欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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これからの方針

ヒメさんが鎮守府に居候し始めて10日ほど経った。艦娘の文化も大分覚え、仲間意識も強くなっている。少なくとも、今のヒメさんには艦娘に対する敵意は一切無い。むしろ仲間、友達として考えてくれている。特に懐かれている私、朝潮としても、それは嬉しいことだった。

 

そんなある日の早朝。哨戒機を飛ばす雲龍さんが司令官を呼び出した。いつも少しフワフワしている雲龍さんが、思ったより切羽詰まっている。たまたま起きていた私と霞、そしてヒメさんも一緒に向かう。雲龍さんがヒメさんにも見てもらったほうがいいと言ったためだ。

 

「提督、あれ」

「あれは…… 昨日まで無かった島が!?」

 

鎮守府からでも目視で確認できるほどの位置に、昨日までは影も形も無かった島が突如として現れていた。島といってもそこまで大きいものではなく、鎮守府を建てることすらできなそうな、かなり小さな土地。1人2人くらいが過ごせる小屋を建てられる程度か。

私はあの島を見たことがあった。周りの岩礁帯で、想像がついた。

 

「コウワンネエチャンガキタ!」

 

島の中央に人影が見えた。大きなツノと、大きな腕。間違いなく、あれは港湾棲姫。こちらの姿を確認したのか、やんわりと手を振ってくる。あの時と比べると違いすぎるほど柔らかい雰囲気。本来の港湾棲姫は、雲龍さんのようなフワフワした人なのかもしれない。

 

「驚いた……本当に陣地ごと移動してくるとは」

「対空訓練がやりやすくなるわ。龍驤と蒼龍はあそこから発艦させればいいもの」

 

雲龍さんは呑気なことを言っているが、突然現れた島に私も霞も言葉が出せないでいた。

陸上型の深海棲艦は海上を移動することはできないが、準備をしてしまえば島ごと移動することができるということだ。1週間ほどで準備して、今このタイミングでここに現れたのだろう。

 

「あれがアンタの姉さんの力なの……」

「スミ、オドロイタカ」

「驚くわよあんなの」

 

霞の方はまだヒメさんに対して若干の敵意を持っているが(理由はあえて触れないでおく)、ヒメさんは霞のことを友達として思っているようで、あだ名で呼ぶようになっている。最初カスと呼びそうになったので慌てて止めた。

 

「早朝だが急いで迎え入れよう。港湾君はこちらに来れるのかな」

「ムリ。ワタシトオナジ」

「なら迎えに行かなくてはね」

 

今ここで港湾棲姫を運べそうなのは、私と霞、雲龍さんくらいしかいない。ひとまず3人で島へと向かった。

 

「デムカエ……アリガトウ……」

「どうやって運びましょう。武装は全て置いてきたので全員手ぶらですけど」

「とりあえず姉さんがヒメを持ってきた要領で」

 

できるわけがなかった。ヒメさんは幼女だが、港湾棲姫は大人の女性だ。さらにいえば、戦艦クラスの大きさでもある。私のような子供では難しい。お姫様抱っこどころか、機関部がなくても背負うことも辛そう。

そこでやはり雲龍さんに担いでもらった。空母である雲龍さんは腰に機関部が付いているものの、上半身はかなりの軽装。私達のように背中に邪魔なものがないので、背負うことも可能だ。だが

 

「これが一番楽ね」

「ワタシモラクダカラ、コレデイイ……」

 

肩にかける感じで持ち上げた。ファイヤーマンズ・キャリーという運び方だったはず。

 

「なんか、お米運んでるみたいに見える」

「霞、できれば弄らないで」

 

島が鎮守府に近い事もあり、なんなく運び込むことができた。

 

 

 

「皆に集まってもらったのは他でもない。見ての通り、港湾棲姫君が鎮守府に合流した。ここからは、黒の深海棲艦、戦艦棲姫打倒に向けての戦いになる」

 

朝食後、鎮守府の今後の方針を決めるために会議が始まる。根幹にあるのは当然『安全第一』だ。だが、戦艦棲姫の力は身を以て知っている。古鷹さんと白露さんが2人がかりで押しとどめていたが、相手は無傷だった。

 

「ヤツヲタオスタメ……ワレワレモチカラヲカス。シズカニクラスタメニ……」

 

深海棲艦との共闘なんて前代未聞だ。今までの戦いでもまずあり得ない状況だろう。

白の深海棲艦の考えは至極単純。自分達の穏やかな生活を崩すものは、同族でも敵。逆に、その生活を支援してくれるのなら人間、艦娘でも味方。本能のままに生きているということが、こちらにとっていい方向に動いている。

 

