欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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堕ちていく心

大本営の惨状を調査するために潜水艦隊を派遣したところ、無人であるはずの瓦礫の散らばる廃墟の中に人影を見つけた。何者かもわからないため、地上に上がっての調査を依頼することに。

裸足で瓦礫の山を歩いてもらうのは申し訳なかったが、救助を待っている人間がいるのなら、司令官だったら救助したいと思うだろう。潜水艦隊にモノを運ぶ術は無いにしろ、何かしらの手助けは出来る。こちらからの増援が駆けつけるまで場を繋ぐこととか。

 

だが、その人影は私にとって最悪な人間。私をこの姿に堕とす引き金を引いた者。この場にいるはずのない、北端上陸姫に捕らえられているはずの7人目の裏切り者だった。

 

『よく来てくれた。さぁ、安全なところに連れて行ってくれ』

 

声を聞いただけでも虫酸が走るようだった。当然だが割り切ることなんて出来ない。人間が自分の利益のために人間を殺そうとし、最後まで反省の色はなく、今のこの緊急時ですらこの態度。自分が助けられるに値する者だと勘違いしているのではないか。

拳が震える。人間嫌いが加速する。今すぐこの手で黙らせたかった。あの場に私がいたら、この拳で殴り殺していただろう。一切の躊躇もなく、ただただその汚らしい音を止めるために、原型を留めないほどに殴りつける。提督の力を持っていようが関係ない。死んでも殺す。

 

「朝潮君、落ち着くんだ。気持ちはわかるが、今は抑えて」

 

司令官に抱き寄せられる。執務室からの退室に間に合わなかったせいで、私は今まででも3本の指に入るほど不安定になっている。今退室しても、心はガタガタ。何かしでかす可能性は高いと、自分でも理解しているため、今は司令官の温もりで心を落ち着けることにする。出来ることなら耳も塞ぎたい。

 

「……ゴーヤ殿、そいつは7人目の裏切り者であります」

『はぇ!? ど、どうするでちか!?』

 

こういう反応にもなる。私が堕ちた経緯は皆が知っていることだ。それに、この裏切り者に南司令官が命を狙われたことも。

あきつ丸さんも苦虫を噛み潰したような表情。南司令官を殺そうとした相手が映像越しとはいえ目の前にいるのだ。川内さん程ではないかもしれないが、あきつ丸さんもまた、自分の司令官を尊敬しているような人。おそらく躊躇がない。

 

「ゴーヤ殿、今から提督殿がそちらに向かうので、少しお待ちください。提督殿、それで良いですね?」

「ああ、僕らが直接尋問する」

『りょ、了解でち』

 

あの人間と同じ空間にいなくてはいけないゴーヤさん達が本当に可哀想だった。

 

『どうした。私を助けに来てくれたのだろう?』

『ゴーヤ達は調査に来ただけでち。無人と聞いていたから、人間を運べる装備なんて持ってなくて』

『何故それくらい用意しておらんのだ。貴様らの指揮官は無能だな』

 

罪人が何故そこまで大きな口を叩ける。頭の構造がわからない。何をどうすればあんな考えに至るのか。まず何故助けてもらえると思っているのか。

 

「……元帥閣下……南司令官……1つだけ教えてください。何故アレをすぐに始末しなかったんですか……」

 

もう私は涙目だった。嫌悪感が限界を振り切れていた。アレがこの場にいて、息をして、音を立てていることが不愉快だった。それをそのまま生かしていた元帥閣下と南司令官にも怒りと憎しみが向きそうになっていた。

 

「捕縛した時点で殺すなり何なりすればよかったじゃないですか! あんな生きている価値もないクズを!」

「朝潮ちゃん、落ち着いて聞いてくれんか。儂らも好き好んであの屑を生かしていたわけではないんじゃ」

 

私達の司令官に抱き寄せられている中、元帥閣下はツラツラと理由を話してくれる。

 

元帥閣下は、アレが今までやってきた罪を拷問も交えて全て吐かせようとしていた。北端上陸姫の攻略に役立つ情報を少しでも持っているようならば、何もかもを聞き出した後に始末しようと思っていたそうだ。アレは命惜しさかその場凌ぎかは知らないが、有る事無い事ペラペラ喋ったらしい。素直に話したのだから解放しろとまで宣ったそうだ。その信憑性の調査に時間がかかり、結果的に今に至る。

情報は必要だと思う。それが攻略の鍵になる可能性があるからだ。だが、あんな人間の言うことをいちいち真に受けていたら、いくら時間があっても足りない。第一、無い事まで喋っているということは、どう考えても責任逃れを考えているだろう。そもそも自分が悪いとも思っていないかもしれない。

先に捕縛されていた2人はどうだか知らないが、アレに関しては反省の色はまったく見えない。ならばもう、死しか無いだろう。生きている価値が無い。

 

「人間の社会は醜いものですね。あんなゴミでも生き長らえさせるだなんて」

「朝潮君、あまり汚い言葉を使っちゃいけないよ」

「あんなのが上層部にはゴロゴロいるんですか? 生きている価値が見当たりません」

「朝潮君、そこまでにしておきなさい」

 

