深海艤装を持つ者全ての処置が完了し、いつでも作戦が実行出来るという状態になった。あとは司令官の作戦待ち。近日決戦が始まることになり、鎮守府にも少しずつ緊張感が流れ始めている。私、朝潮も、自分の身体をこうした張本人との決着の時が近いことに、少し緊張していている。
今思い返せば、本当に長い戦いだ。私が改二になった直後、北への哨戒に行ったことがこの戦いの始まりだった。それから数ヶ月、戦場を変え、戦術を変え、身体まで変えた。それももう終わりだ。残った敵を討ち倒し、長かった戦いの終止符を打つ。
涼月さんは処置後、最後まで他の人の処置を見続けていた。いや、処置をしている佐久間さんを眺めていた。
セキさんと話をし、少しだけ考えを変えた涼月さん。
「……受け入れられそうな人間もいるんですね」
「そうですよ。ここにいる人は全員味方です。種族なんて関係ありません。それがわかってもらえただけでも充分ですよ」
まずは同性の佐久間さんから受け入れることが出来ればいいだろう。涼月さんは私達艦娘と深海棲艦には優しい人なのだから、それを佐久間さんに向けられればいい。最悪、この鎮守府から出られないというデメリットを持つことになるかもしれないが、まずはこの鎮守府で嫌な顔をしないことを目標に。
その日の夜。怪談話が流行っているせいか、少しピリピリしていた。私と同じ部屋で寝ることになっている霞と雪風さんは、そういったものが苦手ではないと断言したので、何も問題は無かった。
夜間警護の十七駆のうち、磯風さんと浜風さんが少し怖がっているとのこと。解決するまでは誰かが交代してあげたいところだが、その2人が警護はやめないと言うので、今はそのままとされた。顔が少し青かったのは見て見ぬ振り。
「大丈夫かしら……磯風さんと浜風さん」
「怖がりなのは予想外だったわ。いつもは凛としてるのに」
「あの2人は、真面目過ぎるんだと思います」
その2人の姉である雪風さんがボソッと呟く。この時ばかりは姉の顔。
陽炎型を全員知っているわけではないものの、雪風さんは19人姉妹の8番目。妹の方が多い位置にいる。時津風さんも、萩風さんも、十七駆の4人も、全員が雪風さんの妹である。
「そうですね。多分まっすぐ過ぎるから、横道のものに変に警戒してしまうんでしょう。なるほど、だから向こうの神通さんや私がそういったものが苦手なのか」
「姉さん、ちょっとその話詳しく」
これは失言だったか。あちらの私がお化けが苦手と知ってしまったら、今度会った時におそろしく過保護になるような気がする。ごめんなさい、小さな私。
「お母さん、夜にお化けが出たんですよね?」
「ええ、そうらしいです。私達が眠っている時間みたいですが」
「もしかしたら、今日も出るんでしょうか」
出ないとは言い切れない。むしろ、今から出てもおかしくないだろう。その理由は一切わからないが。
「かもしれませんね。夜間部隊の皆が何事も無ければいいんですが」
「見かけるだけで害が無いならまだマシよね」
「うーん、怖がってるならやめてもいいと思うんですけど」
妹のピンチに雪風さんは心配そう。身体のピンチより、心のピンチの方がキツイのは私もよく理解している。
ただ、お手伝いしようにも今からは深夜。日が出ている内に休んでいる十七駆の面々とは違い、目一杯活動してからの今からではスペックダウンは否めない。お風呂に入っているとはいえ、眠気はある。
「磯風さんと浜風さん、少し意固地になってる感じもしましたから。雪風さん、明日くらいに説得してみては?」
「はい、そうしてみます。怖いならやめた方がいいって、忠告してみますね」
姉からの、しかも雪風さんからの忠告なら、少しは耳を傾けてくれるだろう。こういう時の姉の力は偉大。
「では、今日はもう寝ましょう。皆おねむでしょう」
「はい、雪風眠いです。妹が心配ですが、何も無いって信じます」
