。扶桑型3番艦でもありますから」
無防備な葛城さんに向かって、撃ち抜くようなデコピン。気絶させる気がないので大分手加減。それでも結構な音がした。
「いったぁ!?」
「ヘッドショットです。勝ちでいいですか?」
「くっそぉ……今日のところはこの辺にしといてあげるわ……」
ヨルによる拘束を解くと、煙が出てそうな額を押さえて蹲る葛城さん。この捨て台詞を聞くのは2回目か。
「お母さんすごいです!」
雪風さんの声援が聞こえたので手を振っておいた。
ギャラリーは皆、呆気にとられていた。葛城さんがこの鎮守府でどの辺りの位置にいるかは私は知らないが、艦載機を全機発艦させての勝利である。空母相手にこれなら、完全勝利と言っても過言ではないだろう。
「うわーん! 瑞鶴先輩ー!」
「はいはい、自分の不得手な部分が少しはわかったでしょ。次は私が付き合ってあげるから」
瑞鶴さんが葛城さんを慰めている横で、眼光鋭い神通さんが動き出した。来るんじゃないかとは薄々勘付いていたが、思ったより早い。
「朝潮さん、次は私です。いいですよね?」
「予想はついていたのでいいですよ。その代わり」
ウズウズしていたアサと交代。私ばかりが楽しんでいては不公平だ。ヨルは手加減が難しいのでこういう場に出せないのが残念だが、思考の海で楽しんでいるようなので何よりだ。
「私が相手するぞ。お前の因縁は朝潮じゃなくて私にあるだろう」
「アサさんでしたね。ええ、貴女ともう一度やりたかった」
あれから時間が経っているので、神通さんもより伸びているのだろうと思うと恐ろしい。だが、楽しみでもあった。
次回は神通との演習です。命の駆け引きはありません。切迫した戦闘より全然いい。