浦城鎮守府にて近況報告の後、神通さんとの演習を引き分けたことで、次々と演習を挑まれることとなってしまった私、朝潮。神通さんの教え子達を筆頭に、私の消耗など関係なしに引っ切り無しに挑まれた結果、全員に勝つことは出来たが大きく消耗する羽目に。結果、お風呂だけ使わせてもらってから帰投することとなった。腹の虚空が全員に見られて、それはもうおかしな反応をされた。
この演習を経て、全員にリベンジを約束させられた。神通さんだけではなく、夕立さんや時雨さん、小さい私にさえ。いくつもいくつも死ねない約束を結び、私の命はより強固になっていく。もう敷波さんのリボンだけではない。浦城鎮守府全体が、私の約束の温床となっていた。ここまで来たら、最早呪詛の類。こんな優しい呪詛ならば、幾らでも受け入れよう。
「例の怪談話の真相は、僕から全員に公表します」
「はい、お願いします。何かありましたら我々もお手伝いしますので」
浦城司令官と叢雲さんに見送ってもらう。怪談話の真相、人形による監視ではないかということは、しっかりと伝えた。もしそうだったとしたら、見た目からもわかることだが、救出が不可能であるということも。辛いとは思うが、見つけたら命を奪うことで救済としてほしい。
私達の鎮守府に援軍に来たことで巻き込まれてしまったというのなら申し訳ない。こちらも北での戦いを手伝ってもらったのだ。全力で支援しよう。
「それじゃ、また。ちゃんと生き延びなさいよ」
「勿論です。全部終わらせて、笑って会いに来ますよ」
叢雲さんとガッチリ握手し、鎮守府を発った。浦城司令官も小さく手を振ってくれていた。
「雪風さん、楽しかったですか?」
「はい! みんな仲良くしてくれましたし、お母さんのカッコいい演習も見れたので、雪風満足です!」
ニパッと笑って抱き着いてくる。航行中でも問題なくこういうことが出来るのだから、雪風さんは元深海棲艦であることを差し引いても天性の才能を持っているのだろう。それが駆逐艦雪風の特性なのかもしれない。
鎮守府に帰投し、雪風さんは他の人に預けてそのまま執務室へ。雪風さんの初陣の報告と、浦城鎮守府での出来事を簡単にだが司令官に説明した。息抜きの演習のことはさておき、話題は怪談話として鎮守府に流行していた怪談話、夜の人影のこと。
「夜だったために顔まではわからなかったそうですが、おそらくは人形ではないかと思います」
「そうだったとしたら、浦城君のところにも監視の目が行っているということか」
監視で留めている理由はわからないが、少なくとも今のところ被害に遭っている人はいなかった。また『種子』が埋め込まれているとなると話は変わるが。
以前のように、また予防接種をしつつ警戒した方がいいかもしれない。
「浦城君のところにそういうものが行っているということは、志摩君のところにも何かあるかもしれないね」
「そうですね。連絡を取ってみる価値はあるかもしれません」
何かあってからでは遅いと、早速連絡を取ることに。まだ夕暮れにもなっていないので、連絡が取れないことは無いだろう。実際に浦城司令官とその話をした私も便乗させてもらう。
『そちらから連絡をくれるのは久しぶりだねぇ。加藤少将』
「少し困ったことが発生してね。君に聞いておきたいことが出来たんだ」
通信の向こうでは、以前と変わらぬ志摩司令官の声。今のところ不安はないと思えばいいか。
「浦城君のところであらぬ噂を聞いてね。そちらで、夜に海に浮かぶ人影、なんていうものを見ていないかい?」
『ああ、それは』
志摩司令官の声に被るように、物凄い勢いの陽炎さんの声が聞こえてきた。マイクに近かったのか、キーンと反響音。
『ほら言ったじゃない! 見間違いじゃないって!』
『アンタしか言わなかったんだから仕方ないだろうに。証拠も無かったんだし』
『不知火も見てたんだって!』
どうやら陽炎さんが海に浮かぶ人影を見たようだった。浦城鎮守府に続き、志摩鎮守府でも。
『あー、お聞きの通りさね。うちの陽炎と不知火が夜に何か見たと言っていてね』
『多分艦娘なんだけど、海に沈んでったのよ!』
状況も浦城鎮守府で発見されたものと酷似している。あちらは消えたと言っていたが、沈んでいくのも似たようなもの。
