午後からは会議で決まった通り、浦城鎮守府と志摩鎮守府に部隊を派遣することとなった。おそらく怪我人には『種子』が埋め込まれているだろう。その中和のために。
浦城鎮守府には扶桑型姉妹、漣さん、潮さんの4人。漣さんが抜擢された理由は、所属している艦娘の中でも手先が器用だったため、薬の投与役としてである。一応前以て処置の仕方は聞いているので不安は無い、潮さんは保護者。妹だけど保護者。
志摩鎮守府には天龍型姉妹、雪さん、叢雲さんの4人。雪さんは久しぶりの外出。保護者の叢雲さん共々、息抜きをしてきてもらいたい。私が言えた義理ではないが、働きすぎである。任務なので仕事ではあるが。
久々にこういった業務でお留守番。部隊を見送った後、大和さんのお手製スイーツに舌鼓を打ちながら待機となる。派遣部隊のみでどうにかなるとは思うが、何かあった場合は援軍として向かう必要もあるだろう。そのための待機。
「ちょっと頑張りすぎちゃいました。皆さんでどうぞ」
私はお茶会として呼ばれただけだったが、大和さんの作ったスイーツの量が半端ではなかったため、鎮守府全体を巻き込んだお茶会に。こういう休み方もありだろう。勿論、一番喜んだのは清霜さんである。
私もたまにはということで、ヨルと交代し、甘味を楽しんでもらった。艤装の意思だとしても、こういうもので楽しむべきだ。特にヨルは子供。味は知っておくべき。
「美味しい! ご主人これすごく美味しいよ!」
『それは良かった。たまには表に出ないとね』
「アサ姉も食べなよ!」
結果的に3人交代で表に出て堪能することになる。アサの存在は知っていてもヨルの存在は知らなかった護衛艦娘の皆さんの視線は、少し楽しかった。1人で騒がしくしてしまったのは申し訳ない。
待機中は鎮守府から出ることは出来ない。しかし、その中でも潜水艦隊だけは調査任務として出撃していった。今回は隠密ではなく、大本営の状況を確認するだけの任務。元帥閣下も南司令官も、脱出は深夜だったために現状がわかっていなかったためである。
今回は深海の潜水艦姉妹も同行する。センさんとシンさんの艤装には過負荷を克服する装置は搭載済み。万が一戦艦天姫、もしくは新たに作られた混ぜ物と接敵したとしても、スペックダウンはせず撤退可能。どちらも普通の潜水艦と考えてはいけないくらいのハイスペックだ。簡単にはやられない。
私はその通信の場に参加させてもらっている。先程の会議のメンバーが全員揃っている状態。ただし、諸事情で川内さんの代わりにあきつ丸さんが参加している。
司令官や元帥閣下、南司令官が執務室の通信設備の前を陣取り、私は少し離れたところでその様子を見ていることに。
『潜水艦隊旗艦、伊58。大本営近海に到着したでち』
「了解した。ではあきつ丸君、サポートをお願いしていいかな」
「お任せください! 加藤提督殿の手助けを出来るだなんて、感無量であります!」
怪我人の運搬を任されていたあきつ丸さんが司令官のサポート役を買って出てくれていた。私達の鎮守府の面々は都合上、大本営近海について詳しくない。それを遠距離からサポートしてもらっている。
南司令官配下の艦娘ということで、案の定情報通であったあきつ丸さん。こと地理に関しては全て頭に入っているらしく、今回の任務で他に何もないかを調査する。
あきつ丸さんの持つ艦載機、カ号観測機をゴーヤさんが借り、近海で発艦させることで映像を鎮守府に送ってきていた。大本営の状態が、こちらに映像として映し出される。
「これはまた……酷いな」
「幸い、地形はそこまで変わっていないのであります」
大本営の建物を見たことはないのだが、映像に映し出された建物が激しく破壊されていることはすぐにわかった。鉄骨は剥き出しに、壁も破壊されているかヒビが入り、周囲も穴だらけ。この場で元帥閣下が見積もっただけで、妖精さんが全力で復旧に取り掛かっても数週間はかかるという大惨事。
今は無人ではあるはずだが、一応カ号から確認。上空から見ても誰もいないのは見て取れた。妖精さんすらも見当たらないのは、昨晩の今だから着工すら出来ていないということだろう。瓦礫で見えない位置にいると言われても困るが。
「ゴーヤ殿、カ号を少し南へ。そちらに元帥閣下殿の鎮守府があるのであります」
『了解でち』
あきつ丸さんの指示で映像が南下していく。破壊されている大本営を抜けると、それよりも小さい別の建物。形状からしてわかる。元帥閣下の鎮守府だ。
