大本営が襲撃を受けた翌朝。朝といっても総員起こしで萩風さん以外起きることが出来ず、なんだかんだでもうお昼前。その時には少しだけ破壊された鎮守府は妖精さんの手によって修復されており、建物自体は何もかも元通りとなっていた。
入渠中の3人は未だ終わらず。大戦艦とビッグ7、一航戦と、一線級の艦娘が大破した状態での入渠だ。1日で終わるとは思っていない。治療中に『種子』が埋め込まれているかを調査したところ、案の定、その存在を確認された。入渠要らずの3人に埋め込まれていなかったこと、また埋め込まれていても気を失っていてくれたことは不幸中の幸い。特に雪風さんに至っては相変わらずの無傷である。幸運も、ここまで来ると
3人が入渠している状態だが、簡単な作戦会議が行われることとなった。元帥閣下の秘書艦である赤城さんは入渠中のため、代わりに大和さんが出席。我らが加藤司令官の秘書艦である大淀さんは議事録の作成を引き受けているので、私が出席することに。
相変わらずの外交担当。しかも満場一致。自分でもここまでの地位に上り詰めるとは予想だにしていなかった。女帝と言われても否定が出来なくなっている。
「今、考えなくてはいけないのは2つじゃな。奪われた裏切り者2人のことと、襲撃を受けた浦城と志摩の鎮守府のことじゃ」
大分疲弊していた元帥閣下も、一眠りしたことで充分に回復していた。さすが司令官の上司。老体でも司令官より強いというのは本当なのだろう。
「まずは前者から。その2人は今頃……おそらく混ぜ物の素材にされているでしょう。減った敵がまた増える。酷い話です」
南司令官の言う通り、奪われた人間は素材にされている可能性が非常に高い。
奪われたのは北端上陸姫が元々恨みを持っている最初の裏切り者6人の残り2人のうち片方と、私をこの身体に堕とす引き金を引いた提督で、襲撃で命を落としたのは裏切り者のもう片方。困ったことに提督の力を持つ者が奪われた。最後までこちらに仇を成すらしい。
「本当なら早急に敵鎮守府を叩きたかったんじゃがな。鎮守府の機能を潰されるとは思わなんだ」
「戦艦天姫が直接そちらに行くのは想定外だった。そこまでして襲撃した理由がまだ読めない」
「混ぜ物を増やすためにしては、大胆過ぎるからのぉ」
言ってしまえば、近隣住民を攫うか何かすれば混ぜ物の素材は半無限に手に入るだろう。何か理由があるのだろうか。ここで、ふと思ったことが口から出る。
「艦娘に近い人間しか素材に出来ない……?」
「あー、それあるかも。確か艦娘建造用の鋼材とかもそれ用に加工してるんでしょ? 一般人は素材に出来ないのかもね」
川内さんからも同意が得られた。これが正解なら、そういう形での近隣住民の危険性はない。
私達の鎮守府には建造ドック自体が存在しないため、建造用の鋼材とは縁が無いためそういったことは知らなかったが、そういう理由があるのなら信憑性は高そうだ。
「だったら上層部全員を素材にするように動けばいいのに、なんで捕まえたクズだけを持っていったんだろうね。そこはアレかな、アイツのプライドか何かかな」
「心が汚い方が力を増すとかあるんじゃないですか?」
「朝潮ちゃん、それはちょっと言い過ぎです……」
とはいえ、戦力増強のためにやるにしては、元帥閣下の言う通り大胆すぎる。今までずっと存在を匂わせないように行動してきたのに、突然公の場に出てきたのは何故だ。しかも、
考えを巡らせる。嫌なことではあるが、私は第2の北端上陸姫になるように改造されている。なら、同じ考えに行き着けるのではないだろうか。
『私だったら、クズな人間を生かしておく理由なんて1つしか思い浮かばない。お前の人間嫌いをより強くするためだ』
「……そうよね。それくらいしか思い付かないわよね」
私もアサと同じ考えに行き着いている。今までの傾向から、私をより強く堕とすための行動に全て繋がるはずだ。ヨルというイレギュラーでこの姿になっても正気を取り戻すことが出来たが、最終段階のさらに向こう側があるのなら、今度こそ戻ってこれない気がしてならない。
「提督、少々お時間を」
「なんだい大淀君」
「外部から通信が」
会議の途中で大淀さんが割り込んでくる。神妙な面持ちであるため、嫌な予感がしてならない。何者かから通信を受けたようで、自分の椅子へと腰掛けて話を始める。
相手は誰だかわからないが、話していくにつれ、司令官の顔が嫌な方へ向かっていくのがわかった。予感が当たったかもしれない。
「朝潮ちゃんや、少しいいかな?」
「あ、はい、どうしました元帥閣下」