浦城鎮守府と同じものが見つかっているということは、私達と関係を持っている鎮守府に出現していると見ていいだろう。ならば、神通さんが危惧していた
「艦娘だと思えるということは、人形だろうね」
司令官もそれは人形であるとほぼ断定。何故監視をしているかはまだわからないが、そういう形で別の鎮守府にちょっかいをかけるのなら、何かされる前に処理するべきではある。
見た目はアレだが相当手強い深海棲艦である。連携されると姫級以上に強力。小さい火力だと簡単に弾かれてしまうが故に防御力も高い。1体ならまだしも、群れで来られると途端に厳しくなる。
「その人影について話をしたい。だが、このまま通信で話すのもあまり得策では無いだろう。明日、こちらから遣いを送る。近況報告がてら、説明をさせてもらえるかな」
『了解したよ。積もる話もあるだろうしね』
通信で全部説明するには時間がかかるし、緊急通信を使っているわけではないものの、長電話は何かしら不審に思われる可能性はある。ならば、直に話をした方がいいだろう。話しやすいし。
『あ、なら朝潮! 朝潮は来て! リベンジするから!』
「演習前提なんですね。問題ないです。峯雲の様子も見に行きたいですし」
照月さんと久しぶりに顔を合わせたためか、照月さんと同じ元深海棲艦であり、私の妹である峯雲のことが気になっていた。いい機会だし、志摩鎮守府にお邪魔させていただこう。あれから大分時間も経っている。私の変化は見せた方が早い。
「なら、朝潮君と外数名を遣いに出すよ。明日にまた」
『ああ、よろしく頼むよ。こちらも少し怖がっている子がいるんでね』
あちらでも怪談話に発展してしまっているようだった。なんだろう、デジャヴを感じる。神通さんや小さい私のような人が、志摩鎮守府にもいるということなのだろう。
私が行くことは確定として、随伴は司令官が考えておくとのこと。だが、最初から除外されている者もいる。雪風さんと涼月さんだ。
雪風さんは来たがりそうではあるものの、志摩司令官と接触すると、せっかく忘れている前世の記憶が戻ってきてしまいそうであるために除外。私もその方がいいと思う。
涼月さんはとてもわかりやすい。例え姉がいたとしても、その場に人間もいるということがわかった途端に嫌悪感を隠さなくなった時点で、あちらに向かうのはやめておいた方がいいだろう。
改めて、私はなんだかんだ加藤鎮守府の外交担当になっていると実感。お客様はお出迎えをし、別の鎮守府にはその足で出向く。やっていて楽しいから問題はないが。
私が持ち帰った怪談話は、こちらの鎮守府でも話題になっていた。今までそんな話は出たこともなく、娯楽としてもあまり使われていない。はちさんの蔵書の中にそういう関係のものもあったと思うが、私は読んだことが無かった。好き好んで読んでいる人もいるらしい。
夕食後、お風呂の時間まで談話室で寛いでいる。私の周りでも話題はそれだった。今一番のトレンドとも言える話題である。
「お化けねぇ。それよりも怖いもの相手してるんだし、あんまり怖いとは思わないわね」
お菓子を摘みながら霞が話す。私と同じ考え。そもそも超常現象みたいなものである私達が怖がることも無いだろうし、今相手にしているのは怨念の塊みたいなもの。
小さい私もそういう類が苦手なようだったが、艦娘や深海棲艦とは違う、得体の知れないものには無意識に拒否反応が出てしまうということらしい。神通さんには流石に詳しくは聞けなかったが、似たようなものだろう。
「お化け? よくわかんないぞ」
「わからないならわからない方がいいわ」
「そっかー。アサ姉ちゃんがそう言うならどうでもいいかー」
私の膝の上でお菓子を頬張るレキを撫でてあげる。レキもある意味お化けみたいなもの。深海棲艦は漏れなく怨霊みたいなものなのだから、そういうものを怖がる理由がない。
「でも怪談話とは珍しいですよね。夜の海で突然潜水艦が現れたりしたら、ちょっと怖いかもです」
「それはホラーではなくビックリよね。怖いというより驚きが強いから別物だと思うわ」
しっかり私の腕に引っ付いてきている初霜。霞がたまに睨みつけるが素知らぬ顔。私としてはこちらの方がハラハラする。
「わたくしはそんなことより怖いことを体験しているので、何も怖くはありませんね」
「何かあったかしら」
「御姉様に忘れられるという体験は、これ以上ない恐怖でした。それに勝るものはありません」