「基本的には迎え撃つことになるだろう。こちらから攻めることはしない」

「ワレワレモ……ヤツラノイバショガワカラナイ。セメヨウニモ……セメラレナイノダ……」

 

相手の居場所、拠点がわからないとなると、向こうが動いてくれるのを待つしかない。それまでは通常通りに機能させていくというのが今後の方針だ。

ヒメさんがここに来てから、哨戒任務で敵機を見かけることがほぼ無くなった。こちらを攻撃してきたから、そして、港湾棲姫の証言から、その敵機も黒の深海棲艦側の機体であることがわかっている。それが無くなったということは、すぐに攻め込んでくることはないはず。

 

「黒の深海棲艦の今の目的は、港湾棲姫君含む白の深海棲艦の屈服だろう。奴らにとっては歯向かうもの全てが敵という認識のようだからね」

 

あれだけの攻撃をしていたのだ。猶予は与えるが、考えが変わらないなら殲滅という考え。あのままでは、白の深海棲艦は全滅させられ、今度はこちら、鎮守府が狙われる事となる。

どうせ鎮守府が狙われるなら、白の深海棲艦と手を組み、総力で迎え撃つ方がお互いの理に適っている。

 

「すぐではないが、近いうちに大規模な作戦が発令されるだろう。それまでは皆、いつも通りに暮らしてほしい」

「モウシワケナイ……ヨロシクタノム」

 

港湾棲姫が頭を下げる。ヒメさんと生活している皆は、もう港湾棲姫への敵意が最初から無い。司令官が疑っていないのだから、私達が疑う余地はどこにも無いのだ。

 

 

 

港湾棲姫が鎮守府にやってきたところで、私達のやる事は変わらない。いつも通り訓練して、いつも通り哨戒して、戦闘に備える。昨日までと違うのは、ヒメさんが港湾棲姫の元に行ったことくらいだ。

 

「ヒメがいないのも、なんだか久々ね」

「そうね。最近はいつも一緒にいたもの」

「姉さんと2人きりなのも久しぶりな気がするわ」

 

なんだかいつもより距離が近い霞。少しの間構ってあげられなかったのもあってか、前以上に甘えてくるような気がする。皐月さんにシスコン気味だと言われていたが、ここまで来ると私にも理解できた。

とはいえ今日は2人で非番。ヒメさんもいないから、談話室で2人でまったりでもいいかもしれない。休めるときには休むのが一番だ。司令官もそれを推奨している。

 

「そういえば霞、筋トレは続いているの?」

「続けてるわよ。おかげさまで魚雷撃っても腕が痛くないどころか、ブレも無くなったわ」

「山城さん達に感謝ね」

 

霞の成長は目を見張るものだと聞いている。他の事をしない(できない)完全特化型だからこそ、反復訓練で極まっていくようだ。

さらにいえば、この鎮守府にはいなかった手持ちの魚雷発射管というのが大きい。自分の正面にしか撃てない代わりに纏まったダメージが与えられる初霜さんとは違い、ダメージを犠牲にする代わりに2方向に撃てる霞は命中率で優っている。技術を磨けばさらに輝くだろう。姉として鼻が高い。

 

「今度の訓練で姉さんにも当ててみせるわ」

「ふふ、前にも言ってたものね。覚悟しておくわ」

 

少し前まで沈んでいたのが嘘のように自信満々だ。霞はこうでなくては。

 

「まだご褒美貰ってないし」

「あの時のことまだ覚えてたの」

「勿論よ。ちゃんと姉さんの前で命中させてるところを見せないと」

 

最初の雷撃訓練で長良さんが口走ったことをまだ覚えていたらしい。だがそれがモチベーションに繋がるなら良しとしよう。私ができないことを望んではいないだろうし。

 

その後は他愛のない話で盛り上がった。霞とこうやってゆっくりするのも久しぶりだ。毎晩一緒に寝ているとはいえ、私が疲れてしまっていたのと、ヒメさんがいたというのもあって、最近はあまり話せていない。霞には気が休まらない日々だったかもしれない。

 

「今日はたっぷり姉さんの成分が摂取できたわ。明日からも頑張れそうね」

 

霞は吹雪さんとは逆のパターン、姉が妹を甘やかすのではなく、妹が姉に甘える方だということがよくわかった。いろいろわきまえているみたいだし、可愛いものだろう。私も甘いかも。

 

「よし、司令官に哨戒任務の打診でもしようかしらね」

「そうね。初陣は早いうちがいいわ」

 

思い立ったが吉日と言わんばかりに談話室から出た。やる気がある内にいろいろ決めておいた方がいい。

特に今の状況では哨戒任務は重要だ。北に戦艦棲姫がいることは確定している。万が一南にも大きな敵がいたら、挟撃になる可能性もある。それは確実に避けたい。

 