司令官の表情を他所に、元帥閣下が私に話しかけてくる。あの通信が終わらない限り会議は進まない。普通だったら黙って待っておくところだが、そこは元帥閣下、御構い無しに話す。
「人間を嫌いになってしまったと聞いておる。その落ち度は儂等にもあるじゃろう。申し訳ない」
「……そんな、元帥閣下は悪くないです。元帥閣下は人間ですけど嫌いじゃないですから」
「ありがとう。じゃが、おそらく今からもっと人間が嫌いになると思う。それをなるべく抑えるためにも、せめて儂等を信じてもらえんかの」
優しい、孫を見るような視線。私を心配していると同時に、愛らしく思ってくれている目。こんな目が出来る人が信じられないわけがない。
「はい。元帥閣下は、おじいちゃんは信じています。私の知っている人間は、皆信用に値する人間です」
「そう言ってもらえるとおじいちゃん頑張っちゃう。それじゃあ加藤、ちょいと通信代われ」
司令官の持つ受話器を受け取る元帥閣下。同時に司令官が溜息をつく。
「こうなるんじゃないかと思っていたんだ。今まで被害を最小限にするために北端上陸姫の存在を隠蔽し続けていたんだからね」
「ということは今の通信は……」
「我々の落ち度だなんだという罵倒だよ。あまり君には聞かせられない言葉の羅列だね」
苦笑している司令官。罵倒されても落ち着いている辺り、慣れているのか諦めているのか。
北端上陸姫が表に出てきたのは、この事態を作り出すためなのだろう。私達が北端上陸姫を逃がしたから、今になって大本営が襲撃されたのだと非難される。自分を守ることが出来ないこちらが全面的に悪いと。そうしてこの鎮守府を孤立させるつもりか。
襲撃されたのも、裏切り者が奪われたのも、全て私達の司令官に責任があると立場を笠に着て
「なんで司令官が罵倒されなくちゃいけないんですか。こんなの、誰の落ち度でも無いでしょう。未知の敵を初見で倒せるのなら自分でやれって話ですよ」
「こらこら朝潮君、そんなことを言っちゃいけないよ。私のために怒ってくれるのは嬉しいがね」
頭をワシワシ撫でられる。温かい、落ち着く感触。雪さんと島風さんに抱きつかれている時のように、熱くなった心が冷えていくように感じた。ずっと撫でてほしいと思ってしまう。
元帥閣下の言う『もっと人間嫌いになること』とはこれのことだったか。やりもしない連中がやっているこちらに文句を言う。人間ならではの汚い感情。こんなもの、嫌でも嫌いになってしまう。
「人間というのは、君達ほど綺麗に出来ていないんだ。それをまず許してほしい」
「……皆さんはいい人間ですから、謝らないでください。私が嫌いなのはごく一部なんだと思います。……そう思いたいです」
私のせいで空気が重くなっているように思えて、押し黙ってしまう。そもそもは鎮守府にわざわざ通信してまで罵倒してきた上層部のせいだというのに。また人間嫌いが深くなった気がした。北端上陸姫の思うツボだというのに。
「ほっほっほ、儂に代わった途端に慌てだしたぞい。加藤相手だから強く出られると思っとるようじゃのぉ」
カンラカンラと笑いながら元帥閣下が戻ってくる。通話越しの相手をさんざん言い負かした後、二度と罵倒など出来ないくらいに心を折ってきたらしい。さすがおじいちゃん、年の功。職権濫用と言われても、私達は目を瞑る。
「朝潮ちゃんや、心配せんでいい。前にも言ったが、北端上陸姫を逃したことで文句を言う輩がいたら、儂が何とかしてあげるからの」
「……ありがとうございます」
「すまない爺さん、私ではどうにか出来そうにないようだ」
「任せい。こういう時に元帥という立場を使うんじゃよ。儂も努力してきたからの」
心強い味方だ。この人なら私も心が許せる。組織のトップがこの人で本当に良かった。
「この鎮守府は解体するわけにはいかん。深海棲艦との戦いを終わらせるために重要な場所じゃ。儂が元帥の権限を使い倒してでも守ってやるから安心するんじゃよ」
「後ろ盾があるだけでも頼もしいよ」
歳も立場も違うが仲のいい2人。南司令官もその光景を微笑ましく眺めている。ここまで来るともう一蓮托生。皆で力を合わせて北端上陸姫を打倒する
上層部の横槍で止まっていた会議を再開。裏切り者については一旦終わらせ、次の議題へ。
「では2つ目の方に。襲撃された浦城鎮守府と志摩鎮守府ですが、今は通信が可能なほどに回復しているんですよね?」
「ああ、私も話をした。傷を負ったものはいるが、撃退出来たそうだ。事前に朝潮君に傾向と対策を伝えてもらったんだよ」
「功を奏しましたね」