ブレーキが利かない。頭が熱い。もう変化が無いと思い、好き勝手にぶちまけてしまっている。司令官が止めるのも聞かず、私は一番言ってはいけない言葉を口にしてしまった。

 

()()()()()()()

「朝潮君!」

 

口から出た後に激しく後悔した。今、私は完全に北端上陸姫と同調した。この世界から居なくなればいいと、本心から思ってしまった。洗脳もされていないのに。

ハッとした瞬間、意識が思考の海に引っ張られる。隣にはアサ。表に出ているのはヨルのようだった。

 

「ご主人と交代したよ。ちょっと疲れちゃったみたい」

「……少し頭を冷やすべきだね。気持ちはわかるが、口に出してはいけない。いや、出してくれてよかったか。朝潮君の危うさを知ることが出来たからね」

 

諌めるように話す司令官は、何処か悲しそうな顔をしていた。その顔を私が引き出してしまったのかと思うと、罪悪感が重く重くのしかかる。

 

『朝潮、ちょっと落ち着け』

『……頭冷やすわ』

 

アサにも顔向けできなかった。

怒りのままに命を軽んじる発言。さらには世界を敵に回すような思想。私はなんてことを言ってしまったのだ。本当に生きている価値がないのは、私なのでは無いだろうか。

 

『あのクソは死んで償うべきだが、それはあのミナミって提督がやってくれるんだろ。それでいいじゃないか。お前はそんな下らないことで手を汚すな』

 

自分の危うさを再認識した。変化は終わったとしても、ここまでグチャグチャな心では今後が怖い。信用していた人間にすら憎悪を抱き、何もかもを壊してしまわないか心配になってしまった。

あとからでいい。また誰かに相談しよう。痛みを分かち合うのなら大潮がいい。その位置に立ってくれると言ってくれている。

 

「ご主人、私達もいるからね。夢の中でいっぱいお話ししよ」

『……そうね……ありがとうヨル。また不安定になってるみたい』

『仕方がないだろ。元凶が出てきちまったんだからな』

 

ゴーヤさん達も嫌な顔をしているのが手に取るようにわかった。それだけアレはクズであり、誰しもが嫌悪感を抱くような人間だ。

この場所に潜水艦姉妹がいなくて本当に良かったと思う。この時ばかりはシンさんの後天性欠陥(バグ)に感謝した。あんなものを見たら、黒側に傾きかねない。

アレは深海棲艦を薄汚いと揶揄し、見世物にしろと侮辱している。センさんはまだ大人だから耐えられるかもしれないが、シンさんはダメだ。子供には聞かせられない。

 

「ゴーヤ殿、伝令を。『迎えが来るからそこで待っていろ』と。それを伝えたら立ち去って結構であります」

『了解でち。うちの鎮守府から迎えが来るから、そのままここで待っててほしいでち』

『無能なりに早く準備が出来たようだな。さっさと寄越せと伝えておけ。こんなところ一刻も早く出て行きたいんでな』

 

礼も無し。やはり救助が当たり前だと思っている。気に入らない。

だが、今の私は怒りより先に罪悪感が先立つため、ヨルの見ている風景が見られない。いや、アレの顔を見たら余計にダメだ。

 

『じゃあゴーヤ達はこれで』

『何処へ行く。私の警護くらいやっても損は無いだろう』

『大損でち。地上の潜水艦に何を望んでるんでちか。提督の力を持っているのなら、ゴーヤ達より全然強いのに』

『盾にでも壁にでもなれるだろう。貴様らの命より私の命の方が重いことを忘れるなよ』

 

今理解した。アレは人間の最底辺だ。アレ以下はいない。まだ破滅主義者の方がマシだ。アレを見た後なら、他のどんな人間もいい人間に見える。

 

「ゴーヤ君、通信を代われるかな? ()()と話がしたい」

『了解でち。うちの司令官が話をしたいって言ってるでち』

『ほう、ようやく自分の立場がわかったか。さぞかし(へりくだ)って私に謝罪でもするのだろうな』

 

通信を代わった瞬間だった。

 

 

 

「ふざけるな貴様ァ!」

 

 

 

鎮守府一帯に響き渡るような怒号。一番身近にいた私は、吹き飛ばされそうなほどに感じた。表に出ているヨルも、今まで見たことがない司令官の姿に怖がり始めてしまった。そのため、今度はアサが表に。落ち込んでいる暇など無くなってしまい、私がヨルを癒す係になる。

 

「貴様は艦娘を何だと思っとるんだ! 仮にも提督という役につきながら、何様のつもりだ!」

『なっ、貴様、加藤か! こいつらは加藤の』

「それだけでも許せんが、貴様のやることは提督の風上にも置けん! かけがえのない命だ! 何度でも言ってやる。貴様は何様のつもりだ!」

 

そこからは罵詈雑言の罵り合い。こんな司令官見たことがない。いつもの温和な人柄が何処かに行ってしまったかのようにまくし立てていた。

その間に、南司令官は大急ぎで出撃。川内さんは既に待機していたらしく、あきつ丸さんは執務室からサポート。ここから大本営までは、どれだけ飛ばしても大体1時間前後。その間の時間稼ぎは出来ないとは思うが、ゴーヤさん達潜水艦隊をその場から離すことくらいは出来るだろう。