「司令官、ちょっといいかしら」

 

執務室、いつも通り司令官と大淀さんがいる。だが、今日はそこに港湾棲姫とヒメさんもいた。今後の共闘の方針を打ち合わせていたのだろう。それも終わったようで港湾棲姫はまったりとお茶を飲んでおり、ヒメさんは港湾棲姫を枕にしてお昼寝中。

 

「なんだい霞君」

「そろそろ哨戒任務に出たいのだけど、いいかしら。こんな状況だし、実戦経験は早く積んだ方がいいと思うの」

 

白の深海棲艦を横目に、自分の意見を話していく。大規模作戦には少しでも人手が必要だろう。素人よりは経験しておいた方が役に立つだろう。そうアピールした。

 

「そうだね、霞君は充分訓練もしているし、確かに実戦経験は必要だ」

「じゃあ」

「明日から哨戒任務の部隊に組み込もう。最初は朝潮君と同じ部隊がいいかな。雰囲気だけでも掴んでほしい」

 

打診はすぐに通った。司令官も霞の経験については考えていたらしく、戦艦棲姫との決戦までには、せめて改二になってもらいたいと思っていたそうだ。

私は今回の件に合わせて急ピッチな練度上げをすることになったが、霞もある程度の実戦経験を積んだらあの訓練をする事になるかもしれない。

 

「朝潮君は明日哨戒があったね?」

「はい。午前に南です」

「なら、霞君をそこに加えよう。水雷戦隊で行きたいところだが、メンバーは吹雪君と深雪君だったね。なら4人でも問題ないだろう」

 

南への哨戒任務なら、霞を突然危険な目に遭わせることも無いはずだ。すでに危ないことがわかっている北の哨戒任務よりはマシという程度だが。

 

「霞君。よろしくお願いするよ」

「了解。任せなさい」

 

初めてだというのに自信たっぷりの物言いだ。これが本来の駆逐艦霞の姿。私の前で見せる姿は、本当に特別なのだなと実感した。

 

 

 

哨戒任務のメンバー追加を吹雪さんと深雪さんにも伝える。急な変更だが、減ったわけではないので問題なく通った。

 

「ついに霞が初陣か。ちょい長かったんじゃね?」

「そうね。雷撃特化なのもあって訓練が入念だったわ」

 

深雪さんは同じ妹という立場からか、霞とは仲がいい方。最初のお風呂での失態も、そういう仲だからこそ見せてしまった失敗だ。

 

「じゃあ装備を少し見直した方がいいね。深雪は主砲特化にしようか」

「だな。雷撃は霞に全部任せるぜ」

 

元々は私が対潜、吹雪さんが対空、深雪さんが主砲と雷撃の兼任という3人部隊だった。そこに雷撃特化の霞が入ることで、深雪さんの負担が減る。対空対潜以外を使うことはそんなにないのだが、万が一を考えると省くわけにはいかない。

 

「私と朝潮ちゃんは変わらずで。霞ちゃん、明日はよろしくね」

「ええ、よろしく。初陣だからといってヘマはしないわ」

 

吹雪さんと霞が哨戒コースなどを話しているとき、深雪さんがコソコソと私のところへ。

 

「なぁ朝潮、霞ってやっぱアレなのか。姉貴と似たような感じの」

「立ち位置が逆なんで似てるかどうかはさておき、甘えては来ますね。時と場所はわきまえてますけど」

「うちの姉貴はわきまえねーからなぁ」

 

それも吹雪さんのいいところではある。常に周りに気を配っていて、妹が相手だとそれが過剰になるというだけだ。

 

「夜にあたしんとこ来てさ、霞がやってんだからって添い寝してこようとすんの。暑苦しいから帰れって追い出すんだけど、やりすぎだよな」

 

配属から霞はほぼ毎日一緒に寝ているが、霞にも外に出せない思いがいろいろあるのはわかっている。それが少しでも軽減されるなら、添い寝くらいいくらでも付き合おう。

吹雪さんの場合はただ妹を構いたいからやってるんだろう。気持ちはわからなくもない。でも距離感は大事。

 

「じゃあ、霞ちゃん、明日はよろしくね」

「ええ、仕事はきっちりやらせてもらうわ」

 

あちらの話も終わったようだ。初陣としてはちょうどいい、簡単なコースの哨戒任務。敵も出ないはずだし、出たところで基本的には即撤退だ。滞りなく終わらせ、霞のさらなる自信につなげよう。

 

その日の夜、しっかり添い寝に来たのは言うまでもない。強がってみせても、やはり初陣は不安なのだろう。私が落ち着かせることで眠ることができた。




北方棲姫改めヒメの優先順位は、港湾>朝潮≧ガングート>その他大勢。

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