「そうね。ただのお化け騒ぎなら何もないはずよ」
しっかりと私の両腕に2人が抱きついた。私は身動きが取れない状態になってしまうが、ここ最近はずっとなので慣れたものだ。私も何もないことを祈って眠りについた。
深夜。突然の爆発音で飛び起きることになった。霞と雪風さんも何が起きたかと目をパチクリしている。
「姉さん敵の反応は!?」
「電探に反応はないわ。わかると思うけど深海の気配もない。爆発したのは……し、執務室の近く!?」
鎮守府全域が見えているからわかる。執務室の壁が破壊されていることがすぐにわかった。
私に場所が確認出来ない状態で執務室を直接狙うことが出来る状況は限られている。超々長距離からピンポイントで狙ったか、電探にも反応せず深海の気配を持たない敵がいるということ。
後者はすぐに思い浮かぶ。今、鎮守府を騒がしているお化けの存在。最上さんが電探に反応しないことを証明してくれているため、私にとっても暗闇の中の敵となる。視認しない限り、存在が確定しない。
「すぐに避難するわ! 司令官が無事なのはわかってるけど、また鎮守府が破壊されたら大変よ!」
鎮守府襲撃はもう何度目になるか。つい最近復旧が終わったばかりだというのに、また妖精さんの仕事が増える。
ここ最近は佐久間さんの暗殺部隊も来なくなっていたと聞いたが、それを無くして油断させたところに大きな襲撃。お化け騒ぎのために油断はしていなかったものの、突然本腰を入れてきた。
「流石に爆音で皆起きてるわ! いつも通り工廠! 執務室には山城姉様が行ってる!」
移動している最中でも、依然として反応も気配も無い。やはりお化け騒ぎの渦中にあるモノであろう。深海忌雷と同じ加工をされた人形である。
監視をするだけして、頃合いを見計らって襲撃。その頃合いというものが何かがわからないが、今はとにかくこの危機を乗り越えなくてはいけない。
「お母さん! 磯風達は何処かにいますか!」
「近海で見えないものと交戦中! そうか、これが
私の電探の範囲に来ているのはわかる。だが、何と交戦しているかはわからない。交戦出来ているということは、本当に得体の知れないものではないことはわかった。あの騒ぎで怖がっていた磯風さんと浜風さんも戦っている辺り、確実に敵と認識出来るものだ。
さらに鎮守府の近くが爆発。私には見えない敵が鎮守府を攻撃してきている。交戦している十七駆のところ以外にも敵がいるということ。こんな深夜に。本当にいい加減にしてほしい。
「皆は工廠に行きなさい! 私は萩風君を運ぶ!」
「私がついているからアンタ達はすぐに向かいなさい!」
「大淀君に現場指揮を任せてある! 深海組は出撃だ!」
1階で司令官と山城姉様と合流。何かあった時のために1階の部屋を使っている萩風さんの部屋へ直行した。
深海組に出撃を指示するということは、この夜でも視界がクリアなもので、視認せざるを得ない敵を探し出して撃破することが目的。これだけ動き回っているのに、未だに敵の数すらわからないのは異常だ。
霞と雪風さんと一緒に工廠に到着。出撃は深海組のみであるため、雪風さんは瑞穂さんに預けた。それを察しているかのように、今回の瑞穂さんは艤装も装備していない。
手間がかかる深海艦娘組と初霜は艤装装備中。即座に行ける私や半深海棲艦は、そのまま海へ飛び出す。
「朝潮さん、霞さん、春風さん、涼月さんは出て右! レキさん、イクサさん、クウさん、島風さんは出て左! あとから深海艦娘組を向かわせます!」
大淀さんの指示が飛ぶ。雪さんは装備はあるものの、ブランクがあるために鎮守府防衛についた。万が一工廠から入られても困る。扶桑姉様は山城姉様についてもらう。司令官に何かあればこの鎮守府は終わりだ。そのため護衛に最高戦力を付ける。
「イクサさん、島風さん、私の娘達をお願いします!」