 

『あんな司令官、初めて見るわ……』

『ご主人……てーとく怖いよ』

『大丈夫よ。私達のために怒ってくれてるの。いつもの優しい司令官だから安心して』

 

怯えるヨルを宥めているところ、電探の反応から鎮守府中の艦娘が執務室周辺に集まっていることがわかる。あんな声が聞こえれば、皆気になってここに来るだろう。私だってそうしている。

 

『私に逆らうとは、覚悟していろよ加藤!』

「覚悟するのは貴様だ! 金のために罪のないものを傷つける罪人が! ん? 確か貴様、私より(くらい)が低くなかったか? 逆によくもそんな口が聞けたな!」

 

地位の話を出されて一瞬口籠る。司令官が基本使わない手段をガンガン使って、通信越しのクズを追い込んでいる。

ああいう輩は、自分より下の相手には高圧的な態度を取るが、上の相手には下手に出るものだ。それを理解しての、この行動。司令官らしからぬ、高圧的で上から殴り付けるような物言い。そしてまた時間を稼ぐように罵倒が続く。

 

司令官も溜まりに溜まっていたのだと思う。被害者が何人も出た戦いを、よりによって仲間である人間、しかも提督という役職につくものが横槍を入れてきたのだ。私達には見せてこなかった鬱憤が沢山あったのだろう。それを今、クズに向かって放っている。

 

「貴様のような者に提督の役を担う資格はない! 上官命令だ! その地位を退き罪を償え!」

『貴様に言われる筋合いはない! 敵である深海棲艦を引き込み侍らせている色情魔が!』

「色情魔だと? 道を同じくする仲間と共に歩むことの何が悪い! この鎮守府にいる者は全て私の愛娘だ! 兵器や金蔓としてしか見られない貴様にはわかるまい!」

 

こんな喧嘩腰な会話でも、私達のことを愛していると言ってくれる。アレにはどうせ伝わらない感情であろうが、私達には充分に伝わった。本能的に怒り狂っている時の言葉だからこそ、心の底からいつも考えているような内容だ。

緊迫した状況だが、心が温かくなる言葉だった。この言葉を聞いている皆がそれを感じているだろう。

 

だからこそ、先程の私の暴言は、司令官をまたもや裏切ってしまったように思えてしまう。深く、深く、私の心に悔いが残った。

 

「貴様の言動で、私の愛娘の1人が道を踏み外してしまった。それは絶対に許さん! 今までの数々の行い、全て償ってもらうぞ」

『貴様に指図される筋合いは無いわ!』

『なら僕ならいいですかね』

 

通信の先、南司令官の声。暴言での罵り合いで時間を稼いだ結果、間に合ったようだ。他の足音が聞こえたため、ゴーヤさん達もその場から撤退出来た様子。カ号からの映像が途切れ、音声のみとなる。

 

『貴方に命を狙われた南です。どうもお久しぶり』

『貴様ら……!』

 

クズの歯軋りが聞こえた。

 

『金のために大本営を裏切り、捕縛しても嘘八百を並べ立て責任逃れをしようとし、挙句はこれかい。もう、アンタこの世界にいちゃダメだ。ここに来た経緯を聞き出そうと思ったが、僕がもう我慢出来そうにない。元帥閣下、よろしいですね?』

「構わん。やれ」

 

映像が無くて良かったと思った。即座に司令官も音を切る。通信の向こう側、私達の知ってはいけないことが行われているのだと思う。当然、皆察することが出来た。

 

「……驚かせてすまなかったね」

 

いつもの表情に戻った司令官。先程とは雲泥の差。こちらの方がいい。

ここでアサが強引に私に主導権を押し付けてきた。頭は冷えたが、顔を合わせるのは辛い。表に出た瞬間、身体が震える。

 

「し、しれい、かん、私……とんでもないことを……」

「わかっているさ。前回私が叱った時とは状況が違う。あんなものを見てしまっては、ああなるのもわかる」

 

また抱き寄せられる。今度は胸を貸してくれた。女性とは違う筋肉質の硬い胸板だったが、安心できる温もり。ずっとこうしていたいほどに、揺れ続けていた心が落ち着いていく。

 

「私は君を責めないよ。アレを見たことで君が理性的でなかったのは私もわかっているからね。辛かったら、また私に話しなさい。幾らでも慰めてあげよう」

 

優しく後頭部を撫でられ、私の涙腺は決壊。子供のように泣き噦ることになった。元帥閣下や大和さんもいるというのに、恥ずかしげも無く。

 

大本営調査は酷い形で幕を閉じる。私達の知らないところで南司令官が何か聞き出しているかもしれないが、得られるものが無かったのは言うまでもない。

ただただ、私は心を揺らし、崩し、堕ちたのみ。この場にいなければ良かったと、心底思った。

 




暗い幕引きとなりましたが、朝潮の心を揺らすものはこれで無くなったかと思います。さようならクズ。お前は書いててもキツかったよ。
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