「その節は本当にごめんなさい」
春風にはもう怖いものがないらしい。一番の恐怖を知ってしまったからこそ、その辺りの感覚が麻痺してしまったとのこと。
皆、大概怖いことを知っている。私は司令官を裏切ってしまったこと。笑い話にも出来ない私の落ち度だ。ホラーなんかより余程現実的で、私の気持ち次第で再び起こり得る、身近な恐怖である。超常現象なんかより怖い。
「あ、なら私も似たようなことあるわ。姉さんに見捨てられることかしらね」
「私も霞さんと同じですね。体験したくないですが」
そういった先立つ恐怖があるのなら、怪談話くらいでブレることは無いだろう。皆、私と似たようなものか。
「姫様とお別れするのが一番怖い。だから、姫様は死んじゃダメ」
「わかってる。今日はあっちの鎮守府でも死ねない約束をいっぱいしてきたわ」
クウも後ろから抱きついてきたので、後ろでに頭を撫でる。大きな子供だ。
怪談話が、なんだかんだ自分の一番怖いものの暴露会になってしまった。大体が私に関係していることなのはさておき、皆ホラーに耐性があるようで何より。
むしろ、この鎮守府にそういったものが苦手な人がいるのだろうか。少し気になるところではあるが、深掘りするつもりは無い。
翌朝、朝食もまだだというのに何やら騒ぎが起きていた。事の発端は夜間部隊の哨戒。騒ぎの中心にいたのはその隊長である最上さん。朝になっているので仮面着用状態。
「どうかしたんですか?」
「ああ朝潮。ほら、昨日言ってたこと、こっちでも起きたんだよ」
昨日の話となると、出てくるのはやはり今流行中の怪談話。
「あれは確かに人影だったの。だから探照灯で照らしたんだけど、ヌルッと消えた感じだったよ」
「暗がりだったけど人影は見えた。でも仮面をつけると見えなくなるんだ。あれ何だったんだろ」
古鷹さんも同じ部隊で見ていたらしい。
哨戒中に海に浮かぶ人影を視認したため、正体を確認するために探照灯を照射したが、沈むように消えていったという。探照灯照射は最上さんの目にダメージを与えるため仮面をつけたが、反応があればそれでも見えるはずなのに、元々そこにいなかったかのように何も見えなくなったそうだ。
「お化け騒ぎのやつだよね、これ」
「ですね。見たのは今日初めてなんですか?」
「うん。少なくとも昨日や一昨日は見てないかな」
最上さんだけが見えなくなった理由は簡単だ。その人影、おそらく人形は、あちらが使ってくる深海忌雷のような、電探に引っかからないようにする処置がされている。だから視認は出来ても最上さんの仮面越しでは見ることが出来なかった。
いやまぁ本当にお化けの類だったらそういうことが起きてもおかしくは無いだろうが、それを疑うのはナンセンス。
「うちらも見たよ」
「こっち来なかったから放置しちまったけど、あれかい? お化けってヤツかねぇ」
浦風さんと谷風さんまで。佐久間さん防衛隊の方でも確認されたそうだ。代わりに昨晩はいつもの暗殺部隊は来なかったらしい。ここ最近は頻度も減っているのだとか。
「谷風が撃とうとしたけど、うちが止めたんじゃ。そしたらヌルッと消えてしもうて」
「だからあん時撃っときゃよかったのさ。お化けかどうかはわかったろ?」
「せやねぇ。たらればじゃけぇ、今言うても仕方ないけど」
実力行使で正体を知ろうとするのも、ここまで来るとアリかもしれない。私達はともかく、他の鎮守府にも情報が送れる。
「そんだけなら良かったんやけど……」
「うちの磯浜が割とビビっちまってねぇ。磯風は次見たら乱射する気満々だよありゃあ」
こちらも少し意外。浜風さんはともかく、武人然として磯風さんがそう言ったものが苦手とは。
「次見かけたら夜中にドンパチする覚悟じゃけぇ」
「煩かったらごめんねぇ」
「ならボクもそうすることにするよ。見かけたら撃つ」
夜間部隊ではそういう方向で行くらしい。お化けとかそういうものは関係ない。攻撃が効かないのなら、その時に改めて怖がる。
この怪談話、だんだん嫌な方向に進んでいる気がする。おかしなことが起こらなければいいのだが。
浦風:割と冷静に対処。谷風と先陣を切る。
谷風:騒ぎ立てるが怖がらず、むしろ怖いもの見たさで突き進む。
浜風:一歩後ろから様子を伺うが、若干腰が引けている。
磯風:錯乱。