「あら、そんな風に言うのね。任さなさい、私がちゃんと面倒を見てあげるから」
「アサ姉ちゃん、また後で! 眠いから早く終わらせるぞー!」
こちらは妹達と出撃。涼月さんはこんな形で初陣になってしまったが、浄化されたわけでもなく、そのままこちらに来たため、即戦力としてカウントされている。
「涼月さん、問題ありませんか」
「はい、戦えます。この鎮守府での初仕事が、寝間着で戦うことになるとは思いませんでした」
「私らもよ。夜の戦いはこれが嫌ね」
私達が向かう方は、ちょうど磯風さん達十七駆がいる方だ。イクサさん達が向かう方には夜間部隊がいる方のため、お互いにその場にいる部隊と協力することになる。
少し進むだけで十七駆を発見。たった4人で大量の人形と戦闘をしている。その全ての人形が、電探の反応も深海の気配もない。今まで佐久間さんを襲っていた暗殺部隊の潜水艦ですら電探に引っかかったというのに、完全に深海忌雷と同じ状態になっている。
「アサ、視認出来るわね?」
『おう大丈夫だ。周りの奴らを薙ぎ払う』
「よし、じゃあお願い!」
アサにもヨルにも、私の視界以外の敵が判断出来ないということだ。狙ってもらいたいところは、しっかりと見なくてはいけない。今まで行動予測に使っていた情報の大半が突然使えなくなったのだから、戦闘の方法も変えなくては。
艤装を展開し、アサを突っ込ませる。見える範囲の人形が蹴散らされ、十七駆の手助けとなった。
「助かったよぉ! かぁーっ、粋だねぇ!」
「ほんまありがとうね!」
谷風さんと浦風さんがこっちと合流。しかし、磯風さんと浜風さんは、私達がここに来たことに関係なしに人形を撃破し続けている。いつもの冷静なイメージは何処かに行ってしまったかのように、怒りの形相で砲撃を繰り返していた。
「正体がわかってしまえばこちらのものですよ」
「ああ、お化けなんていない! お化けなんて嘘なんだ!」
何だか少し可哀想。正体がわかってしまえばこんなものかというのは理解出来るが、憂さを晴らすように当たり散らす2人の姿は、なんというか残念。
「うちの姉妹がすまんのぉ」
「磯風が結構堪えててねぇ。出来りゃ雪姉にゃ内緒で頼まぁ!」
「雪風さんは心配してましたよ。後から話をしてあげてください」
それにしても人形が多い。話に聞いていた通り、遠くの人形はヌルッと消える。電探の反応が無いので細かい動きがわからないが、おそらく高速で海中に潜っている。それならば、アサのような質量兵器が最も効くだろう。それに、追い詰める手段はそれだけでは無い。
「春風と組むの、久しぶりな気がするわ」
「そうですね」
春風の瞳の炎が燃え上がる。
「しっかりついてきなよ霞!」
「うわ、久々ね駆逐古姫! アンタがついてきなさいな!」
霞の魚雷が人形を仕留めていき、それを避けたものは春風が確実にトドメを刺す。なかなかいい連携。
古姫側の春風なんて本当に久しぶりだ。私と春風の繋がりは夜から始まっているからか、この夜の戦場で昂っているのかもしれない。
「私も蹴散らせばいいんですよね?」
「お願いします。両用砲の力、改めて見せてください」
「では」
涼月さんも攻撃態勢に移行。艤装を展開し、群がる人形に対して構える。
「撃ちます」
戦艦かと思わせるほどの砲撃。潜るのに遅れた人形はその一撃で吹き飛んでいく。
私達と戦っているときは対空を重点的にやらされていたためにあまりわからなかったが、涼月さんの両用砲は非常に頼もしい。硬めに改造されている人形も、しっかり一撃で粉砕していく。
だが妙だ。初めて出てきた人形は、扶桑姉様と同じように砲撃を殴る蹴るして回避をしてきたが、今の人形はそういうこともせず撃破されていく。おかげで皆が対処しやすいが。