大本営の比ではないほどに破壊され、おそらく執務室であろう場所まで確認出来る。あの状態にされてよく軽傷で済んだものだ。むしろ、今入渠している3人の護衛艦娘が本当にいい仕事をしている。
「よく生きてこれたものだわい」
「僕もですね。護衛艦娘の子達に感謝しなくては」
これだけのことを戦艦天姫が1人でやったようだ。こちらの鎮守府に襲撃に来た時は、相当手加減している。おそらくあの鯨の艤装も総動員しての破壊活動だろう。裏切り者を奪い、その後破壊したか。
「そのまま東へ。回り込んで欲しいのであります」
『ごめん、ちょっと待って。シンちゃんどしたの?』
どうやらあちらで何かが起きたらしい。
危険な任務なため何が起きても仕方のないことではある。ただでさえそこからさらに南下することで北端上陸姫が占拠する鎮守府があるのだ。敵性の反応があってもおかしくはない。
『深海の気配するよ』
『一旦カ号を着艦させるでち。映像消えまーす』
カ号が一気にゴーヤさんに近付き、映像が真っ暗に。ここからは音のみになる。
シンさんが気配に気付けたということは、あちらも気付いているということだ。否が応でも戦闘になる。今は戦力的にも撤退はしない方向で考えていそう。
カ号での監視で見えないところにいたということは、たった今この場に来たということか。
『深海棲艦……駆逐4ね……哨戒部隊よ』
「それはまともな深海棲艦かい?」
『いえ……人形だと思うわ……。でも何かおかしい……地上にいる……』
今度はセンさんの声。気配から敵の部隊を割り出す。無人であることをいいことに、大本営にまで足を伸ばしていた。今の大本営は本当に何もない状態だ。そこに何の用があるというのか。
「ゴーヤ殿、危険は承知ですが、カ号を再度発艦出来ますでしょうか」
『や、やってみるでち。撃ち落とされないように頑張る』
『私が囮になるわ……でっちはその間に……』
『センさんまででっち言わないでほしいな!』
カ号が再発艦したことで、また映像が映し出される。戦場は、駆逐艦が本能的に潜水艦を狙うという特性を逆手に取り、センさんが囮として海上に姿を現わすところだった。深海の気配もあるので、地上にいる人形が、センさんが浮上してきたことに気付く。
今回はカ号からの映像でもわかった。映像の端に、4体の人形が見えた。センさんの言う通り、海上ではなく元帥閣下の鎮守府の近くにいる。
センさんに気付いたことで、4体の人形は一斉に海に下りてきた。駆逐艦故に対潜行動は可能だろう。むしろ潜水艦には天敵と言ってもいい。
それでも、センさんは一切怯んでいない。私達と初めて出会ったときは臆病そうに見えたが、あれは単に山城姉様の戦闘が
『こっちよ……こっちに来なさい……』
『あたしもやるねお姉ちゃん』
『気をつけてね……』
姉妹揃って海上に顔を出し、駆逐艦の人形を挑発する。意思のない人形だが、その挑発にはしっかり乗ってくれた。
今の潜水艦隊の最高戦力は間違いなくあの2人。戦闘が厳しい代わりに隠密に特化しているのが艦娘側であるのに対し、深海側の潜水艦姉妹は攻撃性能に特化している。人形がある程度沿岸から離れたところを見計らって、戦闘開始。
『来たわね……獲物達が……』
『通さないから!』
トプンと静かに海中へ潜る。深海の気配を撒き散らしながらだが、敵に忍び寄るその姿はまさに海のスナイパー。人形も対潜行動を開始するが、爆雷を軽く回避し、素早く人形の背後を取る。
『行きなさい……魚雷達』
センさんが魚雷を発射。霞や高雄さんのような魚雷が得意な艦娘とは一線を画した、巨大な魚雷が放たれ、一撃で人形1体が木っ端微塵に。
コントロール性に寄せたこちらのものとは違う、火力一辺倒。今はむしろその方が有用かもしれない。元々死骸も残らないのが深海棲艦だが、そんなこと関係なしに消滅させるほどの威力だった。
『お姉ちゃんすごい!』
『貴女も……やりなさいね』
『よーし! この魚雷を食べろぉ!』
シンさんも発射。センさんほど大きくないが、艦娘の使うそれとはやはりサイズの違う魚雷が人形1体を一撃で破壊する。
潜水艦姉妹の戦闘を見るのは、これだけ長く鎮守府にいても初めてだったが、恐ろしいほどの火力。これが夜になるとソナーでも探すこともままならず、深海の気配すら霧散する。正直手がつけられない。味方で本当に良かった。
『でっち! どんどん調査して!』
『わかってるって! イク、しおい、そっちどう?』
『多分何にも変わってないの』
『海の中は異常無しなんじゃないかな。あたしも晴嵐さん出そうか』