とはいえ、不安な部分はいくつかある。傷を負ったということは、『種子』を埋め込まれている可能性が高いからだ。予防接種をしたがそれは大分前のこと。もう効果は薄れており、今埋め込まれたら間違いなく『発芽』する。
「ここから数人を派遣しよう。佐久間君の薬を投与すべきだ」
「人形からの傷で『種子』は埋め込まれるんですか?」
「おそらくね。あの深海忌雷は『種子』の生成装置も兼ねている。初霜君がその経緯で洗脳を受けているし、涼月君のものを調査した時に明確に判明しているよ」
万が一のことを考えると、それなりに鎮圧が可能な戦力を出すべきだろう。特に浦城鎮守府、また神通さんが埋め込まれていたらシャレにならない。あの時は北上さんが正気のままでいてくれたおかげで鎮圧出来たが、今回はその辺りもまだわかっていない。
「向かうのなら事前に連絡をするべきだろうね。午後から派遣しようか」
なるべく急いだ方がいいのは間違いない。また鎮守府内で増殖していたら困る。
「念のため、浦城君のところには扶桑姉妹を派遣する。志摩君のところには天龍君と龍田君だね」
緊急時のためになるべく強めの戦力を注ぐ。特に浦城鎮守府は神通さんという大問題児がいる。もし洗脳されているとしたら、扶桑姉様か山城姉様でなければ止められない。志摩鎮守府の方にも、何かあっては困るということで、申し分無い天龍さんと龍田さん。これならどちらも安心だ。
「では、この件はこれで終わりとしようか。今危惧していることはこれだけかな?」
「そうですね。すぐにでも対処が必要なのはこの2つです」
息の詰まる会議だった。特に途中、上層部の横槍が入ったせいで、私が場の空気を重くしてしまったことが本当に申し訳ない。
今すぐに浦城司令官と志摩司令官に連絡を取るということで、私は執務室から退室。私と一緒に大和さんと川内さんも執務室を出た。ここからは秘書艦も使わず、人間だけの話とするようだ。
「朝潮、気にすんなって。気持ちはわかるからさ」
私が人間嫌いになった瞬間を目の前で見ているのが川内さんだ。気持ちがわかるというのは私には理解出来ないが、私がこうなってしまっていることを受け入れてはくれている。
逆に大和さんは私の変化を知らない人。暗い空気を出してしまっているので心配させてしまっている。
「前も言ったけど、私は結構裏側見てんだよね。上層部の連中でああいうのは数えるくらいしかいないよ」
「……そうですか」
「極少数のクズで落ち込むより、いっぱいいるいい人のこと考えな」
それが出来れば苦労はしないのだが。
「まぁね、朝潮は人間の最高峰みたいなのばかり見ちゃってるからギャップに驚いてるんだと思うよ。加藤提督、私が今まで見てきた人間の中で一番いい人間だからね」
「大和達のお爺ちゃんも、比較的いい人ですから」
確かに、今回の件で、人間は一枚岩では無いということを痛感する。いい人間がいれば悪い人間もいる。そんなことわかっていたはずなのに、いざそれを目の当たりにするとこれだ。良くない。これは良くない。
「朝潮ちゃん、ここで甘えられる人はいる?」
「甘えられる人……扶桑姉様とか……」
「午後から派遣任務に出ちゃうし、なら大和が甘やかしてあげます。ちょっと気持ちを落ち着けましょう」
ギュッと抱き締められる。私も成長してしまい戦艦ほどになってしまったが、大和さんはその私よりも大きな人だ。抱き締められると私も包み込まれるくらいに。
温かい。これが世界最高峰の戦艦の温もり。蕩けてしまいそう。扶桑姉様とはまた違う温もりだ。
「……ありがとうございます大和さん。なんだか胸の辺りがやたら硬いですが元気出ました」
「えっ、あ、ごめんなさい。胸部装甲付けたままだったから」
「大和さんって意外と大胆だよね」
ケラケラ笑う川内さん。私も自然と笑みが零れる。
「皆に支えてもらいます。こんなくだらないことで落ち込んでいたくありませんから。大和さんもお願いしますね」
「ええ、大和が腕によりをかけてスイーツでも作りましょう」
「おー、大和ホテルの絶品スイーツ!」
「ホテルじゃありません!」
人間の醜さを垣間見てしまったものの、これならすぐに立ち直れそうだ。川内さんの言う通り、極少数の悪い部分を見て心を痛めるより、大きな良い部分を見て心を癒そう。
この鎮守府に拾われて、本当に良かった。心底そう思う。
大和ホテルの烹炊所は、チョコレートやケーキは勿論のこと、クリスマスディナーで七面鳥まで出してくれるほどなので、腕によりをかけたスイーツとかスイパラみたいになるんじゃなかろうか。