その辺りを仕込むことなく量産しているのだろうか。今回はあまりにも数が多い。和風なホラーから海外のパニック映画に変化したかのような感覚。今までの少数精鋭ではなく、10や20ではきかないほどの膨大な数。私達がこれなら、イクサさん達が向かった方も同じようになっている。
「御姉様! まだまだ出てくる!」
「キリがないわ!」
「終わるまで続けるだけよ! 貴女達なら出来るわよね?」
近付いてくる人形はヨルで薙ぎ払い、遠くの人形はアサで一掃。皆で360度全てをカバーしながら、耐久戦の様相。今までにないハードな戦場だ。夜であることもそれに拍車をかける。
数が多すぎて何体かは鎮守府方面に抜けてしまうが、こちらの増援は鎮守府防衛にも向かっている。耐久は可能だ。
「遅れました! 深海艦娘の方々は鎮守府防衛もしてくれています!」
初霜がこちらの部隊へ合流。イクサさん達の部隊は島風さんのおかげで人数に余裕があるため、こちらが優先された。
「初霜、遅いじゃんかよぉ!」
「春風さんは古姫側ですか。久しぶりですね!」
合流と同時に人形を粉砕。挟撃の形になったため、後ろから一撃。背後は硬さが微妙な様子。
「さすがにポイント稼ぎとか言ってる場合じゃないですね」
「わかってんじゃない。アンタは本当に半分しか深海艤装が無いんだから、私らに頑張ってついてきなさいな」
「ついてくるのはそっちでしょう。私は朝潮さんよりも古参ですよ。実戦経験は私の方が上です」
言いながらも綺麗な連携。似た者同士なのかも。
「息があっているのかあっていないのか」
「楽しいでしょう?」
「よく手綱を握れますね」
涼月さんの呆れたような声。だが、表情は明るい。やはり心境が若干変化している。今までより、鎮守府にいるのが楽しくなっている。いい傾向だ。ふざけた数の敵ではあるが、こちらが一致団結するのには有用。
「朝潮! こちらにもアサを頼む!」
「キリがありません! それに地味に硬い!」
磯風さんと浜風さんに依頼され、即座にアサが対応。そちらを向かないと明確な位置がわからないというのは厳しいが、それをひっくり返せるほどの威力。
『はっはーっ! いいねぇ! 群れを蹴散らすのは爽快だ!』
『アサ姉、前よりテンション高いよ。楽しそう!』
「ストレス発散にでも使ってちょうだい」
体当たりから始まり、無理矢理噛みつき、上からのしかかり、潜ったものすら掬い上げて噛み砕く。残酷だが確実。今この戦場で最も活躍しているのはアサだ。
終わったかと思うとまた現れ、それを全滅させてもまた群れが現れる。数だけは酷いことになっていた。こちらは無傷でも、嫌でも疲労が溜まってくる。
「こんな群れで来て、何になるのさぁ!」
「物量で押し潰そうとしてんでしょ! そんなもん、私らに効くかってのよ!」
「本当に。朝潮さんにこの程度で勝てるのかと」
結局、終わった時には大分時間が経っていた。倒した人形は100や200はゆうに超えている。
それだけを一気に嗾ける事ができるだけ揃えていたことも驚きだ。深海から溢れる無限の資源を躊躇いなく注ぎ込んでこの状況を作ったのだろう。それでも人形は駆逐艦ばかりだったので、地味に節約もしている。本当に何が狙いなのだ。
人形が現れなくなり、戦闘終了と判断。一時的に皆で帰投。最初から交戦していた十七駆の4人はぜいぜい言っていた。特に磯風さん。今までの鬱憤を晴らすかのように乱射し続け、休みなく攻撃し続けていた。
「帰投しました……何なんですかアレ……」
「……朝潮君。よく聞いてくれたまえ」
工廠への帰投直後、司令官が神妙な面持ちで立っていた。
「敵の真の狙いがわかった。アレは完全に足止めだ。こちらから何かをする余裕を与えないための物量作戦だった」
「何かあったんですか……?」
苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
「戦艦天姫が、大本営を襲撃した」
最後の戦いの始まり。