『ならイクも瑞雲出すのね。空から見ていくの!』
戦闘は深海潜水艦姉妹に任せきり、ゴーヤさん達は大本営の調査を再開。一旦海上に出て、艦載機を発艦後、またすぐに潜る。遠隔操作故に、潜水艦、もとい潜水空母の3人は、発艦した後は海中で待機。艦載機からの情報は逐一送られてくるらしく、海中でも問題ないらしい。潜水艦の特異性がよくわかる。
「ゴーヤ殿、先程の通り東へ」
『了解でち』
映像が大本営の東側へ。海からは反対側だが、やはり大きく破壊されている。と、ここでしおいさんが反応。
『あれ、ゴーヤちゃん、人影無い?』
『どの辺り!?』
『多分階段の辺り。崩れてて影になってるところ』
しおいさんの言葉で、ゴーヤさんのカ号とイクさんの瑞雲がその周辺を重点的に調査。私達も、送られてきている映像で隈なく探す。しおいさんの言っていた大本営の階段の辺り、確かに何かが蠢いた。野生の動物だとしたら大きすぎる。人間の大きさ。
深海の艦載機と違い、ドローンのように接近させることが出来ないため、今は人影ではないかという程度。近隣住民が紛れ込んでいるとも言いづらいこの場所で見える人影だと、戦艦天姫の襲撃を隠れてやり過ごそうとした者や、怪我をして動けず発見もされなかった被害者である可能性は考えられる。
「ゴーヤ殿、もう少しだけ近付けられないでありますか」
『やってみる。割と限界高度なんだけど!』
映像がより近付くが、今度は蠢くものが見えなくなる。気のせいだったというよりは、艦載機が見えたせいで隠れたと言った方がいい。こちらを警戒出来るのなら、それはもう知性のある人間。
『戦闘……そろそろ終わるわ』
人形の処理は思った以上にスムーズだった。潜水艦姉妹の魚雷は、当たればまず一撃で撃破。命中精度も相当で、本来なら苦戦するであろう人形の硬さも気にならないレベル。
『おしまい!』
そうこう言っている内に、シンさんが最後の1体にトドメを刺した。4体の駆逐艦の人形は全て粉砕され、痕跡すら残っていない状態に。
『でっち、人形終わったよ!』
『ご苦労様でち。索敵続けて』
『りょーかい!』
今までの潜水艦隊では出来なかった、敵の事前警戒が出来るようになったのは大きいようだ。代わりにこちらも気配を出しているのでプラスマイナスゼロな気がするが、今回のような堂々と向かう任務では非常に実用的。
そもそも潜水艦隊は生存率が段違いに高い。それだけでも調査任務には打って付けである。
「あの人影、まさか……」
「どうしたんだい、あきつ丸君」
先程の人影を見て、何やら考え事をしているあきつ丸さん。しおいさんが見つけたという人影、少し蠢いたくらいしか確認出来なかったが、それでも見覚えのあるものだったか。
「確証は持てません。もう少し細かく見たいであります」
「ゴーヤ君、地上には上がれそうかな」
『行ってみるでち。みんな、浮上するでちよー』
カ号からの映像で、潜水艦隊全員が海上に顔を出したことがわかった。カ号はゴーヤさんの手元に着艦。今度は一旦しまわず、こちらに映像を送り続けるために手持ちで行動してもらう。
「くれぐれも足下に気をつけるんだよ。瓦礫ばかりだからね」
『靴持ってこればよかったの』
『今更言っても遅いでちね』
ゴーヤさんの視点から見る大本営の廃墟は、先程以上に戦いの凄惨さを感じる。人間の生死はさておき、戦艦天姫の力の強大さを思い知らされる。
『危ない危ない。で、どっち方面でち?』
「自分が案内するのであります。まずは直進」
崩れていても大本営の構造はある程度わかっている。あきつ丸さんの案内で、先程人影が見えた付近まで向かってもらう。
『ーーーー』
何か聞こえた。明らかに部隊以外の声。男の声のように思える辺り、ここに残っていた上層部か。
「……朝潮殿、ここから出て行った方がいいであります」
「え、な、何を突然」
「自分、提督殿と川内殿から、貴女がどういう経緯で今の姿になったか聞いているのであります。貴女なら、これで何が言いたいかわかるでありましょう」
ドクンと心臓が高鳴る。
そんなまさか。大本営は北端上陸姫が占拠する鎮守府から近いとはいえ、それなりに距離はある。
「朝潮殿」
「……わかりました。退室します。結果は後でーー」
察したために出て行こうと思った矢先、それが間に合わなかったことを知らせる声。
『救助か!? 助かった……!』
その声は、私をこの姿に堕とす引き金を引いた声。この場にいるはずのない、北端上陸姫に捕らえられているはずの7人目の裏切り者の声だった。